第28話

[遅くなったから部活終わるの待ってるよ。終わったら連絡ちょうだい]


 図書室からちひろにメッセージを送る。LINEの使い方にも少し慣れた。


 ただSNSってやっぱり慣れなくて、LINEもほとんどちひろ専用になっていた。クラスの奴も何人か友達だったりするけど、そこでやりとりすることもあまりなかった。


 「そう考えてみると、俺って友達いないのかね。」


 小さくつぶやきながら、ケータイを机の上に置いた。一応、受験生なので受験勉強をした。


 周りでは頭のいいやつが何人か、分厚い参考書を開きながら、せわしなくシャーペンを動かしている。どれだけ勉強すりゃ気が済むんだか、と思いながら、まだあまり開かれていない自分の参考書を見た。


 表紙に、女の子の文字で「がんばってね!」と書かれてる。


 夏休みにちひろと参考書を買いに行って、その日に書いてもらった。ちひろのためにも、一発で合格しなきゃ、と、気合が入る。


 どれくらい時間が経ったか、ケータイガ震えた


 [終わったよん。なんかあったの?]


 ちひろからだ


 [生徒会の会議でね。すぐ行く。自転車んとこね。]


 メッセージを送り、席を立った。「おさき」と誰にともなく声をかけるが、返事はない。一人だけ同じクラスの奴が、シャーペンを肩の高さくらいにまで上げた。俺は玄関に向けて、、早足で歩いた。




 自転車置き場には、ちひろと森田さんがいた。


 「おつかれさま」


 声をかける。あたりは暗かったけど、ちひろが笑顔で手を振るのが見えた。


 「お久しぶりです。」


 森田さんが言った。元気そうだ。


 「おつかれさま。みんな頑張ってるみたいだね。」


 「ええ。なんか、すごい頑張ってます。秋の大会楽しみにしててください。」


 「お。いいね。楽しみにしてる。」


 「それじゃ、私はお先に。じゃあねちひろ」


 森田さんは自転車を走らせた。


 「こんな時間までやってるんだねみんな。」


 「うん。てか、みちくんこそ、どしたの? 生徒会って」


 「ああ。もうすぐ文化祭でしょ? それの会議。これから終わるまでなにかと忙しいんだよね。」


 「あーそっかー。副会長さんだもんね。偉いよね。なんか、いろいろ大変だね」


 「うーん、まあ、なんとなく、かな。ちひろたちは初めての文化祭か。つっても俺たちも2回目だけど。」


 ちひろは興味津々という感じで文化祭のことを聞いてきた。俺は二年前、一年生の時のことを話した。一年生の時俺たちのクラスは「休憩どころ」をやった。


 担任の老教師が「毎年いろいろなものがあるが、どこか休憩するところがあると俺たち年寄りにはありがたい」と言ったことがきっかけで、日本庭園みたいな飾りつけをして、無料でお茶やお団子を振舞った。女子は浴衣を着て、男子は教室内に竹を配置して本物のししおどしを作った。


「ししおどし?」


 ちひろがきょとんとした。


「ああ。あのさ、お寺とかいくと池とかで竹のシーソーみたいなのあるの知らない? 水が貯まるとはねかえって、カコーンって鳴るやつ」


「あー、知ってる。てか、それ作ったの?」


「ああ。水道からホース這わせて、溜まった水をまた水道までね。」


「すごくない?」


「まあね。表彰されたんだよ」


「すごーい!」


 ちひろは両手を顔の前で合わせて喜んでみせた。とても可愛くて、学校でなかったらギューっと抱きしめてしまいたいところだった。


 俺はちひろに顔を近づけた。ちひろが顔をこわばらせた。唇をちひろの耳元にそっと寄せて


「俺が考えたんだよ」


 と囁いた。ちひろはビクッとして、目をまん丸くした。俺はちひろの顔を見て、


「すごいでしょ?」と笑った


 ちひろは、コ、コクン、とだけうなづいた。まんまるい目のまま、俺をじっと見た。


「ご、ごめん、そんなにびっくりした? あんまりかわいくて、つい……」


 俺がそう言うと、ちひろは真っ赤な顔になって「もうっ! バカ!」とだけ言って、背中を向けてしまった。


「ちょ、ちひろ、ごめんて。怒らなくても……」


 ちひろの肩に手を伸ばそうとしたとき、ちひろの肩が震えているのが見えた。


「え、ちひろ? うそ、ごめん。ごめん。え?」


 ちひろの背中に声をかける。しまった。ふざけすぎたか、と焦った


 どうしていいかわからなくて、ちひろの肩に両手を置いた。周りをキョロキョロと見回すが、暗くなった学校に人影はまばらだった。


「ごめん、ちひろ」改めて言った。


ちひろは小刻みに肩をゆらしながら


「ご、ごめんなさい、あの、なんでもなくて…… ちょっと、あの、びっくり、して……」


と言った。鼻をすする音がする。


「ごめんね。ほんと、びっくりさせて」


俺はちひろの肩に手を置いたまま固まって言った。ちひろが泣いたなんて初めてだった。


「ううん。こっちこそごめんなさい、急に。ただ……」


「ううん。俺こそごめん。ただ? なに?」


「ほんと、びっくりしちゃって……」


「うんうん。いやごめんね。ごめん」


 2人は、何度もごめんと言い合った。


 ちひろは、ぐいっと目元を指で拭うとくるっと振り返って、笑顔で言った。


「もう、謝りすぎだよ。でも、あんまり驚かせないで。」


 ちひろの肩に置いていた俺の両手が宙を舞って、所在なさそうに俺の胸の前をさまよった。


 ちひろのはにかんだ笑顔がまぶしく見えた。


 ドキン、とした。目を見張ったっていうのかもしれない。


「ごめん……」


 さっきのちひろのように、目を丸くして、俺はちひろを見つめていた。大好きな、大好きなちひろが、愛しくて、たまらなく愛しく見えた。


「またあー」


 ちひろが頬をふくらませて首をかしげた。


 俺は、ついさっきちひろの肩から離れた手を、再びちひろの両方の肩に置いた。


「え」


 ちひろが小さくつぶやくのが聞こえた。


 そして、俺はちひろに顔を近づけた。今度は、耳元ではなく、ちひろの唇に、口元を近づけた。ちひろは、また身体を固くした。


 あと10センチ、というところで、俺は止まった。


 ちひろは、顔を背けなかった。


 自分の心臓の音が、はっきりと聞こえた。ものすごく、早い音がした。


 そのまま、ちひろの唇に、俺の唇を運んだ。


 夏の終わりの暖かい風が、ちひろのスカートを揺らした。


 3秒間のキスだった。


 二人にとっての、初めてのキスだった。


 一番大切な人と、世界で一番大好きな人と、キスをした。


「ごめん。急に。」


 ちひろの肩から手を下ろして、ちひろに告げた。


「ほら、また言った」


 今度は、ちひろは笑顔で言った。

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