第3話
アパートの狭く急な階段を上がる。前に健太、後ろにパピ子といった具合だった。二階の廊下と一緒で、その階段も良く足音を響かせた。
階段を登り切り、廊下の一番奥の角部屋が健太の借りている部屋だった。
「どうしたの?」
階段を先に上りきった健太がそのまま先に進まないのでパピ子は声を掛ける。丁度彼を見上げる形になった。
返事はない。その代わりに、良く響いた足音があった。その音の重なりから複数人であることが、まだ廊下に上がっていないパピ子にもわかった。
「野村健太さんですか?」
階段にいるパピ子にはその声だけが聞こえる。野太い、大人の男性の声だった。齢は四十過ぎくらいだろうか。
健太は階段を上がってから一歩も動きはしない。パピ子の問いにも答えないので、事態が少しの異常性を孕んでいることがわかる。
蒸し暑さが一気に増す。まるでその世界から僅かな時間すら必要とせずに、全ての音が消え去ったようだった。
パピ子は予感する。この状況が、運命の分かれ目なのかもしれない、と。そしてそれは単なる予感ではない。先ほどコンビニまで出ようと階段を下りたときに、健太との将来を夢想したものとは違った、胸を強く抉る痛みを伴った落雷のような予感だった。
「私、松江署の徳永(とくなが)と言います」
「同じく松江署の江藤(えとう)です」
廊下の奥にいるであろう男たちは、そんなパピ子を置き去りにしていくかのように時計の針を進めていく。
「少しお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
声色から姿を見なくとも、その台詞が徳永と名乗った男のものであることがパピ子にはわかった。そしてそれは外れていなかった。
「は、はい」
不安そうな表情で健太は答える。もちろんそれを見ているパピ子も不安だった。
結果から言うと、翌日、健太とパピ子が後楽園に行くことはなかった。何故なら、健太が窃盗の罪で逮捕されたからだった。
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