少子化克服エンジェル ゆにばあさりぃ(革々)
妹小路ヘルヴェティカ
第一章 恋と選挙とグリコパイナップルチョコレート - Love, Election & Glico, Pineapple, Chocolate.
真新しい制服。真新しい級友。真新しい校舎。真新しい季節。
視るもの全てが新鮮に見える――――春(ブランニューシーズン)!
私、山田桜里子も晴れて、女子高生の仲間入りです!
この晴れ晴れ愉快な春の日、心浮き立たずに居られましょうか?
「……うへ♪」
いや、られません!
「ふ……ふふふ……ふふふふふふふふふふふ……♪」
鎮まれ鎮まれと自重しても自然と浮かんできちゃうんです、含み笑いが!
自然と全身から溢れ出る悦び、鎮められないハッピネス!
辛い受験に耐え忍び、ゲットしましたJKライフ! 始まります薔薇色の人生!
長く長く続くこの坂を登り始める、今よファンタジスタガール♪ 咲かせて希望の花を!
「グーリーコ!」
銀の翼をのぞみに乗せて、正門へ続く坂を跳ねるように三歩! 勝利者の路を駆け上がってたら、
「桜里子!」
呼び止められちゃいましたよ、私と同じ真新しいセーラー服の彼女に。パイナップル色してた春休みの髪もバージンブラックに染め直し、見事な新入生スタイルの猫被りマイフレンズに。
「あ、望都子(モコ)ちゃんオハヨー!」
「浮かれまくりじゃん桜里子?」
「当然ドゥェズ!」
だって私は女子高生! 女子高生様ですから!
「そうよ女子高生! あんたは女子高生よ、桜里子! 山田桜里子!」
「イエス!」
ガッチリと繋いだ掌を中心点にして二人でメリーゴーランド♪ 女の子は巡り巡って星の数の恋と出会うの♪
「恋愛付加価値が最高に高まってる『選ばれしクラス』だよ! 人としての!」
「ハァーイ!」
「ソシャゲで言うなら星5よSSRよ、存在自体がレアカードよ!」
「あなたとは違うんです!」
って国民大多数へ向かってドヤれる階級入りです!
「やったね望都子(モコ)ちゃん!」
「思えば苦節xx年、艱難辛苦を耐え忍び、いよいよキミ飛び立つ時!」
ヨヨ……とレトロ昭和の母親よろしく、しなだれかかってくる望都子(モコ)ちゃん。
「ありがとう望都子(モコ)ちゃん……」
私と望都子(モコ)ちゃん、同じ中学から上がってきた旧知の仲です。
とは言っても、単なる腐れ縁の慣れ合いフレンズじゃない。
「遂に成果試される時よ桜里子!」
思春期の自意識が芽生えた頃から研鑽を共にしてきた「戦友」みたいなもんです。
「おうよ望都子(モコ)ちゃん!」
――――何を磨いてきたのかって?
んなもん決まってるじゃないですか。
女子が女子を辞めるまで、女の子が磨くものと言ったら女子力しかありません!
「「世界を革命する女子力を!」」
一夜明けたら誰でも主人公(ヒロイン)! アンノバーナイ サクセス!
ハートのハンドサイン掲げ合い、ここに誓わん!
「女子として運命(デスティニー)切り拓くの! 桜里子!」
「求めし止まん絶対恋愛黙示録!」
「愛こそ全て!」
「愛こそ正義!」
「我ら愛に生き愛に死す!」
「「それが霞一中 恋愛ラボラトリ、愛の戦士たちなのです!」」
「決まったぁぁぁー!」
ぱぁーん!
黒人ヒップホッパーみたいなテンションでハイタッチ! イエス、モコちゃん!
朝からアゲアゲ、ゴキゲングルーヴ!
ここ、ライブステージの舞台演出なら、プシャァァーって煙出てるタイミングです!
パイロ炎が盛大にブワァッって! ドラゴンの息みたいに!
「望都子!」
なーのーにぃぃぃー。
「あ、ジュンジおはよぉ♪」
ついこないだ、先を越されてしまいましてね。
実は望都子ちゃん、最近ねんがんの彼氏をゲット。
本来なら今日という日は、私たち二人の恋愛出陣式になるはずだったのに……スタートラインに立つことなく望都子ちゃんキャンセルです。前途洋々たる勝ち組女子として。
『ごめーん桜里子、あたし彼氏できちった♪』
『は!? …………どこ中の子!?』
『霞城中央』
ぬ、抜け駆けにも程がある!
合格発表後の短期間で、これから入学する高校の同級生を捕まえるとか!
どんだけアクロバティックなフライングゲットですか?
ジャンケンもしないうちからグリコパイナップルチョコレート! と一足飛びにゴールイン!
「許さないぜ、望都子……」
(うぉ!)
実際にヤってるところ初めて見ました!
(こ、これが壁ドン!)
恋愛ラボでも予行練習したことはありましたけど、あれは女の子同士。似たような背丈では様にならないのに、さすが本物の男の子!
「ジュンジ……」
これ! この圧迫感が女の子の可憐さを引き立てるんですね!
「約束忘れたのか?」
女子同士では結構なガハハキャラの望都子ちゃんですら、恥じらいに頬を染めいています!
「…………お前の初めて、全部俺が貰うって言ったろ」
「ジュンジ……」
「俺とお前が校門を初めて潜(くぐ)ったから、今日が初登校記念日だぜ望都子」
聴いてるこっちが赤面しそうな台詞を臆面もなく吐けるメンタリティ。これが恋愛若葉マークの怖いもの知らずなんですね……
羞恥心が消え去った二人の世界、まさしくバカップルという単語が相応しい恋愛結界が……
いや。ダメよ、桜里子。祝福したげないと。
女の幸せを妬んでも仕方ない。全く以て建設的じゃありません。
結果は結果として潔く受け止めるのが日本人の美徳です。いつまでもウダウダと拘ってたら性格が歪んでしまいますからね。顔に出ちゃいますからね。醜さが顔に。
「じゃ望都子(モコ)ちゃん、山田はお先」
「一緒に行こうよ? 校舎すぐそこじゃん?」
「お邪魔虫は仁義にもとる」
ラブラブな二人に割り込むなど野暮天のすることです。独り者はクールに去るよ。
グッドラックのサインでサラバイバイ。校舎へ駆けてく陽気な桜里子さん。
「うぉっと!」
行く手を遮る、通せんぼのバー。
「そうだ、生徒手帳」
IDチップが埋め込まれた生徒手帳をセンサーに翳さないと通れないんでした。さすがはオール新築の校舎、不審者侵入対策も万全です。
ピポッ!
SUICA感覚でサクッと通り抜け、改めて後ろを振り返ってみると……
「さ、望都子」
「うん、ジュンジ♪」
ピポッ!
隣り合ったゲートを手を繋ぎながら同時入場してますよ、あのバカップルども。
(うわぁ……)
そしてその初通過記念を自撮りに収めてます。朝の通学渋滞も構わずに、二人の世界。
ラブラブオーラを振り撒きながらアーチチーアーチーなスキンシップ!
迷惑千万な同級生たちは怪訝そうに二人をチラ見してますが……
(あれは人を羨む目ですよ!)
人目憚らずチュッチュハグハグするバカップルが羨ましい! できることなら成り代わりたい!
そういう目です!
自分に嘘は良くないですよ、ミスターマイセルフ?
「ぐ……」
ええその通り。ご多分に漏れず私も、認めざるをえない――この焦燥。滾る想い。
「望都子(モコ)ちゃん、見せつけてくれる……」
いつか私にも素敵な王子様が。女子はみんな夢見るアドレセンス。サムデイ マイプリンス ウイルカムを信じているんです。幼かった時、白雪姫やシンデレラを読み聞かせられた頃から、決定づけられた運命です! それこそが絶対恋愛黙示録なのです!
研鑽を積んできた女子力を糧に探し出す――――運命の男子(ヒト)を。
祝高校御入学の今、今こそ運命という果実を収穫する収穫期! 脇目も振らずに獲りに行きます!
「山田も見つけますよ!」
だって今日から私は女子高生! 天下無敵の恋愛適齢期ですよ! 人生に於いて今以上の売り手市場はありません! なにせ女子高生ですもん! 約束されたモテの黄金期到来! 熱い! ヤバい! 間違いない季節です!
(待ってて望都子(モコ)ちゃん! すぐ山田もソッチ側行くから!)
望都子(モコ)ちゃんがパイナップルの歩みなら、私はグリコ。ノロマな亀でも着実に階段を登ってみせます!
叶えます【絶対恋愛黙示録】! 世界を革命する女子力で!
厳かな入学式も恙無く執り行われ、午後。
『機材の不調により開始予定が遅れておりますが……えー、もうすぐ始めま~す!』
怒涛の勢いで弁当を掻っ込み我先にと講堂へ戻ったんですが……私が到着した頃には、既に良い席は全部確保されちゃってました。
「てか入学式よりも期待感が充満してません?」
私が着席した後も続々と新入生が入館してきて、気がつけば講堂の三分の一が前からギッシリ。みんな今か今かと心待ちにしている様子です。
『お待たせ致しま……した……』
キーン……ブツッブツッブツッブツッッ……
『只今より生徒会主催、新歓部活勧誘オリエンテーションを開催致し……ま……』
ハウリングと接触不良の聴き苦しいマイクでも、
ワーッ!
客席は喝采と拍手で歓迎してます。
そんだけみんなも思っているんです、部活は大事だって!
部活選択はJKのクオリティオブライフを左右するシリアスインシデントですから。吟味に吟味を重ねて慎重にジャッジを下さないと、運命を拾い損ねますもんね。
『高校ならば野球部でしょ! 目指せタッちゃん甲子園!』
周囲の同級生たち、案内冊子(ガイド)と壇上を見比べながらコソコソと所感を交わし合う。
「ピンと来んねぇ……」
「甲子園へ行く前に交通事故に遭っちゃいそう」
「女子マネとチアって、どっちが男の子と仲良くなれるかな?」
「うぅ~ん……アナウンス研究会とかの方が?」
授業のガイダンスよりも真剣です、男子も女子も目を皿のようにして。
本気です皆さん!
――ところが。
『吹奏楽部は全国を目指す部員を募集します! あたしたちダメ金じゃ満足できません!』
『君らも水泳に青春を賭けてみないか! 見てくれ、この上腕二頭筋を!』
『サバイバルゲームに興味ないかな? 夏は流し素麺で親睦を深めましょう!』
『山ガールになって登山しよう! 初心者でも目指せ富士山、谷川岳!』
もう何人登場したかな? 数えていないけど二十人か三十人か?
廻るお寿司のごとく「部長」さんが登壇して熱いアピールを繰り広げてますが……
『デジタル打ちからオカルトまで、今麻雀が熱い! 高校王座を手土産にプロデビューしちゃお!』
『天文部で地球外生命体とコンタクトしないか?』
『バイクで稚内までツーリングしましょう♪ ブンブンブブブンブブブンブゥーン♪』
『馬術部で馬に乗りませんか? 日本人初の凱旋門賞制覇を目標に……』
『軽音部、楽器が弾けなくてもお茶とお菓子が大好きなら!』
『囲碁部は霊的存在との交信を念頭に……』
『ゲーム制作部で一山当てちゃうぞ! 学生起業して百万本売れるソフトを開発するわよ!』
『自転車部、君もツール・ド・フランスを目指すっしょ!』
『フィギュアスケート部に入ってロシア人コーチと一緒にグランプリファイナルを獲るぞー!』
『南国のアイスホッケー部!』
『人力飛行機部!』
『女子落語研……』
霞城中央は新設校です。汎ゆることが新規立ち上げになるわけで、部活とて例外ではありません。
「まだ出来てもいない部活のアピールなんて、こんなもんですか?」
『新歓』と銘打たれていても、勧誘演説してるのは「仮」の部長たち。当然彼ら彼女らも新入生ですから、実績や伝統もゼロベースで作らざるを得ない。だからフワフワとした具体性に欠ける大言壮語ばかりになっちゃう。
(だけど、こんな回転寿司状態になっちゃってるのは……)
参加の申込みが多すぎるからに他なりません。
『はーい、女子プロレス部さん終了でーす。舞台から降りて下さーい』
『え? ちょっと待ってよ! こっからが良いとこなのに!』
生徒会役員四人に四肢を掴まれ、ハンティングで捕らえられた獲物みたいな有様で退場させられていく水着の女子。ご愁傷様です。
「一体いくつ設立申請が出てるんですか?」
配られた案内冊子(ガイド)の厚みがセンチ単位になっちゃってる時点で予測できたことですが。
『えっと次は弓道部? ……弓道じゃなくて柔道部?』
「ちょっと生徒会! マイク切れてるじゃん!」
柔道部の部長候補さん、手際の悪い生徒会執行部に怒り心頭のご様子。
『すいません! すぐ直しますんで!』
「ああもうタイマー動いてる! ちゃんとウチらの持ち時間リセットして!」
うん、分かります。こんなにgdgdな運営じゃ文句の一つも言いたくなります、確かに。
「ふぁぁ……」
(は!)
