第12話

その夜、ちひろは森田とつい、長電話になった。


電話をするのは家の電話と決められているので、重いコードレス子機を持って、ベッドで今日のことを話した。二人とも、興奮していた。


「ほんとにほんとに、すごかったね。もりちゃんに誘ってもらってテニス部に入ってほんとによかったよ」


「すごかったねー。私が知ってるのとは違うテニスみたいだった。あんなに駆け引きが繰り広げられてるなんて思わなかった。奥が深いんだねー」


「ねえ、明日、なんだけど」


「ん?」


「朝から2年生も来るかなあ?」


「どーだろうねー、今日の感じではきっと来るんじゃないかなあ」


「そっかー。何人ぐらいになるんだろ?」


「んーわかんないねー、なんで?」


「あ、あの、あのね?」


「ん?」


「あ、笑わない?」


「んー、とっとと言わないと笑う」


「ああごめん。またね、差し入れをしたらとか」


「ぜひ! 2年生の女子も喜んでくれてたしさ、ぜひぜひだよ!」


「でも、そんなにたくさんは」


「ああーそっか」


「こないだも10人分くらいだったけど、今度はそれ以上でしょう? ちょっと、、、大変、、」


「うーん。15人? あ、でも、部員さんだけとかにすれば、10人くらいじゃないかな?」


「ああなるほどー、でも…」


「いーじゃん、もう、山本さんだけで。先輩だけのためにつくりました! ってあげちゃえば?」


「えー! 無理に決まってるじゃん!」


「何が無理なのかわかんないけど」


「そんなの、無理だよ! まだ、私には」


「まだ? じゃあ、どうなったら、いつになったらいいの?」


「それは、まだ、これから…」


「んー?」


「わかんないっ! もりちゃんのいじわる!」


「あはは。ごめん。でも、10人分も用意して、3年生から順番にって渡すとかすればいいんじゃない?」


「ああそっかー」


「それとも、大箱にして、みなさんでどうぞってしてもいいかな?」


「ああそっかー。うーん、でもそれだと」


「山本さんに直接渡す機会がなくなる?」


「うん… ってちょっ! もりちゃんっ!」


「あっはっは。わかりやすい! って、こんなことしててだいじょぶなの? 作らなくて?」


「うん。今はオーブンに入ってるから」


「そーなんだ。何作ってるの?」


「クッキーよん」


「えーっ! ありがとー!」


「えー? 誰ももりちゃんにあげるなんて言ってないよー。部員さんに優先的にあげるんだもーん」


「だめ、だめよちひろ。それだけは。」


「えーどうしよっかなー。もりちゃん意地悪だしー」


「いやー! あれ、でもさ、クッキーなんてそんなすぐできるの?」


「ううん。山本さんすごく頑張ってるから、私もなにかしたくて、昨日生地作って寝かしておいたの」


「昨日からかー。すごいね。愛の力だねー」


「そうよー。だから、もりちゃんの分はないかも」


「じゃあさー、ちひろが私にクッキーをあげたくなる魔法をかけてあげるよ」


「なにそれ」


「ちょっと待ってね」


「なにー?」


ちひろのケータイが震えた


慣れた手つきで画面にタッチし、受信したメールを確認する。森田からだった


「なに? メール?」


「見てごらん」


ちひろはメールを開いた


「キャーーーーーーーーーーー!」


「ふふーん」


「もりちゃん!」


「どーお? クッキーあげたくなった?」


「どーしたのこれ!?」


「今日隠し撮りしたのよ。中でも一番笑顔のやつを」


「えーーーーーー、いつ? どこで? ずるいー」


「それは秘密だけどね。嬉しくないのかしら?」


「うれしーいー。 今からもりちゃん専用のクッキーを追加で焼く!」


「え? ほんと? じゃ、ほかのも、あんまりよく撮れてないけど、送る?」


「今すぐ送ってー! 後ろ姿とかでもいいから!」


「あっは。わかったよ。何枚かあるから送るよ」


「えへへー。 ありがともりちゃん。やっぱりもりちゃんは優しいなあ」


「ちひろが喜んでくれればね。嬉しいよ」




クッキーを予定より多く作り終えた夜、ちひろはベッドの中でケータイを見ていた。


画面に映る山本の顔を見ながら、幸せな眠りについた

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