第33話

 5時間目の授業中、私はひかるさんに聞いたことを、手帳に綴った。


 ひかるさんの話は、みちくんとひかるさんとのあいだの話なんだけど、私に語りかけてくれてるように聞こえた。


 ほんとの私。どれもほんとの私。どんな自分もほんとの自分。受け止めて、好きになってあげる。そして、私は、みちくんが好きになった人。その人のことを、私は誰よりも好きになってあげなきゃいけない。


 私は何度も心の中で繰り返した。そして


 胸を張って、好きだ! と自分のことを言えるようなイイ女になる! と、書いた。


 そして、机の下でこっそりケータイをいじった


[今日バイト何時まで?]


 と、シンプルにメッセージを送った。返事は何時頃来るだろう? と思った。


 5時間目が終わるとケータイが震えた


[おつかれ。授業中にLINEかよー。今日は9時までだよ]


 とメッセが来た。すぐに返事をくれたことが嬉しかった。


[帰りに寄ってもいい?]


 私は素直に言った。まだみちくんのバイト先に行ったことがない。慣れるまでは迷惑だろうな、と思ってたから。いつも、行ってみたいとは思ってた。


[いいよー。ありがとうございまーす]


 嬉しかった。なんだ、素直に言えばみちくんは簡単に受け止めてくれるんだ、なんて思った。なんか、昨日から私ひとりで、バカみたいだ、と思った。


 ごめんね、みちくん、と思った。少し泣きたくなった。それでつい、じゃあ帰りにね、とメッセするつもりが


[会いたいの。すごく]


 なんて送ってしまった。


「あ、ちがっ!」私は声に出して叫んだ。もりちゃんがそばにいて


「なになに? どした?」と言った


 私はケータイのいろんなところを押したり振ったりしてみた。でもメッセは送られた。


「どーしよーもりちゃん!」


 私は焦った


「なによどしたの」


 もりちゃんも慌てた


 説明しようにも説明できない。ケータイを見ると、既読、と書かれていた。


 どんなメッセが帰ってくるんだろう、軽く、軽く返して、ほんとに。あ、間違えたって送ればいい? なんちゃって、とかスタンプ送ればいいの? 既読、という文字が大きくなっていくように見えた


「会いたいなんて送っちゃったのよー」


 私はパニックで、またしてももりちゃんに泣きついた。


「ふうん…… それは…… ああ、よかったじゃん」


 もりちゃんは事もなげに言った。


「よくないよお」


 私はケータイを見つめた。みちくんからの返信を待つか、私から先に送るか、悩んだ。


 もりちゃんが私の腕を掴んで引っ張った。


「ちょっとやめて、今、これ、ああ、間違えた」


 もりちゃんはそれでも腕をひっぱる。


「ちひろ、ほら。会いたかったんでしょ」


 もりちゃんが言った。私は顔を上げる。もりちゃんがどこかを見て笑っている。視線を追う。廊下の方だ。私はおそるおそる、目を向けた。もりちゃんに引っ張られて立ち上がる。もりちゃんが背中を押す。私は歩き出す。


 みちくんが笑った。


 クラスの子が何人か、私のこととみちくんのことを見ていた。女の子が私のことをつっついた。みちくんの姿が廊下に消えた。私は後を追う。


「俺も会いたかったんだけど、ごめんね」


 みちくんが言った


「ううん、ごめんなさい、急に変なこと言って」


 恥ずかしくてみちくんの顔が見られない


「そんなことないよ。嬉しかったよ。会いたがってもらえるなんてさ。最高だよ」


「だって、忙しいのに、みちくん」


「大したことないよ。もう3日もちゃんと会えてなかったもんね」


 私はみちくんの顔を見た。同じこと、思っててくれた。


「うん」


「ちひろにさみしい思いをさせるなんて、ほんとにごめんね」


「ううん」


「さみしい思いをさせないとか言えればかっこいいんだけど、それだと多分嘘つきになっちゃうと思うんだ。だからさ、さみしいときはさみしいって言ってね。できる限りのことはするよ。会いに行けるときは会いに行くし、行けないときは……」


「これないときは……?」


 みちくんは頭をかいた。


「どうにかする」


「どうにか?」


 2人で笑った。


「だから、ただ、ちひろだけがさみしい思いするのって、嫌なんだ。ちひろがさみしいときは俺もさみしいよ。それに、俺がさみしいときは、さみしいって言うから。」


「みちくんもさみしい時あるの?」


 私は聞いた。


 少し間を空けて、みちくんははにかんだ。


「寂しがり屋なんだよ。ちひろがいないと死んじゃう。」


 冗談ぽかった。でも、私は冗談にしたくなかった。多分、ほんとのことだと思った。だから私は


「うん。私もなの」


 と言った。みちくんは微笑んで、ぽんぽん、と私のあたまを撫でた。チャイムが鳴った。


「会えてよかった。じゃあ、帰り寄ってね」


 みちくんが言った。


「私も会いたかったから。絶対寄るね」


 私も言った。みちくんは階段へと消えた。


 振り返ると何人かの視線が一気に逸らされるのがわかった。みんなが見てた。でも気にならなかった。私にとってはみちくんにどう思われてるかが大事で、ほかの人にどう思われようが関係ないと思った。私はそっと教室の席に戻った。何人かに肘でつつかれたりした。


 もりちゃんが「よかったねー」と言ってくれた。


 私は大きく頷いた。

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