第30話

 文化祭まであと2週間になった。


[最近なかなか会えないね]


 みちくんは生徒会とバイトと、自分のクラスの担当ですごく忙しい。2人で会って話したのはいつだっけ、と思い出せないくらい。少なくとも三日は、ちゃんと会えてない。


[ね。ごめんね。バタバタで]


[ううん。みちくんは色々大変だもん。仕方ないよ。あと、2週間だしね]


[そだね。文化祭終われば暇になるから]


 夏休みのあいだは、会える日の方が少なかったのに。と思い出した。


 夏休みが終わって、ほんのわずかなあいだに、3日会えなかっただけでこんなに苦しくなるなんて、不思議だった。


[うん。なにか手伝えることあったら、なんでも言ってね]


 しくっと、心がいたんだ。なんとなく、思ってることとメッセの内容が違う。


[ありがと。ちひろもクラスの方しっかりね]


[はーい。がんばりまーす。おやすみ]


[おやすみちひろ]


 ケータイを充電ホルダにセットして、ベッドにもぐる。胸元に小さなしこり。


 ちがう、みちくん。私、そんないい子じゃなくて、物分りがよくなくて、会いたいの。


 会いたい。会って全然関係ない話したいの。みちくんの話が聞きたいの。手をつないで歩きたいの。会いたい、会いたいよ……


 明日学校へ行って、休み時間に会いに行けばいい。それなのに、どんどん、どんどん、会いたい気持ちが大きくなる。このまま、私は爆発しちゃうんじゃないかっていうくらい、胸が苦しくなった。どこも痛くないし悪いところもないのに、お腹が痛い子供のように身体を丸めて枕を抱いた。そうしないとなにかに押しつぶされそうだった。


 暗い部屋の中で、ケータイガ鳴った。LINEだ。私はお化け屋敷の人形のようにガバっと起きて、机の上のケータイを取った。10時半をまわっていた。


「もりちゃんか、なんだろ……」


 私はがっかりした。そしてもりちゃんに心の中でごめん、と言った。


[ねた?]


[ううん、まだ起きてたよ]


[そっかよかった]


[どしたの?]


[明日の文化祭の準備の準備した?]


[したよ。いちお。]


 私たちのクラスは、輪投げやダーツとかのゲームをやることになった。何人かの男子がすごく乗り気で、盛り上がって色々決めた。無料でやって、簡単な景品を手作りでつくろうということになった。当日の係も少なくて済むしということもあって、女子はあんまり乗り気じゃなかったけど、小さいぬいぐるみとかを当日までに作るだけでいいと説得された


[まじで? 私全然できてないんだけど……]


[ええ? どーしたの? なんかあったの?]


[ただ、めんどくさくて、前の日にでもテキトーにやればいいやと思ったの。そしたら……私にはできないよこれ]


 もりちゃんは裁縫とかお料理とか、家庭科的なことは苦手だった。だから、大変だろうなとは思ったけど、まさか今日までやってないとは思わなかった。


[えー、当日まではまだ時間あるし、なんとかなるよ。私も手伝うし]


[ほんと? 助かる。ちひろありがとー! なんでも言うこと聞きますから、おねがーい]


 もりちゃんらしい、とおかしくなった。そして、なんでも、ということが私の中に引っかかった。そして私は


[ねえもりちゃん、いま電話しても平気?]


 とメッセを送った。


 直後に、LINEの音声着信の画面になった


「こんばんはー」私は言う。


「どもー」もりちゃんは明るい


「とりあえず明日は男子に謝ろうよ。二人でやれば3日もあればできるしね」


「ごめんねちひろ、なんでも言ってね」


「うん。あのねもりちゃん」


「なに?」


 もりちゃんはふざけたようなことを言わなかった。私の様子がいつもと違うと思ってるんだ。もりちゃんにはかなわない。


「内緒にしてほしいの」


「うん、いいよ」


 なにを? とは聞いてこなかった。私はそれによって、ためらいなく話をすることができる。いつものことだ。


「キス、したの」


「うん」


「すごくね、嬉しかったの」


「今日?」


「ううん、2週間くらい前かな。ごめんね、黙ってて」


「平気」


「嬉しかったの」


「だよね。おめでと、ちひろ」


「うん。ありがと」


 大げさにはやしたてたりしない。それがもりちゃんだ


「まさか、その先も?」


「いや、そ、それは、まだ、まだだよっ! もう! もりちゃんはっ!」


 アハハ、ともりちゃんは笑った。


「笑わないで」


「あ、ごめん。そーゆー意味じゃないよ」


「ううん、そーじゃなくて、今から言うこと、笑わないで」


「ん……」もりちゃんは少しの間を開けた。そして「うん」と、柔らかく言った。私は言える。


「もう、3日、会ってないの」


「…… そっか」


「会いたいの」


「うん」


「昨日も、今日も、そして明日も、同じように学校行くし、いくらでも会えるの。会えるのに、会いたいの……」


「うん」


「会いに来てって言いたいの。会いに行けない自分がやなの。重たく思われたくないの……」


「うん」


「ごめん、なんか。でも、怖くて。みっか、たったの3日、会えないのが我慢できないなんて、私、おかしいのかも」


「おかしくないよ」 ふわっと、もりちゃんの言葉が聞こえた。


「ちひろはなにも変じゃないよ。それが、恋なんじゃない? 山本さんも、前よりずっとちひろのこと好きになってるんだよ。だから、好き同士の2人が強く惹かれ合ってるんじゃない?」


「もりちゃん…」


「私は恋人経験ないからわかんないけど、好きな人に好かれて嫌な思いする人いないんじゃない? それに、たまらなく好きになっちゃうから、キスしたり、その先もしたくなるんだよきっと。山本さんも今頃会いたくて会いたくて、って思ってるんじゃないかな。」


「そーかな」


「そーだよ。だって2人は誰がどう見てもお似合いラブラブな2人だもん。」


「なにそれー、やだー」私はようやく顔の表情を崩した


「ほんと、うらやましいって言ってるよみんな。」


「だ、誰がそんなこと言うのっ」


 少し嬉しい気持ちになる


「えー、1年生は男女問わずだよ。先輩たちも、特に女子のあいだではベストカップルだって。でも…」


「嬉しいような、嫌なような。山本さん目立つもんね… でも?」


「あ、ううんなんでもないよ。今でも山本さんやっぱりモテてるからね。好きっていう気持ちどんどん送って、離さないようにしたほうがいいよ。絶対」


「そっか。もりちゃんがそう言うなら、好きな気持ちいっぱい出してもいいのかな」


 時計が11時を告げた。遅くなっちゃったね、と電話を切った。


 私は会いたい気持ちを心の中に溜めすぎないで、少しでも外に出しちゃえば楽になれるんだ、って思いながらベッドに潜った。 


 キスしたこと、もりちゃんに言っちゃった。すぐに言わなかったことを少し後悔した。


 唇に、みちくんを思い出した。肩にみちくんの手、目の前にみちくんの顔、やわらかいみちくんの唇。あまりに突然すぎて、みちくんのにおいを覚えていない。


 みちくん、大好き、みちくん。


 私のみちくんになってほしい。私だけを見てほしいの、、、


 暗くなった部屋の中、私は小さく息をはいた。心の中で何度も何度もみちくんを呼んだ。


 身体がこわばって、大きく息を飲み込んだ。次の瞬間、みちくんに支配された身体から一気に力を抜く。ケータイの画面でみちくんの顔を見る。


「だいすきだよ、みちくん、おやすみ」


 息を整えながら、私は眠りにつく




 もりちゃんが言った「でも…」が、私の中に小さな刺のように刺さっていた

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