そして七日目

彼女が寝ついてから、どれくらい経ったかな。

 ベッドにはナナミさんが。精神的にも体力的にも限界だった彼女を、そのまま帰宅させることができず、結局私のマンションに泊まらせた。今は静かな寝息をたてているけど、一晩中泣き続けるんじゃないかと思うくらいの状態で、私もなだめ上手ではなく、豊富なボキャブラリーもないので、ただ背中をさすることしか出来なかった。

 明け方になって、ようやく寝付いて、ふとテレビをつけてみると、昨日彼女が告白した彼と会った街が大変な事になっていた。特別報道番組と称し、どのチャンネルもその街のライブ映像を流していた。

 ビルが倒壊し火災が起きていた。

 原因不明の大惨事、とか言ってるけど、きっと彼らだよね、これやったの。

 まあ人生色々な経験をするものだけど、ここ数日の濃さはハンパないよな。もう一生分をやり遂げた気がする。つーか、一生かかっても経験できない事をやったよな。それが私には良い事なのかどうかは分からないけど、関わった人達を救ってあげられたと自負している。

 仲間とも仲良くなれたしね、たぶん。なれたよね?

 テレビの画面が遠くなる。

 疲れた。

 まぶたが重い・・・・


 何かの音で意識が戻る。

 いつの間にか寝てしまったようだ。ナナミさんはまだ眠っていた。テーブルの上のケータイにメールが届いていた。


 今日、社長帰る。顔出せ。


 レッドからだった。

 そうか、今日は七日目か。本当に七日で帰ってくるんだ。

 ナナミさんが目覚めて、落ち着いていたら、家まで送って探偵社に行こう。


 午後二時。

 私はナナミさんと街を歩いていた。彼女の表情はとても穏やかで、時折笑顔も見せるくらいだった。彼に気持ちを打ち明け、泣いて、吹っ切れた。

 女は強し、だな。

 家に着くと、彼女の母親が待っていた。言いたいことが沢山あっただろうが、彼女が無事に帰ってきた嬉しさを越える程ではなかったようだ。

 彼女を抱きしめ、ただひと言。

 おかえり。

 私ができるのはここまで。後はご家族にお任せします。


 午後三時。

 探偵社に着くと、店先でさゆりさんとばったり。

 「あら、マリアちゃん。お疲れ様」

 「お疲れ様です」

 相変わらずの素敵な笑顔。

 「キンちゃんなら、さっき帰ってきたわよ。色々迷惑かけてゴメンね。でも、もう大丈夫だから」

 後で店に寄ってね。

 さゆりさんと別れ、階段を登る。

 探偵社のドアを押し開ける。窓際の大きな机に社長が座っていた。何だか不思議な感覚だった。見慣れた部屋なのに、違う場所に来たような。


 「やあ、マリアちゃん。お疲れ様~」

 笑顔で手を振る社長。

 彼も相変わらずだった。

 「ま、ま、座って。今お茶入れるから」

 社長、私がします。

 いーからいーから、とソファーに座らされる。

 「いやあ~、入社そうそう迷惑かけたね。ゴメンね~。レッド達のおかげで容疑が晴れて、釈放だよ。良かった良かった、ホントに」

 湯のみと共にソファーに座る社長。

「僕の目に狂いは無かったね。マリアちゃん、大活躍じゃないか。受けてた依頼を全部クリアするなんて、ビックリだよ」

 社長の言葉に、私は苦笑する。

 「レッドさん達のおかげです。私はただ、指示通りにしただけで・・・・」

 十分だよ、と社長。

 「分かっているだろうけど、この探偵社のメンバーは、僕も含めて変わり者の集まりだからね。気まぐれで自己中心の彼らが、僕以外の人間に協力するなんて、それだけでもスゴいことなんだよ」

 あのレッドが、マリアちゃんのこと気に入っているみたいだし。

 それはちょっと複雑な心境だな。

 「ピンク、あいや、キョウコちゃんの能力が戻ったのも、マリアちゃんのおかげだと僕は思っている」

そう言ってお茶をすする社長。

 「でさ、確認なんだけど、マリアちゃんはこのままココで働いてくれるのかな?」

 表情は変わらないが、目が真剣な社長。

 ああ、そうか。昨日危険な目にあったからか。確かに昨日はヤバかった。一歩間違えれば、あの災害に巻き込まれていたかもしれないし、今日ここにいなかったかもしれない。それ程の危険度だった。

 私は社長から目線を外してお茶を飲んだ。

 しばし沈黙。

 「正直、続けていける自信はありません」

 私の言葉に社長は、そう、とひと言。

 「いつもあんな危険な依頼を受けているんですか?」

私の問いに、

 「そうだね、否定はできない。昨日の家出少女の件はちょっと特殊だけど、ほかでは出来ない依頼が集まってくるのは確かだね。当然危険な内容の依頼も集まってくる。僕もメンバーも、何度かヤバいことがあったしさ」

と答える社長。

 はっきり言って命の保証は出来ない、と言葉を続ける。

 命懸けの仕事か。

 ありふれた仕事に気力を持てない私には、ある意味向いてるのかもしれない。

 「僕から言えるのは、よく考えて答えを出して欲しいって事だね」

それと、と言葉を続ける社長。

 「マリアちゃんに直接依頼が来ているんだけどさ、どうする?」

 「私に?」

 テーブルの上に、名前と電話番号の書かれたメモが置かれる。

 知らない名前だ。

 「これ、例の家出犬の元飼い主さん。偶然さ、マリアちゃんと歩いていたのを見かけたんだって。でね、捨てた犬を探して欲しいって依頼が、巡り巡ってウチに来たわけ。特徴からしてもあの犬に間違いなさそうだったから、連絡して会う約束をしたんだけど・・・・」

 だけど?

 「しゃべる犬が、マリアちゃんに立ち会って欲しいって」

 すぐには言葉が出なかった。

 予想外の展開だ。

 だけど乗りかかった船、じゃないけど、受けた依頼は最後まで成し遂げたい。

 どうする?と、もう一度問われる。

 「分かりました。立ち会います」

 私の答えにニヤリと笑う社長。

 あれ、何ですか?その顔は。

 「マリアちゃんならそう言うと思ってさ、今日の夕方五時に会うことになっているんだよ。場所は・・・・」

 帰って来てそうそう、仕事熱心な社長、なんて思いながら話を聞く。

 レッドと同様、強引な所があるけど、別に嫌ではない。むしろ心地良いくらい。これって、なんだろう。やっぱりこの仕事向いているってことなのかな。

 私の中で、やる気と自信がおかしな比率になっている。

 分からない時は行動あるのみ。

 社長がデスクに戻り、依頼者に電話をかけていた。



西の空が赤に染まり始めた頃、私は二度目の道を歩いていた。となりにはあのしゃべる犬が一定の距離を保って歩いている。どことなく足の運びがぎこちない。緊張でもしているのだろうか。しているんだろうな。

 私も緊張してる。気が緩んだら、右手と右足が同時に出そうになる。


 緊張してんのか?


 犬が私に問いかける。

 お前がそれを言うな、とツッコミたいが、大人なのでやめた。

 つーか、そんな余裕ないし。

 元飼い主と対面する場所までもう少し。彼(犬です)の思い入れのある例の公園だ。

 あ、また名前忘れた。どうも覚えられない。

 名前、なんだっけ?私は彼に問う。


 セバスチャンだ。いい加減覚えろよ。オレも自分で言うのちょっと恥ずかしいんだからよう


 そうだった。名前と顔が一致しないので覚えられないんだった。どう見てもセバスチャンって顔じゃない。タロウかポチの顔だ。

 少し緊張が解けた。

 やがて前方に公園が見えてきた。樹の影にゾウさんのすべり台が。

 セバスチャンの足が止まった。すぐに気づき私も止まる。その場にしゃがんで、彼と目線を同じにする。


 コワい


 彼がひと言つぶやいた。

 私は彼の頭をやさしく撫でた。カラダが少し震えている。捨てられた時の事がトラウマになっているのか。何か言って気持ちを落ち着けてあげないと。

 「いま幸せなんでしょ?」

 セバスチャンが私を見た。

 「自慢してやればいいじゃん。最高の飼い主に出会って、最高に幸せだって」

 それが結果的に、捨てた側の心の傷を、少し和らげるかもしれない。

 「しっかりしろ。男だろ」

そう言って、軽く背中を叩いた。

 彼のカラダの震えが止まった。

 私は立ち上がり歩きだした。セバスチャンもついてくる。


 ゾウさんのすべり台の近くにベンチがある。そこに男性が座っていた。白髪の六十代くらい。私と横のセバスチャンを見つけてベンチから立ち上がった。

 おどおどしたら駄目だ。元気に言おう。

 私は顔を上げて一礼した。

 「初めまして。私は浦兼探偵社の伊武マリアといいます。今回のご依頼の立会人として、彼と一緒に参りました」

 男性はセバスチャンをじっと見つめていた。

 私の言葉など聞いていないかもしれない。なんて悲痛な表情だ。彼を捨てたことを悔やんでいる。実際再会して、なんて声をかければいいのか。そんな顔だ。

 となりのセバスチャンも、元飼い主とどう接すればいいのか、戸惑っている様子。

 ここは私の出番か。

 「ご依頼の犬は、こちらで間違いありませんか?」

 私の問いに返事をしない。

 言葉が耳に入っていないのか。

 少しして、男性がうなずいた。

 二度うなずいてから、

 「はい。間違いありません。私が会いたかったのは彼です」

と言った。

 今にも泣きそうな顔だ。

 私は分からないようにセバスチャンの尻を軽く蹴った。

 「過去は過去です。変えられません。お互い今の気持ちを全部吐き出して、すっきりしましょう」


私は、とにかく二人が話しやすいようにと、思いつく事を必死にしゃべった。何をしゃべったか、よく覚えていない。結局、私が一番緊張していたのかもしれないな。

 ふと気づくと、二人はベンチに座り、私は少し離れてライオンの椅子に座っていた。

 「今更、何を言っても弁解になってしまうが、あの時はどうしようもなかった。今はとても後悔している。すまなかった」

 そう言って、白髪の男性は頭を深々と下げた。


 別にいいさ。そりゃあ全く恨んでないといえば嘘になるが、良い飼い主にめぐり会えて今は幸せに暮らしている。まともな人間なら、なかなかオレを受け入れられない。変わってんだきっと。しゃべる犬なんて、普通気持ち悪いよな、ハハ・・・・