つい欠伸など……こんな腑抜けた態度じゃ霞一中 恋愛ラボの面汚しなのに!
(緊張感! 緊張感を持ってこう桜里子!)
運命ちゃんの前髪は短いの! デコ丸見えの超ショートバングなんだから!
ムニイィ! ほっぺを抓って眠気を飛ばそうとしたのに、
「ふぁぁぁぁ……」「ふへぁぁ……」「ふへぁぁ……」「ふぁあぁ……」「ほわぁぁ……」
私だけじゃなかった。要領を得ない空疎なアピールタイムに飽き始めていたのは。
(むべなるかな……)
入学式で昂ぶった緊張感から下り坂、次に訪れるのは鎮静です。ハイアンドローのリズムが人の生理です。ブツブツ切れるマイクも興を醒まし、沈滞の淀みをウエルカム。
「書道部です! ダンスをしながら書を書きます!」
かといって悪目立ちのスタンドプレーは逆効果ですよ? 冷えた客席相手じゃ痛々しいだけです。
(ああ……)
さすがは新設校、新品のフカフカな座り心地が堪りません。抑えた照明は柔らかな暖色系。これでは眠りに誘われない方がオカシぃ……
「桜里子桜里子」
白河夜船になりかけた私の肩をトントントン。
「は!」
警策の気配に身を正す座禅の人みたいな反射で振り返れば……
「望都子(モコ)ちゃん……」
椅子列と椅子列の間に腰を屈め、神妙な顔で彼女は、
「ゴールしてもいいんだよ?」
飛び級パイナップルちゃんから『楽になれよ』と堕落のお誘い。
見れば望都子(モコ)ちゃんの背後には彼がスタンバイ。このまま実のない話が続くのなら、さっさとエスケープしちゃおうって体勢ですね? 放課後ティータイムへシケ込もうって腹積もりですね?
「こんなとこでリタイアなんて!」
そうです! 看護科へ進学した糸満ちゃん、調理科へ進学せざるを得なかった倉井ちゃん、近隣学区唯一の音楽科に推薦された羽田ちゃん……中学で切磋琢磨して女子力を磨いた仲間、志半ばにして疑似女囚監獄へと飛ばされた彼女たち(ラボメン)の無念を思えば!
見て下さいこの痛ましくも心強い励ましのLINE画面を!
『あたしらの屍を越えて行け』『恋愛戦士死ニ給(タマ)フコトナレ』『山田桜里子君の恋愛運長久を祈る』……どれも怨嗟の篭ったオドロオドロしいスタンプ付きで。
哀しみの川です、彼女ら(ラボメン)の涙 集めて早し最上川です!
それを思えば私はエリート! 男女50:50の普通科高校へ通える私は、選ばれし恋愛エリート候補生なんですよ! 選ばれし者の恍惚と不安、我に在り!
「OK桜里子、心ゆくまで粘りな」
ちょっとだけ憐れみ入った笑顔でハートのハンドサイン。勝者の余裕。
でも私だってすぐにそっちへ参りますから。
たとえ亀の歩みだとしても、グリコ三歩分しか進めない双六でも、私は既に立っているんです。早いか遅いかだけの違いです、いずれ勝利の恋愛女神が私を優しく抱きしめて……
『 ザ ワ ッ ! 』 って書き文字が宙に浮かぶのが見えた。 …………気がした。
おかしい。目に映る皆が【凍りついている】。
望都子ちゃんも望都子ちゃんの彼も、私より後列に座った生徒全員が全員、まるで時が止まったかのように息を呑んでる。緩み澱んでいた生徒たちの緊張感が嘘みたい反転しちゃってます!
「え?」
異様さを産む元凶は視線。全員の目線が均一すぎるから異様に見える。
なに? 何が起こってるの? 私の背方向、舞台上で声も出せぬような異常事態が?
「…………」
不気味な静けさの中、身構えながら向き直ってみれば……
(か――――――――かぐや姫?)
演壇脇に飾られた豪奢なフラワーアレンジメント。あれを斬った断面から現れた花の精。
「……!!!!」
としか、考えられない!
だって霞城中央のセーラーより十二単衣が似合いそうな子が立ってたんですから!
(なに? なんなのあの子????)
どんだけ梳いたらあんなサラサラ真直ぐの髪になるの?
艶々輝く黒はフォーマルで上品な、天鵞絨みたいな照り。一筋も縒れることなくプリーツスカートまで垂らされてる。一糸の乱れもなくまとまった髪束が産む極上の立体感、見上げる私たちはただただ息を呑むしかなくて。その見惚れるほどの落ち方はピンと張った背筋、つまり美しく湾曲した背骨が生み出してる。いかなる他者に対しても気後れしない、そんな精神を持っている子しかできないよ。あんなにも堂々と、しかも自然な胸の張り方は。いかなる評価にも揺らがぬ無謬の自己肯定と、それを担保する才気の確信。両者を持ち得た者だけができる、本物の選ばれし者だけに許される姿勢です。
――――そして肌。古来、七難を隠す万能ディティールとされたサーフェスも、特別な輝きを放っていて。確かに日本人の肌なのに白く感じる。それも病的な青白さでもなければファンデーションやドーランの色味でもない白。
そんな白と黒ですから、極上の明度差が無彩色のビビッドビューティを映し出す。まるで蒔絵が施された漆器のよな、日本人の美意識に訴える美しさがある。
(綺麗…………)
だけど能面の弥生顔ってわけでもない。今まで出会った誰より和装が似合いそうな女の子なのに、霞城中央の姫は違ってた。いわゆる瓜実型とは異なる華奢で細い顎。深い二重瞼と真円の双瞳。小ぶりな頭蓋は真球の美を保持して、あらゆる角度から均等な美を返す。隔絶したフォルムなんですよ、お多福の下膨れとは。能面の切れ長とは。ふくよかさが富貴の象徴だった時代とは。
言うまでもなく現代の美意識に即した美人です! それも『超』が付いちゃうほどの!
(な……なんなのこの子?)
未体験の新規性で、精神の平衡を奪われる。自分の視覚に疑念が生じるほどの美形。
(いやいやいやちょっと待って! ……おかしくない?)
だって私たちは霞城中央高校の一期生、霞城市付近の学区統合で選りすぐられた同級生。
つまりそれは何を意味するからといえば、地域の友達ネットワークがに引っかかるはずですよ、そんなに目立つ子なら。特に可愛い子の情報は早い、光の速さで駆け巡る。
なのに、みんな目を剥いている。「あの子はどこの誰?」って探り合っている。
慌てふためく他者を笑っている子が一人もいないんですよ!
