第31話

 翌日、いつもより早く学校に行くと、まばらな自転車の中にみちくんの自転車を見つけた。黄色い自転車。前のカゴもないし、後ろの荷台もない自転車。「ちひろを乗せられないな」と言ってくれた自転車。

 私は自転車を置くと

[おはよー早いね]

 とメッセした。

 下駄箱から教室まで、ケータイを握って歩く。音は鳴らない。

 誰もいない教室。見慣れない景色に朝から寂しくなった。

 ケータイは鳴らない。

 気分を紛らわすため、トイレへ行く。鏡の中の私は暗い顔。ダメダメ、こんな顔じゃ、みちくんに会えない。何度か笑顔の練習をして、ケータイを見た。何も来てない。ため息をついた。


 みちくんからメッセがきたのは朝のホームルームの後だった

[おはよー。朝から生徒会だったんだ。今日もよろしくねー]

 いつも通りのメッセージだ。いつも通りなのに、なぜか素っ気無く見える。私に興味がないみたいに見える。私ばっかり会いたくて、私だけ、みちくんのことばっかり考えてるみたい。みちくんにはみちくんの時間があってお仕事があって、私はそーやっていろんなとこで活躍するみちくんが好きなのに。

 それなのに今の私は、みちくんを私だけのものにしてくて、朝から晩まで私と一緒にいて私だけを見てて欲しくて、そんなわがままを考えてて、ほんとに、自分が嫌になる。

 ただ、会いたかっただけなの。どこにいるかわかれば、姿を見るだけでもよくて、だから、すぐ返信欲しかったの。どーしてみちくん、すぐメッセくれないの…… もう授業始まっちゃうよ。


「どしたん?」

「もりちゃーん……」

私は泣きそうになりながらもりちゃんのお腹に抱きついた。

「おーよしよし」

「昨日はありがと」

「何もしてないよ。でも、ちひろ、お手伝いよろしくね」

私の髪の毛を撫でながら言う。

「うん。なんでもお手伝いする。だから、みちくんをここに連れてきてー」

私はもりちゃんのお腹に語りかけた。ほんとに涙が出そうだった。

「は? え? なんで? 会いに行けばいーじゃん」

「それができたら苦労しないー」

「え、だってあなた、彼女でしょ? 階段降りたらすぐ彼の教室じゃん」

「だってみちくん忙しいもん。私が邪魔しちゃ悪いもん。みちくんはきっと私を優先してくれるもん、だから私が行くと、後々すごく忙しくなっちゃうもん。邪魔者になりたくないのー」

「ねえちひろ、あなた今すごくムカつくわ。なんで朝から超ド級のノロケを聞かされなきゃならないのかしら?」

「ちがうの、そーゆんじゃないの。でも、私のこと気にして欲しいの。ちひろが一番だよって、言って欲しいの」

「やだわ、この子。メチャクチャのろけてる」

「えーん、もりちゃんが意地悪言うー」

もりちゃんのお腹はあったかくて、私の中の寂しさが和らぐ。

「ねえちひろ、わかった! こうしたらいいんじゃない?」

もりちゃんはパン! と手を叩いた。私は顔を上げてもりちゃんを見上げる

「もう一度キスしてもらえばあ?」

もりちゃんは目を輝かせながら言った。

「キャアアアアアアアアーっ!」

私は悲鳴を上げてもりちゃんの口を手の平でふさいだ。クラスの子の視線が集まった。私はごめんなさいなんでも、ないです、とつぶやきながら身体を小さくした

「なに、なによ! もりちゃんの意地悪っ!」

「いやー、元気元気。私も早く恋したい。私の目標はちひろ、あなただよ」


 授業のチャイムが鳴った


※※※※※


 昼休み、ものすごいスピードでお弁当を食べた。3年生の教室に行こうとした。午前中、みちくんからメッセはない。みちくんは暇なら私を呼んでくれる。でも、メッセはない。みちくんは忙しい。私は知ってる。私が一番よく知ってる。

 受験生だから勉強しなきゃいけなくて、生徒会の副会長さんだから文化祭の準備がたくさんあって、あと、今日はバイトもあるんだから。だから生徒会の会議を早退しなきゃって言ってた。それくらい忙しいんだよ。あと2週間。たった2週間で暇になるって言ったじゃん。私は、みちくんの言うことをきいて、ちゃんと待つんだ。いい女になるんだ。

「なれないよ……」

 私は呟きながら階段を降りる。

 一目でいい。会って、笑ってくれたら今日一日頑張れる。

 みちくんの教室に着いた。廊下から、そーっと覗く。3年生がいっぱいいて、怖い。みちくんの姿を探すけどよく見えない。すると、目の前の女の人と目があった。ビクッ、とした。私は、あ、すみません、と言った。

「……なに?」

 その人が言った。目が怖い。

「あ、あの、すみません、別に、なんでも、はい……」

 私は即座に逃げようとした。

「山本ならいないよ。生徒会室」

 教えてくれたんだ、と思った。ありがとうございます。と言った。声が震えた。

「そんなことも知らないんだ。ほんとに付き合ってんの?」

 え…… 私は声にならなかった。身体が固まった。お弁当を食べてた何人かの人たちが、くすくす笑った。

「そんなとこでボーッされると迷惑。山本がいないんだからここに用はないでしょ。それとも、関係者のつもり?」

 そんなつもりじゃありません。言おうとして声にならなかった。怖かった。私はぺこりと頭を下げて廊下を走った。

 廊下の端っこで、掲示物を見るフリをしながら呼吸を整えた。涙が出てた。私、会いたくて、ただ顔が見たくて、笑ってほしくて、ただそれだけで、何も、迷惑かけてなんて、そんなつもりないのに…… 悔しかった。


 突然、後ろからスカートがめくられた。私は恐怖で声も出なかった。ガクン、と膝が折れて座り込んでしまった。

「ちょっと、やだ、ちひろちゃん、ごめん!」

「ひかる先輩ー」

 私は、ボロボロと泣きながら、ひかる先輩を見上げた

「そんなに驚くと思わなかったのよ、ごめん、ごめんね!」

 ひかる先輩は私を抱きしめてくれた。

「すみません。大丈夫です、ほんと、びっくりしちゃって、あの、失礼します!」

 私は恥ずかしくて走り出した。だけどガシッと腕を掴まれた。

「どしたの? ちひろちゃん?」

 ひかる先輩が優しく言ってくれた。私は、なんでもないですと強調したけど、ひかる先輩が「山本呼んでくる」と言い出したので、待ってください! って言って、話をすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る