第20話 大人みやびと遊ぼう!
だんだんと暑くなる日も少なくなり、過ごしやすい日が増えてきた頃。俺が風呂に入って自分の部屋に戻ると、ベッドの上で大人みやびがビールをあおっていた。その光景に一瞬固まるが、家族に気づかれないように静かにドアを閉める。
みやびが奇力を集めなくてもよくなってから、奇妙なものと遭遇することはだいぶ減ってきていた。俺は大人みやびと会うことができるのも、みやびの奇力のせいだと考えていたので、うっすらともう会うことはないだろうなぁと思っていたところにこれだ。
「お邪魔してるよー」
遅いから先に居酒屋に入ってますよー的な軽い言い方だ。すでにアルコールが回っていてすっかりご機嫌なご様子。
「お邪魔してるよじゃないよまったく……」
「いやぁ、こっちの古いビールもいいものだねぇ。この安っぽさが癖になるんだ」
よく見ると、俺の机には何種類かのビールの缶が並んでいる。
「未来にもビールはあるんだろ?」
「あるよー。どれも成分調整されて味も完璧! なものばっかりでね……、この世界でいう第3のビールなんて皆無なんだよぉ。私はたまには飲みたいと思ってるんだけどなぁ」
未来のビールはどんなものか少し気になる。飲めば一日野菜いらず! みたいなのも出ていたりするのかもしれない。
「それはそーと、今日は秀ちゃんと遊びにきたんだよね」
「今からか?」
「そっ、今からー」
そう言ってみやびの手からなにかが放り投げられる。放物線を描いたそれをキャッチすると、それは黒々とした四面体だった。
「なんだこ……れー!」
一瞬の浮遊感。それは、飛行機がちょうど飛び立つ時の感覚に似ている。そしてその感覚は体をゆっくりと持ち上げた。
「ははは、びっくりしたでしょー。浮遊玉ってやつだよー、重力操作ができるの。ほら、こんな感じに」
そうして大人みやびもあぐらをかいたままふわりと浮きあがる。俺は体のコントロールがよくわからなくて、とりあえず手に持っている玉を手放すとぼてりと体ごと床に落ちた。
「ちょっとこれで夜の散歩にでもくりださない? ほら、ちょうど真ん丸月だし」
「夜に空飛ぶなんて目立つんじゃないのか? 雲もないし明るいだろ」
「だいじょーぶ、これには迷彩機能もちゃーんとついてるから」
みやびは俺に手を差し伸べた。どうしようか迷ったけど、それ以上に俺の中には好奇心が高まっていた。空を飛ぶなんて、夢の中でしかできない。
みやびの手に導かれ、俺は自分の部屋の窓から飛びだした。上昇し続け、あっという間に街の明かりが遠くなる。
「うん、防寒機能もしっかり生きてる。さすが私」
「さすがって、まさかこれみやびが作ったのか?」
「試作機だけどね。パラレルワールドに移ることができる私が、このくらい作るのなんてヨユーなのですよ」
さらに上昇する。雲がほとんどないから、高さを測れるのは街の光と山の影だけだ。
「じゃあ、このへんでー。ちょっと手放すよ、少しだけ地面に対して重力がかかっていることをイメージすれば、コントロールしやすくなるよ」
手を離される。みやびが言うようにイメージをするのは難しかったが、綿毛がゆっくり落ちるとこをイメージしてみるとコントロールが若干しやすい。
みやびは小さなリュックから、明らかに許容量を超えている大きさのカーペットを取り出し、空中に敷く。それは板のように少しのシワもなく、空中に留まる。
「はい、どーぞー。いろいろお菓子とかも用意したから。さすがに未来のもの食べさせて変なことになったら嫌だから、この時代のものしかないけど」
小さなリュックからは次々とお菓子が出てくる。そのほとんどが駄菓子で、小さいころにみやびがよく好んで食べていたものだった。
「さーて、夜のお茶会といきますか。いろいろ聞きたいこともあるし」
コップに注がれたお茶を渡される、カーペットの上に置いてみてもその水面には少しの揺れもない。
