第2話 ミルクは人肌程度に。薬室は焼けるほど熱く


 


 さて、どうしようかとジョンはグロテスクな見た目をした極彩色の川魚を豪快に頬張りながら考えた。未だマッドマーダーのコックピットの中で眠る三人の子供―うち一人は赤子だが―の親を探すとは言っても子供の名前すら知らない状態。まずは名前を知ることから始めなきゃならんか、と顔を顰めたジョンは今年で36歳になる。


未だに独身。恋人がいたことはあるがすぐに別れてしまい記憶に残らないくらいの薄い付き合いしかしていなかった。そもそも金持ちの傭兵とつきあえるのは同じ傭兵か余程の物好きくらいだろう。

 仕事は過酷でいつ死ぬかわからない。住居を転々とし、いつも生傷だらけで帰ってくる。下手をしなくとも物言わぬ屍となっていたり、焦げた炭化物と化すか野獣に食まれていたりもする。そんな付きあうだけ無駄な傭兵と恋人になりたいなどと誰が思うだろうか。これはジョンの偏見であるが大抵傭兵にすり寄ってくる輩は金目当ての飽食野郎ばかりだ。彼の過去の経験がそう五月蠅いぐらいに主張していた。


「ジョン、見てよ。僕の新しいカ・ノ・ジョ♡」


「はぁーい、あなたがジョンね。よろしく」


二ヵ月ほど前、ガレージの隅で食事中の彼の元に珍しく同僚が顔を出しに来たかと思えば開口一番そんなことを口走った。つれてきたのはボインと大きな胸がチャーミングな金髪美女。胸がでけえなおい、と印象はそれだけ。どんな顔だったかとかどんな声をしていたとか他は何も覚えてはいない。


 別に恋人がほしいとは思わないしセックスをするだけなら金を出せば好きなだけ抱かせてくれる娼婦が街に行けばいる為に特に人との触れ合いを欲しがらない彼には誰が誰と恋人になっただの別れただのという話題はほとほと興味のない物であった。

 ファッキン恋愛脳、と顔を顰めながら合成肉の脂ぎったフライドチキンを齧る程度には興味が無かった。惚けならよそでしてくれ、と同僚に塩を撒いていそいそとそっぽを向く姿は歴戦の傭兵とは思えないほどの寂しさを醸し出しているのを彼は気が付いていない。


マッドマーダーはそんなジョンの事を知ってか知らずか何も言わないが、それこそいつものお小言の様に早く彼女を作れだとかなんとかいえば正真正銘オカンになってしまう。

 やめてくれよ、と思考を振り払ったジョンはいつの間にか食べ終えてしまっていた魚の骨を放り投げ、立ち上がって焚火の火を足で乱雑に揉み消した。


「おい、マーダー!」


『どうしたのかね? 現在の時刻はAM6:32。今日は霧もなく動くには丁度いい時間だ』


「そうか。なら行くぞ、仕事再開だ。昨日の残党がまだ残ってるからな。ガキどもの親探しはそいつらを潰してからだ」


『――コックピットには子供たちがまだ乗っているが?』


ジョンの仕事再開だ、という言葉にマッドマーダーは子供を乗せたままで戦闘を行うのかと尤もな疑問をジョンへとぶつける。戦闘はコックピットに衝撃が来ることが多い。普通に動くだけでも揺れに揺れ、慣れない人では酔ってまともに乗っていられない。その中に乗っていればごろんごろんとコックピットの中を跳ね回って大変なことになるだろう。

 それを抜きにしてもアイアンヘッド同士の戦いは熾烈を極める。コックピットが被弾しないと言い切れない為に子供を乗せたまま戦うのは危険だとマッドマーダーは言いたいのだ。


