第15話
四月も終わりに近づき、一年生も、新一年と呼ばれることもなくなった。
3年生は3年生らしく、2年生は先輩らしくなってきた頃、カレンダーは連休へと突入する
部室で、マネージャーたちが集められた
「おつかれさま。いつもありがとう。忙しいのに集まってもらってすまないね」
山本がいつもの調子で言った。
ちひろは、普段近くで話を聞くことがほとんどないので、いまだに面と向かうと緊張してしまう。
「連休中のこと、なんだけれども」
山本が続けた
「練習スケジュールは一応立ててあって、今渡した通りなんだけど、予定が急に変わることも予想されるし、なにか連絡があるときに、全員にきちんと行き渡るようにしておきたいんだ」
他のマネージャーたちは渡された予定表を見ながら話を聞いていたが、ちひろだけは、山本のことを見て話を聞いていた。
山本は一人一人の顔を見ながら話をしていて、ちひろの番になったら目があったので、一瞬ひくっとして、ちひろの目を見て話をした。意識的にちひろを見たわけではなく、話をしている時に、目を見て聞いてくれる人がいると、つい話す側もその人に目がいってしまうからだが、ちひろは、慌てて視線を予定表に落とした
「それでね。3年は俺から岡部に連絡すればいいだけなんだけど、俺から全員にってわけにはいかないので、各学年の代表者から、みんなに連絡って形にしたいんだ。それを、マネージャーさんの誰かにやってもらおうかと思って、集まってもらったのね」
「ああ。なるほど」
2年マネージャーが顔を見合わせて頷いた
「そ。行き違いがあったら申し訳ないからさ。俺からその代表者に連絡して、その人から各学年の部員に連絡。そんで、みんなに行き渡ったら、いちおー、俺にまた連絡してもらうっていう感じなら、いいかな、なんて」
「あー、じゃ、私でいいかな?」
2年マネージャーの宇田川が手をあげた。すると他の2年生が「いい?」とか「ごめんね」とか言って、あっという間に決まった
「じゃ、2年は宇田川さんで決まりね。よろしく。1年生は…」
山本がこちらをみた。ちひろは顔を上げられない
「それって、ケータイ、ですかあ?」
森田が聞いた
「できれば、そのほうが確実かな、と。家の電話とか、みんな出ない方が多いだろうし。宇田川さんは俺知ってるもんね。変わってないよね?」
はい。と宇田川が返事をした。
「わたしぃ、近々ケータイ変える予定なんで、番号とかアドレス変わっちゃうかもしれないんです。だから、ちひろ、やってくれる?」
森田が言った。
「え?」
と、ちひろは顔を上げた。森田も、2年マネージャーも、山本も、こちらを見ていた
なぜか、女子はニヤニヤしていた。
「いいかな? 特に用事がなければ連絡することもないし、めんどくさいってのは、わからなくもないんだけど…」
「え?い、いえあの、だいじょぶです、あの、やります。できます」
「そーお? ごめんねーちひろ。私がやればいいんだけどぉ、新規で買うかもしれないのよねー、ケータイ。ほんとにごめんねー」
森田が大げさに言った
「峯岸さんは、そーいう予定ないの? だいじょぶ?」
山本が言った。優しい口調だった
「え? ええ、ないです。ないです。ずっとこのケータイにします」
「ずっと?」
「い、いえなんでもないです。すみません」
「ああそう。じゃあ、悪いんだけどあの、アドレス教えてもらっていいかな? 赤外線で送れる?」
山本がケータイを取り出した。飾り気のない、傷のついたケータイだった
「ああ、はい。えと」
ちひろはカバンからケータイを取り出して操作した。ピンクのカバーを着せた、まだ新しい大切なケータイだ。待受はキャラクターの画像だったが、メニュー画面の背景に、山本の画像を使用していた。
プロフィールを表示させるために画面をタップすると、その画像が表示された。
ちひろはそれを見て心臓が止まりそうになった。
「ちょ、っと待ってください! あの、今、します」
森田がそれを横から見て、笑いをこらえるのに必死だった
わたわたっとして、ちひろはプロフィールを表示し、赤外線送信を選択した。
ケータイを山本に向ける
「あの、すみません、お願いします」
ありがとう、と微笑んだ山本が、ケータイを持った手を伸ばす
ケータイとケータイガ触れ合うほどに近づいて、二人の指と指も、その距離が10センチほどしか空いてなくて、ちひろは心臓の音が耳元で聞こえるくらい大きくなった。
ほんの数秒の出来事が、とてつもなく長い時間に感じられて、心臓の音が山本に聞こえちゃうんじゃないかとか、顔が赤いのがバレバレなんじゃないのかとか、そんなことを頭の中で何度も何度も考えていた
「ああ。きた。ありがとう」
山本の声が聞こえた
「ああ、はいっ!」
ちひろは手を引っ込めた。ケータイの画面に「送信完了しました」の文字が表示されていて、山本のケータイにちひろのアドレスが送信されたことを教えていた。すごくすごく緊張した。
ふととなりを見ると、森田がこちらを見ていた。すごい、いまものすごいことが起こったので、2人で大声で叫びたい気分だったけど、必死で我慢した。そして、ちひろは、森田が高校に入ってから買った新しいケータイを持っていることを知っていた。
「じゃあ、峯岸さん、送るね。俺の番号とアドレス、登録しておいて。拒否は勘弁してね」
山本が言いながらケータイをいじった
「え?あ、はい」
メール受信音が響いて、新着メールの文字が画面に表示された
見慣れないアドレスからのメールを受信ボックスから開くと
「山本です 080ー××××ー×××× micchi‐・・・・@ezweb,ne,jp」
という、メールがあった
ちひろが、山本から受信した初めてのメールだった
デジタルで表示されるいつものフォントの、英数字の羅列であるのに、とてつもなく愛おしくて、大切なものに見えた。
「行った、かな?」
「は、はい。ありがとうございます」
「よかった」
ちひろは、「ありがとうございます」は変、へんよ! と、頭の中で自分を責めた
「じゃあ、2年生、宇田川さんと、1年生は峯岸さんから、部員に連絡ってことで。2年は人数多いけど、この予定表渡すメンバーにはみんな送ってくれるかな。1年生は、4人だけど、よろしくね。あんまり連絡することもないと思うけど」
山本は部室を後にした。
「もりちゃんありがとー。な、な、なんか、震えていて、突然で、手が、ああ…」
「よかったねーちひろー」
森田が頭を撫でた
2年マネージャーが、ちひろを肘でつついたり、首筋に息を吹きかけたり、思い切りスカートをめくったりしながら、部室を出て行った
「きゃあー!」
ちひろは悲鳴をあげながら、顔は笑ったままだった
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