「……生徒諸君!」
戸惑うの全校生徒へ向かって『姫』から先制攻撃。沈滞を一掃する凛とした声で。
「我々ゼイリ部は新入部員を求めます」
不調の拡声器を通さなくても刺さる声、エッジの立った声で全員の耳を一方的に牛耳ってくる。
飛び抜けた美貌だけでなく、こんな声まで持ち合わせてるなんて!
ソリッドな響きにもナチュラルなビブラート。絶妙な揺らぎが鼓膜を震わす。
(凄い……)
何が何だか分からないけどスゴい……本能的な直感で総毛立つ。
「我こそはと思う者は! 集え愛の戦士たち!――――以上」
進行役の生徒会も唖然と見送る電光石火。
さして長くもない持ち時間の大半を放棄して、かぐや姫は颯爽とステージを後にした。
『姫』が舞台を去ると、そ韻で講堂全体が上の空。
序盤に比べれば順調にオリエンテーションが消化されているのに、漫然と上滑りする時が続いた。
「……なんだったの?」
没入度の高い映画を観た後の虚脱感。上質なフィクションに囚われて、意識が日常へと戻れきれなくなる。周囲の同級生たちも私同様、そんな呆け方をしています。
「ちょっと来ーなーさーい!」
「いていていていていてててて!」
彼氏さん、望都子(モコ)ちゃんに耳を引っ張られて退場していきました。自業自得ですね。望都子(モコ)ちゃんによる折檻タイムが開幕ですよ。二度と他の女へ目移りしないよう、コッテリ絞られて下さい。霞一中 恋愛ラボ謹製のキッツーい奴で。
(――それより!)
「『集え愛の戦士たち!』って、どういう意味だよ?」
問題はこっちです。望都子ちゃんの彼氏(他人の男)よりも未だフリーの男子勢の方です!
「愛について考える部活……いや、戦士ってことは何かを実践する部活か?」
案の定、我を取り戻した男子たちは喧々諤々、姫の話題で持ちきりです!
「名前から類推するに税理士を目指す勉強会?」
「なら普通に資格対策の専門学校でも通えばいいじゃん?」
「そういや案内冊子(ガイド)には何て書いてある?」
『 贅理部 セレクション
日時 : 金曜日 放課後 』
「いきなり入部試験? 他に何の情報もないのに、いきなり試験やりますって?」
「なんだこの怪しい部活は?」
「…………あ?」
そこで一人の男の子が閃いた。
「これ、もしかしてアレじゃないか?」
「アレ?」
「カルト宗教とかマルチ商法のパターン」
「あー」「あー」「あー」「あー」「あー」「あー」「あー」「あー」「あー」「あー」「あー」
「詳細不明なまま謎のセミナーへ雪崩込んで……長時間拘束させられる系の?」
とんでもない美人と奇っ怪な告知とくれば、連想してしまいますよね。そういうの。
「これヤバい系じゃね?」
オナ中の友人や、知り合ったばかりの級友と頷き合う男の子たち。
「じゃ贅理部(これ)は候補リストから除外か……」
「いや、でも……」
みんな本能的に危険信号を察知している。関わらない方が身のためだという危うさを。
「でもな……」
なのについつい逆説の接続詞を挟みたくなるのは――――美貌のせいですね?
退屈の海に溺れかけていた男子たちが一転、猛烈バタフライで泳ぎ始めたのも『 謎の彼女X 』が美しすぎるから。
「これ絶対に地雷案件、疑いの余地なし!」
「だが」
「だかしかし」
河豚は食いたし命は惜ししな男の子たち。毒の致死量と食欲を秤にかけ、ああでもないこうでもないと真剣十代喋り場しちゃってます。
謎が謎を呼ぶオリエンテーション。疾風のように現れて疾風のように去っていった、美少女センセーショナルは罪作り。もはや壇上に耳を傾ける生徒は一人もおらず、邪推の連鎖が止まらない。無秩序な私語が講堂を埋め尽くす、ハイスクールはカオステリア。ボーイズアンドガールズ ジャストワナハヴファンです。なんとかアピールを続けようとしていた壇上の部長候補さんも、遂には天を仰ぐ。
『ほら御覧なさい!』
そんなカオスを切り裂く声、女子の声。全校レベルの学級崩壊も、口を噤む。
『この体たらくこそ、暫定生徒会の能力です!』
壇上には一人の女子生徒、狼狽える部長候補からマイクを奪って糾弾を叫ぶ、予定外の登壇者。
『不適格です! 誰が見ても不適格!』
ショートボブにフレームレスの彼女は知性派の風貌をしてて。淑やかに本でも読んでいたのなら、フェティシズムを刺激される男子も多かろう、そんな印象を受けるんですが……
『この程度で執行部を名乗ろうなどと、恥を知りなさい!』
実際の彼女は勇ましく生徒会執行部を糾弾する。
『主権者の信を得ずして正当性は存在しません! 生徒会運営の正常化のためには、まず総選挙を執り行うのが筋です!』
それも一理ありますね。
頼りにならない男子よりは彼女みたいなシッカリした子の方が、スムーズに運営してくれそうな気もします。
「とはいえ!」
生徒会長が誰であろうと構わないんですよ、私には。
それよりもっと緊急性を要する重大事案が横たわっているんです! 目の前に!
「これですか……」
職員室前の掲示板。とある男子が暫定生徒会長として指名された旨が貼り出されてます。校長の印がペタリ押されたA4ペーパーに。おそらく入試結果とか、適当に参照して指名されたんでしょう。
まぁ、こんな指名制じゃ、ああなってしまうも致し方ない気がしないでもないですが。
やる気満々の子にやってもらった方がいいかもしれないですね、こういう名誉職は。
壇上へ乱入した勇気ある女の子は「最大多数の最大幸福を実現する公約を自分は持っている!」と力説していました。立派なもんですよ、あの野次と罵声の中、しっかりと自分の主張ができる。
「女子高生(私たち)の求める最大幸福……」
そうです!
全ての(女子高生の)道は恋に通ず。
あらゆる干渉を排して恋愛に集中できる環境を作ることこそ為政者の為すべきことです!
それしかありません!
