ツバキ繚乱その1

 ―――数分後、理力付与技術エンチャントテクノロジー研究所アンバルシア支部、4階会議室前


「あれ……静かになった?」


 エステルが1人で築いたバリケードの後ろ。理力解放インゲージを連続して行った疲れからか、少し息を切らしたフィオナがそう呟く。敵陣を覗き込みながら、金剛なる鋭刃ダイヤレイザーの柄尻を捻り、慣れた手つきで理力倉カートリッジを予備と交換した。


「そうだね……ていうか、後退していってない?」


 廊下の曲がり角に姿を隠してこちらに向かって発砲してきた襲撃者達の姿が少なくなっているのに、ヴィヴィアナは気付いた。


「なに? では、こちらから追わねばならぬなっ」


「また馬鹿な事言ってないで、理力倉の交換済ませときなよ。もしかしたら、後退したフリをして誘ってるのかも……」


 そう口にしていたヴィヴィアナの視線の先で、襲撃者達は本当に後退を始めた。彼女の内に助かったのか? という気持ちが少しだけ首をもたげるが、小さな希望はすぐに霧散する事になる。2振りの短刀をそれぞれ両手に握った、着物姿の小柄な女が1人こちらへと近づいて来たからだ。


「赤鳳騎士団の諸君。大人しく捕まってくれる気はないよなぁ?」


 口元の覆面を少しだけずらして口を開いた着物少女は、廊下中に響き渡る声でそう問い掛ける。突拍子もない質問に、ヴィヴィアナとフィオナは互いを視線を配って、口をつぐみながら相手の真意がどこにあるのか図ろうとするが、考えるより先に動くエステルが理力解放を止めながら、一歩前へと進み出た。


「そんな気は毛頭ない。そちらこそ、一刻も早く投降するがよかろう。貴殿らの行為に正義はない」


「だよなぁ? ならどう楽しんだって構わねー訳だよなぁ?」


 楽しそうに歪めた口元を再び覆面で覆い隠して、三日月のように瞳を細めて、見下した眼差しを相手へと向けると、姿を現した時と同様、散歩をするような歩調でゆっくりと近づいていく着物少女。


 気負いもなく、油断もなく……この場面でこれだけ自然体でいれるものかと、ヴィヴィアナは敵である彼女に少しだけ感心した。


「ほう、一騎打ちか。その意気やよし。この一騎打ち、バンロイド領が領主アマーリア侯爵家長女、エステル・アマーリアが引き受けた。貴殿も名乗られるがよいっ!」


「はぁ? 犯罪者がわざわざこんな所で名乗るワケねーだろ、馬ー鹿っ。それに、オレは一騎打ちだなんて一言も言ってねーぜ?」


 上位装具オリジナルワン、イマノツルギ理力解放。エステル達の前で着物少女が急に3人に増えた。鏡に映したかのように精巧な分身。違いは右手に短刀を構える者と、左手に短刀を構える者と、武器を持たない者の3人であるという事だ。


 だが、それを見分けたところで、本体がどれであるかこの時点では分かりようがないのだが。


「これで3対3だ」「お前達は最後まで」「オレを楽しませてくれよ」


 レスリーはヴィヴィアナの指示通りに会議室に隠れているので、この場でいう3人とはエステル、ヴィヴィアナ、フィオナへ向けたものだ。着物少女の3人は宣告を終えると、殲滅の蒼盾グラナシルトで半壊して、3階と繋がり、吹き抜けになった廊下の一部を飛び越え、崩れかけの廊下を駆け抜け、健在な方の壁を蹴りつけて、3方向から一斉に飛び掛かって来る。


 エステルは勇猛に3人をまとめて相手にしようと自ら踏み出すが、素早い身のこなしの着物少女を捕えることが出来ずに、1人には脇を、1人には大盾を踏みつけにされて、背後へと抜けられる。


 振り返ってその背を追おうとするが、これを右手に短刀を持った着物少女が封じた。


 エステルは大盾で相手の視界を隠しながら、左手でソードブレーカーを抜いて、鋭い刺突を繰り出すが、着物少女はそれを回避し、前に踏み出したエステルの前足を、大盾の下から足を延ばして刈り取るように蹴り飛ばす。


