激闘暗夜の四日目
タクシーで乗り付けたのは某有名ファミレス。
浮気相手との密会に使うにはちょっとどうかと思うけど、意外性はある。店員の案内で禁煙席に座る。お客は私と同年代くらいがほとんどだ。
時刻は午前零時十二分。
友達や恋人と来ている人達に、私はどう映っているかな。そんなことを考えながら店内を見回す。国道に面した窓際の角の席。私と同じく独りで座っている女性。写真より若く見えるが間違いない。依頼者の奥さんだ。
飲み物を注文して、しばらく様子を見る。
五分と経たないうちに三人の男性が彼女の席に集まった。
スーツを着た仕事帰りのサラリーマン風、色黒の目つきの鋭い五十代くらいの男性、龍の刺繍が入ったジャンバーを着たチンピラ風。四人共、何一つ接点のない、偶然合い席になったような組み合わせに感じる。
彼女が本当に浮気をしているなら、三人を相手にしているってこと?
そんな風には見えないけどなあ、あの奥さん。
会話している様子をしばらく観察。私の席からは奥さんとチンピラの顔しか見えないが、深刻な表情で、ひとりづつ順番に話しているようだ。
とてもこれから男女の楽しい時間を過ごす、って感じじゃない。
すごく気になる。
直接話して聞いてみたい。
彼女の体に触れることができれば、私の能力で真実を読み取れるかもしれない。上手くコントロール出来るか、自信は無いけど。
三十分程過ぎて、彼女が席を立った。
これはチャンスかもしれない。少し時間をずらせて私もトイレに向かう。
緊張で心臓が激しく動いている。
大丈夫、絶対上手くいく。
彼女はちょうどトイレを出るところだった。手提げバッグの中を探りながら彼女とすれ違い、化粧道具を落とす。
よし、いいぞ。
彼女はしゃがんで拾ってくれた。
「落ちましたよ」
彼女が言った。
あら、すみません。
彼女の手から受け取る。
全神経を右手に集中させる。指先が少ししびれる。
耳元でドンッ、と太鼓のような音がして、たくさんの情報が私の頭の中に流れ込む。
めまいがする。
意識が飛びそうになるのを必死にこらえる。
何だ、これは?
思わず彼女の顔を見る。倒れそうになった私を支える彼女の手から、私の中の何かが吸い取られている。
もしかして、私と同じ能力?
「あなたは、ほかの人間(ひと)と少し違うようね」
彼女は続けて、
「私達に近いチカラを持っている」
と付け加えた。
ただの浮気のほうが良かったかもしれない。
会計を済ませ、私と四人組は店を出る。階段を降りて一階の駐車場を越え、第二駐車場へと進む。そこは少し高い位置にあり、店内からも一階の駐車場からも死角になっている。
私の右腕は目つきの悪いおっさんが、左腕はチンピラがしっかりと掴んでいた。
「記憶を消せばいいじゃないか」
サラリーマンが言った。
「それができれば苦労はしないわよ」
そう言って私を見る彼女。
その後に続いた二人の会話の内容からすると、サイコメトリーの能力を持つ私から、彼女の脳内の記憶、彼女達に会った記憶を消すことができないそうだ。
なんでこうも次から次へと常識外れな事が起きるのか。
何が怖いって、この状況に驚かない自分が怖い。
こうなったら、気になることを聞いてみよう。
「あなた達ってさあ、宇宙人なの?」
聞いちゃった。
違っていたら恥ずかしい質問だよね。
無視された。
四人が私をどうするか思案している。これはこれで恥ずかしい。
待つこと数分。
四人の会話の様子を見聞きした限り、リーダー格は彼女のようだ。彼女が私の方を向く。ここは友好的、かつ穏便に済ませたい。
「あなたの言う宇宙人とは少し違うけど、私達はこの世界の者ではありません」
あらら。
ファンタジーだよ、おっかさん。
頬をつねっても痛くないことを願う。今の言葉忘れるから、浮気しているって事にしといてよ。そのほうが探偵話っぽくっていいからさ。
「以前に、私達の世界の研究員が二度訪れた、という報告を受けて、双方の世界に影響がないか調査に参りました」
あなたが私から読み取った内容は真実です、と言葉を続ける。
空想の世界でしか見たことが無いような乗り物や建造物、そして何より様々な人種が住む世界。人なのか獣なのか、区別のつかないのが見慣れない街を歩いている。
目の前にいる彼女も、私の腕を掴んでいる男達も、本当の姿は少し違う。
そう、まさにファンタジーの世界。
ファミレスの駐車場ではムード無いよ。
だけどさあ、異世界から調査に来てるにしてはこの都市(まち)限定なんて、ピンポイント過ぎないかい?日本だけじゃなく、地球規模で調べないと。
もっと大掛かりに、人海戦術で調査すればいいのでは?
