不穏な火花その2

 開かれた扉の先にいた人影は3人。その中でもマテウスは、中央に立つ小さな人影に目を奪われた。他の男達と揃いの頭巾と口元を隠す覆面をしようとも、身に纏う体型、装備、気配……全てが明らかに違っていた。


 まずはその体型だが……そもそも、暁の血盟団はそもそも戦士のように屈強な体型をした男がいなかった。今までマテウスが見た男達は全て、それぞれの個体差はあるものの誰もが武器を持つのも似合わない、痩躯そうくな者が多かった。


その中にあって中央の人影は、身の丈160cmに届かない程度の小柄な身体で、とても戦士には見えなかったが、それも仕方がない事だ。何故なら、黒い胸当てを下から押し上げる僅かな膨らみや、小さな肩幅から、彼女が女性である事を示しているからである。


 そしてその装備だが……腰の両脇に小さな短刀(小太刀のような形状の物)を携えて、身丈みたけが膝上20cm以上までしかない、白い紋様の入った血のように赤い着物を着ていて、腹部は花柄の厚手な帯、しなやかな足はデニールの高めな黒タイツで覆われていた。暁の血盟団どころか、エウレシア王国全土でも浮きそうなその姿は、東の海向こう……シノノメ皇国と呼ばれる島国の服装である。


 その上で、後ろの2人が倒れている仲間を見て、ようやく殺気を放ち始める間に、すでに研ぎ澄まされた矢のような勢いで、マテウスに斬りかかっていく場慣れした初動からして、他の者達とは別次元の実力者であった。


 彼女は腰に差した短刀2本をそれぞれ左手で逆手に、右手で順手に握って、急所という隙間に針を通すかのように、鋭い刺突を右手の短刀で放ってくる。


 マテウスは右手の片手剣を使ってそれ弾き飛ばして、ほぼ同時に左手の銃型装具で彼女の身体を狙い撃つが、彼女はそれを左手の短刀をわずかに動かすだけでらして見せた。そしてそのまま、マテウスの右手首を切ろうと手を伸ばしてくる。


 マテウスはその1撃を上から潰すように片手剣を振り下ろすが、彼女はそれを簡単に左の短刀でいなして、マテウスのたいを崩し、更に深く踏み込みながら、彼女自身の身体でマテウスの視界から隠して、心臓を下から抉るような刺突を右手の短刀で繰り出してきた。


(誘われたか。なかなかやれるな、この女)


 マテウスの1撃を咄嗟の判断であれだけ見事に受け流して、体の崩しまで行うのは超人染みた反応だが、そもそも彼女がマテウスの反撃を想定して左手を伸ばしていたなら、話は別だ。


 左の短刀で右手首を狙う挙動をしていた時から、彼女はマテウスの反撃を誘っていたとすれば、それは超人の業ではなく積み重ねた技量の結果である。マテウスはたった2合で着物少女の力量や技法をそう分析しながら、彼女の致命の1撃に対して、左に握った銃で対応する。


 今度は着物少女が驚愕きょうがくする番だった。マテウスが伸ばした銃口が、彼からは見えない筈な彼女の刺突を、正確に捕らえて受け止めたのだ。


 彼女の記憶の中に、こんな防御手段を成し遂げる人間など存在しなかった。普通なら動きに乱れが出来てもおかしくはない出来事だったが、驚愕しながらも鍛錬を繰り返した彼女の身体は一瞬のにぶりもなく、次の行動を選択する。


 銃口から右短刀を抜こうと、マテウスの左半身へと流れるように身体を移動させながら、纏わりつくような左短刀の剣筋で、マテウスの左太腿ひだりふとももを削ぐように切りつける。だが、彼女の思惑通りに事は進まない。


 左短刀の1撃は無情に片手で振り下ろされたとは思えないマテウスの重い1撃によってはばまれた上に、右短刀のきっさき(刀の剣先の部分)が銃口に吸い付いたかのように離れないのだ。