「俺もいろいろ聞いてみたい。俺の世界のみやびも、成長したらこんなもの作れるようになるんだろ? なにがきっかけだったんだ?」
「たぶんならないと思うよ」
みやびはお菓子を手に取る。俺が目の前にしているのはどう見ても大人になったみやびだ。今のみやびも成長すればこんな感じになると思っていた。
「この世界の私と、ここにいる私は違うから。えーっと、私がこんなふうにいろいろと作り始めたきっかけって、秀ちゃんが引っ越しちゃったからなんだよね」
「はぁ? 俺は引っ越ししたことなんかないぞ。だいたい、それはみやびが……流れ星に願って止めたんじゃないか」
「流れ星に願って止められるなら、なんでも願い叶っちゃうよ。何言ってるのー……って、いや、私ほどの人間ならあり得なくもないか」
真剣に考え始めるみやびに、俺はこの世界のみやびのことを説明した。かなり記憶がおぼろげになってきていたが、真剣に思い出そうとすると記憶の色が強くなっていって、UFOと対面したのも夢ではなく、確かに現実だったという確信が持てる。
「ふーん……、まるで小説の中のお話みたいだけど、この世界の秀ちゃんにはそれが現実なんだね」
「小説の中って……、俺にとっては空に浮かんで菓子食ってる方がよっぽど現実味がないんだけど」
「それもそーだ!」
はっはっは、と大げさに笑ってから、みやびは自分の世界のことを話し出した。
「小学生に上がったばっかりの時だっけな? 急に秀ちゃんが引っ越しちゃったんだよね」
それは、みやびがUFOに会うことがなかった世界の話だった。
「私は秀ちゃんが引っ越してからも、秀ちゃんが忘れられなくて、残されてから心配かけないようにと思って友達作り頑張ったんだよ。それに私はよく手紙も送ってた。秀ちゃんからの返事は時間が経つにつれて遅くなってったけどね」
小学校の時の俺がそんなに頑張って手紙を書くなんてあまり考えられない。
「中学校に入った時には、もう手紙は返ってこなくなってたな。私の方からはそれでも時々出してたんだけどね……私は忘れてなかったし会いたかったから。秀ちゃんの方は忘れてたみたいだけど、ほんと薄情者だよねー」
「いや、それはあっちの俺でここの俺ではないから」
ちらりと文句を言いたげに見られる。というか中学にもなってまだ手紙を送るのは少し重い気がしたけど、それは口に出さないでおいた。
「で、我慢ならなかった私は中学校の時に気づきました。アニメでみた、どこでもなドアを作れば簡単に会いに行けるんじゃないかって」
「まぁ、もしあれば会いにはいけるだろうけど」
「そして高校3年生の時、私はどこでもなドアを完成させました」
「……凄い途中経過を省かれた気がする」
「どうせ話してもわからないと思ったから。簡単に言うとものすごく勉強しました」
ふふん、と胸を張るみやび。ものすごく勉強をしただけでそんなものが作れるはずがない、けどみやびというだけで不可能でなさそうと思ってしまうのはなぜだろう。
「そしてさっそく秀ちゃんに会いに行ったら、すっごい驚かれた。誰? って言われたから一発叩いてやったけど」
いや、その俺は正しい反応をしただけだと思う。
「ついでになんか彼女っぽい子もいたから、その子には『ちゃんとしたお話合い』によって遠慮してもらいました」
にっこり笑ってそう言うみやびに、俺はひやりとした冷たさが背筋をなぞるのを感じた。おかしいなぁ、風なんてあんまり吹いてないはずなのに。
「それでまぁ、私達は無事再開いたしまして、今でも仲良く暮らしていますっていうのが私の世界かな?」
「そ、そう……」
怖い、あっちの世界の俺とは引っ越すか引っ越さないかだけの違いだっていうのに。いや、ほかにもいろいろな要因があると思うけど、なんか嬉しそうに話すみやびは怖い。
「でも、ほんとに嬉しいなー。私が会えなかった時の秀ちゃんと会えて。こっちに来れるタイミングって選べないんだよね」
