不穏な火花その1

 ―――同時刻、理力付与技術エンチャントテクノロジー研究所アンバルシア支部、3階仮眠室


 仮眠室に医療キットが置いてある。ナンシーにそう告げられたマテウスは、彼女に案内されて場所を移す事になった。その際、手の怪我だと1人で治療は難しいだろうと名乗り出たのは、意外にもロザリアであった。


「かなり深く見えるんですが、痛みはないんですか?」


「そう見えるだけだ。この程度なら痛くもないし、すぐに血も止まる」


 ロザリアがそう名乗り出た時、ヴィヴィアナとレスリーがそれぞれ反発を示したが、ロザリアが2、3理由を並べるだけで彼女等は不承不承ながらもロザリアに従った。


 2人の性格をよく理解した交渉術は、マテウスを感心させる程であったが、そんなロザリアも今は口が重いのか、静かに包帯を巻く作業に没頭していて、上のような他愛もない質問をするだけですぐに会話が途切れ、重い沈黙が流れていく。


 ここまで案内してくれたナンシーがこの場にいればこうはならなかったろうが、着替えの時と同じように、先にこの場から姿を消している。マテウスはこの静寂を嫌った訳ではないが、単純になぜ彼女が名乗り出たのか気になったので、次のように切り出した。


「なにか、話があったんじゃないのか?」


「どうしてそう思うんですか?」


「君がわざわざあの場面で名乗り出たからには、そういった理由があるのだと思ったんだが」


「それで、ナンシーさんを先に戻したんですか?」


「……それもある」


 ロザリアは答えを返そうとはしなかった。だからマテウスもそれ以上は詮索しないようにする。彼女が止血し、包帯を手際よく巻いていく様子を静かに眺める。それが終わると同時に、素直な感想が口から零れた。


「上手いもんだな」


「幼い時も最近になっても、ヴィヴィアナがよく生傷をつけて帰って来るので、覚える必要があったんです」


「そうか」


 それきり会話は再び途切れる。彼女が医療キットを片付けて元の場所へと戻す様子を静かに眺めるマテウス。終わったのを確認して座椅子から腰を上げて、皆の元へ帰ろうと歩き出すと背後から声を掛けられた。


「マテウスさんの方こそ……なにか言って欲しかったんですか?」


「そう見えたのか?」


「叱って欲しかった。今のマテウスさんは、そんな顔をしてるように見えます」


「そういうつもりはなかったんだがな。それに、俺は彼女達に悪い事をしたつもりも……」


「悪い事をしていないから、自分はなにも悪くないって事でしょうか?」


 重ねるようにして告げられたロザリアの言葉にマテウスは答えあぐねてしまう。悪い事をしてなくても、結果が悪い方向に転がる事はよくあるし、防ぎようのない事だが、それを開き直ってしまうのはまた違うだろうと思ったからだ。そうでなければ、また同じ事を繰り返してしまう。


「やめましょう。今の私にはこれが本当に貴方が期待していた言葉なのかどうか、自信がありませんから」


「そんな事を考えながら、いつも言葉を選んでいるのか?」


「さぁ? もしかしたら、そういう嘘かもしれませんよ」


 そうして彼女が浮かべるアルカイックスマイルはとても蠱惑こわく的で美しかったが、今のマテウスには揶揄からかわれているように感じたし、実際にロザリアも意識してそうしていた。そして、マテウスにはそれが、ロザリアと共に眠ったあの夜の焼き直しに映った。


「もういい。少なくとも俺は、君にそういう嫌な役を押し付けるような期待はしていない筈だ」


(こんな時にまで私に気を使うなんて……本当に捻くれた人)


