第二章 絶対に捕まってはいけない女子高生二十四時 - Don't be captured! High-scjool girls!

「乗って」

 旧いアメリカンロードムービーみたいな小粋さで私を招く源子(ひかるげんじのおとめ)さん。

(でもでも! ――――これは『好機』!)

 【特異点】の為人を知るには、最高のチャンスです。

 さりげない会話から徐々に徐々に、本性を丸裸にしていけば!

(彼女は恋愛理想郷(霞城中央)の圧政支配を目論む恋愛暴君(ラブタイラント)なのか? 否か)

 潜入調査員Rage against the Beautyの腕の見せどころ、や~って参りました!

「し、失礼しまーす……」

 促されるがままリアゲートから乗り込めば、再びワンボックスは県道の登攀を始める。

「馬鹿じゃない、あんた?」

 心の防壁を簡単に打ち壊してくる、フランクな物言いで彼女は。

「おろしたての制服で山歩きとか」

 背中やお尻の汚れをパンパンと叩き落としてくれた。

「すいません……」

 粗方ホコリや木屑が落ちると彼女はタオルを持ち出して、

「動かない」

 自分でやりますから、の手を制して額の汗まで拭ってくれました。

(うわぁ……)

 息のかかる距離で眺める彼女は、嘘みたいな美しさで認識を曲げてくる。

 盛り過ぎデコレーションを鼻で笑う、素体の美。接着剤まみれの人工睫毛や不気味なカラコンの力を借りるまでもなく、各々のパーツが自己主張しながら、絶妙バランスで統合する。

 遠くから眺めても、近くで凝視しても、嘘や破綻の混じらぬ造形(パーフェクトフォルム)。

(綺麗……)

 こんな子が? 退屈な授業から目を逸らせば、こんな子が同じ教室に座ってるんですか?

(想像できません……)

 この子と私が同じ背景を共有して然るべき、ありふれた凡俗のフレームに収まるとは思えない。

 グラビアの美少女ですよ。レンズの向こう側で撮られるべき被写体(Girls on Film)です。

「……何?」

 やばいやばい不躾に凝視してしまってた! 我を忘れ見つめてしまってた。

「い、いや、あの……素敵な車ですね!」

 つい、口から出任せで誤魔化してしまいました。

 シートが取り払われた無骨な車内、どこが「素敵」なんだ、こんなの?

 壁は所狭しと液晶が吊るされ、無機質な理系空間にはオシャレのオの字もないですよ?

「…………興味あるぞな?」

 ところがところが。口から出まかせの賛辞が意外な方へと刺さっちゃいまして。

 背中を向けてコンソールをパチパチしてた金髪の女子が、目を輝かせながら振り返った。

(ガイジンだ!)

 思わず息を呑んでしまう――不思議な色。碧とも翠とも呼べない不思議な虹彩の瞳。

 見慣れない肌の色に髪の色、この子もまた、私たちとは隔絶した美の境地にいる。

「これで参加者をモニタしてるんですか?」

「お目が高いぞな、参加者のケータイを擬似ビーコンにして位置情報を定期送信させてるぞな」

 ご機嫌ラプンツェル、大規模MMOの攻城戦かSLGみたいな画面を指しながら説明してくれた。

(ん? ちょっと待って? …………てことは、この車は審判車?)

 ドベの競技者がオフィシャルに回収されるって、失格を意味しますよね、常識的に考えて。

(だとしたら……私は入部資格を失ってしまったってこと?)

 じゃ最初で最後のチャンスじゃないですか、贅理部の懐へ潜り込むの!)

「山田桜里子」

「は、はいっ!」

 とんでもない美少女から名前を呼ばれれば、思わず背筋が伸びる。反射的にシャキーン。

「あんたをこの車に乗せたのは……訊きたいことがあったからよ」

 小首を傾げた光る源氏の乙女から、値踏みの視線。

「入部試験へエントリーした、ただ一人の女の子…………まさか?」

 ラプンツェルちゃんも訝しげな目で私を睨んでくる!

(ラストチャンスなのに風前の灯????)

「山田桜里子……」

 うわー! うわー! うわーわーわーわー!

「あんた、もしかして!」

「――まさかもしかして!」

 おねがい、おねがい神様ヘルプ! 私に猶予を下さい! あと僅かばかりのお慈悲を!

「…………同志?」

「へ?」

「贅理部(あたしたち)の大義に共鳴して、馳せ参じてくれた子?」

 大義???? 大義って何だ? 新歓の部活案内(ガイド)にも書かれてなかったですよね?

「あ、いや……まぁそんなもんです……かな? たぶん?」

 諜報員ならポーカーフェイスで相手が望む答えを返さなくちゃいけないのに!

(だめだこりゃ!)

 ごめんねみんな! 山田には才能がありません! 全く以てスパイに向いてませんでした!

「おわっ!」

 バカっとリアゲートが空いて、そこから蹴り捨てられるのかと思ったのに。

「Welcome to ようこそ贅理部へ!」

 思いっきりハグされてます。光る源氏の乙女ちゃんとラプンツェル、両方から!

「キノコチェックの時から、この子なんか違うって思ったの!」

 勘違いされてる? 全く存じ上げませんよ贅理部の大義とか? 何の部活かも知らないのに?

「あ、あははは……」

 でも潜入者(Rage against the Beauty)には好都合、ここは適当に話を合わせていこう!

「あたしが部長の彩波悠弐子、こっちが副部長のB子」

「びーこさん……」

「バースディ・ブラックチャイルド」

「だからB子」

「い、いいんですか、そんなんで?」

「構わんぞな」

 物事に拘らない性格なんでしょうか?

