女王拝顔その3
その後、2人が落ち着きを取り戻して、ゆっくりとそれぞれの疑問を解消していく事になった。2人の会話を黙って聞き流していたマテウスだったが、そこでようやく、事情の説明をするのに口を開き始める。
アイリーンには自分に下された処遇の事。女性親衛隊の組織して、その教官として力になるという話だ。そして、ゼノヴィアとの関係が、彼女が側室として王宮に入る前との出会いである、とう事にも触れた。
彼女の家に
ゼノヴィアにはアイリーンと話した夜の事を説明した。ただし、会話の内容やアイリーンを押し倒した事については、ぼやかしてだったが。(なるだけ小言は聞きたくないから)
アイリーンが積極的にマテウスとの口裏を合わせた結果、ゼノヴィアも納得したようだった。なぜ、アイリーンがそうしてくれたのかまでは、マテウスには分からなかったが。
「折角マテウスが決闘に勝ったのに、私の護衛にはなれないなんて」
「落とし所だろう、これが。騎士でもない俺を、役職にねじ込んだだけ大したもんだよ、君の母親は」
「そうよね。ごめんなさい」
マテウスの言葉で、ゼノヴィアの奮闘に思い至るアイリーン。実際、彼女なくしてはマテウスの解放も、仕官も実現しなかっただろう。最悪、マテウスがあらぬ罪状で処刑される未来だってあった筈だ。
「その件についてですが、義兄……マテウスにはもう1度、騎士の称号と名前を与えようと思います」
「出来るのか? そんな事が」
「可能です。というより、王女の親衛隊である騎士の教官が、なんの称号もなしでは示しがつきません。そこは、議会も異論はないでしょう」
「そうか。もう、なる事はないと思っていたんだがな」
マテウスは首の右後ろを左手で撫でながら、柄にもなく
「多くの者は、なにが出来るかで職を選びますが、才能ある者は職に選ばれるといいます。人生に2度も騎士として選ばれる貴方は、やはりこの道を歩むべきではないでしょうか?」
「俺を選んだのは、才能じゃないだろう。セドリック卿と君達だ……それに、1度失敗してるのも事実」
マテウスは自身に剣を振るう事しか能がないと思い、それだけを磨いて生きてきた。もし道を間違えれば、傭兵になる生き方も、最悪野盗に身を
その結末は決して喜ばしいものとは言えなかったが、それでも後悔はこの12年余りで、
「当時の私と他界していた父には、貴方を守る事が出来ませんでした。ですが今の私なら、あのような結末は2度と起こさないと誓えます」
「よそう、あれは仕方なかった。それに……」
マテウスがゼノヴィアから視線を逸らすと、今度はアイリーンと視線が合った。ジッとこちらを見上げる彼女の言葉が、また
『貴方が必要とする味方に、これからなるわ』
なんの根拠もないあの言葉を信じてみようと思った瞬間から、騎士になる事は決まっていたのかもしれない。ならば、今更結末や後悔に怯えるのは自分らしくないと、マテウスを考え直させた。
「1度教官を受けると言ったんだ。もう断ったりはしない」
「ねぇマテウス。マテウスが騎士になるって事は、
「あぁー、まぁそうなるだろうな」
静かにゼノヴィアとマテウスの話を聞いていたアイリーンだが、会話が途切れた間を狙って割り込んでくる。ゼノヴィアはそれにいい顔をしなかった。
「アイリ。言葉使いをどうにかなさい」
「お母様の義兄様なら、私も家族同然じゃないですか。だからいいわよね? マテウス」
「俺達だけの時ぐらいなら、いいんじゃないか? ゼヴィ。アイリーンだって公私ぐらい分けているよ」
「うぅ……これでは、私だけ損じゃないですか」
ゼノヴィアの独り言はマテウスには届いていたが、彼は気付かない振りをした。彼女は娘の手前、砕けた言葉や義兄と呼ぶのに抵抗があるのだろう。母親の示しとの
そんな母親の苦悩を知ってか知らずか、マテウスの腕に
「それでね、私にやらせて欲しいの、マテウスの叙任式。私、やった事なかったし」
アイリーンがいう叙任式とは、騎士になる為の誓いの儀式の事だ。本来は騎士がその力を発揮する為に必要な儀式だったのだが、今は儀礼的な意味合いが強い。有力貴族の血統ならば、多くの者を呼んで1日がかりで派手にやったりするのだが、そうでない者は形式的に主君と誓いを交わすだけで、儀式を終える者もいた。
「それは許されません。大体貴女、刻印も打てないでしょう」
「コクインってなんですか?」
「最近はやらないから、知らないだろうな。昔は装具の普及も少なかったから、主君の許しを得て、主君の装具を使って騎士は戦ったんだよ。その装具使用の鍵が、刻印だ」
だが、それでも1つ刻印を与える理由があるとすれば、それは特別な装具を相手へ与えたい時である。
「ゼヴィ、君はまさか、俺に
「10年前から埃をかぶっている、1世代前の技術なんて誰も重要視していませんよ。それに、あれを使いこなせるのは義兄さんだけでしょう?」
「むーっ……また、2人だけに分かる話をして。刻印が必要というなら、すぐにでも練習します。だからお母様、お願い。マテウスの叙任式は私にやらせてください」
ゼノヴィアは家族としての会話をする事にしたらしい。その親しげで、初めて見せる母親の姿が、アイリーンに形にできない焦燥感を生むのか、再び話に割って入っていく。
「マテウスは私が初めて選んだ騎士です。だからお願い、マテウス……私の初めても貴方にもらって欲しいのっ」
「……っな!? アイリ、貴女そんなはしたないっ!」
「初めての叙任、な。落ち着けゼヴィ。叙任式の話だから」
「私の初めてだって、義兄さんです。だから、これからも義兄さんの世話は私が続けます」
「おい、それは叙任式の話だよな? おい」
「そうでしょうか? マテウスだって、若い娘の方がいいのでは? お忙しいお母様と違って、私ならマテウスと2人きりの時間で沢山練習が出来ますもの」
「年齢は叙任に関係ないだろう。あと、練習するのは刻印の練習で、いいんだよな? な?」
「本来なら貴女は、今も授業中の筈でしょう。また抜け出してきたのを、大目に見ているのですよ? それに、義兄さんの事なら私が良く知っています。私の技術なら、時間をかけずとも義兄さんを満足させる事が出来ます」
「あぁー……凄く屈辱的な事をいわれた気がするのは、何故だ」
「そうだ、お母様。それならマテウスに選んでもらいましょう? ねぇ、マテウスは私がいいわよね? 私、マテウスの為なら沢山練習するわ」
「名案ね、アイリ。ねぇ、義兄さんは私がいいんですよね? 義兄さんの初めても、これからも、全部私のものですものね?」
話が大きく逸れているのか、逸れていないのか、それも分からぬままに決断を迫られたマテウスは言葉を失って2人を交互に見比べる。彼の両腕にそれぞれ縋りつく2人の、少し不安気で濡れた瞳に晒されながら、1つの選択をする事になった。
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