第13話

お洒落という程のお洒落はしない。見栄を張るような仲でもないし、むしろお互いにラフな恰好でどうやって見栄を張っていこうか、と相談し合うような間柄だった。

 着替えを済ませたパピ子は、そっと家を出る。居間を除くと、静香が一人アイロンを掛けていただけで、幸平の姿はなかった。きっと寝室で寝転がっているのだろうと思い、チャンスと感じてそのまま外へ出た。

 九時に間に合うように出掛けていたので、時刻はそれよりも手前だった。八時四十分くらいだろうか。

 幾ら夏と言えども、もう夜だった。熱帯夜の予感がする、そんな夜だった。

 小さな鞄を肩に下げて携帯を弄りながら、彼女は夜道を歩く。歩き慣れた道だった。携帯を弄っていても、自分の現在地を見失ったりはしない。

 美しいとは言えない似たような感性で作られた大量生産の住宅街を大通りを目指して進む。八時から九時の間。一般家庭なら団欒の時間だろう。そしてそれを証明するように、パピ子が歩く道を囲むように建てられた家々は、煌々と明かりを放っている。それは時に一階であり、二階であるが、時に笑い声や、テレビ番組に出ているタレントの大げさな声が漏れてくることから、きっと楽しい日々を過ごしているのだな、ということがわかる。

 だが携帯電話を弄っている彼女はそんなことに気付かない。これまでだって気付きもしなかったのだから、そりゃそうだろう。

 つまりパピ子は自分自身の座標がそっと孤独に近づいていることを何ら意識していない。

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