 まぁ、その美貌があれば、名前なんてどうでもよくなるほど印象に残りますけど。

「初っ端から新しい同志を迎えられるなんて、贅理部、幸先いいわね!」

「瓢箪から駒ぞな!」

 思いがけないほど好意的に受け容れられました。なんか勘違いされてるっぽいですが。

「ありがとう桜里子!」

 小さい女の子が等身大のテディベアを抱きしめるみたい、ギュギュッと抱かれてしまいました。

 こんな抱かれ方は初めてです。こんなにも感情任せに抱かれるなんて、大人になってからは。

(うわぁ……)

 同じ背丈の女の子に、頬と頬が触れ合うと蕩けてしまいそうな柔らかさの。二人の柔らかさが重なると1+1が2じゃなくて200くらいに感じる。これが女の子同士の感度なの?

「あ、あの、これから私たちはゴールへ先回りですか?」

 ご主人様と永遠に遊んでたい猫みたいな状況が続いても困るので、私からドロップアウト。

「そうぞなー」

 私の背中へ身を預けてきたラプンツェルが応えてくれた。

「スタートの時、入部試験の合格者は先着七名って言ってましたよね?」

 ここ、ここ。核心です。Rage against the Beauty(私)が探らなきゃいけない肝心な部分。

 女子二人に対して男子七人は多すぎる気がしなくもないですが……それが本当であれば、許容範囲と割り切りましょう。上澄みの男子七人を攫われてしまうのは癪といえば癪ですが、それでも男子全員を根刮ぎ奪われるよりはずっといい。口惜しいけど誤差の範囲としときましょう。

「ああ、あれね……」

 ところが。

「あれは、う~ん……」

 歯切れが悪い。光る源氏の乙女さん、口ごもる。ラプンツェルへアイコンタクトを送るも、

「うー……」

 送られた方も困る、と言わんばかりの声。

(まっ、まさか!)

 この期に及んで、まだ未練があるんですか!? 霞城中央逆ハーレムに!?

(でもダメです、そんなの!)

 皆の前であんなにハッキリと宣言したんですよ? 女子にだって二言はないですよ!

「取り敢えず、その辺は後々考えようか……」

「ぞな……」

 話が違う! と激昂してはダメ。ここはグッと堪えて。ここで怒ったら正体がバレてしまいます。

「で、でもどうして七人なんですか?」

「あたしとB子で二人だから……」

「ホントは三人募集だったぞな」

 分かりません。男1:女1以外の恋愛公式が思い浮かばないんですけど、私には。

 三人?? 七人?? なんでそんな中途半端な数なんですか????

「桜里子が入ってくれるのを想定してなかったし……」

「う~ん……」

 二人の頭の中には、恋愛公式以外の何か、法則性のある共有概念があるんでしょうか????

(でも……待って)

 告知通りなら贅理部には七人の侍(男の子)が入部してくる……それに対して女子が三名、

(てことは?)

 あぶれますよね男の子が必然的に?

 もし相手を選ぶ選択権は女子側で有している、という前提に立つのであれば、

(悠弐子さん×男子xx、B子ちゃん×男子yy)

 という連立恋愛方程式が成立した場合、

(私×男子5zz)

 なる恋愛(カップリング)式が残るのでは?

 なに? なにそれ? 私いきなりかぐや姫ですか? 阿倍御主人、大伴御行、石上麻呂、庫持皇子、石作皇子が一斉に求婚してくる?

 あれ? もしかして入学早々絶対恋愛黙示録(アポカリプスオブデスティニー)成就ですか?

 彼女たちのオコボレとはいえ、オートマティックに彼氏ゲット? なんて美味い話! これが女子高生パワー? モテの黄金期が為せる技なんですか?

「それでゴールはいつ頃になりそうなんですか?」

 シラクスの刑場を目指した高潔の人みたいにヘトヘトで辿り着いた彼を、抱き留めてあげたい!

「おそらく……明後日の夕刻ぐらいかな?」

「え?」

 ……何を言っているのかよく分かりません。

「つかぬことをお訊きしますが……これ、何キロぐらいあるんでしょう?」

 携帯へ配信された手書きの絵図、それを示しながら訊いてみれば、

「百五十キロほど?」

「は?」

「百五十キロ。地図上の直線距離で」

「……ひゃく……ごじゅっきろ?」

 なな何言ってんだ、この人? そんなの無理に決まってるじゃないですか!

「こんなに簡略化されまくった地図とか!」

 走れど走れど地図に記されたチェックポイントまで辿り着かない不思議、それって私が地図を読めないからじゃなかった! リテラシー云々より、そもそも手書き地図の縮尺が常軌を逸してた!

「戦国時代じゃあるまいし……」

「そう、戦国!」

 なのに悠弐子さん(この美少女)ったら、

「日本史上に燦然と輝く伝説の行軍よ!」

 目をキラキラと輝かせながら仰る。

「一日に七十キロとも九十キロとも語り伝えられる電撃移動……道幅二間の街道を都合二万の軍勢が昼夜問わずに走り切った!」

 ウットリするような美声で武勇伝を語りなさる。歴史バラエティのナレーションみたいに。

「一方、栄養状態の観点で言えば戦国の雑兵を大幅に上回る現代人よ?」

「熟せぬはずもなし!」

 PCで旧山陽道の立体地図をグリグリと動かしながら、ラプンツェルも断言する。自信満々に。

「その上、重い具足も武具も持たなくていい。履いている靴は草履とは比べ物にならない!」

 それはそぅ……いえいえいえ! 危うく納得しそうになりましたけど……ちょっと待って下さい!