ピロロローン。
『桜里子! 謎の美少女Xが出現したんだって?』
噂をすれば……携帯へLINE通知が。霞一中 恋愛ラボの同期生、糸満ちゃんからです。
『そんなに綺麗な子なの? どうなの桜里子?』
倉井ちゃんや羽田ちゃんも、別の高校へ進学した仲間が興味津々メッセージを送ってきます。
「正直、あんな美人は見たことないよ」
『彼氏持ち?』
「彼氏どころかあの子自身の素性すら。どこ中出身の子か、誰も知らないの」
『まさに謎の美少女ね……そいつが入学早々、公衆の面前で男を大募集したっての?』
「男に限る、とは言ってなかったような……愛の戦士とかなんとか……?」
『男に決まってるじゃん!』
『男女雇用機会均等法の関係でハッキリと書けないけど、忖度して察しろ的な奴だよ!』
『部員募集を口実に上玉(オトコ)を独り占めしようって魂胆よ!』
『このままじゃ男子を盗られちゃう!』
確かに、恋愛ラボの面々からすれば【謎の彼女X】襲来は突然のキングボンビーに等しい。
【 第一回 贅理部 入部セレクション 開催要項
日時 : 金曜日 放課後 】
暫定生徒会長指名の隣、最も目立つ場所に掲示されています。A4ペーパーに二行のみ。
余白が勿体なく感じる情報量ですが、相違点もある。
「ウォーリーを探すよりも随分と分かりやすい」
ココです。用紙の隅に小さなドット塊。正方形のランダムな市松模様で。
ピポー。
スマホのコードリーダーアプリが吐き出したURLを踏んでみれば、
「……キノコ?」
何の変哲もないキノコ…………じゃない。色が毒々しい。柑橘系の色味をしてます。
これはちょっと躊躇いますね、鍋に入ってたら箸を伸ばすのを。
「贅理部 セレクション参加資格 : 図示されたキノコを持参すること……?」
ご丁寧に、生えてそうな場所までレクチャーしてくれてます。手書きの地図にグリグリの丸印。
「学校の裏に自生する……野生キノコ?」
振り返れば、廊下の窓越しに山。教室棟の向こうは雑木林の斜面です。
我が霞城中央、「中央高校」と銘打ちながらも市内の中心部からは若干外れてまして、敷地の裏は山塊へ連なってます。
「愛の戦士の証を立てるにはキノコは必要……?」
わ…………分からない、どういうこと?
「贅理部って……何かしら科学系の部活なんですかね?」
名前から察するに「贅」も「理」も汗臭さとは無縁な印象は受けますが……
『桜里子!』
『分かってるの桜里子? 非常事態!』
沈思黙考で返信の指が止まった私へ、糸満ちゃん倉井ちゃんから矢の催促。通知音の連打。
『こうなったら、あんただけが頼りなんだからね桜里子!』
もちろん、分かってますとも羽田ちゃん。
探るべきはズバリ――――【 貞 操 観 念 】。
あんな美人ならば殊更のアピールなど不要、何をせずとも異性がワラワラ寄ってくる。歩く誘蛾灯ですよ。バイオハザードの主役視点ですよ。
なので姫が望めばカップル成立。出会って四秒もかかりません。
ただし、問題はその後。
もし彼女がかぐや姫なら、言い寄る男子(おのこ)は是非に及ばず。甘い汁をチューチューと吸い上げつつ、中途半端に摘み食いしちゃいます。竹取物語で公達に無理難題を押しつけるくだり、あれがメタファーですよ。おねだり系寄生女子は今も昔も変わらないんです。
そういうのが一番タチが悪い!
日本は一夫一妻制の国です! そう憲法で規定されてます! 太古の昔から一人の妻に一人の夫。それこそが規範です。貴族や大名門跡庄屋大店の旦那みたいな特殊例を持ち出すのは無理筋です。大多数の日本人は正しい婚姻関係の元で社会秩序を維持してきたんです。
そういう伝統的な規律を乱す子は悪ですよ! 誰が許しても山田桜里子が許しません!
「ご安心召されよ。この山田桜里子が責任を持って、見極めてくるわ、この目で確と!」
いくらモテモテ美人だからといって、調子に乗って猟色を縦にしたりするのなら、
「悪です!」『悪ね!』『紛うことなき絶対悪よ!』『姦淫許すまじ!』
糸満ちゃん倉井ちゃん羽田ちゃんラボメン全員が悪魔スタンプを返してくる。
『でも桜里子……マジで謎の彼女Xが蝗女だったら、どうすんの?』
「うぅーん……」
私は普通の女子高生です。武道の心得もなければ怖いお兄さんとのツテもない。仮に法曹界の切れ者弁護士とコネクションがあったとしても、単なる恋愛インモラリストを処する法律は存在しません。担任へ泣きつけばあらゆるトラブルが解決したのは小学校低学年まで。学級会などという人民裁判、もはや高校生には通用するわけもなく。
されども悪には報いを、罪過に応じた応報こそ正しき世の理。
――女子高生が求める執行者。法で捌けぬ悪人を、超法規な闇の力が成敗してくれたなら。
どこの誰かは知らないけど、カラダはみんな知っている。どこかで不幸に泣く女子いれば「あんな男とは別れなさい」と助言をくれる。傲岸不遜の恋愛バーバリアンどもをバッサバッサ一刀両断。
『いないの? 霞城中央って意識高い系多そうじゃん?』
「いるわけないですよ、武器を取って戦う性義の自警団とか」
「あなた?」
急に肩を叩かれた。
「えっ?」
振り返ってみれば女の子が立ってた。
(この子!)
だらしない暫定生徒会へ義憤を訴えた乱入者の子です!
「あなた何かトラブルでも抱えちゃった? 困りごとでもあるような顔してたけど?」
「あ、いや、その…………まだ、トラブルになるかどうか分からないんですが……」
押しが強めの乱入女子さん、私へ名刺を差し出し、
(『霞城中央おんなのこ相互扶助会(仮名)』ですか……?)
「何か遭ったら私たちに連絡して。力になるから。私は一年二組 鳥居ミサ」
い、いました!
いましたよ女の子の味方が!
心強い!
これで心置きなく調査に集中できますよ!
もしもあの【謎の彼女X】が男を食い荒らす恐怖の蝗女だとしても、共に戦ってくれる味方がいるなら百人力です!
「ふふ……勝つる! 山田桜里子勝つる!」
なんとなく前途に明るい光が差してきました!
「あったー!」
小さな渓に面した倒木の裏側、ジメッとした腐葉土に生えていました! 金柑色した謎キノコ!
「で…………どっちだろ?」
贅理部から要求された必須アイテムは手に入れたものの……迷った。裏山で迷った。
私どうにも地図が読めません。贅理部の地図が粗雑な手書きだからではなく、スマホアプリの精緻な地図でも迷いますし。
「…………こっちでいいのかな?」
谷筋の川沿いに小径がありますね……どうやら尾根の方へ続いているみたいです。しかも踏み均された様子からして、単なる獣道とは違うっぽい?