と、思い切って聞いてみた。
「予算の都合でこれが精一杯なんです」
夢の無い答えが返ってきた。
じゃあ、次の質問。
「私をどうするつもり?」
彼女は腕を組みシンキングタイムに入った。時々三人の男達の顔を見ながら、唸ったり星空見たり。あー、何だかじれったい。
そこへ、二人組みの男性が第二駐車場にやって来た。
でっかいデブとちっちゃいジジイ。イエローとグリーンだ。
「お、いたいた」
そう言って手を振るグリーン。
あんたその格好、どう見てもパジャマ。しかも緑の水玉模様かよ。どんだけ緑にこだわってんの。隣のイエローは歩きながら何か食べてるし。
「なんじゃ。女二人を男三人で取り合っとるのか。こんな夜中に叩き起されて来てみたら、ただの色恋沙汰とは。バカバカしい」
「違うわジジィ!!」
思わず叫んでしまった。
三人の男達が一斉に上着の中から何かを取り出す。彼らの手には見慣れない物が握られていた。状況からして武器の類だと思われる。
ちょっとヤバイんじゃない。
イエローとグリーンの足が止まる。車三台分くらいの距離。
「助けて欲しいのか?」
グリーンが言った。
あんた、自分の置かれている状況分かってんの?
「助けて欲しいのか?」
繰り返し言った。
「助けられるの?!この人達、拳銃みたいな武器持ってるよ」
私の言葉を聞いて、グリーンはフンッ、と鼻で笑った。
何だよ、それ。
「おっぱい揉ませてくれたら助けてやる」
はぁ?! 何だそれ。
「揉ませるわけないだろ!」
そう宣言すると、グリーンはすぐ背中を向けた。
「帰るぞ、イエロー」
歩き出そうとするグリーン。何かを食べ終えたイエローはようやく私の方を見た。
「マリアが捕まってる。オレ、助けたい」
イエローが言った。
腕を伸ばしグリーンの服を掴む。
「マリアを助ける」
グリーンは振り返りため息。
「仕方ないのう。これは貸しにしといてやる」
何の貸しだよ。
そのまま動くなよ。私にそう言って、グリーンの手がイエローに触れた。
瞬間。
イエローがすぐ目の前に立っていた。
彼の両腕が伸びて、私の左右に風が吹いた。おっさんとチンピラが駐車しているクルマの天井に落ちた。
イエロー、回転。
奥さんの頭上を伸ばした腕が通り過ぎサラリーマンの顔面にヒット。彼はクルマのボンネットに叩きつけられた。
私も奥さんも、口を開けたまま固まっている。
ドヤ顔のイエロー。水玉パジャマのグリーンがサンダル履きでパタパタと近づいてきた。こっちも自慢げな顔だ。
「惚れ直したか?」
グリーンにツッコむ余裕がない。
「後はワシとイエローに任せろ。お前はブルーの所へ行け」
そう言って、私のオシリをペチン、と叩く。
辺りが真っ暗になって、水の中に飛び込んだような感覚が襲った。
はい?
私は見知らぬ場所に立っていた。駐車場ではなく、何処かの部屋の中。数台のモニターが照明代わりになっている。
「こ、こんばんは」
目の前の青い物体がしゃべった。青い髪に青いジャージ。モニターに映る画像を見ながら、キーボードを叩いている。
「グリーンは人や物を瞬間的に移動させる事ができます。テレポーテーションと呼ばれている能力です」
聞く前に答えてくれてありがと。
で、ここは何処?
