生還への道筋その3
―――数分後、
「ねぇ? 本当に、こっちからのが安全なの?」
「さてな。俺とエステルが通った時は安全だったが、今はどうだか」
「あのさ……そんな場所に姉さんを巻き込まないでよ」
「どうせ、一刻も早くこの研究所から離れる以外に道はない。少し、頼りないが保険の用意も出来た。それで、我慢してくれ。いいぞっ、次っ、降りて来てくれっ」
合流した赤鳳騎士団の面々は、マテウスを先頭にして研究所からの脱出を図る事にした。その際、階段を使って降りるルートも考えられたが、マテウスは敢えてそれを選択せずに、彼が4階へ移動する為に使ったルートを選んだ。
今や火薬庫と化している研究所内で、新しいルートを選んでゾロゾロと走り回るよりは、少しはマシだろうという判断なのだが、ヴィヴィアナは不満を隠せずにそれをマテウスへぶつける。だが、マテウスの言葉に対してそれ以上の反論がない所を見るに、彼女も今の状況を仕方がないと割り切ってはいるようだ。
付け加えると、マテウスが口にする保険とは、彼が右腕から下げている首飾りに吊るされた宝石、
確かにそれを使いこなす事が出来れば、爆発から皆の身を守る障壁を張る事も出来るのだろうが……使い慣れてない上に、どのタイミングで来るかも分からない爆発に対して障壁を張る事を考えると、余り期待出来る代物とはいえなかった。
だが、マテウスにこの強硬ルートを選ばせる後押し程度の役割は、
マテウス、エステル、ヴィヴィアナ、レスリー、フィオナと続いて3階に降りたところで、次はロザリアの順番となるのだが、彼女は少し飛び降りるのに
「急げ、ロザリア。必ず受け止める」
「なっ!? 姉さんは私がっ……」
ロザリアの真下、両手を広げて受け止める用意をするマテウス。彼に掴みかからん勢いで近づこうとするヴィヴィアナを尻目に、ロザリアは両目を
それをマテウスは、膝と腰をクッションのように上手く使って衝撃を逃がし、身体を反転させる事で更に衝撃を逸らして、ロザリアを受け止めきる。
「どこか痛むか?」
「全然」
「そりゃ良かった。ついでに、そろそろ離してくれると助かるんだが?」
マテウスにそう告げられて、ようやくロザリアは彼の首に回した両腕の力を
「なによ、姉さん。アイツと喧嘩してたんじゃないの?」
上の階に残された最後の1人、ナンシーにマテウスが声を掛けている。それを尻目にしながら、ロザリアに向けてヴィヴィアナがそう尋ねた。その詰問に対してロザリアが浮かべたのは、普段通りの悪戯な笑みだ。
「あら? 私、そんな事言ったかしら? マテウスさんと私は、
「…………」
ヴィヴィアナの冷たい視線を浴びても、ロザリアの笑顔は崩れなかった。やがて諦めたようにヴィヴィアナはその視線をロザリアから外す。そのタイミングで、ロザリアは自らの胸に手を当てて、その鼓動を確認した。
(大丈夫ね。もう、落ち着いてる)
そう心の内で小さく一呼吸置いたロザリアが背後を振り返ると、マテウスがナンシーをロザリアの時と同様に受け止めていた。これで皆が3階に降り立ったのだ。そうして足並みが揃った所で先を進もうとした瞬間、その進路先が強烈な閃光と共に爆発した。
「コホッ、ケホッ……あかんっ。通路がなくなってもうた」
爆発した場所から距離があったし、爆発の方向も室内から中庭へ向かってのものだったので、皆が無傷で済んだのは幸いだったが、フィオナが独り言のように小さく零した通り、元々崩れかけていた4階の廊下が、その衝撃で落ちて来て、皆の行く手を塞いでしまう。
「ナンシーさん、迂回経路は他にありますか?」
「別棟を経由すれば、ありますが……」
そう告げたナンシーには、躊躇いの感情が色濃く浮かんでいた。被害がなかったとはいえ、目と鼻の先のような距離で、全てを無慈悲に吹き飛ばす爆発を目撃してしまった直後だ。もしあの場所に自分がいたら……そう考えて、恐怖の感情を抱くのは当然といえば当然だろう。
「気持ちは分かりますが、身を隠していても倒壊の危険に身を晒し続けるだけです。迂回経路を案内して貰えますか?」
「……はい。はい、そうですね。分かりました」
「先頭には俺が立ちます。ナンシーさんは俺の後に着いて指示してください」
マテウスが早足で歩きだすと、その後にナンシーが続く。会話の内容を聞いていた他の皆も、続々とその後に続いた。意外と評すべきか、ナンシーの指示は的確で、複雑に入り組んだ研究所を迷いなく案内する。
程なくして別棟への渡り廊下へと辿り着くのだが、廊下を渡っている時に目に映った光景に、マテウスは眉を
この光景を見るとやはり、4階へ居座り続けていて爆発による死を免れたとしても、黒煙に燻られての中毒死や、焼死の可能性が高かった事が知れる。このまま何事もなく脱出できれば良いのだが……そんなマテウスの甘い考えを
その威力に渡り廊下が半壊して崩れ落ち、建物が悲鳴を上げるように揺れる。ナンシーを庇うように抱き寄せながら、身を伏せていたマテウスが、後方を確認しながら声を上げた。
「おい、後ろっ。無事かっ!?」
「大丈夫だっ! 少し驚かされたが、皆無事だっ!!」
確かに今回に限っては2人とも無事な様子だったが、これ以上両手を使えない状態で歩かせるには、ヴィヴィアナの顔色は心許なかった。
「エステル。ヴィヴィアナの代わりにロザリアを背負ってやってくれ」
「なに、勝手な事言ってるのよっ。私はまだっ……」
「ヴィヴィアナ。その代わり君がその後ろで、殿だ。君の姉のすぐ後ろなら、なにがあっても助けられるだろう?」
「……分かったわよ」
ヴィヴィアナもこのまま姉を背負って歩く事に、少しの不安を抱いていたのか、あっさりマテウスの意見を飲み込む。マテウスはその他の面々の様子を1人ずつ確認して立ち上がろうとするが、その前にレスリーがジッと視線を送って来ている事に気付いた。
まるで一挙手一投足を監視するかのような熱い眼差しに、なにか聞きたい事があるのかと勘繰ったマテウスは、彼の方からレスリーに声を掛ける。
「なんだ? なにかあったか?」
「いえっ……その……な、なんでもありませんっ」
「そうか。もう少しでここから脱け出せる。最後まで油断するなよ」
「はい」
あからさまにバツが悪そうに視線を反らした後、素直にマテウスの言葉に頷いて、彼と少しだけ距離を置くレスリー。だが、1度意識すると彼女からの強い視線をずっと浴びせ続けられている事に、マテウスは気付く。
なにか話したい事は伝わってくるのだが、なにを考えているのかは分からなかったし、現状のマテウスにはそれを察してやれる程の余裕はなかった。
また、色々と考え込みそうになる自身を
「チッ……またお前か……」
その全容を確認したマテウスが、小さく舌打ちをした後に悪態を漏らす。それを聞いてか聞かずか、見分けが着かぬ容姿をした3人の着物少女は、覆面の下で口元を歪めた笑みを零した。
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