「ぐーりーこ! それ、ぐーりーこーぐーりーこー!」
取り敢えず行ってみるしかないでしょう。新品の制服を気遣いながら坂道をえっちらおっちら。
気分は敵陣へ潜入する女工作員、コードネームは差し詰め『Rage against the Beauty』とでも。
「ぐりこ! ぐりこ!」
非力極まるこの山田(私)、不届き者を誅する性義の自警団などにはなれそうもないですが……調査なら、何の後ろ暗い所もありません! 正々堂々懐へ飛び込んじゃいます!
(……というかですね)
内偵調査員Rage桜里子から言わせてもらえばですね、
【謎の彼女X】こと、霞城中央のかぐや姫は容疑者に非ず。大山鳴動して鼠一匹、が真相ではないかと勘ぐっています。この山田桜里子の、桜色の脳細胞が下した判断では。
だって、あんなにも美しい独り身女子がいますか? ぶっちゃけ不自然です。
無秩序な男漁りへの危惧、それは恋愛ラボ特有の過敏反応であって、オリエンテーションの告知も単なる部員募集でしかないのでは……
捜査に予断は禁物。
でも実際彼女を目撃した者として、その可能性も大いにあると考えざるを得ません。
(だからこそ!)
どちらが正しいのか確かめてみましょう。この女坂を登りつめ!
問題が有ったらその時はその時! 鳥居さんたち女子の味方力も借りて穏便に済ませましょう。
私としては恋愛理想郷が健全に機能を果たせれば何の問題ないんですよ。
50:50の黄金比が維持されれば。
それを1:100で独り占めしようとするのは悪です! 我々霞城中央女子全員の敵です!
「ぐーりこ、ぐーりー……ぅぉ!」
当てずっぽうの進路選択も間違っていなかったっぽいです、どうやら。
川沿いの斜面に列が伸びています。ドキッ☆男だらけの謎の列です。全員が柑橘系と見紛わんばかりのキノコを手にして。
サクサク進む列が消化され、私の番に。
「はいネクスツ!」
ヘルメット!
キノコの回収役は私と同じセーラー服の女の子。
でも頭にはフルフェイスのヘルメットを被り、完全に人相が分からない。
そのヘルメットがまた、見るからに普通じゃない。まるでスペースオペラの銀河帝国、不気味なシンフォニックテーマで姿を現す暗黒卿。そんな傑物を想起させるゴッツいヘルメットの女子高生!?
黒光りするサーフェスには機能美溢れるメカニカルギミック。どんな機能か想像もできませんが!
「ひっ!」
(何このヘルメット????)
見るからに精巧な部品精度は、セーラー服との親和性が異常に低い!
首から上と下で世界観が断絶してます。雑コラにしても程がある絵面ですよ!
(な、なんなのこの子?)
顔を隠さなきゃいけない運命(さだめ)の女子高生? 少女鉄仮面伝説?
たとえそうだとしても、何故こんな仰々しいメットを?
人相隠しなら普通のありふれたマスクでいいじゃないですか。だって女子高生ですよ?
「……あんた」
「はは、はいっ!」
反射的に、持ってたキノコを差し出せば、
(な? なに? 何か疑われてる?)
まさか私が潜入工作員Rage against the Beautyだとバレちゃった?
そんな一発でバレるほど私キョドってます?
(ひぃー! ひぃぃぃぃぃぃぃ!)
「……………………」
舐め回されちゃう! 上から下まで温度を感じるような凝視!
(こ、ここまで来て撥ねられちゃう?)
それは困るんですよ! 私、使命を負って来てるんで、遠くイスカンダルへ旅立つ前に撃沈されちゃうわけにはいかないんです!
「イッテヨシ」
「…………は?」
撥ねられませんでした。
曖昧なリアクションしか返せない私へ、サムアップを背に向けて「通れ」のサイン。
「な……なんだったの?」
本来の趣旨と反する参加者だと疑われたのかと思ったのに……普通に参加を許されました。
(待って、クールになるの山田桜里子。自分が為すべきことを忘れないで!)
「ここはまだ序の口!」
プリーツスカートのアジャスターを寄せて験直し。日の丸鉢巻もギュッとね。
(何のために貴重な部活選び期間をこんなことに費やしているのか?)
証明するためです、私の、私たちの恋愛理想郷は健在であると!
「よーし!」
川に侵食された大岩。天然の入場ゲートを潜り抜ければ、そこには選りすぐりの入部志望者がいるはずです。怪しげな告知をも顧みず、美女の蜜に誘われてしまった無鉄砲者の小集団が……
(……あれ?)
目をパチクリさせて視界をリフレッシュ…………させたのに変わりません?
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
新歓オリエンテーションに出席してた男子、全員集ってないですか?
「ハァ????」
蓋を開けてみれば、学園の裏山に大量の男子、男子、男子、男子、男子……
講堂での空気感からして、集まったとしても精々一クラス規模程度かと思いきや!
これから御柱祭でもやるんですか? 里山のスロープに同級生が、しかも男子ばっか鈴生り!
(これだから男の子は!!!!)
講堂では「こんな胡散臭い勧誘に引っかかる奴いるの?」とか嘯き合ってたくせに!
みーんな来てるじゃないですか! ちゃっかり!
「全然勉強してない」とか嘯きながら実際は満点取っちゃう嫌な奴ですか?
いいえ、基本的に男子のファンダメンタルズは直結厨に等しい。綺麗な子と仲良くなれるなら口実なんてどうでもいい。そういう生物です男の子。存在自体が不純な動機でできてる。
「もう、ほんと男子って……」
工作員Rage against the Beauty、別の意味で挫けそう……
「傾聴ぉぉぉー!」
諏訪大社の御神木なんかじゃなかった。里山の稜線へ現れたのは。
「え?」
澄み切ったスカイブルーを背に、靡く栄光の色。
霞城中央のセーラー服を着たブロンドガール。日輪輝く金色少女が眼下の群衆へ名乗りをあげた。
「傾聴せよぉ!」
仁王立ちした彼女は拡声器なき時代の大将みたい、里山に響き渡る声で。その勇ましさたるや、ルビコン渡河を布告したシーザーの如く。不可逆の進軍を宣言する常勝将軍と見紛わんばかり。
「嘘ぉ……」
よりにもよって! 泣きっ面に蜂もいいところです!
私、身勝手な命令で将軍の政治的野心を葬ろうとした元老院議員よりピンピンチです!
(新歓の子じゃなくなくないですか????)
明らかに別人格。だって髪が……天使色に輝いてます!
新歓で壇上に立った子とは高貴のベクトルが違うの。平安貴族より異人さんのエキゾチック。仮の名を与えるのなら差し詰め『ラプンツェル』。捕囚の塔から金髪を靡かすラプンツェルです!
