第3章

第17話

友恵を励ますだけで食事は終わった。本当は自分が家族に伝えられなかったことを友恵に伝えて、一時的なガス抜きをするはずだったのに。

 パピ子はデニーズを出て一人、家路に着く。今度ばかりは夜空を見る必要があった。自分の無力さを嘆くためだった。

 遠くの星と、どこまでも続く空のスケールに、それを見上げてぼーっと歩くパピ子。何も関係のない第三者のはずなのに、ちっぽけな人間、パピ子はそこに自らの存在感のなさを見出すのだ。非日常へと繰り出しながら、他人の忙しい非日常に押し戻される自分の弱さ。葛藤というほど大仰なものではないが、小さな敗北と呼ぶには大きすぎる喪失感。月見草にもなれない日陰の雑草になった気分だった。

「みんなしてなんだよ」

 パピ子がいじけるのも無理はない。自分はここにいると叫びたいのに、いつも寸で口元をそっと抑えられて、「しーっ」っと静まるように諌められ続けているようなものなのだ。欲求不満と言えばそうだろう。

 ハウスメーカーが作った小奇麗な住宅と住宅の間を歩く。行きと同じで彼女が下げているのは鞄だけなのだが、実はもう一方の肩には我儘に近い挫折感を背負っている。

 夜空に飽きて、足元を見ようと視線を動かすと、明かりの消えている住宅の存在に気付く。もう十一時に回ろうか、という時間だった。不良少女の一歩手前だが、少女というには歳を取り過ぎている。成人式を済ませた大人なのだ。だからこんな時間に出歩くことへの一種の陶酔感はもうなかった。少しでもそれを味わうことが出来れば、こうして歩く彼女も寂しさを味合わずに済んだことだろう。家が近づくにつれて、心の靄は強くなり、彼氏が逮捕され、姉が家を出て行き、自分が大学を辞めても、主役になれない情けなさがこみ上げる。

 行きでの予想通り、その晩は熱帯夜で、気温は下がっても湿度は上がっているような心地悪さをパピ子は感じる。室内でなく野外を歩いているので、冷房もなく、直接そんな沼のような暑さに晒される。

 そんな中で白く光る自動販売機を見かける。去年は節電という名目で消えていた。喉が渇いていた。二時間近く友恵と喋っていたせいだった。ほとんどは結局、彼女を励ますためだったが、自分のことを話せなかったと言って喉が渇きを忘れるわけじゃない。その分だけしっかりと潤いを請求してくるし、それにこの暑さである。蝉の鳴き声でさえ、この気持ちの悪い夜を嘆いているようだった。

――みーんみんみんみん。

――みーんみんみんみん。

 続けて、自動販売機がガチャコンと音を響かせた。

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