旅立ちの五日目

ピンクのチャイナドレスを着た私。その横には浦兼社長が立っている。

 「今日からみんなの仲間になるマリアちゃん。よろしくね~」

 社長の言葉に、『喫茶れいんぼう』に集まったメンバーが拍手する。


 あたしの若い頃にそっくりだ、とレッド。

 おお、これで空席だったピンクが加わりましたね、とブルー。

 カレーよりマリアが好き、とイエロー。

 若い女はええのう、とグリーン。


 今日はオレのおごりだ。好きなだけ食え、とヨースケさん。大歓声のなか、私の歓迎会が始まる。各テーブルを周りながら、グラスにビールを注ぐ私。ブルーとグリーンに体中を触られながらも笑顔を絶やさない。

 あー、なんだか体が熱くなってきたわー、と私。

 脱いじゃえ脱いじゃえー

 グリーンに促され、私はドレスのファスナーを下ろす・・・・


 夢の中にどっぷり浸かっていた私が浮き上がってこれたのは、ケータイの着信音のおかげだった。窓から差し込む日差しが、少しづつ私を現実世界へ引き戻してくれる。 汗ばんだ体に不快を感じながら、ベッドで身を起こす。枕元のケータイを手に取る。レッドからだった。

 「モーニングコールだよ。もうひと仕事残っているから、出社してきな」

  要件だけ言って切れる。

 シャワーを浴びて服を着替える。家を出たのは八時ちょうど。

 我ながら爆睡したと感心した。

 ファミレスから家に帰ったのが夜明け前だったから、まる一日寝ていたことになる。自己新記録だ。寝すぎたせいか少し体がだるい。

 街の風景を見ながら歩いていると、昨日の事が夢のように思う。とあるファミレスの一席で、世界規模の交渉があったなんて、今だ信じられない。最終的には、夫婦間の愛を確認できて、めでたしめでたし、なんだけど。

 依頼者の旦那さんと奥さん達は、目の前に突然現れた『次元トンネル』とやらに吸い込まれて消えた。スーツ姿のサングラス集団は見事なほど手際よく引き上げ、五分と経たないうちに全てが元通りになった。国道にクルマが走り、ファミレスは客で溢れ、店員は最初に訪れた時のメンバーに戻っていた。

 変わっていなかったのは、テーブルいっぱいの料理を食べていたイエローだけ。私は先に帰ったが、あの調子だと全メニュー制覇したかもしれない。

 

 電車に揺られ、細い路地を歩き、探偵社に着いたら、建物の前にヨースケさんが立っていた。相変わらず目つきが怖い。

 「おはようございます」

私が挨拶すると、

 「朝飯を食って行け」

とだけ言って店内に入った。

 愛想はないけど愛情はあるよね。

 ヨースケさんの美味しい朝食を頂いてから、探偵社の扉を押し開ける。応接ソファーでレッドが煙草を吸っていた。

 「お疲れさん」

 え?

 何だか優しい口調なんですけど。

 違う怖さを感じながら、挨拶して湯を沸かす。自分のデスクに置かれた依頼書ファイルを開く。社長が帰ってくる予定の日までに完遂すべき依頼はあと一つ。

 家出少女の捜索だ。

 成績優秀で真面目な女子高生が、突然置き手紙を残して家出。両親の証言からすると、今日で八日目だ。

 手紙の内容は、

 『少し旅に出ます。心配しないで下さい』

とだけ。

 手のかからない良い子だったのに、家出した理由が分からない。

 両親の言葉が資料に書かれていた。


 お茶の入った湯のみをテーブルに置いてレッドの前に座る。

 「家出した子の写真はあるかい?」

レッドの問いに、私はファイルの中から写真を差し出す。

 彼女はそれを受け取り、じっと見つめる。私はレッドをじっと見つめる。相変わらず目がチカチカする赤いジャージ姿。

 お茶をすすりながらレッドの言葉を待つ。

 写真から目を離して、今度は窓の外を見るレッド。短くなった煙草を吸い、お香の臭いがする煙を吐き出す。

 煙草を灰皿でもみ消すと、キャリーバッグから地図を取り出す。前回の時より範囲の広い地図。ペンで赤マル。探偵社の位置。県堺をひとつ越え一区分をマル。それが多分今回の捜査範囲。

