第11話

「ゲームセット!」


審判の声が聞こえた。ちひろはぎゅうっと握りしめていた拳の力をふっと弱めた。


視線の先には山本がいて、山本は、ふうっと天を仰いだ


コートの上の全員が、それを見守る誰もが、ピクリとも動けずにいた。誰もなにも言葉を発することもなく、その場に立ち尽くした。


ひうと、小さな風が吹いた


「ゲームカウントフォースリー、3年生チームの勝ちです!」


「っしゃあっ!」


山本が大きな声を出して、岡部とハイタッチをした。それがスイッチになったみたいに、みんなが動き出した。


思い切り拍手をする者、おつかれさまでした! と叫ぶもの。よくやった! とねぎらう者。いつの間にか硬式テニス部のみんなもギャラリーになっていて、ちょっとした大騒ぎになった。


ちひろは、森田と手を取り合って、うん、うん、と頷きながら、涙を流した。


「もりちゃん、すごいね。勝ったね。すごい、すごいねえ」


「うん。なんかすごい。すごいもの見たよ。」


森田も、ほろり、と涙を流した。




コートの中ではネットをはさんで、今の今まで戦っていた4人が握手をした。


圧倒的不利な状況と言われながら、そこから4ゲームを連取し、3年生は勝った。


「なにがどうなって、こうなったんですか?」


森田が、涙を指先ですくいながら、2年マネージャーに聞いた


「わからない。わからない。どう見ても、2年が勝つと思った。最後まで、2年が負けると思えなかった。途中からなんかおかしかった。でも、3年生が勝った。わからないよ」


「ほら。選手が帰ってくるよ。タオルとドリンク!」


はっと我に返るように、マネージャーたちが忙しく動き始めた。


「1年生、これ、選手に渡して」


と、タオルを渡され、わたわたっと、選手に渡した。みんな、怖い顔をしているのでなにも声をかけられなかった


「ありがとう」と岡部が言った。


しばらく無言の時間が過ぎ、斎藤が言った


「負けました。完敗です。明日から練習に参加します」


「斉藤くん…」マネージャーが声をかける


「なんでだよっ! なんでっ! 負けた? 負けたかもだけど、いや、負けてねえよ! なんだよこれ! 負けてねぇよっ!」


「吉田くん…」


吉田が大きな声で言った。負けを認められないという感情を素直に吐き出した。悔しさが、溢れ出ているように聞こえた


「吉田っ」斎藤が吉田に声をかける


吉田は肩を震わせながら、足元の一点を見つめていた


「負けだ。完敗だろ。負けた理由も、お前が一番わかってるだろ」


「きたねえよ! あんなの! あんな勝ち方して嬉しいのかよ! きたねえよっ!」


ガン! と音がした。吉田が目の前にあったボールかごを思い切り蹴飛ばした。


ビクッと、ちひろと森田は肩をすくめた


吉田は肩で大きく息をした。その場にいる誰もが、動けなかった。


ゆっくりと山本が歩きながら言った


「モノに当たるな。吉田。」


ゆっくりと近づいてくる山本から、吉田は必死で目をそらす


「卑怯だろうが汚かろうが、お前はそいつらに負けたんだ。俺たちはお前たちに勝った。それが全てだ。約束通り、明日から真面目にやってもらうからな」


吉田が歯を食いしばる音が聞こえそうだった


「返事は。吉田?」


「ありえねえよ! なんなんすかあれ! あんなの! 認めねえっすよ、俺はっ!」


「吉田っ」斉藤が制する


「ありえねえ? 認めねえ? 甘ったれたこと言ってるんじぇねえよ。俺たちはお前たちの弱点をつく作戦をとった。そして勝った。お前たちの弱点は吉田、お前だった。だからお前たちは負けた。負けたのは吉田、お前のせいだろうが」