 ロクなインフォメーションも与えないままでそんな無茶苦茶やらせること自体おかしいですよ!

「神君伊賀越えならば三日間で二百キロよ!」

「さっすがー東照大権現!」

「神君!」「伊賀越え!」「神君!」「伊賀越え!」「神君!」「伊賀越え!」

 古のバンカラ応援団みたいに光る源氏の乙女、左拳を脇腹に当て右拳を上下に振りながらシュプレヒコール。ラプンツェルと掛け合いながら。

(マトモじゃない!)

 本気で言ってるとしたらヤバい域です、いやマジでマジで大マジで。

 この子、八甲田山死の行軍を招いた無能軍部の生まれ変わりじゃないですか?

(これマズい!)

 もはや貞操観念の調査とか意味がないです! マジモンの危険人物じゃないですか!

「あ、やっぱもうちょっとかかりそうぞな、ゆに公」

 B子ちゃん、愛用のPCを覗き込みながら確認する。

「寒気が入って……山は雪ね」

「ちょ! ちょっと待って下さい! それはマズくないですか?」

 罷り間違えばリアル八甲田山ですよ? 下手をすると遭難の可能性すら!

 こんな狂気の沙汰だとは知らないまま、軽い気持ちでクロスカントリーに臨んでるつもりですよ?

「そう?」

「ぞな?」

 こ、この子たち! 危険と分かっていながら意にも介さぬその態度!

 まさかまさかまさかまさか………この子たちまさか!

 ―――――――― 男 の 子 が 嫌 い なのでは?

 常軌を逸した入部試験、それを使って男子全員を葬ろうとしているのでは? 「こんなことになるとは思わなかったんです」と涙目の裏でほくそ笑む、悪魔的メンタリティの持ち主なのでは?

 じゃなきゃ考えつきません! 考えたとこで実行に移したりしません!

(悪魔!?!?)

 どう見ても姿形は天界から転げ落ちた天使にしか見えないのに!

「止めましょう! こんなことは! 今すぐ中止しましょう!」

 かつて男の子から、どんな酷い目に遭ったのか知りませんが!

 男子全般に恨み骨髄、抱いているのかもしれませんが!

 不特定多数の男子を毒牙に掛ける恋愛テロリズムとか正気の沙汰ではありません!

「桜里子!」

 それでも光る源氏の乙女、私の手を握って宣言する。

「私たちは――恋を殺す、殺さなくてはならない!」

「恋を、殺す……?」

 いったい何のことを言ってるんですか? 恋愛対象となる男子を根刮ぎ亡き者にするってこと?

 糸満ちゃん、倉井ちゃん、羽田ちゃん、霞一中 恋愛ラボのみんな!

 【謎の彼女X】は学内男子の独り占めを目論む恋愛暴君などではありませんでした!

 彩波悠弐子とバースデイブラックチャイルドは男嫌いの悪魔です!

 恋愛暴君なんて生易しい! それよりも質の悪い恋愛アナーキストでした!


 ここまで聴いてしまったら、もはや退くに退けません。

 折角、苦学を重ねて入学した恋愛理想郷が目前で壊されようとしてるんですよ?

(止めなきゃ!)

 潜入工作員Rage against the Beauty、たった今から愛の守護者として悪魔思想の美少女に立ち向かわねばなりません! 彼女らのとんでもない企てを阻止するため!

(とはいえ……いったいどうしたら?)

 男の子たちは山で悪戦苦闘中。女子の脚では追いつきません。それこそ序盤の裏山越えで嫌というほど痛感させられました。

 誰か協力してもらえる人を探して、人海戦術で男の子たちを救出する?

 警察とか消防とか山岳救助隊とか地元消防団とか……

(無理……な気がする)

 だって、馬鹿正直に知り得た情報を伝えたところで、信じてもらえると思います?

 子供の悪戯、女子高生の悪巫山戯として一笑に付されます。絶対まともに取り合ってもらえない。

 なら、どうすれば?

「うーん……うーん……」

 助手席で膝を抱えながら懸命に考えていたんですが……

「うーん…………うーん…………うーん…………」

 車が峠を越える間中、ずっと桜色の脳細胞をフル回転させてたのに……未だ名案、降りてこず。

「うう…………」

 窓の外、変わりゆく景色が更に私を焦らせる。

 もはや男子たちの凄絶サバイバル現場は遥か彼方、高度に都市化された中核都市の領域です。

 広々としたの幹線道路、林立するビルディング、垢抜けた若人と見慣れない制服、街を闊歩する異邦人率……生粋の霞城っ子である私には、何気ない街の風景だけでも気後れさせられちゃう。

「けしからん……」

「実に、けしからんぞな……」

 そんな様子を窓にへばりついて眺める美少女AとB……なんか憂いてます。

 仲睦まじく手を繋いで歩道を歩く制服の男女を睨んで、憂いています。

(逃げて男の子!)

 人は見かけに拠りません!

 毒気など無縁の美少女に見えて、実は危険思想を信奉するデンジャラスガールズです!

「さ!」

 杜都市の中心部、時間貸しの大型立体駐車場へ車が滑り込めば、

「行くわよB子桜里子!」

 降りちゃいました。

「え? ここゴールじゃないですよね?」

 縮尺も何もあったもんじゃない適当作画の地図、それと実際の地図を照らし合わせても、ここは目指すべき終着点ではないはずです。

「ゴールの想定は明後日って言ったでしょ、桜里子!」

「贅理部の辞書には『時を浪費する』という文字はないぞな!」

 サイコパス男子キラーにとっての「有意義」ってなんでしょう?