「そうなのか? 今日だって狙い澄ましたかのような満月の日に来たって言うのに」
「この世界に来る機械は私が作ったんだけど、共同出資者というか、もともとのアイデアを出してくれた人は私ではなくて、顔も知らない誰かさんなんだよね。メールだけでやり取りしてて、その人に言われるまま機械作ったら、その人の指定したタイミングと時間にしかこっちに来れない仕様になってた」
「よくそんな知らない人の情報信じたな」
「理論は納得できたし、私も行き詰ってたからね。私だってその人がどんな人か気になってハッキングしたりしたけど、ちょっと相手の方が上だったみたいで全然わかんなかったしさ。まぁーなんかわかんないけどとりあえずやってみよ! って感じで」
アイディアを出すその人が凄いのか、それをそのまま作れるみやびが凄いのか。いや、あっちの世界ではどっちも凄いのだろう。爪の垢でもこっちのみやびの飲ませてやりたい。
「そんなことよりさー」
ずずい、と体を寄せてくる。大人になったみやびでは少し刺激が強い。
「まだ私と付き合ってないの?」
そんなことを聞かれた。ついこないだも、花子さんに同じようなことを聞かれた気がして、俺は呆れながら答えた。
「だから、俺とみやびがそんな付きあうとか――」
「本当にそう思ってる?」
その短い言葉は、俺に胸に小さい針となって刺さった。
「私は、好きだよ」
そして、ストレートなその言葉。俺は不思議と、そう言われても気持ちが高ぶったりせずに落ち着いていた。それは柔らかな月の光のせいかもしれないし、このファンタジーな状況のせいかもしれないと、頭の隅で思った。
「それはこの世界のみやびじゃない」
「そうだね、その通りだ。でも私は会った時から、秀ちゃんが好きだったって自信を持って言えるよ。この世界の私がそれを出来ないと思う?」
俺はすぐに反論しようとした、けどそれはなぜか言葉にならない。いや、反論する言葉が見つからなかったのだ。みやびの真剣な眼差しから俺は逃れられなくて、それはついこないだケンカをして仲直りをした時に、私のために買ってきてくれたの? と言ったみやびの目と同じだった。
「なにが邪魔をしているのか知らないけど、逃げてるのは秀ちゃんだよ。私の気持ちを見て見ぬふりをしているのは、秀ちゃん。それは分かってほしい、じゃないとこの世界の私が可哀想だから」
その言葉は俺の中にすとんと落ちた。俺がみやびの気持ちに気づかないわけない、これだけ長い付き合いだし、みやびのことは俺が一番理解しているとも思っている。でも、そういう関係になることを俺は考えようともしなかった。みやびもそれに気づいているはずで、わざわざ言葉にしなかったし、俺はそうしてくれるみやびに甘えているんだ。それは今でも。
「だけど……今更どうしろっていうんだよ」
「簡単でしょ。言葉にすればいいだけなんだから」
みやびは俺から離れ、カーペットの上のものを片付け始める。
「私は、秀ちゃんが引っ越してから高校3年生になるまで会うことはなかったから、正直に言うとこの世界の私をすごく羨ましく思う。きっと一緒に登校して、帰りは二人でふざけて遊んで、勉強を教えてあげて……そんな高校生活を私もしたかったな」
みやびの言うとおり、今の高校生活はそんな感じだ。そして俺はこの生活がこれからもずっと続くという漠然とした考えしかなかった。きっと変化するのが怖いんだと思う。みやびはどんなことがあっても少しも変わらない。変化してまうのはきっと俺で、それが俺は怖いんだ。
「みやびは……俺がもし変わっても大丈夫かな」
そういうと、みやびは笑って答えてくれた。
「私が秀ちゃんのこと、嫌いになるわけないでしょ」
俺と大人みやびの夜のお茶会は、そんな言葉で締めくくられた。
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