【歪められた運命】
それは、雷雨の夜だった。
スノーは雷の音に眠れず、両親の部屋へ向かった。
だが、そこで見たのは――床に倒れ伏す、両親の姿。
「父様、母様?」
ぴかり、と窓の外で雷光が部屋を照らす。そこで気付いたのは、一人立っていた男。
「……コルエの民は、滅ぶべきだ」
そう言った男は、持っていた剣を振り上げ、だが、空振りした。
「!? くそっ、何故だ!?」
何度も空振りした男はやがて、怯えた声を上げ、喚きながら飛び出していく。
「コルエの魔女、化け物め!!」
その言葉の意味は、幼いスノーには分からなかった。
だが、時を経て、スノーを助け拾ってくれた育ての親から、書物から、そして他ならぬ同じ人間達から知る事となる。
――自分の持つ色は、見られてはならない事を。
※ ※ ※
コルエの民、と呼ばれる人間が居る。
死に、汚れに、常にまとわりつく忌まわしき鳥の色を纏う民を、この国――イルピアの人間はそう呼んでいた。
この世界は新世界と呼ばれている。旧世界、というものがあったそうだが、大きな戦争で一度、滅んでしまった。その際、コルエと呼ばれる鳥は戦場にも多く見られ、だからこそ忌避されているという。
ただそれはこの国での教えであり、逆にコルエを神格化する国もあるというらしいので、いっそそこへ移住出来たらいいのに、と、スノーは歴史の授業を聞きながら思った。
(学院に居るより、ずっと楽しそうだよな)
両親を早くに失ったスノーは、運良く見付けて引き取ってくれた老人に魔法を教わり、元来の黒い髪と目を隠す術を身に着けた。これが無いとどこにも行けない。何しろ、この色を見ただけでこの国の人間は態度を変える。
スノーの持つ黒い髪と瞳は、母親譲りのものだ。今はどちらも茶色に変えているが、高度な魔力ことマージを持つ者なら、あっさり解けてしまう程度の幻影魔術でもある。
とはいえ、スノーは性別も変えていた。ここまでやるとなると、相当なマージが無ければ出来ないし、あっても想像の力が無いと無理だ。
無理して男にまでならなくても、と育て親は言っていたが、女というだけで面倒が増える点において、男の姿で居た方がよほど便利という理由もある。
その育ての親も、今はもう、死んでしまったのだが。
去年の今頃だっただろうか。長い事患っていた病を治す事も出来ず、スノーは泣きながら看取り、その遺体を焼いた。残った灰をわずかに小瓶に入れて、両親の同じそれが入った箱に入れ、大事に保管している。
――本当は、一人でも森の奥で暮らし続けていたかったのに。
※ ※ ※
二週間ほど前だろうか。一人の男がやって来た。
この家に来訪者など来るはずもない。スノーは居留守を決め込み、だが、その家は瞬時に暴風で滅茶苦茶にされた。スノーに対し、傷一つなく。
『貴様、何者だ!!』
怒り心頭で外に出たスノーの目の前に居たのは、スノーとは別の意味でこの国では珍しい色彩の持ち主だった。
銀の髪、紫の瞳。それは生まれつき強いマージの持ち主であり、そして天才である事の証左だと、話には聞いた事がある。実在しているとは、露とも思わなかったのだが。
『初めまして。私の名は、クレイス・ロードナイト。スノー・コーラル。あなたを迎えに来ました』
初対面にして唐突に、そして頼んでもいない事を言い出す男に、スノーは容赦なく全力で拒否を示した。
マージを全力で使う時にだけ出す杖。それは自分のマージそのものを具現化したものであり、杖及び石を破壊されれば、マージを失ってしまうという。
そしてスノーの杖には美しい雫型のムーンストーンが、三日月の装飾についていた。
『呪われた色を持つ人間を、高値で売るような輩も居るらしいな。貴様はいくら積まれた?』
『いいえ、私の目的はあなたの保護、そして教育です』
『必要ない。この国の人間に守られる筋合いも無いし、ましてや教育など……貴様らに教えを乞うわけがあるか!!』
死ね、と、スノーは無数の光の矢を一つにまとめ、男の心臓を射抜いた。
無抵抗な男はそのまま倒れる。問題は死体をどうするか、と思った矢先だった。
『……ああ、無駄のない攻撃でしたよ、今のは』
血まみれで立ち上がる男は、平然としていた。赤い光が全身を陽炎のように包んでいる。そして傷は目に見える速さで塞がっていった。
それを見たスノーは、ぞわっと全身が悪寒に包まれる。
『貴様……まさか、禁忌を犯したのか!?』
この世界には、三つの禁忌がある。
一つは、死人を蘇らせる事。これは来るべき死を迎える人間において、過剰に命を与える事で、世界の理が狂うからだ。
もう一つは、時を戻す事。これも世界の理を狂わせる他、本来ならば変えられないはずの未来を変えてしまう事で、多くの人間を巻き込む結果となる。
そして最後の一つは――永遠を得る事だ。
永遠を手に入れる。それはすなわち、不老不死を意味するという。だがその方法は決して人道的とは言えず、むしろ人間として行ってはならない事をしなければいけないらしい。
禁忌を行う時は、必ずと言っていい程、犠牲が出る。その犠牲が何であれ、それ自体が忌まわしい行為だと育ての親は何度も語っていた。
『本来ならば、永遠を共にしたい相手が居たんです。ですがそれは、もう叶わぬ夢となりました。完成した時には、彼女は殺されてしまっていましたから』
そんなもの知るか、とスノーはクレイスという男を睨む。何ら自分に関係の無い話だ。思い出話なら、酒場でやればいい。
そう思った途端、彼は口にしなかったはずのスノーの思惑に返答した。
『あなたには無関係ではありませんよ。あなたの母親の話ですから。それと、酒場は嫌いなので行きません』
『まさか、心が読めるのか!? くそっ、気持ちが悪い! 誰も知って欲しいと思ってなどいない!!』
『ああ、すみません。あまりコントロールがきくわけではないので』
化け物か、とスノーは内心で罵倒した。聞こえているかもしれないが、それくらい、自分の考えを勝手に読まれた事の薄気味悪さが勝っていたのだ。
当然のように頷き、彼は言う。
『慣れてますから。むしろ、読めるが為に言葉を省かれる事が多くて、本当に困ります。そのくせ、きちんと返答すると――嫌がられるのですから』
紫の瞳は、暗さを帯びている。スノーとは違った意味で、彼もまた忌避されてきたのかもしれない。
が、それとこれとは別だ。
『どのみち、断る。この国の人間と馴れ合うつもりは毛頭ない』
いくら不老不死とて何度も死にたくはないはずだ。そう思って彼の頭上から尖った氷塊を降らせるが、彼はそれに当たる前に粉々にしてしまう。キラキラと降り注ぐ氷の粒が陽光に煌めいて、そこだけ美しく見えた。
『行動を予想出来るという点において、心が読めるのは便利ですね。ですが、遊びに来たわけではないので……残念ですが、諦めてもらいましょう』
そう言って瞬時に彼が出した杖の先には、小さな鳥かごの中に入るアレキサンドライト。その大きさも純度も、スノーとは比較しようがない。
『何だ? 保護すると言いながら殺すつもりか』
『いえ、……まあ、そうそう怯まないとは思いましたが、威嚇みたいなものですよ。しかしやはり、彼女の娘ですね。そういうところはそっくりで、正直、殺したいです。出来ませんが』
『何なんだ。何が言いたい』
『面倒な質問は、妹にでも聞いてください。私以上に物知りですし、どうぞ仲良くしてやってくださいね』
言いながら、アレキサンドライトが色を明滅させる。金と赤のそれは、スノーの体を取り巻き、あっという間にスノーの意識を奪った。
――そして気が付いた時、スノーは学院が有する寮の部屋に寝かされていたのである。
その傍らには、一人の少女が座っていて。
「初めまして、スノー。あたしはリリィ。あなたをこの学院に連れて来た兄……クレイスの、実の妹よ」
自己紹介をする茶色の瞳は、哀しさと懐かしさを同時に湛えて、スノーをしっかりと見据えていた。
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