第4話

朝練、というほどのものではないが、朝体を動かしてボールを打つのが習慣になって、丁度1年が経過した。

その朝、部室に行くと鍵が開いていて、岡部が着替えをしていた


「お、はえーじゃん」

「お、おはよ」

「はよ。昨日はひかると遅くまで話してたんじゃねーの?」

「いや、昨日のこと話したら、じゃあ早く寝て明日朝から頑張らないとって言われちゃって」

「はあ。そしたら毎日ひかるに言ってもらえば、やる気になるわけね」

「まあそーゆーこと」

「うるせーよ」

「じゃ、先行ってるよ」


やれやれ、と思いながら着替えを始めようとしたときだった


「おはようございます」


急にドアが開いた

聞いたことのない声にビクッとして振り返ると、女の子が2人、ドアからこちらを覗いていた


「あ、おはようございます。あれ? えっと?」

「森田です。おはようございます。よろしくお願いします。」

「ああ。森田さん。と、ちひろちゃん、だっけ」

「あ。はい。峯岸です。おはようございます」

「峯岸さんね。え、と? 朝から来いって言われたりしたの?」


朝の練習は、俺と岡部だけの自主的なものでしかないので、2年生もほとんど参加したことはなかった


「いえ。先輩たち、いつも朝からやってるから、男子と話して、それで勝手に来たんですけど、お邪魔ですか?」


朝早くに、ハキハキとしゃべるなあ、と、森田さんという1年生に感心した。


「いや。邪魔ってことはないけど、朝は2人だけなんだよね。だから、あまりやることもないかなあなんて、ん? 男子?」

「はい。グラウンド走ってます。私達は、ボール拾いでも、部室の掃除でも、やりますけど」

「あ、ああ。ありがとう。じゃ、ちょっと待ってて。あの、俺、着替えたいんですけど、いいかな?」

「え?」

「あ、すみません。ほら、もりちゃん。」


1年生女子が2人、部室から出ていくのを待って、ジャージに着替えた。

ヤル気がある1年が入ってきたわけか。と、嬉しいような、困ったような、複雑な気持ちになった。

そして、なにがなんでも負けられませんね! と、なんだか気合が入ってきた。


その朝は、軽く身体を動かすだけにして、新入部員と、新入マネージャーの話を聞くことにした。


1年男子2人は、中学での経験者で、同じ中学で同じペアだった2人ということだった。

特に目立った戦績はないけど、市内ではそこそこ知れたペアだったらしい。

女子は、もう、成り行きで2年マネージャーに連れてこられたようなものらしかった。

特に強くなりたいというような強い気持ちなくても、テニスが好きだ、と言っていた。


「なるほどね。じゃ、うちの部のこと、ちゃんと話しておくかな。」

「そだね。」

「まだ体験入部期間だから、考え直すこともできるし。では、岡部から説明させてもらいます」

「なんで俺。部長仕事しろよ」


「あのっ」

森田さんという女子が割り込んできた「あの、すみません。なんとなく知ってます。2年生のこと。」


「えっ?」

「ここにいるみんな、知ってます」

「知ってる、って、なにを、どこまで?」

「2年生が10人くらいいて、でもみなさんあんまり、出てこなくて、」

「あー、そう…」


1年が、何を言いたいのかわからなかった。

「マネージャー、かな?」

岡部がぽつりと言った。

「ああ。おしゃべりさん、ね」

昨日いたマネージャーの顔が浮かんだ。舌打ちしたくなるような、でも、事実だし遅かれ早かれ分かることだし手間が省けたような、そんな気分になって、何を言えばいいのか分からなくなった。


「違います。あの、マネージャーさんたちじゃないんです。2年生に中学の時からお世話になってる先輩がいて、教えてもらってて、それで、知ってただけなんです。」

森田さんが必死に弁解した


「ふうん。まあ、いいけど。間違ってないし。この際はっきり言っておくけどね。」

ピン、と空気が張り詰めた

「今のうちの部この状況は、俺の責任だから。2年生も、実力がある奴、初心者だけどヤル気がある奴。テニスが好きで、楽しみたくて入ってきた奴。そして、そいつらを影で支えて応援したい子たち、色々いて、たくさん入ってくれたけど、俺がきちんと運営できなくて、だから、みんなどうしていいかわからなくなっちゃって、来づらくなっちゃったんだと思うんだ。」


「いや、それは」

岡部が言ったけど、構わず続けた


「俺達は夏までだけど、夏以降、今の2年がどうするか、正直わかんないんだ。もしかしたら、俺らの先輩みたく、みんな辞めちゃうかもしれないし、俺らがいなくなったら、やりたいように、むしろちゃんとやり始めるかもしれない。それでもいいなら、正式に入部してほしいんだよね。」


しん、とした。

ヤル気のある1年生を見て、もしかしたらこの子たちがウチの部に入ることは不幸なことなんじゃないの? って思ったりもした。


「あの」

峯岸さんといったか、ちひろちゃん、が、口を開いた


「すみませんあの。男子も、森田さんも、ちゃんと話し合ったんです。毎朝、2人で練習してる先輩たち見て、テニス、好きだから、好きな人に教えてもらいたいねって、ずっと、言ってて。

でも、2年生のこととか、聞いて、悩んだりして、でも、やっぱり、一緒にやってみたいって、それで、決めたんです。だから、あの、えと…」


ちひろちゃんは勢いつけて話し始めたけど、勢いを失って、下を向いてしまった。


「男子、どーすんの?」

森田さんが、ちひろちゃんの肩をポンって叩きながら言った。


男子が2人、顔を見合わせてから、こちらを見て言った

「今日からよろしくお願いします。」

「俺も、基本からやり直したいんです。よろしくお願いします。」

大きな声じゃなかったけれど、力の入った声だった。


「こちらこそ。よろしく。がんばろうな」

岡部が言った。岡部も後輩では苦労したけど、3年になって変わったな、と思う。

「あんまり先輩ヅラすんの好きじゃないんで、まあ、よろしく。今日の放課後はコート使えるかどうかわかんないけど、ロードだけでもよかったら部室集合ね」


「はいっ!」

1年生が、4人、1年生らしい返事をした。

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