「大丈夫だ」


ジョンとてそれを分かっていない訳ではなかった。


「要するに安全な場所に隠しておけばいいんだよ。簡単な話だろ?」


犬歯を剥き出しにして嗤った彼の顔は『冴えないおっさん』から『歴戦の猛者』へと姿を変えていた。





「どいつもこいつも、トーシロばっかだな! 鉱石ばっか掘ってるから戦いは専門外ですってか!?」


飛び散るマシンオイルに塗れた血。硝煙を帯びた空薬莢が吐き出されその量と比例するように採掘用重機の残骸やアイアンヘッドのパーツが散乱する。

 黄砂が一帯を覆う鉱山の中腹にある採掘場でストライキを起こし不法占拠をしている労働者たちをその重厚な脚で容赦なく踏みつぶし、マッドマーダーを潰そうと襲い掛かってくる、採掘用アイアンヘッドに申し訳程度にドリルをつけましたと言わんばかりの違法改造機体を紅いヒートクロー付きの剛腕で殴り飛ばす。


「く、くそ…っ! 紅い悪魔め、企業の差し金か!!」


アイアンヘッドが楽々通ることができる巨大な坑道の奥から労働者たちがなけなしのお金で買ったのだと思われる、鉱業用ではない正規の戦闘用アイアンヘッドが姿を見せた。黄色く光るモノアイにずんぐりとした胴体に細長い手足がついているまるでトロールの様な姿のそれは明らかに他の装甲パーツを買うお金がありませんでしたよと言うような、胴体のみ重装甲、あとは骨格フレームのみという何ともお粗末な機体だった。

 しかし武装はちゃんとしているらしく背部には大きな樽の様なミサイルポッドが顔を覗かせていた。


『ジョン、左から熱源反応。ミサイルだ。回避してくれ』


「あいあい」


『返事は一回でいいだろう?』


「いちいちコマいこと言うなよな」


迫りくるミサイルを軽口を叩きあいながらガトリングで撃ち落とす。潰した拍子に小さな爆炎が上がるが距離は遠い為に何ともない。多少の砂埃が舞うだけだ。


 いつもは紳士然としているマッドマーダーもジョンに負けず劣らず戦闘時には容赦がない。右腕に握るガトリングをガラガラと回しながら鉛弾を撃ちだし、正確無比にコックピットだけを撃ちぬいてゆく。

 アイアンヘッドは頑丈なために一撃で仕留めることはできないが重機は操縦者を殺すことによって一撃で動きを止めさせ、エンジン部分を撃ち誘爆を引き起こし周りの熱でアイアンヘッドにダメージを与えてダメージを蓄積させていた。


猛攻するマッドマーダーに対し労働者側のアイアンヘッドはひょこひょこと防御重視だろうその歪な機体を動かしてミサイルを飛ばすだけの作業を行っていた。機動のへったくれもないその動きにジョンは嗤う。


「機体はお粗末、パイロットの腕もお粗末。こりゃあ楽に終われるか。願ったりだな」


『まだ終わってはいないぞジョン!』


「へーへー」


『返事は一回!』


「俺の母親かお前は!」


マッドマーダーのお小言を受け流しながらブースターに火をつけ、勢いをつけてアイアンヘッドへと迫る。そして急に横へブースターを噴射しながら移動し後ろへと周りこんだ。


「オラッ! 食らいなッ!!!」


無防備な背面にガトリングを連射。ちかちかと光るマズルフラッシュと膨大な熱と共に鉛弾がシャワーの様に吐き出され装甲へと迫る。が、


――カカカカンッ!


「んなぁ!?」


『弾かれているな』


あれだけ勢いをつけて吐き出された銃弾は甲高い音と共に殆どが弾かれ、僅かに装甲に焦げ跡を残すだけの結果となった。

 ガトリングの弾が跳弾する様子にジョンはその装甲の正体に気が付いた。そりゃあ他の装甲が買えない訳だよなあ、という言葉も添えて。


「ありゃ最新式の“耐物理装甲アンチフィジカルアーマー”だな。防弾性能はぴかいち。んでもって高温の熱には弱い。さっきの誘爆で結構ダメージ食らってそうだな」


『ならヒートネイルや火炎放射器での攻撃が有効だ。右手をヒートロケットに換装するかね?』


「いいや。遠慮しとくさ。ヒートネイルで十分だ」


『前もそう言って余計な被弾をしていたではないか。念には念を入れて換装しておかないか?』


「いいって言ってんだろ。ほっとけ」


『ふむ、了解した』


納得がいかない、と不満げな声色で了承したマッドマーダーにジョンはため息を吐く。マッドマーダーの武器選択は確かに正確だ。だが、ジョンの戦闘スタイルにはあまり合わない。

