第4話 シンメトリー
あの後悠真は学校に戻り、こっぴどく叱られた。
だが、となりに彼女がいたので、なんとなく罪悪感は芽生えなかったし、反省する気も起きなかった。
教室に戻ると、クラスメイトからの目線が変わっている気がした。
それがどう変わったのかは、悠真にはよく分からなかった。
自然と、ため息が出る。
___これで、終わりなのだ。
そう思っている自分に正直引く。
ただの気まぐれで話しかけてくれた少女に、そこまで依存してしまうとは、不甲斐ないにもほどがある。
だが、これからはまた、戻ってしまうのだ。
ただ学校に来て、授業を受けて、塾に行って_という生活が延々とエンドレスするだけの毎日。
つまらない。退屈だ。
きーんこーんかーんこーん、というチャイムが鳴った。
それと同時に、クラスの半分ほどが競うように飛び出していく。
___購買、か。
と悠真は思った。
自分はコンビニ弁当を取り出す。
悠真の家庭は、別に不自由なわけでは決してない。
母は何でも作るよー、いつもコンビニでいいの?と心配してくれている。
だが、悠真はいつもコンビニだ。
作ってもらうのも申し訳ないし、自分は別にこれでいい・・・。
両親ともども優しいし、ケンカなんてしているところは見たことがないほどだ。
しかし、一人っ子のため、話し相手はいない。
両親と喋ることも、最近は無くなってしまった。
それでも、両親は放っておいてくれている。
あの子もそういう時期なのねぇ、などという会話が成されているのだろう。
割りばしをぱちん、と割る。
___
はあっと嘆息し、水筒の飲み口を口につけると。
「悠くんいますかー?」
「ぶっ!!」
お茶を噴き出しそうになり、慌てて片手で押さえる。
けれど変な気管支に入ったお茶は、なかなか抜け出すことに苦戦しているらしく、激しく咽ていると。
背中をとんとんとさすられた。
涙のにじむ目でそちらを見ると。
彩佳。
「ちょ、ちょ…ぅ、けほっ…」
「もー、おっちょこいなんだからぁ。行こ!」
周りが、皆見ている。
視線が痛い。
目立っている。
___恥ずかしい。
だが、彼女の手を振りほどくことはどうしてもできなかった。
むろん、彼女の握力は弱かった。
振りほどこうとすれば簡単にできたはずなのだが、悠真にはできなかった。
掴まれた手でなんとか水筒をひっつかみ、もう片方で弁当と箸を持つ。
連れて行かれたのは、屋上の手前だった。
ほんのり薄暗い。
彩佳は一番上の階段に腰掛け、悠真に向かって手招きする。
おそるおそる隣に座る。
いや_隣と言っていいのか。
間には、15センチも隙間があった。
彼女はむうっと頬を膨らませ、なおも手招きする。
悠真は必死で両手を振った。
「い、いや、それは無理!」
「えぇ…な、なんで…?」
彼女が涙目でこちらを見るので、悠真は慌てた。
変な誤解をされては困る。
「い、いや、そんな…くっついてたら、こっちが…その…」
「その、なあに?」
「もう、分かってるだろ!」
「わかんないよあたしー。あたしからくっつけばいいの?」
「そういうことじゃなくて!ああ、何て言えばいいかなぁ…」
「…まあ、いいや。これから埋めていけばいいよね!」
「これからって…。なんか…今更だけど、僕なんかといない方がいいよ」
「え?」
「ほら、僕なんていつもぼっちだし。あんまいいイメージないだろうし…僕といたら、君まで」
「なら、大丈夫!」
彩佳は、悦楽の笑みを浮かべ。
「あたしも一人だもん!」
「それ、自慢できることじゃないような…」
「いいじゃん!あたしは、一緒に居たい人と一緒に居る、それだけだもん!」
「そ、っか…」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
___そういえば、彩佳はお弁当を持っていない。
「なあ、昼どうするんだ?」
「お昼ごはん?」
彩佳は、首をかしげる。
悠真も、首をかしげる。
彩佳は、はっとしたような表情になって。
「そっか、高校は…ランチなんてなくって…ええと、こ、購買行かないと!」
「購買?もうとっくに売り切れだと思うけど…」
「えええ!?」
彩佳は、再び涙目だ。
「嘘!」
「いや、ほんと…。なあ、これまでどうやって過ごしてきたんだ?昼はどうしてたんだよ?」
「ぅ、ええ、と…あたし…そう、いつもお弁当なんだけど、今日忘れちゃって!だから購買にしようと思ったんだけど、いつも使わないから、その、ルールがよく…」
「へぇ、そうなんだ。まあ、購買は人気ですぐ売り切れるからなぁ…あの、こんなコンビニ弁当だけど…いる?」
「…いいの?くれるの?それ全部でもすっごく少ないのに…」
「いや、大丈夫だよ僕は足りるから。ええと、どうしよう…じゃあ、こんなんで悪いけど…蓋で」
「十分だよっ!ほんと、じゅーぶん!ありがとー…え、こんなにいいの…わー…」
彩佳はきらきらした目で悠真の動かす箸を見ている。
こんなコンビニ弁当なのにな・・・と思いつつ、悠真もどきどきしていた。
女子とこんなことをする時が来るなんて、思ってもみなかった。
「…えへへ、ありがとー!悠くんほんと優しいね!男子じゃないみたい」
「一応男ですけど…。ああ、箸もう一つあるよ、落としたとき用に」
「あははっ、悠くんおっちょこちょいだからね」
「認めざるを得ません…。じゃあ、早く食べちゃおう。もうすぐ時間終わっちゃうよ」
「そ、そうだよね!じゃあありがたく…」
そのまま黙々と箸を動かし続けること、約10分。
時計を見ると、そろそろヤバい。
「彩佳、食べ終わったか?そろそろ行かないとだ」
「ん、おっけー。ごちそうさまでした、っと!じゃあ行こうか……ぁ、、きゃっ!!」
目の前の景色がぶれる。
彩佳が、階段を踏み外したのだ。
「彩佳_!?」
とっさに手を出して受け止める。
目と目があい、悠真たちは曖昧に笑いあう。
「ご、ごめん、あたし…」
そのまま慎重に手すりを握り締めながら、階段を下りていく。
___階段、苦手なのだろうか?
不思議に思ったのだが。
無事に最後の階段を下り終わって。
「悠くん…あの、あたしのこと…」
彩佳が、何かを言いかける。
だが、それはチャイムの音にかき消された。
冷や汗が流れる。
「い、行こう!ヤバい」
「う、うん」
その時の彼女の表情に、悠真は気付けなかった__。
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