白狼との逢着その2
―――約2時間後、同酒場内。
「ルグラードの戦い。やはり、この戦いこそマテウス卿を語る上では外す事の出来ない
「基本中の基本っすねっ。流石、私の同志っ。話が分かるっすっ! でも、個人的に私が一押ししているのは、サンタルデーン城の奇跡っす!」
「たった100人で城下町の民を無血で逃がした上で、10000もの兵を相手に奪われた城まで取り返すというあの戦かっ! 王道だな。だが、私はやはりバンロイドの地で父上も参加した戦、ドラッケン山岳戦だろうな」
「おぉっすっ! 長きに渡って悩まされてきたジアート王国の防衛線を破ったアレっすねっ。あの戦いは今や数少ない山岳戦の教本にもなってるっすからねぇ~。当然知ってるっすっ」
「そうであろう。しかし私は幼少の
「羨ましいっすっ、羨ましいっすっ! ちょっと今からその内容を、私にも教えるっすっ」
(なんやいつの間に仲よーなってるっ!? 話の内容サッパリ分からんしっ!)
フィオナは心の内で精一杯のツッコミを入れたが、心の内での出来事なので当然誰も気づかない。この酒場にて2時間近くも経過した今、当然のように誰もが食事を終えているのだが、エステルとエリカの2人は同じテーブルで肩を組んで、熱く語り合う事を止めようとしない。
たまに酒やミルク、その為の
「んっ、んっ……んくっ……ぁはぁ~……やんっ、口から少し零れちゃいました。やだっ、はしたない」
「「おぉ~~!!!!」」
元々フィオナ達が座っていたテーブルにはロザリアが1人。後はそれを取り囲むように酒場中の男が
つつーっと口の脇から零れたそれを指先で拭い取り、男達の前で小さく口を開いて舌を伸ばし、舐め取る。その蠱惑的な仕草が男心までを一緒に奪い去り、周囲からは熱狂的な声が漏れた。
「でも、これで私がまた勝っちゃいましたね? 大丈夫ですか? しっかりしてください」
そんなロザリアの隣に腰掛ける幸運を手にした男は、机の上に突っ伏して動かなくなっていた。彼女は彼の背中に両手で回して介抱しようとしていたが、彼の連れの男が力任せに担ぎ上げて人垣の外へと連れていく。
「お大事に。今度はゆっくり飲みましょうね? それで……次は誰が私の相手をしてくれるんですかぁ?」
「俺だっ!」「なに言ってんだっ! 順番を守れ、俺だろうがっ!」「オラッ、さっさと行って負けて来いっ」
ロザリアがああして男達と次々に飲み比べする事になったのには、それなりの経緯がある。最初に赤ワインを送って来た男がロザリアに声を掛けたのを皮切りに、次々と男が彼女に声を掛けて来たのだ。
最初の内は身内で話しているからと、断っていたいたのだが、度々同じ事が続くようになったのと、エステルとエリカが意気投合し始めたのを切っ掛けに(面倒臭くなってきたのも大きいのだが)……
『それでしたら、私との飲み比べに勝つ事が出来た人は、一晩私を好きにしても良いですよ。その代わり、負けたらここの支払いをお願いしますね?』
などと言い始めたので、あのお祭り騒ぎだ。因みに先程酔い潰した男を合わせると、既にロザリアは4人抜きしているにも関わらず、未だに余裕を残している。つまり、このテーブルの支払いは既に倒れた4人の割り勘になっているので、エステルなどは遠慮せずに注文し放題であった。(元々、彼女に遠慮があったかどうかは別として)
「ん~……でも、私。そろそろエールは飽きちゃいました」
「ちょっ、待ってくれっ!」「まだ、俺も挑戦したいんだっ」「そうだ、俺だってっ!」
「だから、次からはウィスキーのロックにしませんか? その方が、もっとあつ~い……2人の時間が過ごせると思いません?」
「「おぉ~~!!!!」」
ロザリアが
(ロザリア
「彼女、大丈夫なの?」
「ふぇっ?」
フィオナが心の中で考えていた問いをそのまま声にして投げ掛けられたので、思わずひっくり返ったような声を上げながら首を巡らせると、いつの間にかドリスが隣の席に移動してきたようだった。エステルとエリカ、ロザリアとがそれぞれこういう状況だから、彼女も溢れたという事か。
「う、う~ん、どうなん……でしょう? ロザリア、さんが飲んでるのって初めて見る、っので」
自身のバルアーノ
「ウィスキーをロックでだなんて、かなり自信はあるようだけど……本当に全員を酔い潰すつもりなのかしら?」
「ロザリアさんは、教師してくれてるし、普段からその、頭のええ人だから、多分考えがあっての事やと、だと思う、ますっ」
「私から見ると
ドリスがそうして言葉を切ると、そこから2人の間に沈黙が流れる。フィオナはこれを気まずい沈黙と捕えた。折角の機会で色々お話ししたいし、こちらから話しかけた方がいいのだろうか? しかし、話し掛けるにしてもこんな下手な標準語で話しかけるのはちょっと……等とあれこれ悩んでいて、それ等をロザリアに相談したくて、この場に来た事を思い出す。
「はぁ~。でもこれやと、今日の相談は無理そうやんね」
「なにか悩みがあるの?」
「えっ? あっ、そうやのー……やないっ! そうで? なくて?」
「ふふっ。バルアーノ訛りを気にしすぎじゃない? 普通に喋ればいいんじゃないの?」
「うっ、うぅ~っ……」
独り言のつもりが思わぬ反応をドリスに返されて、咄嗟に漏れた訛りを抑える事が出来ずにいたフィオナ。更には完全にそれを隠そうとしていた事までバレてしまって、顔を真っ赤にして
「気にしていたのなら、ごめんなさい。でも……私達の騎士団でも訛りの抜けない子って何人かいるし、そんなに気にする必要ないと思うのだけれど」
「……そーなん?」
「エリカなんかもそうよね。っす、っすって幾ら言っても直そうとしないし、
「騎士の間かぁ~」
考えてみれば、このバルアーノ訛りを物笑いにされたのは貴族の社交界だ。あらゆる地方から集まり、あらゆる地方へと身を置く騎士同士の世界では、訛りなんてそれ程珍しい事ではないのかもしれない。開き直り過ぎるのは問題だが……こういう一期一会にもっとお喋りしたいという自分の想いを押さえつけてまで、標準語にこだわり過ぎるのも違うのではないかと、フィオナは疑問を抱いた。
「違ったらごめんなさい。もしかしたら貴女の悩みって、その事?」
「あぁ~……そんなとこやよ。やっぱ、バカバカしいかなぁ?」
「そんな風には思わないよ。私で良ければ相談に乗る」
「その、ありがとーな。相談もええけど……ウチ、そっちの話ももっと色々聞きたいわ」
もちろんだと、慣れた様子でウィンクするドリスの横顔は、同性のフィオナからしても胸に刺さるような頼もしさがあって、騎士団内でも人気なんだろうな、等とフィオナに勝手な想像を抱かせるに十分であった。
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