 いくらマッドマーダーが補佐するにしても苦手なものは苦手。得意なものは得意なやつに任せておけばいいのだから色々な武器種を極めさせようとするな、とジョンは言いたかった。


左腕のヒートネイルに再び熱を通わせ、アイアンヘッドに肉薄する。ブースターの炎はマッドマーダーの瞳と同じ煌びやかな橙色に輝き、爆発力を増した。

 ゴゥ、と巨大な斥力を伴って風を切ったマッドマーダーは突進するように左腕を突き出しながらアイアンヘッドへと迫り、一突き。


岩壁へと機体を叩きつけると同時にコックピットがあるであろう場所を熱で溶かしつくした。ジョンは完全に敵のモノアイの光が消えたのを確認するとマッドマーダーの赤い左腕を引き抜く。

 すぶり、とオイルと共に引き抜かれたそれは蒸気を発しており、いまだに高温であることが伺える。


こうなれば中のパイロットは生きてはいないだろう。


「お仕事完了っと。帰るぞ、マーダー」


電子煙草に火をつけ、口に咥えたジョンはぷかりと煙を吐き出した。被弾は想定よりも少ない。上々だ。


しかしいつもなら呼びかければ返事が返ってくるはずであるのに、うんともすんとも言わないマッドマーダーにジョンは首を傾げた。


「どうした? どこか壊れたか?」


『――いや、そうではない』


「じゃあなんなんだよ。急に黙るから何かあったのかと思ったじゃねーかよ」


『熱源がひとつ。明らかに人間ではなくアイアンヘッドと思しきものが坑道の奥から急接近してきている』


静かに言い放ったマッドマーダーにジョンは緩んでいた表情を引き締める。

操縦桿のグリップを握りしめ、暗く深淵の底の様にぽっかりと口を開けた坑道の入口を睨みつけた。



『――――来るッ!!!』



マッドマーダーの言葉が終わるか終らないかのタイミングで『それ』は姿を現した。


黒い騎士の様な鎧じみた装甲を全身に纏った姿は黙示録の騎士ブラックライダー死神タナトスか。

アイアンヘッドをアイアンヘッド足らしめる鋼鉄の頭部は甲冑のヘルメットの様に鋭利でいてシャープ。飾り羽の様に赤く、後ろに細長く伸びた頭頂部の飾りはそれ自体が剣のように鋭くとがり、鈍く輝いていた。

 甲冑のような頭部の隙間からは禍々しく赤い光が漏れており、一種の神々しさをも感じるすらりとした体系はがっちりとして泥臭いマッドマーダーとは大違いの姿だった。


「お前、なにもんだ? 敵か?」


ジョンはとりあえず呼びかけてみることにした。

 戦場であった相手は皆敵だと思え、がジョンのモットーであったが流石に禍々しいこの機体に初っ端から銃を向ける気にはなれなかった。


『――我が名はオベロニア』


「オベロニア? 聞いたことねえな。喋ってんのは機体の『AGiアギ』か? どこの所属だ? 正規軍じゃ、ねえよな?」


『紅い悪魔よ、シュヴァーンは貴様の事も危険視している。消えてもらおう』


突如、腰につけられていた巨大な突剣レイピアを構えたアイアンヘッド――オベロニアは背部にあると思われる蝶の羽根の様なブースターを青白く煌めかせ、猛スピードでマッドマーダーへと迫った。


『ジョンッ!!!』


「わかってらあ!!!」


マッドマーダーの掛け声とともにジョンは操縦桿を思いっきり後ろに引いた。

 ブースターに勢いよく火が付き、突進してくるオベロニアを避ける様に機体をわずかにずらした。大幅に避けるのはよろしくない。かえってエネルギーを喰うだけだ。相手がどんな戦法でどのような戦い方をしてくるのかが分かるまでは様子見に徹さなければならない。