 効率のいい殺し方でもレクチャーしてもらいますか? 中東帰りの元傭兵さんとかに?

 そんな道場が杜都(この街)に存在するのかも知りませんが。

「ここ!」

 この高層ビルに入ってるんですか、元傭兵さん主宰の殺人道場が?

 杜都でも一、二を争うオフィスタワーですけど? 相当お家賃高そうですけど?

 こんなとこには入れませんよ普通の会社じゃ……何か、ボロ儲けできる事業でも展開してないと。

 殺人道場の受講料だけじゃ、場末のプレハブでも怪しい気がするんですが……

(まさか!)

 XYZ的な裏稼業で稼いでいるとか? 教えるだけでなく、実践も?

 も、杜都くらいの大都市になると、そういう始末屋が平然と存在したりするんですか?

(というか私も!?)

 殺人レッスンを受けなくてはならないんでしょうか? 男死すべし! の贅理部の掟に従って?

 『疑ってるわけじゃなかと……貴様の腕なら簡単じゃろ?』とチャカを渡されるパターンですか?

「遂に来た……」

「ぞな……」

 閉じた箱(エレベーター)で牙を研ぐ二人、

 恍惚の笑みで漲る、光る源氏の乙女。半目で舌舐めずりするラプンツェル。

 『触るな危険』の殺気を放電しちゃってます。

(……!!)

 正視しかねて目を逸らせば――鏡。エレベーターの殺風景を誤魔化す鏡。

 天井から注ぐ間接照明、その無機質な陰影に非日常のシェイプが浮かび上がる。

(な!)

 なんて……なんて美しくも冷たい貌。色のない世界で、背筋が凍りつきそうな白と黒。

 馴れ合うことなくそれぞれの空を見つめる三人は、まるで娯楽大作の番宣ポスターみたい。

 私は完全に添え物ですが。

 レイアウト的に物足りない部分を埋めるためだけに挿れられた、脇役Aです。

 それでもキマってるのは何故でしょう?

 この二人に比べたら私は問題外、女子高生という品種が同じだけで、一山幾らのお値打ち品と桐箱入りの極上逸品を比べるような、言うまでもなくナンセンス。

 もしも可能性があるとしたら背丈くらい?

 着衣でもプロポーションの違いは一目瞭然、なのに背丈だけはピタリ同じ。

 同級生ですから、同い歳ですから。そこは似通っていても驚くに値しませんか。

 そのせいですかね? 三人で並ぶと意外なほど収まりがいい。画的なバランスが採れている。

「…………ひゃ!」

 不意に手を握られた……と思った次の瞬間にはアウトオブコントロール。

 合気道の達人並みの重心操作で、傘回しの枡になり……気がつけばお姫様のポジション。

 覗き込んでくる王子様に頬を染める、フィギュアスケート・ペアの定番王道姿勢。

「とりゃ!」

 もしかして鏡の向こうで狙っている? プロのカメラマンさんがベストショットを狙ってる?

 なんて錯覚しそうになるほど彼女は次々にポーズを拵える。私を小道具と弄びながら。被写体として最高の映りを究めようとする探究心。誰も見てないのに。

 気がつけば個室(エレベーター)は私たちの自撮りステージ。ラプンツェルも加わって、ああでもないこうでもないと試行錯誤。

「あっ、すいません!」

 扉が空いたらお客さん、乗るつもりだったのに目を剥きながら『閉』連打。

「お遊びはここまでよ」

 調子に乗りすぎたお遊びも棚に上げて悠弐子さん、

「いざ! 悪の本丸へ!」

 悪の本丸????

「え? 元傭兵が教える極上殺人術 短期集中レッスンじゃなかったんですか?」

 ハァァ? って顔されちゃいました……何言ってんだこの子? という理解不能の表情。

 何やってんですかRage against the Beauty!

 疑念を与えちゃダメです、出来得る限り話を合わせていかないと!

「………あ、悪の本丸ですね? ええ、もちろん知ってます。タマを獲ったりましょうタマを!」

「さすが桜里子!」

「見どころがあるわ!」

 ああ、私なに言ってんだろう? 濡れています。嫌な汗で背中がびっしょりです!

「でも桜里子は下がってて」

「加入したばっかの子には荷が重いぞな」

(た、助かった!)

 でも本当にヤル気なんでしょうか?

 悪の本丸って……相当悪どい商売(シノギ)でも抱えてないと無理です、こんなビルにアジトを構えるなんて。そんな凶悪反社会団体へ乗り込もうとか正気の沙汰じゃない!

 チン!

「え…………?」

 どう考えても無事では済まない先行きにガクブルしてたら……

「ここって……」

 悪どころか社会に貢献する善良な会社のオフィスもありませんよ?

 確か最上階は展望スペース、市民へ無料開放された憩いの場所のはずですが……

「押す階、間違えてません?」

 そんなキナ臭い詰め所なんて存在しませ……

「いざ!」

「ぞな!」

 熱り立つ二人は扉が開くなりダッシュ! 弾け飛ぶ勢いでフロアへ!

「え? …………えーと?」

(やっぱり冗談だったんでしょうか?)

 もしやあの子たち、少しばかりお巫山戯のすぎる言語感覚で生きているんでしょうか?

 「お釣り百万円」と言いながら百円を渡す駄菓子屋のオバちゃん的な?

 てことは、そもそも【地獄の山中百五十キロ走破】も嘘?