 ロザリアはその思いをそのまま口に出そうとして止めておいた。これ以上この場で続けても、彼からはなにも引き出せそうにないと判断したからだ。


「では、最後に1つだけ。私はおそらく、あの2人も同じなんだと思います」


「アイリーンとレスリーの事か? 君の言う同じというのは……」


「貴方の期待に応えられているかどうかが、分からないという事です。もちろん、それはただの切っ掛けに過ぎないので、彼女達の場合はもっと複雑だと思いますが」


「期待もなにも、14、5の少女になにを期待しろって言うんだ?」


「好意を寄せている人になにも期待されないのは、辛い事だと思いませんか? そしてもし、その隣にもっと相応ふさわしい人がいたとしたら、どう思いますか?」


「さぁな。言い回しが抽象的過ぎてサッパリ……ちょっと待て」


 マテウスは途中で言葉を切って耳を澄ませた。当然、ロザリアが不思議そうにどうしたのかと問いかけるが、それを片手で制しながら続けて外へと意識を向ける。すると、遠く……マテウス達がここに来るのに使った階段方向だ。こちらに近づいてくるように順を追って室内から悲鳴、そして銃型装具を理力解放インゲージさせた音が聞こえた。


「不味いな、襲撃を受けている」


 マテウスはそう気づいた瞬間に室内を見渡した。ベットが並び、それぞれがカーテンで仕切られた病院のような部屋に、医療キットや寝具の置かれた棚が立ち並ぶだけで、隠れてやり過ごす為の場所が見当たらない。


「仕方ない。ここで迎え撃つ。奥で身を隠していてくれるか?」


「分かりました」


 こういう時のロザリアの切り替えの早さは、マテウスにとってとても頼もしかった。彼女が奥のカーテンの中へと身を隠すのを見届けると、マテウスも手前のカーテンの中、ベットの影に身を伏せて姿を隠す。


 それから間もなくして、激しい音を立てながら扉が開かれる。カーテンの下からマテウスが目視で確認出来たのは、中に入って来た2人の男の姿だ。


「誰かいるか? いるのなら出て来い」


 入って来た男の片割れがそう口を開くが、もちろんマテウスとロザリアは息を潜めて動かない。そうしたしばらくの静寂の後、1人の足音が先行して奥の方へと進んでいったのを確認してから、マテウスは彼等の希望通りに物影から飛び出した。


 マテウスの動きに気付いて剣型装具を構える手前の男を、右の裏拳で顔面を殴り飛ばして仰け反らせ、その手で襟首を掴んで引き寄せながら空いた左手で剣型装具を払い落とす。


 更にマテウスは、すぐさま部屋の奥で振り返りながら銃型装具を向ける男に対して、掴んだ男を盾にするように自らの身を転じながら、両腕と体を使って態勢を崩した上で、弾き飛ばすように奥の男へ、掴んでいた男を投げつけた。


 重なり合って倒れる2人の男達。マテウスはそれを視界に収めながら、投げ飛ばした男が落とした剣型装具を拾い上げて駆け寄り、2人の胸を纏めて串刺しにした。


 マテウスは2人の息の根が止まった事を確認してから、ゆっくりと剣型装具を引き抜いてそれにこびりついた血糊ちのりを振り払う。


「終わったんですか?」


「まだだ。外の様子も見て来るからもう少し待っていてくれ」


 ロザリアはカーテンをめくって顔を出した。その瞳に折り重なって死んだ2人の男を映して、表情に恐怖の色を少し浮かべるが、マテウスはそんな事を気にも止めずに死体を物色ぶっしょくし始めた。


(装具はどちらもN&Pノーランパーソンズ社製か。元々が扱いに癖があるから使いたくないのに、なんだこの粗末な造りは? 本当に使えるのか? およそ売り物とは思えないんだが。まぁ、こちらの装備は騎士鎧ナイトオブハート用のデバイス靴型装具エアウォーカーだけ。選んでいる余裕はないか。それにしても……)


 マテウスは男達の格好を見る。一般的な下級市民の服装に、外套を羽織ったなんの特徴もない姿だったが、ただ1点。2人が揃いも揃って頭に頭巾をかぶり、鼻から下を布で覆って顔を隠している清掃員のような姿には少々覚えがあった。


 出会ったのは、王宮へ通ずる秘密の地下道の中。オースティン・リネカーに皆殺しにされた襲撃者達。名前は確か……


「暁の血盟団……だったか?」


 死体の物色を終えて立ち上がったマテウスが考え込んでいると、再び扉の外から敵が近づいて来る気配を感じた。

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