第29話

「バイト、どう?」

 昼休み、テニスコート横の木陰でちひろが聞いた。コートでは岡部と女子マネージャーたちが遊んでいた。

「きっつい。覚えることありすぎて、ついていくだけでいっぱいいっぱい」

「えー、みちくんでも大変なら、私なんか無理だー」

「なにちひろ、バイトしたいの?」

「うーん、まだ考えてないけど、いつかはしたいの。やっぱ、自分でお金稼ぐのって憧れるよ」

「そっか、うん。そーだよね。確かにきついけど、面白いよ。一つ一つ覚えてくの、楽しいし」

 ボールが飛んできた。女子マネージャーが走ってくる。ボールを拾って投げる

「山本さんもやりましょうよ。イチャイチャしてないで」

 大きな声で言う。

「おまえな、先輩にむかってその言い方はないだろ。ものすごいイチャイチャしてやるから見てろっ!」

「ちょっ、なにを……」

ちひろが慌てた

「あーはいはい。」

マネージャはコートに戻った。


「またいじめられるー」

ちひろがぼそっと言った

「そーだなー。なんだかんだちひろは部のアイドルだよなー。マスコットだよ。」

「もー、けっこーきついんだよ。根掘り葉掘り色々聞かれたり、嘘つくのもやだし、先輩たちのことも好きだし……」

「まあ、悪いことしてるわけじゃないし、ね」

「キスされたって、言ってもいいの?」

「ちょっ、おま、こんなとこで、なにを……」

「だってほんとのことだもーん。私のファーストキスを、カレに奪われましたって、言っちゃうよ?」

「待って。それは待とうよ。それに、俺だってファーストキス、だしさあ、ほら……」

 ちひろはくすっと笑った

「それ、ほんとなの?」

「だから、何度も言うけど、ほんとのほんとだってば」

「遅い、よね?」

「えっ? そんなことないだろ?」

「いや、あるよ。私の周りでも、私遅いんだよ」

「えー! そ、そうなん?」

くすくす、ちひろは笑う。

「みちくんが遅くてよかった」

「ちひろのために、とっといたんだよー」

 もっともっと、イチャイチャしてたいな、と思う。


「ね」

ちひろが言う

「ん?」

「久しぶりに、みちくんが打つの、見たいな」

「お、そっか、うん……」

「あ、ダメならいいの」

「いや、うん、やるか」

俺はシューズの紐をきつくして、マネージャの1人に「ラケット貸して」と言って、久しぶりにコートに立った。

 岡部と打ち合ったものの、すぐに息が上がる。マネージャと再び交代した。

「やっぱり、上手だね」

ちひろが言う。

「お。わかる?」

照れながら言う。

「詳しくはわかんないけど、違うね。それに、カッコいいもん」

「あ、ありがと」

「彼氏になってから、テニスしてるの、初めて見たんだ。カッコいい、うん」

「へへっ」

まっすぐに褒められたら、恥ずかしくなった

「そうだちひろ」

「なに?」

「今日も生徒会で遅くなるんだ。時間合えば送るよ。一緒に帰ろ」

「うん!」


 もうすぐ、秋の文化祭が開催される 

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