 ベタベタな誇張表現? 関西系? 真に受けたらダメな感じの?

「……なのかな?」

 掴めない。美少女のリアリティが掴めない。どこまでがホントでどこからが冗談なのか。

 まぁ、冗談なら冗談で、それに越したことないですが。

 虚言に踊らされたピエロでも構いませんよ私は。取り返しのつかない大風呂敷が嘘であるなら、騙されても構いません。人様に迷惑をかける、その片棒を担がされた罪悪感に苛まれる方が嫌です。

 人生は、へいおんが一番! 何も起こらないことが最高の幸せです。

 人も羨むようなスペシャルハッピーに恵まれなくたって、

 後ろ指さされるほどのアンハッピーでないのなら、

 横並びの人生に加わりたい。高望みなどせず、分相応な幸せを享受したい!

 へいおん! へいおんが一番!

 私が主人公のアニメを作ってもらえるならタイトルは「へいおん!」で願いたい!

「む!」

 エレベーターから少し歩けば展望スペース。

 やってます、やりやがってます! 人目も気にせず堂々と!

 この時間、社会人の皆さんは充実の社畜ライフを送ってらっしゃるので、展望スペースは暇な学生の溜まり場なんですね。本来は市内の文化や史跡名所が掲示された観光客向けの施設なのに……

(まっ!)

 窓際なんて男女が交互に数珠つなぎ、ほとんど人間オセロです!

 傾く陽のムーディなライティングを浴びつつ、桃色空気が蔓延するハッテンスポット!

 独身者(ひとりもの)や友人同士で迂闊に踏み込めば、桃色毒素にやられてしまう。気まずさで正気を保てなくなる。資格なき者を決して踏み込ませぬ、一種の恋愛結界です!

 耐性を得るには、恋人という解毒剤なかりせば、紫になって死にます。デロデロデロデロデーロ。

(こ、ここはダメです!)

 ここにいていいのは当事者だけ。当事者と当事者だけが許される恋愛異空間です。

 ほぉーら見て下さい!

「あれ?」

 二系統の異なる視線が対になって、こちらへと向けられている。

 一つは間違いなくネガティヴな感情の篭った冷たい視線。不適格者は去れ、という侮蔑の目線。

 他方は……温度が反転してませんか? 誰ぞ彼と目を凝らす好意の波長…………

「これはっ!」

 産まれてこの方、向けられたことのない視線にピンときた。

「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」

 これは一目惚れの視線です。男の子たち、腕に抱いた彼女そっちのけで意識を盗られてる。

 新歓オリエンテーションと同じ現象ですよ、望都子(モコ)ちゃんというホヤホヤ彼女が傍にいながらも、かぐや姫に心を奪われた彼と同じ構図です!

 なら、視線の集約点は決まってるじゃないですか。

 現実という常識の集合体、そこへ忽然と現れる美の超越者に向けられた目です!

「悠弐子さん! B子ちゃん! なにやってるんですか!」

 振り返れば奴がいる。

 展望スペースに鎮座する隻眼の騎馬武者銅像、彼とタンデムライドしてる美少女AとB!

「あぶない! あぶないですって!」

 だけどそんな心配は馬耳東風、止めようにも止められない像の上で傍若無人!

「恋愛菌に脳を冒されてしまったあんたたちへ告ぐ!」

 ミニハンドマイクを取り出して叫び散らす!

「人の脳とは!」

「脳とは!」

 何を言い出すんですか、このイカレ美少女ども?

「比較を止められない器官である!」

「あーる!」

「この地上に性というシステムが誕生して以来、DNAの継承に有利な個体を選別すること、それが生命の営みだった!」

「生物の授業で習ったぞなな? 覚えてないとかほざく悪い子いねが?」

 性の嗜みを満喫してた男の子も女の子も皆ポカ~ンと固まってる。

「数学的に考えれば――統計学的にあんたたち全員別れる!」

「お前も! お前もだ! お前もお前もお前らもぞな!」

 神の目線、天啓を与える神の角度でB子ちゃんが【預言】をバラ撒く。

「食事の好みや生活習慣、金銭感覚や些末な価値観の違いから、セックス観、人生設計観まで、綻びの種はありとあらゆる場面で芽生え、すれ違いを助長していく! 進学就職による環境変化を始めとして思いもよらない躓きで脆くも崩れ去ってしまうのに!」

「のに!」

「あんたらの人生は誰かのもの! 目の前の子じゃない、誰かのもの!」

 ぶっちゃけ過ぎです悠弐子さん……平成のぶっちゃけ王ですよ、あなた。

 言わなくてもいいこと吹聴して回る大迷惑女子です、たとえそれが事実だったとしても。

「実もならぬ木に水を与えて、虚しくないのか!」

 見て下さい、完全に冷めちゃってるじゃないですか!

 あんなにやる気満々だった心のオットセイさんがヘナヘナに萎んでますよ、みなさん。

「恋愛は徒労である! 害毒である!」

(いったい何がしたいんですか、この美少女ども!)

「殺せ! ――ロマンティック・ラブイデオロギーを殺せ!」


 死ぬかと思いました。私の女子高生人生が。こんなことで警察のご厄介になって学校に通報されたりしたら、「しばらく学校来なくていいよ」的なお達しを受けちゃうところでした。

 そんな羽目になったら、必死に受験勉強して霞城中央へ入学した甲斐がありません!

 入学早々問題行動を起こした子なる風評が広まれば、恋人候補から除外されちゃいますよ! 霞城中央のみならず近隣の男子高校生すらも!

