第2話 光
___幻聴じゃなかった。
「どうしたの??」
可愛い子だった。
つややかな栗色の髪を背中まで垂らし、くりくりとよく動く大きな瞳に目を惹かれる。
___自分には、眩しすぎる。
「や、なんでもないんで…」
悠真は俯いた。
だが、心臓の鼓動は抑えきれない。
少女は何も言わずに顔を覗き込んでくる。
考えてみると、彼女のつけているリボンは青かった。
この高校では、一年生が青、二年生がオレンジ、三年生が赤なのだ。
ということは、彼女は一年生だということになるが、悠真はこの少女を知らなかった。
名前はおろか、顔さえ見たことがない。
一学年4クラスしかないこの不人気校では、同学年で顔を知らないというのは、少々珍しい。
だが、悠真はそれを気にする余裕は、正直なかった。
「あの、ほんとに、失礼します」
「顔色悪いね?」
「は?」
悠真がとうとう本当にめんどくさくなってきた時。
彼女は言った。
「よーし、じゃあサボろっか!」
「…はっ??」
「学校なんてサボるんだよ!もしかして、君やったことないの?」
「…一応、優等生やってきたもんで・・・」
「__ははっ!君、面白いねぇ!うーん…いや、どうしても授業受けたい、優等生続けたいっていうんなら、あたしは邪魔しないよ?…えへへ、ぶっちゃけあたしのことウザいって思ってるんなら断ってもいいしね!」
彼女は、笑った。
だが、そこに隠れたような悲愁を、悠真は感じ取ってしまったのだ。
それが、長年人の顔色ばかりうかがってきた、悠真の寂しい特技であった。
気が付けば、首を振っていた。
___後悔しても、もう遅い。
「…いや、別に…学校なんてつまんないし…サボります!」
そう言うと、彼女は本当に嬉しそうに笑って。
その笑顔に、どうしても惹きつけられてしまって。
「よく言った、少年!…ねえ、君、名前なんて言うの?」
こっちの台詞だ、と思ったが、素直に答えておく。
「…
「そっか!じゃあ、悠くんだね!」
そう言って先に立ってすたすた歩きだすので、悠真は慌てた。
「ちょ、ちょっ!あなたの名前は何なんですか?」
「あたし?」
彼女は、本当に驚くように立ち止まって、大きな瞳を向けてきた。
どきどきしながら答えを待つと。
返ってきたのは、予想だにしない答えだった。
「何だと思う?」
___これは。
悠真は固まる。
答えられなかったらヒドイやつだ。
普通、これだけ人数のいない学校で、名前を知らない、顔さえ知らないというのはありえない。
しかし、人間関係というものに興味を失った悠真にとって、それは最大の難問だった。
___お願いだから、苗字くらい出てきてくれ、お願いだ・・・!!
と叫ぶも、気づく。
相手も、自分の名前は知らなかったようではないか?
「あの…ごめん、失礼だけど何組?」
「ええーと、C組」
悠真はDなので、体育の時間など、なにかと目にする機会はあったはずなのだが、やはり知らない。
断じて、記憶にない。
「ごめん、嫌な質問しちゃったね。いんだよ、気にしなくて。多分あたしの名前知ってる人なん
てめっちゃ少ないだろうし」
「ぼ、僕もだと思います」
思わず口をはさむと、少女は心底面白そうに笑った。
「ふふ、やっぱり悠くんって面白い。じゃあ、影コンビだね!あたしのことは、何て呼んでもいいよ?」
影コンビ_。
不思議と、嫌じゃない。
でも、君は影じゃない。
純粋な、光だ。
そう思ったが、悠真は言えなかった。
そして、彼女は結局自分の名前を教える気はないらしい。
だが悠真の中に、ぷくりと、気泡が弾けるように、浮かんだ名前があった。
「じゃあ…彩佳って呼んでいい?」
「__どーぞ、お好きなよーに。うふふ、あたしは彩佳かぁー、気に入っちゃった♪」
彼女_彩佳は、スキップしながら歩き出す。
彩佳。
それは、悠真の記憶の中に根付く名前だった。
悠真の味方になってくれた、ただ一人の人間の名前だった。
しかし、その少女が今どこにいるのかは知らないし、生きているのかもわからない。
もしかしたら、全てが夢だったのかもしれないと、最近では思う。
だが、切り離すことができないのだ。
何かにすがっていなければ、自分が壊れてしまいそうだったから。
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