生還への道筋その2
―――同時刻、
「ヴィヴィちゃん、どうするん? ウチ等も、逃げた方がええんかなぁ?」
「今考えている所。難しいよね……」
フィオナに質問されて、ヴィヴィアナはもう一度廊下向こうに見える、その用途を成せなくなった時計塔を見やる。爆発してしばらく経つというのに、今も黒煙を上げ続けているという事は、小さな火災が起こっているのかもしれない。なんにせよ、その威力は鮮烈な記憶としてヴィヴィアナの脳裏に焼き付いていた。
そして今も、その脅威が続いている事をヴィヴィアナは理解していた。ズンッと低い音と共に建物全体が振動する。そうかと思えば今度は、中庭を挟んだ対岸の別館の一室が、時計塔と同じように激しく空気を震わせながら爆発して、その周囲を平等に粉砕するのだ。
ヴィヴィアナには、爆発のタイミングも、場所にも、規則性が見出せないでいた。どこにいても巻き込まれてしまうならば、いっそ皆で一緒になってこの場から逃げた方がいいような気がするのだが、余りにギャンブル性の高い選択に、二の足を踏んでしまっている状態だった。
ふと、姉であるロザリアの事が気になって、室内を振り返る。ナンシーと寄り添うようにして、部屋の壁に背を預けたまま、腰を下ろしているロザリアの表情は硬い。
体調は回復したとはいえず、その上でこんな状況だ。出来る事なら彼女の知恵に頼りたかったのだが、これ以上心労を増やしたくないというのが、ヴィヴィアナの下した判断だった。
因みに今、この場にアイリーンとパメラの姿はない。マテウス達と
アイリーンが治癒系理力解放を浴びた後である事を思えば、よくぞここまで意識を失わずにいたと、賞賛に値する所だ。ヴィヴィアナの場合、意識を失っていたので痛みは共有できないが、治癒系理力解放でどれだけの体力を失うかは理解していたし、主であり王族であるアイリーンを優先して動くパメラの事も含めて、不満は残ったが、それでも彼女達の行為を責める気になれなかった。
「あ、あの……ヴィヴィ様……その、あっ」
ヴィヴィアナが難しい顔をしながら、そんな考え事に集中していると、いつの間にか彼女の真横に近づいて来た人影に、急にボソボソと声を掛けられて、ギョッと驚いて声の主の姿を確認する。
「なんだ、レスリーか。脅かさないでよ、急に……それで、なに?」
「そっ、その……レスリーは、あっ、謝りたくて……その、あの時、ヴィヴィ様を叩いてしまって……」
「あぁ、あの時の事か……」
あの時の事とは、アイリーンとレスリーが口論を始めた時の事だ。その仲裁に入ろうとしたヴィヴィアナの手を、レスリーは打ち払っている。
「ん? でも、あれはアンタ、すぐに私に謝ってたじゃん。それに、珍しく必死だったし……そういう時もあるでしょ」
「そ、そんな……レスリーのような者が、ヴィヴィ様に。さ、逆らってしまって……ど、どんな罰を下されても、仕方っ……あ、ありませんしっ」
「大袈裟だよ。ていうか、私も結構アンタにキツイ事言ったし……だからゴメン。それでお
「えっ、あっ……でも、そのっ……そんな事で……」
そんな事で自分が許されてもいいのか? そう続く筈のレスリーの言葉は、ヴィヴィアナの言葉で遮られる。
「そうだね。そんな事より、ここから脱出するかどうかを決めないと……」
「そっ……そうでは……」
ヴィヴィアナの言葉はレスリーが想定していたものではなかったが、これ以上彼女に同じ内容で食い下がるのは気が引けたし、なによりも伝えたい事が他にあったので、改めて言葉を選び直す。
「それ、でしたら……そのっ、やはりここから、うっ、動かない方がいいと思います」
「どうして?」
「そ、その……少なくとも、この場所のしゅ、周辺にはっ、爆弾? が仕掛けられていない、からです」
「あぁ~。せやね……ウチらがずっとここで闘ってたし、なんか仕掛けるような事をする時間は、なかった筈やんね」
「事前に仕掛けられていたとかはないの? あいつ等を手引きしたのだって、ここの職員の誰かなんでしょ?」
「もっ、もし、事前に仕掛けて……いたのならっ、もう、既に爆発さっ……させていると、お、思いますっ」
「……そっか。確かに人手を割いたり、狙撃手使うぐらいなら、爆弾使った方が、まどろっこしくないよね」
「それなら、ウチらは助けが来るまで、ずっとここで隠れ取った方が安全って事やんね」
こんな状況でも、のほほんとした笑顔で告げるフィオナ。隠そうともしてないバルアーノ訛りが彼女のリラックス加減を物語っている。対してレスリーは、緊張した面持ちでフィオナの言葉に対して、首を左右に振った。
「そ、その……フィオナ様の、おっ、仰る事も……そ、そうなのですが……あの、このままっ、隠れているとっ……逃走経路が、つ、潰されますし……爆発の、影響……でっ、この建物全体が、くっ、崩れるかもしれないので……」
「えぇっ? それなら、やっぱりここから早く動いた方がいいじゃん」
「でも、その……マテウス様が、か、必ず……その、ここに来てくださる、ので……だから、う、動かない方が……そのっ」
「あぁ……結局、アンタは……」
レスリーはこの状況で、マテウスが下した判断と同じ結論に行き着いていた。しかし、最後には己の判断ではなく、マテウスを頼るという判断を選択してしまった。結局彼女が変わる為には、この根本から変わらねばならないのだろう。
ヴィヴィアナは、大変だと思う反面、やはりどうにかしてやりたいとも考えるのだが、それをどう言葉にしてレスリーに伝えればいいか分からず、口を閉ざしてしまう。
「でも、確かに、マテウスはんがアイリちゃ……王女様? を置いて逃げる訳ないし、ここで合流した方がええかもしれんね」
「待って。なにか音が……」
フィオナがそう零した時、廊下の大穴が出来ていた場所から音が聞こえる。爆発とは違う聞き慣れない音。ヴィヴィアナには、敵がこの場所にまだ
確認した先の、大穴の下から伸びる小さな手。そしてすぐに見覚えのある、顔が出てくる。エステルだ。下の階から跳んだのだろう。廊下の大穴にしがみ付くような体勢から、両腕と上半身を使って登り切ろうとしている所だった。
「エステルッ」
それを見たヴィヴィアナは、声を上げながら真っ先に駆け寄って、エステルに手を貸してやる。その姿に釣られるようにして、フィオナとヴィヴィアナも彼女に駆け寄った。
「ヴィヴィ殿、ありがとう。助かった」
「本当に、アンタは
「感動の再開に水を差すようで悪いんだが……」
エステルの身体を確認して、軽くハグをするヴィヴィアナ。そんな2人に気を使うような声が、階下から聞こえてくる。その声を聞いた瞬間、レスリーが弾かれたように動き出して、身を乗り出しながら階下を覗き込んだ。
「俺にも手を貸してくれるか?」
「……っ!」
階下でマテウスが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます