第7話 彩佳と夏季

がちゃんっ。


自宅の玄関をいささか乱暴にあけ放つ。

学校から家まで自転車で通えるほど近い悠真の家の中には、誰もいなかった。

親は共働きだ。


「どこだ・・・!?」


自分の部屋の引き出しを、がさごそと漁る。

どこかにしまってあったはずだ。

もう、何年も見ていないが。


探し求めるものの端が、ちらっと視界に入った気がした。

その部分をかき分けていく。

何でもかんでも乱暴に引き出しに詰め込んでいた自分が恨めしい。


「__あった・・・」


写真だった。

幼い自分と、幼い女の子のツーショット。

その、女の子は。


「___っ・・・」


家から飛び出す。

彩佳を探さなければ。

でも、どこへ行けばいい?

どこを探せばいい?


彼女の笑顔が脳裏にプレイバックする。


彩佳は、最後まで笑っていた。

でも、泣いていたのだ。

なぜ、気づけなかった?

人の顔色をうかがうことが、己のただ一つの特技ではなかったのか?

彩佳が、皆の言うとおり『入院』していたのだったとしたら、すべて説明がついてしまう。


写真に写る、情けない顔をしている自分と、その隣に天真爛漫な笑顔で映る少女。

彩佳と、被る。

いや、現実に彩佳なのだ。


涙が溢れた。

漏れてくる嗚咽を飲み込む。

視界が歪み、悠真は口を手で覆う。

水滴がアスファルトの上に滴る。

その数はどんどん数を増やし、悠真はしゃがみこみそうになるのを必死で堪えた。

こんなところで一人泣いていたら、人目に付く。

ただでさえ制服姿なのだ。

授業をサボっている悪い生徒にしか見えないだろう。

そのうち学校に電話でも入ってしまったら、全てが終わる。


よろよろと土手を下り、それをつなぐ橋の下へもぐりこむ。

暗い。

___ああ、ここが僕がいるべき場所だった。

彼女は、いつだって光で、無理矢理悠真を引きずり出してくれた、優しい女の子だったにすぎないのだ。


写真を裏返すと、母の筆跡で『悠真、彩佳ちゃんと』と書いてあった。

なぜ__なぜ、また出会ってしまったのだろう。

あの日。

ここで出会ったのだ。

土手で。

悠真がひとりでボールを投げていたところ、彩佳は現れた。

どうしたの、と。

特に悠真はどうもしていなかった。

一人で遊んでいた、それだけだった。

でも、悠真はその時確かに泣いていたのだ。

自分がなぜ泣いているのかはわからなかったが、とにかく涙を流していたのだ。


でも君は、笑って言った。


『もし君が笑ってくれるなら、あたしがずっと、ずぅーっと、隣にいるよ』


君の言葉だけをたよりにして、ずっと生きてきた。

君と触れ合えたのは、あの一日だけだったのに。

ずっと、でもなかったのに。

不思議だ。

なぜ人は、こんなにも人の温かい言葉だけで、自信を癒すことができるのだろう。


すると、ふと横に座り込んでいる女の子が目に入り。


「うっうわあぁっ!?」

「___っ!?」


とても、綺麗な子だった。

歳は、悠真よりも下だろう。

制服を着ている。

もしや、この子もサボりか?


「あの・・・」


突然に気づく。

誰かと、重なる。

この子は・・・


「あの!」

「は、はい!?」


その女の子が、まっすぐにこちらを見ている。

だが、その目は濡れていた。

頬に幾筋もの線が残っているが、彼女の目は凛としている。


「あの・・・なんで泣いてるんですか?」


「う、うぁ・・・ええ・・・君は?」


反射的に聞き返すと、彼女はぷいっと顔を背けた。

でも、しっかりと答えてはくれる。


「わ、私は、えと・・・ちょっと、お姉ちゃんが入院してて・・・だから、私」

「や、やっぱり!?」

「はあ!?」


鼓動が高鳴るような昂揚感。

結びつく。


「あの、彩佳・・さんとの姉妹かなんかじゃないですか?」


「え・・・なん・・・あ、、もしかして、『悠くん』ですか!?」


「あ、はあ・・・」


「うわ・・・お姉ちゃんがいつも話してます」


「・・・・・はあ・・・」


「お姉ちゃん、、ずっと泣いてました。バカなことしたなー、もっといいお別れしたかったなー、って」


「そ、それは・・・彩佳は、今どういう状況なんですか?」


それが、悠真が一番確かめたいことだった。

いきなり消えてしまった彼女と、最後のキスと涙の意味。

でも、その意味だって、本当は分かりかけている。


「お姉ちゃん・・・もうすぐ、死んじゃうんです」


悠真は鋭く息を呑む。

ある程度予想はしていたが、そこまでとは・・・。


「そ、んな・・・」


喘ぐようにそう言うと、少女は泣き笑いを見せた。


「私が泣いてたいみ、もう分かるでしょう?」


「ああ・・・。なあ、、彩佳に会えないか?僕、何も伝えられてないし、、約束だって果たしてないし果たされてもないんだ」


少女は不思議そうに首をかしげたが、すぐにゆっくりと頷いた。


「・・・私が学校をサボった意味は、あなたをお姉ちゃんのもとに連れて行くためだったのかもしれません」


新たな涙を零しながらも、少女は気丈に頷く。

そして、前に立って歩き出す。

彼女のお姉さんにはついていなかった、『大森夏季』と書かれた名札がついていた。



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