 男性はセバスチャンに詫び、セバスチャンは男性に気を遣い。

 過ぎた時間を巻き戻しながら、お互いの距離がベンチくらい近くになろうとしていた。


 「実は君に伝えたい事があるんだ」

唐突に男性が言った。

 セバスチャンの母親が一年くらいに亡くなったらしい。最も、生まれてすぐに男性が引き取ったので、母親の事は覚えてないだろうが、と付け加える。

 気になったので質問したら、母犬は普通のしゃべらない犬だったそうだ。

 なんでも、元々カラダが弱くて、出産がかなり負担だったらしく、そのまま眠るように息を引き取ったとか。

 ん?

 出産だって?

 私とセバスチャンは顔を見合わせた。


 「君には弟がいる」

そう言って、男性はゾウさんのすべり台の方を向いた。

 すべり台の後ろから、一匹の犬が登場。セバスチャンと同種だ。

 「君の母親を飼っていた方が高齢でね。とても世話が出来ないと聞いたので、私が引き取ったんだ。名前はゴンザレスだ」

 どう見ても、タロウかポチの顔だよ。


 はじめましてお兄さん。会えてうれしいです


 ゴンザレスもしゃべる犬だった。


 「最初は君を捨てたことへの償いのつもりだったが、今ではとても大切な家族の一員になっている」

 ゴンザレスは男性のすぐ前に座った。

 犬とはいえ、初めて会う兄と弟って、複雑な心境だろうな。

 しかもしゃべる犬だし。

 これは私からのお願いなんだが、と男性。

 「たまにゴンザレスと会ってやってくれないか?」

 男性の問いに、セバスチャンは私を見た。


 いいよ、あんたの思ったままで。


 セバスチャンが笑ったような気がした。


 いいぜ。せっかくだから、家族ぐるみで仲良くしようぜ。オレの飼い主に話をつけとくからさ


 「私にも、また会ってくれるのかい?」


 ああ、もちろんさ。


 その時、初めて男性が笑顔になった。


帰路の途中、話題が私のことになった。このままこの仕事を続けるかどうか悩んでいる、と言うと、セバスチャンに鼻で笑われた。


 お前、自分の価値を分かってないだろ


 「なに、それ。どういう意味?」

 また馬鹿にしたように笑われた。ちょっとムカついたが、彼の意見を聞いてから文句を言ってやろうと、耳を傾けた。


 あんたが今までどういう人生を送ってきたか知らないが、オレが断言してやる。これはあんたの天職だ。間違いない。オレはあんたにとても感謝してる。あんたがいたから和解できたと思っている。ほかの、あんたが担当した依頼者もそう思っているぜ。


 犬にほめられたよ。

 なんか変な気分。


 セバスチャンを家まで送り、探偵社に帰ると、すっかり夜になっていた。『喫茶れいんぼう』は閉店し、『Barパステル』は看板が華やかな電飾で彩られていた。

 社長は忙しそうに、何やら分厚い本を広げて調べものをしていた。 

 とりあえず公園での事を報告し、書類を書き終えると、

 「さゆりんが夕食を用意しているから、食べておいで」

と言われた。

 さゆりんて。いい年だろ、あんた達。

 心の中でツッコんで探偵社を出る。


 お先でーす。

 お疲れさま~


 地下一階の『パステル』に入ると、平日なのに満席だった。

 カウンターの席がひとつ空いている。目つきの悪い男のとなり。私はためらうことなくその席に向かう。

 「あらマリアちゃん、お疲れさま~」

 癒やしの笑顔で迎えてくれるさゆりさん。

 「今日はちゃんと家にかえれよ。お前、結構重いんだからな」

となりの目つきの悪いヨースケさんがつぶやく。

 「分かってます」

 女性に重いとか言うなんて。でも借りがあるので我慢する。

 奥の厨房から、さゆりさんが戻ってきた。手元のプレートには美味しそうなシチューとパンとサラダ。

 タンシチューよ、とさゆりさん。

 匂いにつられて、お客さんが私のところへ集まってくる。


 これ、さゆりちゃんが作ったの?

 いいなあ~。僕も食べたいなあ~


 おっさんが少年のように目を輝かせている。

 しょうがないわねえ、今日は特別よ、と笑顔で厨房へ戻るさゆりさん。

 大喜びのおっさんに囲まれてシチューをすする私。


 なんだこの状況は!落ち着いて食べられないじゃないか!

 イラついたけど、シチューが美味し過ぎて、つい笑顔になちゃう。

 横を向くと、ヨースケさんも笑っていた。

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