 なので! 【絶対に捕まってはいけない女子高生二十四時】の勢いで展望フロアから逃亡です。

 血相変えて追ってくる警備員さんたちを、どうにか振り切りました。途中何度か本当に諦めかけましたけど……その都度、人間離れしたエスケープスキルで私を先導してくれたんです、この二人。

 猛烈な人混みもNFLのランニングバックと見紛うカットバックで擦り抜け、階段では待ち構えていた警備員さんすら呆れ果てる人間キャットウォーク。踏み外したらタダでは済まない手摺の上を躊躇なく逃走していくんですから。

 これでは命が! 生命がいくらあっても足りません!

「し、死ぬかと思った……」

 私、高所恐怖症なんですよ? 子供用のアスレティックだって、膝ガクガクなのに!

 あんな安全装置も何もない普通の手摺を、拝み渡りさせられるとか!

 腕を引かれ尻を押されながら駆け抜けさせられるとか! 二度とゴメンです!

「アンチロマンティックラブイデオロギープロモーション、大成功!」

「杜都の浮かれポンチどもに正義の啓蒙をぶっかけたったぞな!」

「「まさに贅理部、大勝利!」」

 私が青い顔でグッタリしてるのもお構いなしで勝鬨を挙げてますこいつら!

「千里の道も一歩から!」

「雨垂れ石をも穿つ! レジスタンスの一滴も、やがて実になる花となるぞなー!」

「は?」

 まだヤル気なんですか? こんな無謀な夜を繰り返す気ですか?

「折角杜都まで遠征してきたんだから、二、三箇所は回らないと勿体ない」

 B子ちゃんのPCを開いて襲撃計画を練り始めてるし!

「ちょ! ちょっと待って下さい、悠弐子さんB子ちゃん! そんなのダメですよ!」

「「…………」」

 私の諫言に固まる悠弐子さんとB子ちゃん。

「確かに」

「言われてみれば」

 分かって貰えました?

「桜里子の言う通りかもね……」

 ですよですです! 話せば分かってくれると信じていました!

「ターゲットが似通れば、警戒網を敷かれるわ」

「だったら標的を変えるぞな? 動物園か遊園地にでも?」

 そういう! そういう問題じゃないです! 根本からして間違ってます!

「時間帯を考えると……」

 いつの間にか陽は落ちてしまい、外は夜の帳が。

「や……止めませんか、ね?」

 ダメ元で直球を投げてみたんですが、

「そだな」

「ぞな」

 拍子抜けするほどアッサリ聞き入れてくれましたよ?

 な、なんなんだこの暴走少女たち?


 さすが地域一番の中核都市です、夜になっても人波は衰えず、アーケードは大賑わい。

 遅くとも夕食前には帰宅、塾で遅くなっても、お母さんのお迎えでドアツードア。そんな中学時代とは別世界の、解放感! こんなに遅い時間に外で過ごしてるんです、それも女の子だけで。

「んー!」

 街へ繰り出そう。誰かと一緒に意味のない時をすごそうよ。無駄を分かち合えるのが友達だもの。

 切磋琢磨は打算の言葉です。優劣が存在するところにに友情はない。

「自由だぁー!」

 目的もなくフラフラ徘徊しているだけで大人を実感する。

 ビバ女子高生! 広がってく世界が私にはある! 楽しいことは自分(わたし)が決めるんだ!

「女子高生に成れてよかったー!」

 取り留めもなく、目についたものを摘み食いする好奇心の蝶。高い高いのアーケードの下、ただ練り歩くだけで心ウキウキ。肩で風切り、足は自然とスキップアンドギャロップステップ。

「……!」

 するとすぐに私の隣を歩く彼女と彼女が気づくんです。

 そして心憎いほどナチュラルに、合わせてくれる。私のビート、沸き立つ心のバイブスを汲み取って勝手気ままなアレンジまで加えながら、踊り踊れメリーゴーラウンド。

(なんだ、なんだこの子たち?)

 彼女のステップ、アカデミックでありながらもラフ&カジュアル。様式に縛られないフリーダム。

 伊達眼鏡とキャップで美貌を隠しても、ムーブメントが人目を射抜く。

 どう見ても只者じゃない。彼女と彼女は私をストリートの劇空間で弄ぶ。


「うがー!」

 気が済むまで体を動かしたら、ベンチで一休み。

(綺麗……)

 彼女の魅力は活動量に比例する。動けば動くほど目が離せなくなるGirls on Film。グラビアではなくてムービーの美女。日常の光景をレンズの向こう側へ、飛躍させる魔力がある。

「動いたら腹減ったぞな」

「それもそうね」

 そろそろ私もお腹が空いてきました。色々ありすぎて忘れてましたが。

「じゃなに? 牛タンでも?」

「ジローにしやうぞなジロー。せっかく杜都まで来たんぞな、ジロー食べないとダメぞなー」

「霞城市(地元)にもインスパイア系があるでしょ?」

「本物こそが唯一のordinary scaleぞな」

「一理あるわB子」

「あ……あるんですか悠弐子さん?」

「オーソドックスの真髄に触れずして亜種を語る、それって馬鹿げたことよ」

「まずは食べろよ、食べれば分かるさ!」

 B子ちゃんはラーメンマニアなんでしょうか? 既に食べる気満々っぽいです。

「でも、ラーメンでしょ?」

「んあぁ?」

「所詮ジャンクフードじゃない?」

「……ジローを馬鹿にする奴はラード地獄に堕ちるぞな。永遠にラードしか食えない地獄に!」

「やれるもんならやってみなさいよ!」

 キャップと伊達眼鏡を床へ叩きつけて、メンチを切り合う悠弐子さんとB子ちゃん!