 当然、本当に吸い付いたわけではなく、マテウスが彼女の身体や、腕の動き、力の加減まで、全てを見極めて、彼女の動く先へと銃口を動かしているのである。


 自身が最も得意とする、超至近距離での斬り合いで、圧倒的な力量差を見せつけられて、流石の着物少女にも焦りが生じた。それはそのまま、左短刀の動きに反映されていく。


 マテウスが振り下ろした右腕を返して、下から片手剣の1撃を繰り出して来たのに対して、機械的な反応を示す着物少女の左短刀。だが、来るはずの衝撃が彼女の左手に伝わらない。


 それは、彼女が冷静であれば引っかかる事はなかったであろう、マテウスの仕掛けたフェイント。下から切りつけると見せかけて、手首の力を抜いて拍子タイミングをずらし、刀剣が直撃する直前で右肘から手首を一気に反転。一瞬にして斬り上げから斬り下ろしへと切り替えて、着物少女の短刀を絡め取るかのような動きで打ち落とした。


 逆手持ちはリーチが少ない反面、剣同士がぶつかる際や、鍔迫つばぜり合いをする際に、手首への負担が順手よりも軽い。だから、防御手段としては逆手持ちは有効な手段ではあるのだが、今のマテウスのような動きで、短刀の反り(刃先とは逆。刀の背中部分)を切りつけられれば、その衝撃を指だけで受け止めなければならない。


 マテウスの繰り出す重い1撃に対してそんな芸当が出来る人類はいないので、結果として着物少女の短刀は床へと叩き付けられたのである。


 右短刀は銃口から離れない。床に落ちた左短刀を拾おうとすれば、上から切りつけられる。では一旦、距離を取ればどうか? 2刀流での斬り合いで圧倒された銃型装具を持つ相手に対して、短剣1本で距離を取った所で、事態が好転するはずがない。


 いよいよ、自身が絶体絶命である事を理解した着物少女だったが、マテウスは彼女ではなく視界の端……斬り合う2人の脇まで移動してきた、男の姿に警戒をいていた。


 着物少女の援護でマテウスに斬りかかってくるのなら、彼にとって大した問題ではなかったのだが、男の視線は部屋の奥……なにかを追うように真っすぐ移動しているのだ。


(仕方がない)


 男の狙いはまず間違いなくロザリア。そう判断したマテウスは、自ら右短刀を押さえつけていた銃口を男の方へと向け直して、すぐさま理力解放インゲージさせる。


 銃型装具から放たれた火炎弾が男を捉えた。マテウスは男の下半身を狙ったのだが、何故か狙いは大きく上へと逸れて結果、男の腹下を貫いて彼の腹部に風穴を作った。


 この絶好の好機を着物少女が逃すはずがなかった。解放された右短刀で、大きく踏み込みながら、マテウスの首元目掛けて薙ぎ払うようにして切りつける。しかし、マテウスはこれを咄嗟のバックステップで回避してみせた。


 だがそれは、マテウスの視界の外、見えない角度から切りつけて、そう回避するしか選択肢を与えなかった着物少女の目論見通りの結果だ。短刀を拾い上げながら、彼女はもう1度距離を詰めようと真っすぐマテウスへと迫る。


「「下がっていろっ!!」」


 思いがけずにマテウスと着物少女の声が重なる。マテウスは姿を隠しきれずに見つかってしまったロザリアに向けて、着物少女は彼女の斜め後ろから、同僚を殺されて怒りに震えた手で狙いを定める、もう1人の男に向けて放った声だった。


 近づけさせると面倒だ。そう判断したマテウスは、銃口を着物少女へと向けるが、先に仕掛けたのは着物少女の方だった。シノノメ皇国アマテラス製、上位装具オリジナルワン。イマノツルギ理力解放。その瞬間、マテウスは自分の目の錯覚を疑う事になる。


 突然彼の目の前で、着物少女が2人に増えたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る