第9話
一時間目の授業中、ちひろは先生の言葉など耳に入らなかった。
ついさっき山本が言っていた言葉を何度も思い出して、ドキドキして、ふるふるっと首を振って、また思い出して… そのくり返しだった
つん、と背中をつつかれて振り向くと、後ろの席の子が、小さく折った髪を渡した。「to ちひろ」と書かれていた
「ちひろさんちひろさん。さっきからずっとニヤニヤしてて気持ち悪いです。気をつけてください。 森」
森田からの手紙だった。ちひろはカアッと赤くなって、うつむいた。
休み時間に
「ひどいよもりちゃんっ!」
とほほを膨らまして怒った。
「いやでも、ほんとににやけてたよ。なに考えてたか大体わかるけどおー」
「もーっ!」
「でもよかったねー。ちひろの味見係したいんだってー。味見係りは彼氏の仕事なんだってー」
「… も、もりちゃん、確かに言ったよね。夢じゃないよね。私、騙されてるんじゃないかとか、空耳だったんじゃないか、とか、信じられなくて…」
「言った。言われてたよ。私も確かに聞いたよ。よかったねー」
「うんうん、すごい、私、がんばったよね。もりちゃんのおかげだよー。ほんとにほんとにありがと。」
「私も嬉しいよ。大声で叫ぶ? みんなに聞いてもらいたいんじゃない?」
「実は、、、 いやー、ダメー。うそうそウソよ。」
「おべんとー作ります、とか言っちゃえば?」
「ええ!? な、なに言ってるのっ! わた、私は、みんなに、差し入れなのっ! そんな急になんて」
「えー。いけると思うけどなー。絶対喜んでくれると思うけどー。いつもありがと、ちひろ。裏庭で一緒に食べない? なんて言われちゃうよー絶対ー」
「も、もりちゃんからかわないでっ! だ、ダメだよそんなの無理、だよ。そんなの、無理に決まってるよ。おべんとを、わたしが? 山本さんに、わたしが… そんなの…」
「あっはっは。おもしろいよちひろ! 確かに急には無理かもだけど、山本さんの好きなものとか嫌いなものとか、リサーチしておくのは悪くないよね! 頑張れー」
「そっか。なるほど。すごいねもりちゃん。私、練習する。明日から自分でおべんと作ることにするよ」
「その意気だ! でも、授業中はあんまりニヤニヤしちゃダメだよ。いい加減、他の男子にもばれちゃうよ」
「もお! もりちゃん!」
「峯岸、さっきはごちそさん」
突然、男子が声をかけてきた
テニス部の一年生、太田だ
「太田君。どういたしまして。よろこんでもらえてよかったです」
「どしたの? 太田」森田が言った
「まったく、お前らふたりはいつもでかい声で話してるな。ちょっと気になってさ」
「なにが?」
「今日の放課後の件」
「ん? 先輩たちの試合?」
「そう。なんか、やたら噂になってるらしい。」
「うわさ? って?」
ちひろは、さすが山本さん、人気者なんだ! と思った。
「俺もさっき聞いたんだけど、負けたら即3年が引退して、2年だけで大会に出られるようになる、とか、なんかそんな話だった」
「… えっ… ?」
「どういうこと?」森田が眉をひそめた
「3年生が負けることを望んでるような噂の広がり方、ってこと、かな?」
「誰がそんな…」
「さあ。わからん。でも、3年生と2年生、思ったより仲悪いみたいで。実際、どっち応援していいのかなって。」
「そ、そんなのっ」
「ちひろ!」森田が首を振った。「ありがと。そうだね。確かにその通りだと思う。私たちはあくまで部の1年として、今日の試合を見守ろう。どちらを応援するわけでもなく、冷静に、結果を見守ろう。それがいいと思う」
「そうだよな。3年生が必ず勝つ保証もないしな。3年生を応援して負けたら、明日から2年生と部活なんてできなくなっちゃうからなあ」
男子が言った。
バカ! バカバカ! そんなことない! 山本さんが負けるわけない! 山本さんは私に頑張るって、勝つって言ったんだ! 山本さんがウソつくはずないじゃない!
ちひろはそう思いながら、怖い顔で男子を睨んだ。そして、同時に、昨日、2年マネージャーたちが部室で話していたことを思い出していた
ちひろの胸の中が、なにかに鷲掴みにされたように苦しくなった。
お昼ご飯もろくに食べられないまま、放課後を迎えた
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