第21話 ○!※□◇#△!と遊ぼう!

「秀一!」


 学校からの帰り道、突然かけられたその声に、俺の体はビクンと跳ねた。


「……おう」

「そんなに驚かなくても……ってゆうか最近様子おかしくない?」


 大人みやびと夜の御茶会をした後、俺とみやびの関係は少しギクシャクしたものになっていた。いや、みやびはいつも通りだ。俺が予想以上に意識してしまうのが悪い。今までは完全に恋愛対象外だと思い込んで接していたけど、いざその垣根を取っ払ってしまうとみやびはとても距離が近いし、こう言葉にするのはなんか悔しい気もするが……可愛く、ファンクラブが出来るのもなんとなく理解できる気がしていた。


「まぁいいや、今日家来ない? 見せたいものがあるんだー」


 ぐふふ、と変な笑いを漏らす。それを見てなんか久しぶりに予感がした、絶対また変なものを見せられるという予感だ。かといってみやびは俺に用事があるとわかっている時は誘ってこないから、ここで行かないと言うのも不自然。久しぶりにみやびの不思議を見たほうが、少しは俺の気持ちも落ち着くかもしれない、とそのままみやびの家に向かうことにした。


◇  ◇  ◇


「人間は想像できる範囲のものしか作ることができない!」


 みやびの家にお邪魔し、母であるあこさんにお菓子と飲み物をもらって部屋に入ると、みやびは突然そんなことを言いはじめた。


「みやび、そんな頭良さそうなこと言ってると知恵熱を出すぞ」

「失礼なー! このくらいじゃ出ないよ!」

「それで、誰に吹きこまれたんだ」

「秀一はもう少し私に優しくしてもいいと思うんだけど……まぁいいや、今日現国の先生がそんなことを言っててさ、原稿用紙1枚で物語を書く授業だったんだけどね」

「あぁ」


 確かにそんな授業を俺もやった。教科書に載っている小説が、小説を書く苦学生の話で、同じように一度小説を書いてみようという授業だった。俺は結構本が好きな方だから、そんなに難なく書くことができたけど……。


「みやびはどんな小説書いたんだ?」

「え? えっと……私は空を飛ぶ文鎮の話を書いたけど」

「文鎮?」

「そうそう、書道する時に紙押さえるやつあるじゃん? あれがちょうど文字を書く瞬間に飛んでいって、書道する人たちがみんな失敗しちゃうって話」


 謎すぎる、どこからそんな発想が出てくるのか。だいたい書道なんか高校の授業でやらないし、文鎮なんて単語も久しぶりに聞いた。


「今はそんな話はよくて! その先生がさ、人は経験したことじゃないと想像できないし、想像できないものは作ることも出来ないって」


 その話は俺の授業では無かったような気がする。でも言いたいことはなんとなく理解できる。俺も授業で小説を書くとき、ちょうど読んでいた本の内容が少なからず影響していた。


「でも私はそこで思ったのです。先生は人を舐めすぎだと」

「はぁ」

「人は考えられないものだって生み出せることができる! 人はもっと凄いんだって。流石に先生には言わなかったけど、私はそう思ったのですよ」


 こういうみやびを見ていていつも思う、この自信はいったいどこから生まれているんだろうか、と。


「っても難しいと思うけど。みやびの書いた小説だって、文鎮がどうするものかわかってて、文鎮がなきゃ書道に困るから文鎮を飛ばして嫌がらせする小説にしたんだろ?」

「なんか秀一の説明には悪意があるような気がするけど……、嫌がらせかどうかは置いといて、私の知ってるものしかないのはその通り」


 うんうん、と自分の書いた内容を思い出しているのだろう。


「だがっ! そんな常識に囚われないのが私なのだ! 私はだれも想像したことないものを実際に作ってみた! 私が人の凄さを証明したのだー!」


 ……これか、今日の見せたいものは。

 みやびはカッコよくセリフを言えたことに満足しているらしい。手を突き出した変な格好で数秒余韻に浸ってから、机の中をごそごそと漁ると、その誰も想像したことがないものを机の上に乗せた。

 机の上にあるものは……えーっとなんだこれ、なんか全体にモザイクがかかったように全体像を把握できない。大きさは新聞を大きく丸めくらいで、黒や灰色の線がまるで毛虫が這うかのようにその物体の上を蠢いていて、なんか気持ち悪い……。

 次の瞬間、俺の脳内に様々な形容しがたい黒い情報が流れ込んできた。俺は瞬時にその物体から目を離す。それは俺が意識して逸らしたわけではなく、体が勝手に拒否反応を起こしていた。これは見てはいけない、本能がそう告げている。見るのを止めると、頭の中の黒いものもさーっと引いていくけれど、その気持ち悪さはまだ残ったままだ。


「紹介しまーす! これが○!※□◇#△!です!」


 みやびの声がその名前を呼ぶときだけ濁って聞こえる。もしかしたらみやびには普通に見ることができるし、名前も言うことができるのかもしれない。だけど、それはきっとみやびが新しく創りだした人の可能性で、おそらく俺にはないものなのだろう。だからそれを見ることも出来ないし、名前も聞こえないんだ、と俺は仮説を立てるが、そう思いながらも心臓の鼓動はますます早まっていく。みやびの創ったものがそこにあるだけで、空間を犯し、脳が危険信号を示し始める。


「これの凄いところはー、なんとなんとー」

「みやび、頼む。それをどこでもいいから片付けてくれ……」

「それじゃなくて、○!※□◇#△!って言うちゃんとした名前が、って秀ちゃん、顔色酷いよ! どうしたの!」

「いいから、それを早く……」

「わ、わかったよぅ」


 みやびは少しの戸惑いを見せたが、俺の顔色が相当悪かったんだろう、机の棚を引く音がして、すぐ閉まる音が続いた。俺はゆっくりと視線を戻すと、そこにはあの物体はなく、代わりにみやびの心配そうな顔があった。


「大丈夫?」


 長く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。不思議とあの物体の記憶はすでに薄くなっていた。薄いというか、それが侵食した範囲を全てごっそり持って行かれたような気がするけど、少なくとも今はもう大丈夫。


「……なんとかな。みやびの創ったものは俺にはまだ早かったみたいだ」


 そう言って少し無理して笑うと、みやびの心配そうな顔が少しだけ元気になった。


「……やっぱり、人が私に追いつくのはまだまだ先みたいだね」

「おい、素直に謝れ。なんてもの創ってんだよ」

「えへへ」


 笑って誤魔化された。改めて机の棚を見る。さっきの物体があの小さな棚の中に入るのは考えづらい、きっと形状もよくわからないことになっているんだろう。そのうち処分させた方がいい気がする、俺のいない時に。


「あっそういえば、文化祭の出し物は決まった? 私のクラスはねー」


 顔色が悪い俺を気遣ってか、みやびは一人で話し始める。隣で俺はみやびの話を聞いていた。それは大人みやびと話す前のいつもの距離で、当初の目論見であった距離感の不自然さは不思議と無くなったみたいだ。

 あの変な物体は明らかに危険物だから、感謝はしないけど。

 俺はちらちらと俺を気にしているみやびを安心させるために、自分のクラスで出すものを話し始めた。

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