 もう! 意外と話が分かる子って安心した傍からコレです!

 なんなの? なんなの美少女って生き物は?

 導火線が短すぎます! 短くていいのはスカートの丈だけですよ! 女子高生は!

「ああもう! 止めて下さい天下の往来で! ほら怪訝な目で見られて……」

 ……見られ…………ん? なんだこの既視感?

 これ味わったことありますよ?

 出汁と脂、普通なら上手く混ざらない二つの液体が、乳化という過程を経て複雑に混ざり合う、一緒くたに襲ってくるスープケミストリー……

「うっ!」

 植樹を利用したイルミネーション、その下では何組ものカップルさんたちが幻想的な装飾を見上げながら「ねぇ見て綺麗」「君の方が綺麗だよ」的なテンプレートラブを勤しんでいまして。

 そりゃ睨まれますよ邪魔すんなって睨まれますって!

 いえ、正確に言えば睨んでるのは女の人だけで、男性は馬鹿みたいにお口あけて呆けてます。なんでそこにいるのかよく分かんないほどの美少女に見惚れて我を失ってます!

 それが乳化既視感の正体ですよ!

(ヤバい!)

 ここにいてはいけない! おそらくいけない! いちゃいけないんです私たちは!

「ゆ、悠弐子さ……」

 即座に彼女と彼女へ撤退を具申しようとしたのに、

「貴様ら!」

 やおらミニハンドマイクを持ち出し、さも当然のように持ち出し、

「貴様らはー、騙されていーる!」

 アジり始めてやがります! この暴走美少女どもは!

「夢幻を崇めろ、実態なき幻想を奉れと刷り込まれている!」

「何が恋か! 正体不明の鵺を有難がったところで何があんたらに報いてくれるのか!」

「本当の愛は――そこにはなーい!」

「殺せ!」

「殺せ!」

「「ロマンティック・ラブイデオロギーを殺せ!」」


 もうね。こうなると分かってるのに。分かり切ってるのに何故やっちゃうんでしょうか?

 自制心とかないんですか? この二人は? 社会性とかないんですか、悠弐子さんB子ちゃんは?

 なくてもいい。なくても許される、そういう人種が存在することは分かります。

 この二人には神からの贈り物(princely gift)がある。それを捧げる巫女となるのならば、信者や庇護者があなたがたを守ってくれるでしょうよ。

 だけど今は、誰も守ってくれない荒野のシチュエーションです。

 ヌクヌクした秩序の恩恵に浸っていられるのは、外してはいけない箍を保持しているからです。

 それを迂闊に外しちゃったら!

「こうなりますって!」

 今度は警備員じゃなくて本物のポリスですよ?

 色々と無理です、無理すぎます! 私たちの女子高生生命が風前の灯ですよ!

 サイレンと警笛が鳴り響く様をお尋ね者の側から聞くことになるなんて!

 下手に逃げたせいか、それとも見物人が通報しまくってくれたせいか、アーケード街は騒然。裏道に逃げ込んだところで捕縛も時間の問題ですよこんな状況じゃ!

「大丈夫よ桜里子」

「な、何が……?」

 どんな確信を以って大丈夫と仰るか?

「だってあたしたち――女子高生じゃん?」

 だ、だから?

「謝れば許される……大概のことは謝れば」

 な、何を言ってるんです、この子たちは?

 そんなわけないじゃないですか。人様に迷惑をかけたら罪を認めて償わなくてはならない。

 女子高生だから何の特権が? その肩書が免罪符になるとでも?

 ――――なりませんよそんなもん!

 類稀なる美貌と才気に満ちた、多少の傲慢もお目こぼしされる美少女だからと言ってですね!

 限度が! 限度があるってことを分か…………

「あ……」

 精密な器官(パーツ)が私の背中を擦る。

 細く、長く、美しく、造形者の卓越は指を見れば分かる。丹念に、細心の注意を払って形作られた奇跡のフォルムは、その違いが一目瞭然。溜息の出そうなデリケートシェイプなんですから。

 その指が私を擦る。生えてなどいないのに……羽の付け根を探すみたいに肩甲骨を撫でる。

「大丈夫」

 そして名を唱えられたのなら、

「桜里子」

 自分の名前なのに、今まで何百回何千回と聴いてきた音なのに。違う次元から呼びかけられているような、妙なる響き。

 おかしい。自分の名を呼ばれているだけなのに、泣きたくなるのは何故でしょうか?

 完全調和からホンのの僅かだけ、微粒子のレベルでズレた音が、私の感性を壊す。

 打ち込まれた楔が意識を穿ち、永遠に残存する――音の棘。

 だめだ。私は彼女の虜。美の蜘蛛糸に絡め取られる哀れな蝶になる。

(綺麗……)

 真実には美しさが宿るけど、その逆は成り立たない。邪にも美が宿るんです、数限りない例がそれを証明している。

 だけど美には……美には意識を捻じ曲げる、歪めてしまう魔力がある。美は強力なバイアス、玉石混交あらゆる概念を「True」と歪めてしまう。

 それを理解してる、弁えている、盲信厳禁と知ってるのに……曲げられる意識。

 触れる頬の感触、肌を撫でる髪と指、火照った体温と彼女の匂い。五感六感全てで美に冒される。

「おい!」

 ああもう無粋な声が! 官能カンバセーションに蕩けかけた意識は警察官に散らされた。


「日本の治安はあのような存在に守られているんですね……」

 職責を全うすることに一切の迷いがない。国民の安全と治安を守ることに誠心誠意の皆さんに。

 善良な市民には心強い限りですが、追われる側に身を置くとここまで厄介なものだったとは……

「ほとぼりが冷めるまで隠れていないと」

「隠れると言ってもですね……」

 ここは大都市杜都、私たち(霞城っ子)にはロクな土地勘もないアウェイの地ですよ? そんな街で逃走中しても、アッサリ捕まるのがオチですよ?