2年生マネージャーたちが顔を見合わせた。驚いた表情を隠してはいなかった。


「山本さん…」斉藤が、山本を睨んだ


「斉藤、お前にもわかってるよな? 後半まったく仕事をさせてもらえなかっただろ」


斎藤は、頷く代わりに目をそらした


「だからってっ!」吉田が叫ぶ


「おい吉田! お前が認めたくねえのは、お前の弱点なのか? それとも、3-0まで耐えながら勝つための作戦を探した俺たちのことか?」


吉田は黙った。山本が続けた


「それとも… 突然の作戦変更にも関わらず、スキを見せることなくそれをやり遂げたこの、岡部のことか?」


皆の視線が集まって、岡部がおどおどっとした


山本が続ける


「技術も経験も、スタミナも吉田、お前の方が上だなあ。でもお前はまだそれを活かしきれてない。勝つためには他に必要なことがある。俺が教えてやるよ。だから、お前の技術をみんなにも教えてやってくれ。頼む。」


ふうっと斉藤が大きく息を吐いて、吉田の方をぽんっと叩いた


「負けだ。何もかも。明日から、やり直しだ。」


「ち、き、しょ…」


「朝練から出ろとは言わねえから。放課後は各自でランニング、アップ済ませてコートに集合だからな。明日から。頼むぞ。ほかの2年にも言っとけ。ああ。やる気のない奴は来なくていいと言っといてくれや」


じゃあ、今日は以上で終了! と山本が声をかけ、いつもより早く部活が終了となった。


山本と岡部が部室へ引き上げた。ギャラリーをしていた面々も、いなくなって、コートには2年生と1年生の部員、マネージャーだけになった。


「おつかれさん。かっこよかったよ」


マネージャーが言う


「チェッ。負けた奴に言うセリフじゃねえだろ」


斉藤が笑う


「3年生、強かったの?」


「ああ。驚いた。」


「でも、ずっと、押してたように見えたよ」


「4ゲーム目から、ずうっと3年生のペースだった。崩せなかった。最後2ゲームなんて、手も足も出なかった。完敗」


「そうなの?」吉田に聞いた


ドカッ、と地面に座り込んで吉田が言う


「ほんとだよ。なにもさせてもらえなかった。どうやって3ゲームとったのか、覚えてない。次やったら、4-0で負けるかもしれねえ」


2年生マネージャーが顔を見合わせた。1年生4人も、顔を見合わせた。


「斉藤…」


「あん?」


「なんで、岡部さんはあんなに上手くなったんだ? 俺のどこが、岡部さんより未熟なんだ?」


「いや。山本さんも言ったように、ボールを追いかけて打つということについては、お前の方が何枚も上だよ。」


「そうか。それならいいけど」


「お前の打ちたいところに打たせてもらえなかった」


「あ? そうでもねえけど」


「いや。ちがうな。俺が打ってほしいと思うところに打ってただろ?」


「ああ。それはいつもどおりだった。」


「だから、なんだよ。俺が打ち込んで欲しいコースに打つには苦しいコースに全部のボールを置かれてたんだよ。微妙に打ちやすく。」


「? あん?」


「なんて言えばいいのか… つまり、俺たちが決めに行くタイミングを完全に読まれてたんだよ。それを外されてた。そのタイミングで攻められたりして、もう、リズムガタガタ」


「決めに行くタイミングったって、そんなの、試合中の流れで…」


「だから、完敗なんだよ。ラリーの中で、山本さんは俺たちの動きを見極めてサインを出した。岡部さんはお前とラリーをしながらそれを見て打ち分けをした。もちろん、その作戦も試合中に立て直したんだろう。だから、もつれにもつれたってわけだ。ミスも多かっただろ? 相手も」


「マジかよ…」


「おそらくね。間違いないよ」


斉藤が笑った。吉田も、頬を膨らましながら笑った


2年マネージャーたちも笑った


1年生も、ニッコリと微笑んだ


「吉田くん、斉藤くん。紹介するよ。明日から一緒に練習する子達。一年生の部員の2人」


マネージャーがいつもの明るい声で言った


「お。かっこわりいとこ見せちゃったけどな。まあ、よろしく頼む」


「明日から色々と教えるわ。よろしくな」


1年生も、深々と頭を下げた


「それと、1年生マネージャーだよ。森田と、峯岸」


「あ。よろしくおねがいしますっ!」


と、二人で頭を下げた。


「こちらこそ。色々とよろしく。」


と、優しく微笑んでくれた




「さー、明日からいそがしくなるよ!」


元気な声がコートに響いて、長い一日が終わった

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