「今、依頼者のご主人の動向を追っていたんですが、少々雲行きが怪しくなってきたので、マリアさん説得してきて下さい」
全く状況が分からない。
ブルーは手を止め振り返った。私は目線を合わせるため、その場に座る。
「時間が無いので簡単に説明します。本件の依頼は奥さんの浮気調査でしたが、実際は違った。彼女は異世界から来た調査員。一方、依頼者のご主人は、表向きは普通のサラリーマンですが、実際はある国家組織のメンバーで、異星人、異世界人などの調査・対応を仕事とされています」
はい、もうお手上げです。浦兼探偵社は閉店します。
「組織は奥さん達異世界人の排除を決めました。強制的に帰還させるか、拒めば殺される可能性もあります。ご主人は期間無制限の滞在許可を求めていましたが、却下されてヘコんでいます。マリアさんはご主人を説得して、排除に向かった組織のメンバーの所へ向かわせて下さい。分かりましたか?」
全部を受け入れるのにはためらいがあった。
だけど・・・・
「つまり、旦那のやる気を取り戻せばいいのね?」
私の問いに、ブルーは笑顔でうなずいた。
「グリーンが間もなくここへ来る手筈になっています。それまでは待機です」
わかった。
では、とりあえずこれに着替えて下さい。
ブルーが差し出したのはピンクのチャイナドレス。
「えーっと、なんで着替えるの?」
「ぼくの趣味です。写真を撮らせて下さい。あ、何ならぼくの目の前で着替えてもらってもいいですよ」
私は拳に力を込め、腕を振り上げる。
「じょ、冗談、冗談。ははは、軽いアメリカンジョークですよ」
以前私が殴った頬をさすりながら、再びモニター画面に向かうブルー。
ほぼ同時に胸元の違和感。
背後から伸びた手が、私の胸を揉んでいる。
「やはり若い女のオッパイは、張りが違うわい」
こめかみ辺りの血管が、音をたててキレた気がした。
例のホテルのラウンジで。ブルーが言った。
おお、あそこか。距離的にギリギリ送れそうじゃ。と、グリーンが返す。
指先は動かしたまま、会話は勝手に進んでいる。胸ぐら掴んで往復ビンタ食らわせてやろうと振り返ると、そこは静かな音楽が流れる、多分ホテルのラウンジ。
深呼吸して怒りを沈める。
貸しだ。貸しにしといてやる。小声で何度もつぶやきながら立ち上がる。楽しくお酒を飲んでいたお客さん達が、突然湧いて出た私を見て固まっている。
構ってられない。
真っ直ぐ、カウンター席へ向かう。依頼者の顔は知らないけど、あのオーラのない背中はきっとそうだ。
「こんばんは」
そう言って隣の席に座る。
男は目線だけ向けてグラスに入った水割りを飲んだ。
「私、浦兼探偵社の伊武マリアといいます。依頼者の方ですよね?」
ああ、そうだ。
男はグラスを見つめながら答えた。
時間が無いんだよね。説得しないと駄目なんだよね。頭の中で言葉の構築をする。
「始めから分かっていたんだ」
男が言った。
私は彼を見つめる。
「俺と彼女は、お互いの立場を知りながら結婚した。そこに愛なんて無くて、情報収集と監視のため生活を共にした。それでよかったはずなのに。そのままなら、こんなに苦しまなくてよかったのに」
そう言って下を向く依頼者。
そうだよね。三年も一緒にいれば、愛情だって湧くよ。
「浦兼さんとは古い知り合いでね。相談したら、俺に任せとけ、て言われたけど、どうやら間に合わなかったようだね」
今にも泣きそうな顔してる。おいおい、男だろ。しっかりしろよ。
「まだ間に合います。もう一度、奥さんがこのままいられるように、仲間の方々を説得しましょう」
もう無理だよ。
依頼者はグラスの中身を飲み干した。カラン、とグラスの中の氷が音をたてる。
「奥さんの事、大切に思っているんでしょ?失いたくないんでしょ?立場とか関係なく、旦那さんとして、奥さんを守ってあげないと」
「遅かれ早かれ、いつかこういう日が訪れるんだ。このまま彼女と別れてしまった方が、お互いのためにいいのかもしれない」
愛しているんでしょ?
愛だけではどうにもならない。
あー、ダメだ。
埒があかない。このタイプの男は苦手だ。
「失礼します」
そう言って、私は彼の顔に思いっきり肘鉄を食らわせた。
彼は椅子から落ちて、絨毯の敷かれた床に倒れた。私はケータイを取り出しブルーに電話をかける。
まわりの客は自己防衛のため見て見ぬフリ。
構ってられない。
「あ、もしもし。今すぐグリーンを来させて。私と依頼者をさっきのファミレスまで送って欲しいんだけど」
少し間があいて、
「すみません。グリーンは疲れたからもう寝るそうです」
自力でお願いします、とホテルの住所とファミレスの場所を言うブルー。
エロジジイめ、覚えとけよ。
メモをとり電話を切る。依頼者は床で伸びている。
さて、ホテルの玄関までどうやって運ぶか・・・・
ラウンジの中で、一番体格の良いマスターと目が会った。
三十分後。
再びタクシーでファミレスに到着すると、少し状況が変わっていた。
夜なのにサングラスをしたスーツ姿の男達がファミレスの周りにうじゃうじゃ立っていた。意識を取り戻した依頼者と私がタクシーを降りると、その男達に囲まれた。
タクシーは誰かの指示で、お金をもらわず走り去った。
草木も眠る丑三つ時。
サングラス軍団以外、クルマも人もいない。それは夜中だからだけではなさそうだ。
ファミレスを中心に半径何キロ内封鎖、て感じだ。
男達に囲まれたまま、私と彼はファミレスに入った。お客さんはいない。窓際の奧の席に人だかり。奥さんと例の三人が座っている。その周りに数名の男達。通路を挟んだ向かいの席にはイエローが座っている。テーブルいっぱいに置かれた料理を嬉しそうに食べている。
ファミレスの制服を着たスタッフが、厨房の前に三人立っているが、さっきとは別人だった。
彼は出入口の前で立ち止まった。
「状況は?」
すぐ横の男に聞く。
「異世界人を拘束しようとしたところ、あそこの巨漢の男に邪魔され、十名負傷しました。伊武マリアが到着するまでここを動かない、とのことです」
男達の視線が私に集まった気がする。
お仲間たちがケガしたのは私のせいじゃないよ。私が悪い、みたいな目で見ないで欲しいんだけど。
依頼者の彼の足がなかなか進まない。
ここまで来て、まだためらってんの?!
「奥さんに良く思われたいとか、嫌われたくないとか、そういうのを捨ててしまえばいいんです。あなたの素直な気持ちをそのまま伝えればいいと思います」
彼は私を見た。
表情が少し穏やかになった気がした。
奥さんは私と彼を見て緊張がほぐれたのか、笑顔になった。でも何だか寂しそうな顔をしている。イエローが私に話しかけようとしたので止めた。
彼は奥さんの前の席に座った。
「もうこの世界には居られないようです」
奥さんが言った。
「そのようだね」 と、彼が返す。
「私達の調査は、ほぼ完了しましたので帰還します」
「・・・・そう」
しばし沈黙。
私の方から彼の顔は見えないが、今一番良い顔してると思う。
「僕も一緒に行くよ」
彼の発言に、周りの男達がざわついた。
「君のそばにいたい」
「でも、私とあなたは・・・・」
前例があるだろ?
と、彼は奥さんの言葉を止めた。
「以前来た研究員は、日本人の青年と共に帰還している。多分、彼と今の僕とは同じ気持ちだ。もう君のいない人生なんて・・・・」
彼は言葉に詰まりうつむいた。
奥さんは彼の顔をじっと見つめていた。泣きそうになるのを必死で我慢しているような表情をしている。
「私もです」
奥さんの言葉を聞いて、彼は顔を上げる。
「私もあなたのいない人生なんて・・・・」
二人の様子を見ながら、私の顔は自然と笑顔になっていた。
イエローが大声で、おかわりー!、と皿を掲げていた。
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