 それに、あなたがた。悠弐子さんとB子ちゃん、超目立つんですよ。

 無感情に棒立ちしてたって誰もが視線を奪われます、それどころかほとんどの人は二度見しちゃいますよ。振り返って自分の視覚異常とか認知ミスを疑います。それくらいの美少女オーラが出まくってますから。誰がなんと言おうとあなたがた、問答無用の美少女誘蛾灯です。昼だろうが夜だろうが老若男女を惹きつける視線の女王です。

 本来なら、こんなにも人通りの多い繁華街など歩けません。さっきは人相隠しのサングラスと帽子があったからなんとかなったものの、変装グッズは逃亡の際にパージしてきちゃったじゃないですか。

「どうすんですか……もう八方塞がりなんですけど……」

 こうなったら潔く自ら進んでお白州へ進み出て「すいませんでした!」と土下座するしか……

「だめぞな」

 どうしてですかB子ちゃん?

「捕まったら強制送還」

「それは避けないといけないわ、贅理部的に」

 ゴールで入部試験レースの勝者を迎えるのが使命だって、自覚はあるんですね?

 だったら、こんなオイタ、しなけりゃいいじゃないですか……

 大人しく牛タンディナーでも愉しんでればよかったんですよ。ゲーセンとかネカフェとかカラオケとか映画とか女子高生らしい暇つぶし手段には事欠かない、ここ杜都市ですし。何を好き好んで官憲の皆さんと鬼ごっこしなきゃ……

「あ」

 とか後悔に苛まれる私を余所に、悠弐子さん、

「あれ」

 人だかりができてますね? なんでしょ? 何かイベント的な催し物でもやるんですかね?

「使える」

「ぞな」

 待って下さい悠弐子さんB子ちゃん! 大通りへ出たら見つかっちゃいますよ!

 絶対に見つ……


 ……かりませんでした。

「どうして…………?」

 夢でも見てるんでしょうか? 何のアポも取ってないのに、すんなり建物へ入れちゃいましたよ?

『お疲れさまんさー』

『たばさー』

 とか適当な挨拶でゲートをパス。

「あの、悠弐子さん……何が起こったんですか?」

 遠き宇宙の秩序維持騎士団みたいな能力で、ゲートキーパーにマインドトリックを?

「別に何も起きてないわよ?」

 何も起こってないなら、どうして無関係の私たちがこんなところに出入りできるんです?

「こんなところだから」

 ズンズン、ズンズズン……

「古めの雑居ビルにしたって騒音が酷いですねぇ? 壁越しに衝撃が……」

 ワァァァーッ!

「ん?」

 壁に耳を当てて音の正体を確かめてみると、音楽演奏……それもお客さんの入ってる演奏会?

「ライブハウスぞな、ここ」

「裏でたむろしてたの、グルーピーでしょ?」

 確かにバンギャっぽかったですよ、今にして思えば。そこまで観察する余裕がありませんでした。

「でも! だからって!」

 どうして私たちだけ特別扱い?

「出演者とでも思ったんでしょ」

「は!」

 目立って目立って仕方ない自分らの容姿を逆手に取った!?

 確かに悠弐子さんとB子ちゃんは演者側の人です。産まれながらにしてそっち側です。アリーナでワンオブゼムに紛れるより、舞台上に立ってるのが適性位置に思えます。

「勘違いするのは向こうの勝手よ」

 この子は知ってます、自分の価値を知ってる。パスの提示があろうとなかろうと、こんなにも美しい子なら通すのが当たり前だ、と相手の認識回路をスイッチングさせてしまえると知っている。

 美のインプレッションがもたらす強烈な先入観。私(凡人)には思いもよらない発想ですよ。

 同じ女子高生、同期の桜の同級生。のはずなのに、どうしてここまで違うのか?

 糸満ちゃん、倉井ちゃん、羽田ちゃん、霞一中 恋愛ラボのみんな!

 報告します。

 【謎の彼女X】は私たちとは異なる時空を生きてます。まず思考の前提が違いすぎる。古典力学と量子力学くらい相容れない前提では、同じ物を見ても解釈が違って当然です。

 つまりRage against the Beautyは不適格者。

 この子(彩波悠弐子)を理解できるのは、ただ唯一B子ちゃんだけだと思います。

 以上――報告終わり!

「ぐへー」

 アクシデントの悪魔に祟られっぱなしとか、どこのハリウッド映画ですか?

 女子高生の耐久力はダイソフト。コーンカップに載るソフトクリーム程度しかありません。

「ぷはー」

 今まで疲れがドッと出た。机に突っ伏して疲労のエクトプラズムを吐く。

(でも、これで御役御免)

 Rage against the Beautyは退役します。

 早く帰って、要点をまとめたレポートをLINEへ流せば、日常へ戻れます。

 山田桜里子(わたし)のポテンシャルではこの辺が限界です。

 この殺風景で雑然とした控えでもいいから、グッタリと休みたい……

 バァァァァン!

「もしかして君たちが代打?」

 運命の神様は意地悪。

 ノックもなしに控室の扉が開かれ、血相を変えたスタッフさんが飛び込んできた。

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