第13話
2年生が部に復帰してから2週間が経った。
学校でも、年度始めの実力テストがあったり、委員会が始動したり、3年生は進路説明会が始まったりと、いくつかの動きはあったものの、珍しく部活中心の日々が過ぎていた。
テニス部男子は、月、火、木、金、を練習日とした。女子に頼んだら簡単にコートの使用を認めてくれた。毎日やるのもしんどいということで、水曜日は休みにした。週末も基本的には休み、ということになった。
正式な指導者のいない部だから、練習ばかりしても上達するかわからないし、休日を挟むことで惰性にしないようにしたいという、山本の意向だった。休みの日は休む、という決まりを作って、練習オフの日にコートを使うことは禁止された。
練習は放課後のみ。朝練は自由参加としたけど、3年の2人と、1年マネージャーの2人以外は、出てきたり、来なかったりだった。
朝は身体を動かして、ボールの感触を確かめる程度の練習しかしなかったし、のんびりしていたから、特に目的もなかったし、やりたいようにやるということで、誰も文句は言わなかった。その分、放課後の練習は激しかった。各自のアップを終えてから二時間。この2週間は個人練習ばかり徹底的にやっていた。
そんな毎日が、あっという間にすぎた。
ちひろは、テニスのルールを覚えることと、部員のことを覚えることがいっぱいいっぱいで、あの日のクッキー以来差し入れも出来る状況ではなかった。
その日の放課後。
練習中に2年マネージャーの2人とちひろは、部室の掃除をしていた。
「ちひろ、、ルール覚えた?」
「ああ、はい、大体…」
「なかなか大変でしょ?」
「テニスってけっこー激しいスポーツですよね」
「そうなんだよねー。見た目にはそうでもないんだけど。ちひろてなにかやってたの?」
「あ、中学ではバスケ部でした」
「えーそうなんだ! バスケ激しいでしょ?」
「ええすごく。しんどかったです。バスケの練習なんだか陸上の練習なんだか途中でわからなくなって」
「あっはっは。わかるわかる。あれはしんどい」
「身体のぶつかり合いが基本ですから、怪我も常に。指も太くなるし…」
「女子だもん、ネイルとかしたいよねー」
「そうなんです! 今もネイルしたくて! でもあんまり爪伸ばすのもだめなんかな、とか思ったり」
「なんで?」
「ええと、部活とかあったり、ですかね」
「いーじゃん爪くらい伸ばせば。自分が運動するんじゃないんだし」
「いいんですか?」
「えだって、ほら」
「あ。長い。きれいだー。いいなー」
「安いとこあるよ。伸びたら教えてあげる」
「わあ! 嬉しい!」
「山本さんと手つなぐとき、ネイルが綺麗だといいよねー」
「え、ええー。って、えええっ!? な、な、なにをっ!」
「おねえさんたちを甘く見るんじゃない!」
「ちょ、っと、え? ち、ちがいますそんな…」
「あんたの目がいっつもハート型になって山本さんだけを追いかけてるのよっ!」
「えええー」
「こないだなんか、みっちーが座ってた椅子に頬ずりしてたわ!」
「それはしてないですよっ! ってか、みっちーって誰ですか?」
「え? 山本さんよ。私たちのあいだではみっちーなの。知らなかった?」
「えー。みっちー、ですか」
「うらやましい?」
「え、あ、少し…」
「じゃあ、あなたも呼んでいいわよ。みっちーって」
「えー。なんか、そんな、すぐには…」
「かーっ、まったく恋する乙女ってのはなんかこう、いちいちあざといね!」
「ええ?」
「なんかさー、もう、頭にリボンまいて、先輩食べてください! とか言ってくりゃいいのにね!」
「ちょっ」
「そんくらいやんなきゃわかんないよ、あの人」
「え?」
「いや。みっちーはそれでもわからないかも」
「あの」
「ウケるんですけど。マジでそうかも」
「とにかくねひろりん、みっちーとお手手つないで歩いたりしたいんだったら、どストレートに言わないとだめだよ。」
「ってことはあのお、」
「なに?」
「そーいうことがあったんですか? あの、前に?」
「フッ… あったのよ」
「あったわね」
「ええ? お二人とも、ですか?」
「あ、あたしじゃないよ。こっち。あと、もうひとりか」
「思い出したくもないね」
「ひろりんみたいに差し入れしたり、カラオケ誘ったり、ご飯みんなで行ったりね。気合入ってたよね」
「ライバルも多かったわ」
「そうだったねえ」
「それを、あいつは」
「あいつって…?」
「山本よっ!」
「ええっ!?」
「まったく、気づかないのよ。有り得ないくらい、鈍感だった」
「一人、またひとりと、諦めたてって、そして誰もいなくなったよね」
「告白とか、したんですか?」
「私はしなかったけど、した子もいた。でも、なんか、微動だにしなかったらしい」
「え…?」
「ウケるんですけど」
「一時は山本はホモだって噂も流れたんだよ」
「ほ? … も…?」
「あったねー」
「でも、ちゃんとエロ本もカバンに入ってるし」
「エロ…」
「けっこー日替わりだよね」
「ひがわり…」
「つまり、けっこー健全な男子なのよ」
「あれ?ひろりん、なんかショック?」
「い、いえ、別に…」
「とにかくね、差し入れしたり、たとえばお弁当作ってあげたりして満足してても無駄よ。こんなのやりすぎっていうくらいのストレートな表現して、ちょうどいいと思った方がいいよ」
「そうだね。今は誰もみっちーにいかないもんね。チャンスだと思うよ。あと、もしダメだったとしても、あの人は気まずくなるようなことはないと思うな。ね?」
「まあね、でもそれがまた失恋の傷口にしみるのよ」
「はあ…」
「あ。ごめん、ひろりん。深いため息つかせて。ちょっと言いすぎたかな? 基本的にはいい奴よ。あなたが好きになった人は」
「そうそう。ちひろならかわいいから、私たちが応援してあげるから。普段はさわやか少年だし、エロ本ぐらい、ね? 男子なら誰でも見るから、ほら」
「…ですよね… なんか、そこがまた、いいなー、なんてちょっと、思っちゃったりして…」
「はあ? ダメだこの子。完全にやられてる」
「みっちー呼んできて告白させちゃう? もう」
「えーダメですよ嫌ですよ!」
あはははっ と笑いながら、掃除を終えた。
ちょっと複雑な気分になりながら、先輩が応援してくれることを、素直に嬉しく思った
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