白狼との逢着その1

「その紋章、白狼騎士団の者だな? 私は赤鳳騎士団の……」


「エステル・アマーリア。知ってるっすよ。アマーリア家の行き遅れ女騎士。有名人っすもんね? そもそも、街中で鎧着たまま大盾背負って歩き回るとか馬鹿みたいっす」


「なんだとぅ!? よーし決闘だなっ! この姿こそが常在戦陣じょうざいせんじんの現れだと教えてやるっ!」


「望む所っすっ! 上位装具オリジナルワンに守られていい気になってるんすかねぇ!? そんなものなくても、実力の違いを教えてやるっすっ!!」


 まるで示し合わせたかのように2人並んで店を出ようとするのを、それぞれ隣に座っているドリスとロザリアが彼女等の首根っこを、後ろから引っ掴まえて阻止した。


「エステルさん。お店の迷惑になりますよ。それにまずは深呼吸、ですよね?」


「座ってなさい、エリカ。本当に恥ずかしいんだから……ごめんさい。この娘、内輪で色々あって昼間から飲んでいて、今は悪いお酒になっているようなんです。ご迷惑お掛けしました」


 エリカの頭を押さえつけながら自らが頭を下げるドリスを見て、それでも溜飲りゅういんが治まらぬエステルは、プイッと顔を背けて椅子へと腰掛け直し、ロザリアの言葉に従って深呼吸を始めた。


「こちらこそ、エステルさんが先に声を荒げてしまって……ええっと……」


「そういえば、自己紹介がまだでしたね」


 そうして自己紹介をお互いに済ませていく。友好的な女の名前はドリス。180cm程度の長身、冷たい口調の上に体格が厚くて顔も濃いので、男のような威圧感を放っている。しかし口を開けば、大人びた雰囲気と落ち着いた物腰、そしてその知的な受け答えから穏やかな印象を抱かせる女だった。


 そしてもう1人、昼間から顔が赤くなるまで酒をあおって、エステルに挑発的な言葉を投げ掛けた女、エリカ。ブロンドの背中まで伸びたポニーテール。頬の膨らんだ柔らかそうな輪郭などが、見ようによっては少女のように幼く見える……のだが、今の彼女は元々が白い肌の為か一目でそれと分かる程の赤ら顔で、中年の飲んだくれ親父のような仕草で酒を浴びるように飲む姿は、喜劇の道化師ピエロのようにも映った。


「ロザリアさんは教師でしたか。確かに剣のひとつも携えない者が騎士である筈もないですね。女性の前で醜態を晒すなど……益々もって申し訳ない」


「ふふんっ、その通りっ。酒に飲まれるなど騎士として恥であるなっ!」


「はぁ~? 子供の声は小さくて聞こえにくいから困るっす! それよりもドリス。山羊ミルクの蜂蜜入りだなんて、女子供が飲むようなモノを頼んだ騎士がいるっていう鉄板の笑い話……聞きたいっすか?」


「なんだとぅ!? よーし決闘だなっ! アマーリアの盾を前に平伏ひれふすがよいわっ!」


「望む所っす! そんな古臭い大盾、私の拳で真っ二つっすっ!」


「エステルさん。深呼吸で冷静に、ね?」「座ってなさいと言ってるでしょう? エリカ」


 しめし合わしてように同時に立ち上がった2人に対して、それぞれ瞬間的に手が伸びて2人を座席へと押し込むように座らせる姿を傍から見ていたフィオナは、幼い頃に地方巡業で彼女の田舎に来ていたサーカス団の、猿回しを思い出していた。無理矢理着席させられた2人が、露骨に納まらない想いを、互いに抱えながら睨み合っていると、看板娘がその間を通ってメニューを並べていく。


「はいはい、お待たせ。決闘なんて物騒な内容の話はよそでやってくれよー? それにしても知り合いだったんなら、同じテーブルに移動するかい? ウチの料理を同じテーブルで食べれば、皆仲良しさ」