「あの子も贅理部の関係者か?」
「んなこたぁどうでもいいじゃん?」
「だな」
「入部しないわけにはいかなくなった。その理由が一つ増えただけよ」
(もうほんとに男子って!)
『 可 愛 い 』は正義。男の子にとっての問題は可愛いのか可愛くないのか、のみ。その原理だけで動いてます男の子。インターナショナルにグローバルに平等主義者です。
でなきゃこんなことにはなっていない! 見てください、里山の斜面を埋め尽くす男、男、男……全校生の約半数を惹きつけたモチベーションは何か?
「おーし! 何やらされるのか知らんけど、絶対に勝ち抜いてやんよ!」
男の子たち、新たなる人参の登場に鼻息が荒ぶってます、猛き若駒の嘶きが里山に溢れてます!
(ああもうなんてこと!)
あの子も贅理部関係者なら大問題じゃないですか!
霞城中央女子の恋愛安全保障を揺るがしかねない圧倒的存在が倍に増えたってことになる!
(困る! それ困る!)
マケドニア英雄王の勢いで学園を制圧する恋愛暴君、それは一人じゃなかったの?
霞城中央高校を恋愛理想郷から堕落の園へ変えちゃう傾国の美女、二人もいるの?
(アカン!)
同級生にこんな特異分子が何人もいるなら入試要項に極太フォントで書いといて下さい!
こんな………こんなの……
「こんなの聞いてないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!」
想定外の理不尽に湧き上がる思い、思い切り空へ訴えたら、
「教えてあげるわ!」
思いがけない返答が、天空から妙なる調べが降ってきた。
「此処に集いし勇者の君へ!」
いえ違います。
(この声は!)
あの声です! 問答無用で意識を捉え、頼んでもないのに滞留し続けるローレライボイス。陳腐な言葉も麗しの旋律として昇華させる――トークライトシンギング。
(――――かぐやちゃん!)
オオオオオオオォォォォォォォォッ!
「遠からん者は音にも聴けぃ!」
開けた尾根に、少女の影。変身ヒーローのマフラーみたい、スカートをはためかせながら叫ぶ。
「第一回 贅理部入部セレクションによーこそぉー!」
オオオオオオオオオォォォォォォーッッッッ!
オーディエンス待望の彼女に、焦らしに焦らされた男の子たちは歓喜の雄叫び。
「多数のご来場、どぅーもありがとぅぉっ!」
ワァァァァァァァァァァァァァァァッ!
コールアンドレスポンスがライブ会場です、ほぼほぼフェスティボー!
単なる入部試験だったはずの里山が、一気にウッドストックの熱気を帯びてます!
「…………」
そして黙る。意図的なブレイクを挟んで衆目の関心を惹きつける。
上手い。この子はマスター、マスターオブセレモニー。煽りどころと抑えどころ、会場の「匂い」を読んで両方のツボを的確に操れる人。
「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」
周りの男の子たち、手懐けられた仔犬みたいに御主人様の合図を待っています。
そこへ彼女、
「人類の歴史とは!」
脈絡の辿れないフレーズを放つ。
「人類の歴史とは!」
――何を言い出すんです、この子? 迷子の言葉に自分の立ち位置も失いかける。
「人の歴史とは!」
なのに皆、耳を傾けてしまう。彼女の言葉こそ聞くべき言葉だと受け容れてしまう。
一種異様な光景です。無条件の信任と選択が整理する異空間。一対多の構図でありながら、まるで耳元で囁かれているような――魔女のタッチングスピーチ。
「淘汰である!」
「淘汰!」
倍音の妖しさは金色の声、復唱されるフレーズが幻想を深くする。
「幾度も訪れた絶滅の危機を耐え忍び、生き残った者こそ我ら人類であぁーる!」
「ホモ! ホモサピエぇーンス! ホモ!」
「皆さんにはこれから淘汰されてもらいます」
ウェェェェェェェェェェェィ!
え? いいの? そんな軽はずみに盛り上がっていいの?
なんかとんでもないこと言ってません? 崖の上のポニョポニョしている美少女たちは?
ウェェェェェェェェェェェイ!
狂躁は冷静を駆逐する。一度火の着いたオーディエンスなら簡単に収まりはしない。疲労が快楽を上回るまで、ノリノリプチョヘンザです。
「さて、これ!」
ラプンツェルが畳大のパネルを頭上に掲げると、そこには見覚えのある符号が。
「これ読み込んで」
カメラがマトリックスコードを認識すれば、アプリのインストールページへ飛ばされ、
「……地図?」
起動させたアプリに画像が出現。幼児が殴り書きしたみたいな手書き絵図ですけど?
「ゴールへ辿り着いた人を入部資格ありと認めちゃいまぁーす!」
(淘汰って競争?)
我先にと野山を駆け抜け、ゴールへ辿り着けばいい? つまり入部試験って体力テスト?
それが察せられると、ジャージ姿の体育会系は待ってましたと腕まくり、制服のままの眼鏡君たちは落胆の溜息を漏らしています。あからさまに二分されてて、反応が。
「部長、質問!」
そんな悲喜こもごもの群衆から声が上がる。
「先着何人までOK? まさか一人だけってことはないよね?」
言われてみれば。
逆に言えば完走したら全員がOK、なんてゆとり仕様とも考えにくい。なにせこの数、男子ほぼ全員参加な様相では。
「「…………」」
今、一瞬虚を突かれたみたいな表情してませんでした? 崖の上の美少女さんたち?
尾根の向こう側を向いて、金髪将軍ちゃんと姫、内緒話始めちゃいましたよ?
(まさか考えてなかったとか?)
しっかり者に見えて意外とヌケてたりして?
ルックスと声の時点で「天は二物を与えず」定説は破綻してるんだけど……やはり完璧な人間など存在しないってことですか? 神様も上手いことバランス採ってます?
「えー…………合格者は一応三人ほどを予定していまぁーす」
即席の部内会議を終えた姫部長さん、決定事項を参加者へと下達する。
「しかしながら状況によっては若干の増員も考慮……最大七人ぐらい?」
部長からアイコンタクトを送られたのに、「うん」でも「いいえ」でもない曖昧リアクションで首を傾げる金髪将軍。
なんですこの二人? 最初は今川義元の首を獲ったるで! くらいの勢いだったのに……打って変わってしどろもどろ。腰砕けでgdgd妖精sじゃないですか。
(変なコンビ……)
「よっしゃ、七人やな!」
それでも、頼りないながらも言質は取れたので、
「七位内なら入部権利ゲットだぜ!」
確定した勝利条件を肴に気勢を上げる。男の子たち鼻息荒く前のめり。
「ほいじゃスタートぞな!」
セーラー服の金髪将軍が甲子園のアルプススタンドみたい旗をブンブン。
「勝てば天国、負ければ地獄! 知力・体力・時の運! 早く来い来い日曜日!」
紅白の集中線みたいな旗が揮われる崖の下、都合三桁の男の子たちが山へと雪崩れ込んでいく。濛々と土埃巻き上げながら。
ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!