 強烈な足払いに体を崩すエステルだったが、身を屈めながら大盾を横に振り払う事で、着物少女を牽制しながら体勢を立て直す。同時に大盾を自らの頭上で、床と水平に構え直し、底部を使って着物少女の腹部を抉ろうと突進するが、視界から消えるかのような身のこなしの着物少女を捕えることが出来ない。


 エステルは、続けざまにくりだされる大盾の外から迫る着物少女の刺突を、絡め取ろうとソードブレーカーを構えるが、その目論見は突然に背後から無防備な背中を蹴り飛ばされる事によって失敗に終わる。


 ソードブレーカーで絡め取る筈だった着物少女の斬撃を、エステルは咄嗟に身を捩らせて、顔をそらす事によって対処したが、彼女の左頬には一筋の浅い傷痕が残った。


「ちょっと、アンタの相手はウチやろっ! エステルちゃんになにしてくれてんっ!?」


「最初に3対3っつっただろ? オラオラ、しっかりしねぇとお前より先に仲間が死ぬぜ? ハハハッ」


 甲高く、耳に突き刺さる笑い声を上げながら、左手に短刀を構えた着物少女がフィオナを次々と切りつけていく。普段ののんびりとしたフィオナでは考えられない程の速度で、冷静にこれを受け切っていくが、しかし、着物少女の鋭い踏み込みによって距離を詰められると、途端に彼女は劣勢に回らされる。


 短刀をさばくと同時に着物少女の打撃が繰り出されるが、体術が得意ではないフィオナはその対処の術を知らず、急所を外すように身をよじらせる事でしか、対応出来ないのだ。


 着物少女の繰り出す右の掌底を、フィオナは反射的に左腕で受け止めるが、ただ体を庇っただけの防御行為では、まるで鈍器で殴られたかのような重さに耐えたれず、彼女は苦悶の表情を浮かべた。


 フィオナは、至近距離での自分の不利は揺るぎそうにないので、距離を離そうと剣を横薙ぎに払いながら後ろに下がって相手の踏み込みを誘おうとするが、着物少女はその誘いに乗ろうとはせずに反転。今度はヴィヴィアナの背中に斬りかかる。


「んっ……クゥッ!!」


「おいおい、それが本気か? もっと殺す気で来いよっ」


 軽く背中を斬りつけられてよろめいた所に、武器を持たいない着物少女に正面から蹴りを放たれて、大きくよろめいたヴィヴィアナに対して、挑発するような言葉を投げ掛けながら、今度は低い位置から突き上げるように掌底を放っていく。


 顎を引きながら体を回転させて、紙一重で掌底を回避したヴィヴィアナは、そのまま左手に握ったナイフで斬撃を放つが、着物少女はあっさりとヴィヴィアナの左手を弾いてその軌道を反らして、更に至近距離まで詰め寄りながら、右膝を腹部へ向けて繰り出した。


 それに対してヴィヴィアナは左膝をぶつけて防御して、左手首を返しながらナイフを使って切り払うが、着物少女は少しだけ後ろに下がる事によってそれを回避し、姿勢を崩したヴィヴィアナの左足を狙って右足での蹴りを放つ。


 着物少女の右足は続けざまに、ヴィヴィアナの左側頭部へ狙いを定めるが、ヴィヴィアナは真紅の一閃シュトラルージュを握ったままの右手でそれを打ち払って、左手のナイフで相手の胸を抉ろうと突き刺して反撃する。


 しかし、蹴りを放った筈の着物少女の両足は既に万全の状態で床に降りていて、反撃に備えていた。少しだけ横に動く事で刺突を回避し、素早く腕を引こうとするヴィヴィアナの腕を、それよりも早く絡め取ろうとヴィヴィアナの袖を掴んだ。


 左手を捕えられたヴィヴィアナはしかし、慌てずに自ら着物少女に向けて大きく踏み込んで、体を横回転させながら、着物少女の右側を抜けて、関節を極められる前に左腕を奪い返す。


「ハッ。少しはヤれるじゃねーか」


 ヴィヴィアナは少し筋を痛めた左腕に鞭を入れるように力を込めて、もう一度ナイフを眼前へ構え直す。そうして、ニヤニヤと目を細めながら、再び踏み込む為の間合いを図るように、彼女の周囲をゆっくりと移動する着物少女と対峙した。

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