 「写真を見ただけで、家出した女子高生のいる場所が分かるんですか?」

レッドに聞いてみた。

 彼女は新しい煙草に火をつけた。

 「千里眼って知ってるかい?」

 ああ、聞いたことはあります。

 「それが私の能力さ」

遠くの物や人の存在を、その場にいながら理解することができる、それが千里眼と呼ばれる能力さ。と、レッドが説明してくれた。

 「捜査範囲が広いのは、その子が誰かを探し求めているからさ。どこかを拠点に動いているだろうから、まずはそこを押さえることだね」

そう言って、またバッグの中をまさぐる彼女。

 テーブルの上に、クレジットカードと銀行の封筒を置く。

 「会社名義のカードと現金。自由に使っていいから。今回の捜査は二、三日かかりそうだから、そのつもりで」

 私、まだバイトの身分なんですが。

 それと、とレッドが続ける。

 「私達、バカ社長の件で手が離せないかもしれないから、何とか独りで頑張りな」

 どうしても必要な時は連絡してこいと付け加える。

 レッドは千里眼、グリーンはテレポーテション。

 ブルーとイエローは?

 質問する前にレッドは探偵社を出ていった。


 ある程度の情報は頭の中に叩き込み、探偵社を出る。しかし何だろう、この充実感は。振り回されたり、怒ったり、大した事はしていないけど、体には結構疲労がたまっているけど、子供の頃に遊園地に行った時のように胸がワクワクしている。

 この探偵社に来るまでの不運な人生を、たった五日で飛び越えてしまった。

 もしかしたらこれは、私の天職なのかもしれない。そんなことを思って路地を歩いていると、背後からバイクの近づく音が。

 「マリアちゃぁ~ん!」

聞き覚えのある声に振り返ると、目の前にバイクが。

 急ブレーキ。

 後ろ向きに倒れそうになるのをギリギリ耐える。

 原付バイクに乗っていたのは『喫茶れいんぼう』の店員キョウコさん。バイクもヘルメットも投げ捨てて、私に抱きつく。

 「見えたんだよ~!」

泣きそうな顔で彼女が言った。

 同じ言葉を三回程繰り返す。

 こっちは何のことなのか、さっぱり分からない。


 結局『れいんぼう』に引き返す。

 ヨースケさんは、まるで私が来ることを分かっていたかのように、いれたての紅茶を出してくれた。

 カウンターに座った私の横には号泣しているキョウコさん。

 「一体、どうしたんですか?」

私は彼女の背中をさすりながら聞いた。

 大人の女性がこんなに泣いてる姿、初めて見たかもしれない。

 ヨースケさんは、キョウコさんにも紅茶をいれてくれた。

 少しして、ようやく落ち着いたキョウコさんが、ゆっくり話し始めた。

 「あのね、私ついこの間まで探偵社の社員だったの」

意外な切り出しだった。

 「私にもレッドさん達のような能力があって、私の能力は”予知”。これから起こる事が見えたの。ところが、ある日突然何も見えなくなっちゃって。原因も分からないし元に戻す方法も分からないし、このまま探偵社にいても役に立たないから退社したの。だけど探偵社のみんなのこと好きだし、ヨースケさんも好きだし、ここを離れたくなかったので、『れいんぼう』に雇ってもらって、何かほかのことで役に立とうと思って、ホント、ヨースケさんには感謝していて・・・・」

 しばらく感謝の言葉が続いた。

 で、結局キョウコさんの涙の原因は?

 ヨースケさんの方を向いて助けを求める。彼もまた、外国人のように両手を上げて、お手上げのポーズ。

 「はっ」

 そこでようやく脱線した自分に気付くキョウコさん

「それでね、今朝出勤しようとバイクに乗ったら、いきなり未来が見えたのよ!私、ビックリしちゃって。早く誰かに伝えようと思って来てみたら、マリアちゃんがいたからさあ、思わず抱きついちゃった。だって、あまりにも嬉しくて・・・・」

 まだまだ話が続きそうだ。

 そろそろ止めてもいいかな。

 「それで、何が見えたんですか?」

私が問うと、急にキョウコさんの表情が変わった。

 あれ?