 もちろん、危険になれば尻尾を巻いて逃げるという選択肢を二人は持っていた。


しかしいきなり襲い掛かってくるとは何事か。ふざけんな、とジョンはその表情を怒りに染めた。


「てめえ……なにしやがる!!」


『貴様等は危険だ。我にとっても、シュヴァーンにとっても』


「訳分かんねえ事を言うんじゃねえ……!」


しゃらん、とその白銀の突剣レイピアを振り、風を切ったオベロニアは再びマッドマーダーへと迫る。もう一度避けてやるよ、と身構えたジョンはオベロニアの攻撃が空振りしたところを見て外してやんの、と笑う。が、それはただの空振りではなかった。


『違う、あれは真空波だ!!』


僅かな空気抵抗を感知し、マッドマーダーが叫ぶ。しかしもう遅い。


三日月状の斬撃が空気を切り裂いて飛んで来る。


「がああっ!!!」


『ぬぅっ!!』


マッドマーダー自身が機体を捻り真空波を避けようとしたが少し遅く機体を風の刃が切り裂いた。衝撃にコックピットは揺れ、ジョンとマッドマーダーは呻く。


「なんだよ真空波とか斬撃を飛ばすとかインチキかよ!!!」


『あんなアイアンヘッドはデータベースにはないぞジョン。もしかすると違法改造ものかもしれん』


「ああくそ、攻撃力は高いくせして隙なんてひとつもねえ。勝てっこねえ、逃げるぞ! マーダー!!!」


『了解した』


たった一撃で重厚なマッドマーダーの装甲は絹の様に裂かれ、大きく損傷していた。幸い、マッドマーダーが機体を捻ったおかげで全損とまではいっていないが大きな損傷には違いない。動けないほどでもないので尻尾を巻いて逃げさせていただくことにしたのだ。

 くるりと方向転換し、ブースターの火を勢いよく噴射させマッドマーダーは逃げる。


『――逃がさん』


だがオベロニアもただで見逃してくれるという訳ではなく、マッドマーダーを追うようにブースターを煌めかせた。


「くそッ!!! ファッキン黒騎士野郎!!! 追ってくるんじゃねえよ逃がせよ!!!」


『言葉遣いが汚いぞジョン』


「うるせえこんな時ぐらい許してくれよ!!! つーかお前もうちっとスピード出せねえのか!!?」


『すまない。今の私ではこれで精いっぱいだ。せめてもう少し装備が少なければ…』


「ファ―――ック!!! こんなことなら装備買い込むんじゃなかった!!!」


『汚い言葉を使うんじゃない!』


「お前は俺の母親かっつーの!!!」


背後から勢いよく迫るオベロニアにマッドマーダーの出力を上げながら罵詈雑言を放つジョン。

 その距離はどんどん縮んでゆき、あと少しで突剣レイピアの先端がマッドマーダーに突き刺さる、といったところで急にマッドマーダーは声を張り上げた。


『ジョン! 熱源がもうひとつ、急接近中…このままでは、ぶつかるぞ!!!』


「待て待て待て!!! 今度は何だ!!?」


次から次へとなんなんだと混乱するジョンの目の前を、灰色がかった群青色が過ぎ去った。


「シュヴァーン―――ッッッ!!!!」


知らぬ男の声が群青色の機体から聞こえたかと思えば、それは一瞬にしてオベロニアに体当たりし、ぶつかり合い、鳥の羽根の様なブースターを煌めかせて彼方へと連れ去ってしまった。しかし味方だとか仲間だとか言う雰囲気を二機は微塵も感じさせず、どちらかと言えば敵対しているような、殺気のようなものが群青色の機体から発せられていた気がして、ジョンは顔を顰めた。


「――とりあえず、助かったって事でいいのかね?」


『……そのようだな』


なにがなんだかわからないまま、とりあえず依頼を完了させたので子供たちの元に帰ることにした二人はボロボロになった装備をポイ捨てするのであった。

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