第8話

良く晴れた朝だった。

ちひろは、眠そうな目で自転車をこいだ。自転車置き場で森田と会った


「おはよ。昨日は遅くまでメールしてごめんね」

「おはよ。全然へーきだよ。で、どう?できた?」

「うん。なんとか。できたけど…」

「すごいねっ!お疲れ様」

「もりちゃん、食べてみてー」

「えー! 嬉しい! けど、私でいいの? 山本さんにあげるんでしょ?」

「ち、ちがっ、みんな、みんなに食べてくださいって、差し入れだから」

ちひろは思わず森田の肩を叩いた

「い、いたっ! ちょ、ちひろマジ痛い」

「ごごごめんもりちゃんっ」

「いいけど、ったくかわいいなあ。じゃあ、お言葉に甘えて」


昨晩、森田のケータイにメールがきたのは9時になる頃だった

ちひろから、朝練に差し入れなんておかしいかな、と相談のメールだった。

森田は、ちひろの高ぶったテンションが手に取るようにわかって、嬉しくて応援したくて、すっごく喜ぶよ! と返信した


それから、12時過ぎまで、ちひろとメールのやりとりを繰り返した

ちひろは、山本のことがどれだけ好きか、どんなことろがどれくらいカッコいいのかについて、延々と聞かせてくれた。

森田はいまのところ男子には興味がなく、そんなちひろがうらやましくもあり、かわいい、と思っていた


2人で色々と話し合った結果、簡単なお菓子程度のものがいいだろう、ということになって、手軽に作れるとちひろが言った、カップケーキを作った

夜中から作りはじめて、つい一つずつ丁寧にラッピングなんかしていたので、出来上がったのは明け方近くなっていた。


朝、出かける際母親に「彼氏ができたんなら紹介しなさいよ。あと、台所つかったらちゃんと片付けてね」と、冷やかされた

「そ、そんなんじゃないよっ!」

と、耳を赤くして家を飛び出してきたのだ


「おーいーしーいー! 甘さ控えめ! それでいてふんわりやわらかだ! 」

「ほんとー? よかったー」

「ほんとだよー。超おいしー。もしおいしくなかったら悪いけど言うよ。だって、山本さんにおいしくないの食べさせるのヤでしょ?」

「あ、ありがと。もりちゃん。優しいなー」

「いやいやーちひろの作るものはおいしいって知ってるから。初めてクッキーもらった瞬間から、私はちひろと結婚したいと思ってるから」

「えへ。嬉しいよ」

「じゃあ、朝練終わったらみんなにね」

「うん」


朝練に来たのは3年男子2人と1年男子2人だけだった

部室に戻った際、森田が言った


「あの先輩、実は今日差し入れがあるんですけどぉ」

「ん?」

「はい。うちのちひろがですねお持ちしました」

「え?なに?まじで?」

「あ、はいあの、みなさんで、おやつにしていただけたら、と思って…」

みなさんで、というところが強調された

「えー! すげーじゃん! え? これ」

「ちひろの手作りです。味は私が保証します」

「えーわざわざ作ってきたの? このために? わーすげー嬉しいっ」

岡部も、1年も、すげー、とか、うおお、とか言いながら、ちひろの手からケーキをもらった


「ありがとう。これは嬉しいよ。今日、頑張るわ。マジで」

山本が、最後に受け取りながら、静かに言った

森田と顔を見合わせて、飛び上がりたい衝動にかられた


「うめえっ!」

「すげー、これまじで作れるのかよ」

「お前すごいな!」


大好評だった。森田が、

「山本さん、どうですか?」

と聞いた

「俺は甘いものには厳しいぜ。まあ、これなら、そうだなあ… 二重丸の花まるだな。最高にウマイです。これはすごい。また食べたいです」

と、深く頭を下げた

「私は何もしてないんですけど、私からもお願いしますよ。ちひろ、またお願いねっ!」

「あ、はい。あの、喜んで作ります。甘いの、好きなんですか?」

「実は好き。弁当箱にケーキが入ってても怒らないくらい好き」

「私も大好きで、作るのも好きで、たまに作るんです。迷惑でなくて好かったです」

「いやーこれは大変だろうから、また、なんて気軽にお願いできないけど、もし今度作って、余ったらほんとに、ちょうだい。味見が必要なら呼んでくれれば行くよ」

「え、あ、の、と、」

「あー山本さん、ちひろの味見係は私って決まってるんですよ! それは譲れませんからっ!」

森田がちひろを抱きしめるように言った

「むー。そうなのか。その役、俺に譲ってくれ。」

「だめですよー」

「おい山本、なら、ひかるの味見係やらせてやるよ。な?」

「バカ、あれは完全に毒見だろ… 彼氏として責任もって全部食えよ」

「えー、じゃあ、山本さん、ちひろの彼氏になっちゃう宣言じゃないですか! 」

「はあ? 何言ってんだ?」

「だって、味見係は彼氏の責任なんでしょう?」

「ちょっ! ちょっ! もりちゃ…」

ちひろは本気で焦って、森田を止めた

山本が答えた

「んー。言われてみればそうか。峯岸さんの彼氏になる奴は、これを独り占めできるわけか。うーん。悪くないな」


ちひろの、心臓が止まった。ような気がした。


「だめですよー山本さん。ちひろは私のものですよー」

「なにい? そんなのズルいぞ」

「たまに貸すならオッケーします」

「うーん。それでもいい、かなー」

「ちょっ! もりちゃん! 何言ってるの!もお!」

ちひろが森田の肩を揺さぶり

「朝から何言ってんだお前らは」

と岡部が突っ込んで、みんなで笑った


おやつに、とケーキをまたもらって、教室へと向かった

ちひろは、保健室に行ったほうがいいかも、と思うくらいに、心臓がドキドキしていた

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