 私、変な事聞いた?

 彼女に肩を掴まれた。

 「マリアちゃんの未来に、危険が待っているわ。大抵はこれから起こる事だから、変えることも、避けることも可能なんだけど、何か強い力が働いていて駄目みたい。だから気をつけて。よく考えて行動するのよ」

 はい、分かりました。

 返事はしたけど、どうすればいいのかなんて、さっぱり分からない。


 金髪の外国人に特に注意して


 キョウコさんの最後の言葉が頭の中でこだまする。

 金髪外人なんて、何人いると思ってんのー!



 オープンカフェでしばし休憩。

 電車で二時間近くかけて到着し、すぐに捜査を開始。宿泊していそうなホテルやネットカフェをいくつか周り、行き先をヨースケさんに言ったら、パスタの美味しい店がある、と薦められたので、ここで休憩。

 パスタを注文し、今までの捜査内容を整理する。

 どうやらネットカフェを転々としているようだ。顔がバレないように毎日違った場所に移動しているのかな。店員の証言によると、誰かを探しているらしい。

 ただの家出ではないみたい。

 人探しをしているなら、日中は歩き回っているだろうから、街でバッタリ、もあるかもだけど、確立は低い。かと言って、宿泊先を絞り込むのも難しい。

 さて、どうするか。

 少し考えて、ふとひらめいた。

 私はケータイを取り出し電話をかける。すぐ繋がった。

 「もしもし。どうしましたか、マリアさん?」

相変わらず間延びした声のブルー。

 「あのさ、私がこの前グリーンに送られた部屋って、君の部屋なの?」

 間が開く。

 私が聞きたいのは、今君が考えている事とは違うと思うよ。

 「そう、ですが・・・・?」

 「浮気調査の件で、あの夫婦を監視するのに、防犯カメラの映像を見てたよね?」

 返事はない。

 もう一度キツめに問う。

 「は、はい。見てました」

 「あれでさあ、人を探して欲しいんだけど」

 別に警察なんかに突き出したりしないから。

 電話ごしに、困っている感じが伝わってくる。

 「今は、ちょっと手が離せないんですが。社長の件で調査をしてまして・・・・」

 そう来るか。

 ここは、百歩も千歩も譲ろう。

「この間のチャイナドレス、着てあげるから、先に調べてくれないかなあ?」

 「本当ですか?!」

 即答で、しかも声に張りがある。こんなに食いつくとは・・・・

 「写メを送って下さい」

 アドレスは登録してありますから。

 て、いつの間に!

 一旦電話を切り、女子高生の写真をメールで送る。

 注文したパスタがきたので、返事がくるまでの時間、頂くことにする。ヨースケさんのオススメなだけあって、超美味しい。

 食べ始めてすぐ、グリーンからメール。早くも女子高生を発見したようだ。彼女の行動を監視しながら、居場所を随時メールで知らせてくれるようだ。

 よしよし、いい子だグリーン。

 今はまず、このパスタを堪能しよう。


 空の青が少し赤に染まった頃、彼女は公園のベンチに座っていた。家を出てから七日以上経って、毎日あれだけ歩き回って、疲労だってたまっているはずなのに、そこまで彼女を動かすものは何なのか。

 私はゆっくりと彼女に近づいた。

 「こんにちは、ナナミさん」

 突然声をかけられ驚く彼女。

 名前を呼ばれたことで、何となく察したようで、小さくため息をつき顔を伏せる。

 「初めまして。私は、浦兼探偵社の伊武マリアと言います。ご両親からの依頼で、あなたを探しに来ました」

 彼女、ナナミさんはケータイを膝の上に置いて顔を上げた。

 「よく私の居場所がわかりましたね」

 プロですから。

 本当は入社五日目のバイトの身ですが。

 「家に連れて帰るんですか?」

ナナミさんに問われる。

 返事に困った。

 ほんの数時間だけど、彼女の様子を見ていて、違う感情が生まれていた。

 「家出した理由を聞かせてもらえる?」

そう言って、私はナナミさんの横に座った。

 彼女に触れれば全て分かる。だけど、それはずるい気がした。本人の口から、本人の言葉で聞きたかった。

 ナナミさんは膝の上のケータイをじっと見つめ、開口した。

 「私、生まれて初めて、男の人を好きになったんです」

 最近の高校生にしては珍しいよね。

 それから彼女は、家出してまで探している、恋した男性について話し始めた。信じてもらえないかもしれませんが、と前置きがあったけど、普通の人よりは免疫があると思う。昨日なんか、異世界の人といたんだから。

 彼との出会いから今日に至るまで、色々な意味でドラマチックな話だった。

 「もう一度彼に会って、私の気持ちを伝えたいんです」

 ナナミさんは、私の顔をじっと見て、今にも泣きそうな表情で言った。

 純愛って感じ。初めて異性を好きになったのは、きっと本当。真っ直ぐで、なんだか眩しいくらい。ちょっと羨ましい。

 「何故だか分かりませんが、彼とはもうすぐ会えなくなる気がして。それでじっとしていられなくて・・・・」

 さてさて。どうするか。

 私の仕事は彼女を連れて帰ること。ご両親も心配してるし。

「彼の写真とか、顔が分かるものあるかな?」

ナナミさんに問う。

 「はい。携帯で何枚か撮ったものがあります」

 私はケータイを取り出し電話をかける。

 繋がってすぐ怒られた。

 「色仕掛けでブルーをたぶらかしやがって。バカ社長の件で手一杯なんだよ、こっちは。で、何か用かい?」

 社交辞令のように怒って、すぐ穏やかな声音になる。

 優しい感じが怖いですって、レッドさん。

 「レッドさんの千里眼って、顔が分かればその人の居場所が分かるんですよね?」

 まあね、とレッド。

 「探して欲しい人がいるんです」

 「今からは無理だよ。日が暮れると距離が伸ばせない。明日探してやるから写真送ってきな」

 私の口調で察してくれたのか、レッドは何も聞かず承諾してくれた。

 写真を送りケータイを置く。

 これで間違いなく彼の居場所が分かる。

 「いいんですか、私を連れて帰らなくて?」

 私は彼女の方を見て微笑んだ。

 「彼に気持ちを伝えたいんでしょ?」

 彼女は目を背けなかった。

 それだけ意思が強いなら、彼に会うまで帰らないつもりなんでしょ?

 「明日、私も手伝うから一緒に探しましょ」

 こっちには粒ぞろいの能力者がついている。

 並みの探偵社じゃない。

 「その代わり、ご両親にはちゃんと連絡しときなさい。心配されてるから。あ、でも彼の事は言わない方がいいかな。余計心配されそうだし。まあ、私が上手くフォローしてあげるから」

 私の言葉を聞いて、ナナミさんは立ち上がった。

 「有難うございます。お言葉に甘えてお世話になります」

そう言って深くおじぎをする。

 ここ、こちらこそ。

 なんだかこそばゆい。


 さて。私も助言して、ご両親には納得してもらった。

 辺りはすっかり暗くなり、街灯が夜を演出していた。休日だということもあって、街は若者で溢れていた。

 二人して賑やかな街中を歩く。周りから、私達はどう映っているかな。きっとナナミさんの方が年上に見られている。落ち着きあるし。

 一応、私が彼女の保護者なのでしっかりしないとね。

 今日はここに泊まることにしたのでホテルの部屋を予約した。もちろん、彼女も一緒だ。レッドのお言葉に甘えて、ちょっと良いホテル。

 「今日はがっつりご飯食べて、ゆっくり寝て、明日に備えよう」

そう言って、自分に気合いを入れる。

 横を歩くナナミさん。さっきから元気がない。

 彼に会った時のことを考えて、不安なんだろうな、て思う。嫌な顔されたらどうしよう、とか、こういう時って悪い事ばかりよぎるよね。

 私は彼女の肩をポンッ、と叩く。

 彼女は顔を上げ、私を見る。

 「大丈夫。明日は晴れるし彼にも会える。まずはナナミさんが笑顔でいなきゃ。笑顔は運を引き寄せるから」

 彼女は笑顔でうなずいてくれた。

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