「いえ、今はまだ……それより、この赤ワイン。ヴィンテージ物では?」


 ロザリアが掲げたのはウィンタム産赤ワインの10年物。ロザリアが提示した予算では桁が違う、大衆酒場には似合わない逸品だ。


「あぁ、それはあそこの彼から。あの人、常連さんでウチのワインセラーにボトルキープさせてるのよ。それを貴女にって」


 ロザリアがカウンター席に視線を運ぶと、その先で2人組で飲んでいる男の片割れが、彼女に向かって小さく手を振ってくる。1度も顔を合わせた事のない男だが、こういう事に慣れていた彼女は、ワインを掲げながら咲き誇った華のような明るい笑顔を浮かべて会釈して見せた。


「気を付けなよ。上客だから渡したけど、私にも時々セクハラしてくるぐらいに女癖の悪い人だから。あ、そうそう。残りの注文はすぐ持ってくるからね。それと、どうせ決闘するなら、飲み比べとか食べ比べにしてウチに貢献してよねっ?」


「ふふっ、分かりました」


 看板娘が姿を消すと再びエリカが口を開き始める。内なるものを発散できずに色々溜まっている様子だ。


「飲み比べって言ってもっすねぇ~。相手が山羊のミルクじゃあ勝負になんないっすよねぇ~」


 フィオナはまたかと少しうんざりした様子でエステルへと視線を向けたが、意外にも彼女は落ち着いて椅子に腰掛けたままだった。その視線にエステルが気づき、鼻を少し鳴らして姿勢を正す。


「ふんっ。フィオナ殿、安心してくれ。私は冷静だ。騎士である私はもう2度と、あのような安い挑発に動じたりしないのだ」


「……ふ~ん。まぁあの子供のような体型には、ミルクの方がお似合いっすよねぇ~」


 エリカの見下したような視線が、暫くの間エステルへと無言で浴びせられた。


「よーし、やってやろうではないかっ! 店の者っ。私にこの店で一番強い酒を持ってこいっ! どっちがお姉さんか分からせてやるっ!」


「注文、キャンセルでお願いします」「貴女は黙っていなさいっ!」


 暫くしてメニューの残りを持って来た看板娘が、大きなたんこぶを頭に作って机にしているエリカに対してギョッと目をみはる。


「えぇーっと。お客さんのお友達、大丈夫かい?」


「お気遣い感謝します。ですが、お気になさらず」


「ハハハッ、フィオナ殿。あの瘤を見てみろっ。まるで小さな山のようだな」


「そういうエステルちゃんも、両頬が真っ赤にれててお餅みたいやよ?」


 明言までもないが、それぞれドリスとロザリアの所業である。エステルはフィオナのげんには答えず、テーブル一杯に並べられた料理の数々を前に目を奪われてしまったようだ。いたたきますと手を合わせると、勢いよく食べ始める。一方フィオナもそれに気を悪くした風もなく、食前の感謝の祈りを捧げ始めた。


「貴女、凄いわね。本当にその量を1人で食べるの?」


 ドリスは初めて見るエステルの食事量に驚きを隠せず声を漏らした。顔を上げたエリカも思わず眉をひそめて量を再確認する。


「もぐっ、んぐっ、グッ……当然だ。騎士たるものこれぐらの量を食べてこそ、いざという時に動けるというものだ」


「……はんっ、そんなに食べたらお腹一杯で動けなくなるだけっすっ」


「ふん。けいにこの量は無理であろうな。食べ比べをすれば勝敗は明らかであろう」


 ドリスは先んじてエリカを座らせようと手を伸ばすが、意外にも彼女は落ち着いて椅子に腰掛けたままだった。その視線にドリスが気づき、鼻を少し鳴らして姿勢を正す。


「ふんっ。ドリス、心配してるんすか?。私は冷静っすよ。騎士である私があんな安い挑発乗るわけないじゃないっすか。子供じゃあるまいし」


「……ふ~む。まぁ女の身である卿なら、女のようにサラダとケーキでも並べている方がお似合いであるな」


 エステルの見下したような視線が、暫くの間エリカへと無言で浴びせられた。


「よーし、やってやるっす! 店員さん。私にこの店の全ての料理を持って来いっすっ! どっちが男らしいか分からせてやるっす!」


「「2人共、いい加減にしなさいっ!」」


 そんなやり取りの間にようやく長いお祈りを終えたフィオナは、静々と食事を始めるのだった。

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