「ひー!」
あ、甘かった!
男子の後をついてけば安全なルートを走破できるかな? なんて見込みは甘かった!
最初は激流の笹舟状態でクルクル押し流されていきましたが、それもアッという間に集団の後方へ押し流され、置いてけぼりです。なだらかな学校の裏山ですらついてけません、女の子の脚では! アップダウンの激しいクロスカントリー、体力差がモロに出ちゃいます!
「失敗した!」
欲望は強力すぎるエンジンです。生半可な目論見なんて簡単に粉砕していく。
「どうしよう……」
裏山を走破し終えた頃には、もはや男子の姿など影も形もなく。
「引き返すなら今しか……」
目の前を横切る県道を越えてしまえば、そこは登山道とは名ばかりの獣道。助けを呼ぼうにも容易ならざる本格的な山へと立ち入ることになってしまいます。
「このまま進んでも負けは目に見えている……」
体力勝負じゃ男の子には分が悪い。自明の理。行くべきか退くべきか。
「う~ん……」
普通に考えたら戦略的撤退を採るべきでしょうが……
『謎の彼女Xの本性を見極めてくるわ!』
女の子には暗黙の了解、というか無言の圧力が存在する。
『幸せになれる奴から先に幸せになってけ。但し、幸せは必ずお裾分けされなくてはならない』という恋愛トリクルダウン条項が。
「…………」
メッセージログを辿れば、恋愛理想郷に進学した奴には友人を引っ張り上げる義務がある、との期待を痛いほど感じる。
【恋愛理想郷への御入学、謹んでお喜びを申し上げます(男を紹介すること忘るるべからず)】。
書かれていないのに()内の文章が浮かんで見える。
【自分一人だけが幸せを謳歌するなど、あってはならないこと】
この不文律は強固です。この横並び意識こそ、日本を一億総中流へと押し上げた要員の一つでもありますが、物事には光もあれば影もある。コミュニティから村八分されたくなければ、出る杭の身勝手は許されない。
「何の成果も得られませんでした、じゃ申し訳が立たないですよ……」
私だけではなく友人たちの明るい未来にも支障をきたしてしまうかもしれない極大特異点、その正体を詳らかにできないままで退散など。
「とはいえ、これ以上進んでも」
埒が明かない気がする。ズルズルと泥沼にハマるくらいなら、撤退して別の策を考えた方が……
「う~ん………ん?」
ぶぉぉぉぉぉぉーん……
「珍しいですね?」
辺鄙な県道を登ってくるエンジンの音。
「走り屋さん? こんな真っ昼間から?」
途方に暮れながら見つめていた麓側のブラインドコーナー。
「ほえ?」
ギ……ギャッギャ……
そこへ!
ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
豪快にお尻振りながら! ミッドナイトの湾岸を駆ける911ブラックバード! ……じゃない!
(四角いぃ!)
ファミリーユースのコンパクト三列シートとは一線を画す、大ぶりなワンボックス! まるで土木系の業務用車みたいなゴッツい奴が! しかも艶消しの黒でオールペイントされてる、街じゃ絶対近寄りたくない系の! 車の主たる反社会的組織の人から法外なレートの示談条件を言い渡されそうな!
それが! 私の方へとスッ飛んできて! 一直線に向かってきて!
(――――死ぬ!)
いきなり? いきなりですか?
定番のトラックテンプレで昇天ですか? 交通事故から始まる物語ですか? 目覚めたらどっかで見たよな異世界ですか? きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜですか?
イヤ! 嫌ですそんなの!
せっかく女子高生になれたのにラブロマンティックのラの字すら体験せぬまま逝くなんて!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
なのに! 重量数トンの鉄塊は、些かも勢いを落とすことなく! 来るよ来る来る来ちゃいます!
ズザザザザザザザザーッッッ!
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
……たす………………………………かった?
濛々と巻き上がる土埃、アスファルトとタイヤの焼け焦げた匂い。
「…………!」
ゆっくりと瞼を開ければ、強引なドリフトターンで黒鳥が動きを止めてた。鳥というより黒いカステラとでも呼んだ方がシックリきそうな車が、県道脇の退避ゾーンで身を固くした私の前で。
バキャ!
「ひっ!」
触ってもいないのに施錠が外れる音!
「え? ええ? えええ? ええええええええ?」
キッツいスモークの貼られたリアゲートが徐々に跳ね上げられていくと……
「は!!!!」
荷室に載っていた、真新しい白とネイビーブルーの制服。
そこへ垂れる黒の束。端まで縺れることなく伸びやかなに零れ落ちる繊維の芸術品。
「か、かぐやちゃん!」
ゲートが上がりきる前に分かった。光るキューティクルと透き通るほど白い肌を拠り所に。首元にはメタルカラーのヘッドホン。少女の有機性と相反する無骨なハウジングを引っ提げ、イントロデュースハーセルフ。オリエンテーションに突如として現れ、同級生男子の注目を掻っ攫ってった霞城中央のかぐや姫が! 諦めかけたRage against the Beautyの最終目標が向こうからやってきちゃいました!
(うわ……まぶし!)
一点の曇りもない肌って、こんなにも光り輝いて見えるの?
至近の距離で目の当たりにすれば、さながら光る源氏の処女(おとめ)! 光源子!
紫式部さん、疑ってすみませんでした! 人が光るなんて誇張表現にしてもやりすぎじゃ、と侮ってました古典の授業で。かぐや姫が竹林で輝いていたのも爺が耄碌してたわけじゃないんですね!
私が無知なだけだった! 本物の美女とは斯くも神々しいものだった!
「あんた」
光る源氏の姫、アルカイックな笑みを浮かべて会話の口火を切る。
「はひぃっ!」
「……あんたが山田桜里子?」
しまった油断した!
源子さんはローレライ、人から理性と正気を奪い去るマーメイドボイスの持ち主!
新歓オリエンテーションで体験済みなのに!
「はははははいぃいぃぃぃぃ」
絶妙ビブラートのルナティックにアテられた私は呂律も回らない。
無様! 無様だわ山田桜里子! あなたの女子力はゼロよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます