第14話
「ゴールデンウィーク明けに、予選の予選みたいのがあって、一回勝たないと、そこで終わりってことだよ」
いつものファミレスのいつもの席で、ストローをくわえながら山本は言った。
なぜか今日は、岡部と、ひかると、3人だった
「ふーん。一回勝てば、次の大会に出られるってこと?」
「そ。岡部から聞いてなかったのか?」
「言ったよ。3回くらい」
「聞いたような、聞いてないような」
「まったく。緊張感ねえなあ。頼むぜ、ほんと」
「だって。部活ばっかりだと、私おもしろくないし」
「お前ね、彼氏が頑張ってるんだから、応援したらどうなの? 長引いたって、全国行くわけじゃないから、1ヶ月程度でしょうが」
「えー? タカちゃんは全国行くって行ってたけど? 山本は行く気ないの?」
ひかるは岡部のことをタカちゃん、と呼ぶ
「いやそりゃ、あるけど、現実的には… どっちにしたって1ヶ月か2ヶ月程度だろが」
「だよな」
「いいけどさ。応援してるよ。頑張ってるしさ。」
「応援とか来ればいいのに」
「え? 行っていいの?」
「おい山本…」
「あれ? ん? ダメなの?」
「タカちゃん、ダメって言った」
「いや、悪いからさ」
「なんだよ岡部、来てほしくないわけ?」
「そーなんですかねー?」
「いやそーじゃないんだけど、ひかるが見てたら緊張しちゃうとか、負けるとこ見られたくないとかさ、色々考えちゃったんだよ。それでほら…」
「えーなんでよー? いーじゃんそんなの」
「まあまあ、わからんでもないわ。岡部実際、実戦経験ほとんどないしなあ。俺だって、彼女とかには来てほしくないとか思うよ」
「えーなに山本彼女できたのぉ?」
「ちげーよ。もしいたら、の話」
「いい加減彼女つくりなよ」
「簡単に言うなよ」
「そーいえば山本の彼女って知らないけど、どんだけいないの?」
「ダメよタカちゃん、年齢イコール彼女いない歴の山本キャプテンにそんなこと聞いちゃ」
「でもさー、山本、モテるのに、なんで? 理想高いの? 彼女作りたくないとかあんの?」
「モテねーよ。理想だって別に… 大体、いっつもフラレてばっかりだってのは知ってるだろが」
「最近は誰かにフラレた?」
「最近はとか言うな」
「俺が知ってるのは、のりちゃん、だっけ?あの子までだなー」
「えーっ、それっていつの話? すげー前じゃない?」
「んー? そうだっけ?」
「そーだよー、2年の夏とかじゃない? 秋?」
「えー、そんなに前かあ?」
「お前らね、カップルで人の失恋話で盛り上がるのはやめなさい。のりちゃんなー。なんでダメだったんだろうなー」
「ノリはだめだよ。1人の男に入れ込んだりはできないよ。誰がいったってフラレる。ていうか、山本はノリが唯一笑って話す男子なんだから、それで満足しなよ」
「うむ。実は、恋というより、単純な興味だということに気づいてからは、ただの仲良しになってるからな」
「確かに、俺一言もあの子と喋ったことないな」
「で?その後は?」
「うっせーな。それっきりだよ」
「好きな子とかは?」
「うーるさーい」
「いないの?」
「いたらちゃんとフラレてるっつーの」
「告白されたりとか、ないのかよ」
「はあ? ねーよそんなの。あったら言ってるでしょ」
「でもさー、去年の今頃とかはモテモテだったじゃーん? なんか懐かしよねー。どこいったんだろーねー、あんたの取り巻きたちは」
「あー。なんか、なつかしーなー。後輩とかキャーキャー言ってた!」
「嘘言え。そんなのなかったろ。ちょっと目立ち過ぎただけだし、珍しかっただけだよ、あんなの」
「でも、何人も振ったんでしょー?」
「2、3人から告白されたのは、事実だな」
「いいなあ。俺なんか後輩から告白されたことなんかねーよ」
「お前は彼女いるからいいじゃんよ」
「何タカちゃん、告白されたいの?」
「いや、そーじゃないけどさ」
「その子たち今何やってんだろうね?」
「あん?」
「告白してきた子たち」
「知らねーよ」
「アタックしてみれば?」
「いいねえ、彼女たちも大人になってることだし、あの時はごめんとか言ってさ」
「あほか。大体、誰かもわからんわ。後輩の子なんて、区別つかんよ」
「じゃあ、マネージャーさんたちは?」
「それくらいわかるよ」
「そーじゃなくて、可愛いと思う子いないの?」
「はあ?」
「あんたのとこのマネージャー、美人揃いだって評判だし、実際、みんな良い子たちなんでしょ? タカちゃんいつも褒めてるよ。彼氏もいないみたいだし、もってこいじゃん」
「ああ、なるほど。確かに。そーだよ、誰か一人くらい付き合ってくれるかもよ? 去年カラオケ行ったりしてたよな、また誘ってみろよ」
「バカ、あれは無理矢理連れてかれたんだよ。後輩とカラオケ行ったって気使うだけで、面白くないわ」
「じゃ、映画とか、動物園とか、行こうぜって言えば?」
「うるさいなお前らはほんとに。マネージャーはマネージャーでしょ? 一年以上部活やってきてて、まあ、あんまり活動してないけどさ、ともかく、それで今更なんて、なにもあるわけないっしょ」
岡部とひかるは、いつもおせっかいだ。二人揃うと、親戚のおばさんのように、彼女の話とかをしてくる。
ただ、この時は、いつもよりちょっと踏み込んだ話をしてきた
「じゃあ、1年生なら? かわいー2人が入ってきたじゃん」
「ああ?」
「お。そーだよ山本、どうなの? かわいい1年生、どっちかって言われたら、どっちがタイプなん?」
「何言ってんの、だから、マネージャーはマネージャーでしょってば。学年関係ねーよ」
「だからー、たとえば、の話。1年生の2人なら、どっちの方が好みなのかなー、みたいなことを聞いてるだけよ」
「けっこー正反対の二人っぽいよね。元気なハキハキした子か、大人しい、女の子らしいタイプか、みたいなね」
「ああまあ、確かに、そんな感じはするな」
「へーそーなんだ。山本ならさー、やっぱおとなしくて女の子タイプのが合うと思うけどね。けっこー、細かくお世話してくれたり、付いてきてくれたりするタイプのが、いいよ、うん」
「なるほど、確かにそうかもなー。おい山本、峯岸さん、お前にピッタリじゃないか。早くつば付けとけよ」
「何を勝手なことをお前らは…」
「あああれ? あの、ケーキとかクッキー作ってくれた子? いいんじゃない? 山本、甘いの好きじゃん! おいしかったんでしょ?」
「ああ。あれはなかなか、おいしくいただいたけどね」
「じゃあ、迷うことなく、その子のほうがいいってことだよね?」
「んー? まあ、なあ、どっちかってば、女の子らしい方が、いいかな、うん」
「私の経験から言うと、そーいうタイプの子って、あとからモテるよ。男子がその子の魅力に気づくのに時間かかるのよ。大人しいと。だから、早いうちならライバルがいないからイケるね」
「なるほどー」
「なんの話だよ。関係ないっての。ったく」
山本はグラスを片手に立ち上がった
「ひかる、あからさますぎんじゃね?」
岡部が、心配そうな声で言った
「やー、まだ微妙な感じかもだよ。山本にはこれくらいでちょうどいいかもよ」
「でも、山本って鋭いから、あの子の気持ちもわかってるだろうし」
「タカちゃん、何もわかってないね。山本は、自分のことにはほんとに無頓着で鈍感なんだよ。だから彼女もできないんだから」
「え、そーなの?」
「他人のことにはよく気を使うし気が付くよ。でもね、自分のことにはほんっとにダメ。あいつ。見ててイライラするくらいだよ」
「そ、そうなのか…」
「だから、少しでも意識させてあげれば、もしかしたら、って思うの」
「まあ、あの子なら、いいと思うんだよな、俺も」
「世話が焼けるよね」
その日は結局、テニスの話はほとんどできなかった。
帰り道、自転車をこぎながら、山本は、ちひろのことを思い出していた
いつも一生懸命、みんなのためにやってくれている。
お菓子を作るのが好きで、上手だ
スポーツ経験もある
全然、知らないんだな、と思った。
でもなるほど、良い子だなあ、と改めて思って、うちのアイドル的な存在だなあ、と思った。
「なにが、あとになると手遅れだから早く声かけろ、だよ。勝手なことばかり言いやがって…」
自宅へと帰る道、大きな月が、山本を見下ろしていた
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