第19話 不知火と遊ぼう!

「秀一君」


 放課後に入り俺が帰り支度をしていると、珍しく不知火が声をかけてきた。

 不知火は長いストールが特徴的なみやびの友人だ。二人とも俺とは違うクラスだから話す機会はあまりなかったけど、みやびが開催した不知火の誕生会に呼ばれ、不知火が忍者であるという秘密を共有させられてからは時々話すようになっていた。話題は主にみやびのムチャ話で、そういう話題に同感してくれる友人がお互いいなかったから意外と話は合うのだ。


「不知火、珍しいな」

「今日はみやびと用事はないか?」


 なにかと思えば、そんな質問をされた。まだ今日は誘われていない、というか朝からみやびと会ってさえもいなかった。


「だろうね……」


 一つため息をつく不知火。その顔には少し疲れが見える。


「どうした、またみやびがなにか大変なこと起こしたか?」

「誰のせいだと思っている」


 俺が笑って茶化すと、思ったより本気で睨まれた。


「秀一君、先週までは放課後に私とみやびで遊びに行くことは平均週1回だった。しかし今週はもう4回も私はみやびに付き合っている。これがどういうことがわかるか?」


 今日は金曜日である。不知火は昨日まで毎日みやびと遊びに行っていたということになる。


「そういえば今週は妙に静かだと思ったら……」

「その静かさは私を犠牲して成り立っているものだよ。というより、秀一君はみやびに何かしたのか? みやびは口を開く度に秀一君に対する悪口ばかりを言ってる。あとは花子さんとかいう私の知らない人も出てきたけど」


 あぁ……たぶん俺が花子さんとデートに行ったことが原因でしょうね。俺には特にみやびを怒らせるようなことをした記憶は無いけれど、デートの最後に花子さんの憑依を解かれたみやびが怒って帰っていったのをなんとなく思い出す。


「まぁ秀一君に非があるなしどちらにしろ、みやびと仲直りをしてもらう。それでなければ私の体力が持たないし、修行にも差し支えが出る。だから、そのために今日は私に付き合ってもらうよ」

「みやびは?」

「今日は用事があると言って撒いてきた。と言っても私と秀一君が話しているのを見つかるのはおそらく良くない。だから一時間後に待ち合わせってことで」


 そうして、ある公園を指定された。そこは俺の家からは少し遠くの小さな公園で、不知火に教えてもらわなければその名前も知らないような場所だった。なぜそんな辺鄙なところで待ち合わせをするのかと聞こうとする前に、不知火はいそいそと去ってしまった。

 みやびに毎日付き合わさせるのも可哀想だ、それにみやびのことも実は少し気になっていたのだ。みやびとケンカすることは度々あるけれど、2,3日するとケロッと忘れて話しかけてくるから、そんなに問題ではないと思っていた。けれど今回は本当に怒っているみたいだから、不知火が言う通り俺からアクションをとった方がいいのかもしれない。


◇ ◇ ◇


 俺が待ち合わせの公園に行くと、不知火はすでにいた。私服はTシャツにショートパンツという女子にしてはシンプル過ぎる格好だ。


「待たせたか?」

「いや、修行をしていたし、そんなに待ってはいない」

「修行って普通に立ってたようにしか見えなかったけど」

「イメージトレーニングというものだ。今はこの公園に地雷が100個埋まっている場合、どのようにぬけ出すかをトレーニングしていた」


 まるで中学男子が授業中にする妄想みたいだ、と思ったけど口には出さないでおいた。本人は至って真面目なのだろう。


「さて、行こう」

「ちょっと待て、俺はみやびと仲直りすればいいんだよな? どこに行くんだよ」

「仲直りするには物を送るのが一番だと私は思っている。だからみやびが好きそうなものを秀一君が送ればいい。ただ、相手はあのみやびだ。普通のものではあまり興味を示さないかもしれないから、今回は私が協力することにした」


 それは不知火の言う通りだった。みやびは普通の女の子が好きそうな服とかアクセサリーにはまったくもって興味を持たない。アクセサリーよりは悪戯に使えそうなアイテムとか、なかなか手に入らなさそうなデザインを好む。……そういえば以前、大人のみやびからアクセサリーを貰ったが、あれも普通のデザインではなく、水晶の中には不思議な煌めきがあったし、不思議な文字が掘られていてとてもファンタジーチックだったことを思い出した。


「なにかをプレゼントするのは分かったけど……みやびが満足しそうなものを探すのって結構大変だと思うんだけど」

「だから、私が協力すると言っているんじゃないか。百聞は一見にしかず、秀一君はとりあえずついてきてくれればいい」


 歩き出す不知火に疑問を持ちながら、俺はその後姿を追った。

 そうして向かったのは近くの商店街である。八百屋や肉屋が並んでいて俺の親もよくここで買い物をしているし、商店街の人たちは人当たりがいいから、子供にとっては初めてのお使いによく使われる場所でもある。


「ここだ。周囲をよく確認してつけられていないかを確認してくれ」


 そんな白昼堂々つけられることないと思うし、そもそも周りを警戒する不知火の方がよっぽど怪しい、と思いながら進んだのは八百屋とお肉屋さんの間にある小さな路地だった。ダンボールやゴミ箱の間を縫うようにして進む。そして不知火は急にしゃがんで、床を何回かノックをした。


『ニンニン』

「カクレ」


 床から声が聞こえたと思うと、不知火が答えた。すると床の一部がぱっくりと開き、その中には梯子が現れる。


「ここは私達と同じ忍者が経営している店だ。普通の人では扱えないものを取り揃えているから、ここならばみやびが気に入るものもあるだろう」


 そう言ってさっさと不知火は梯子を降りてしまった。目の前にぽっかりと開いた穴に、なんでこんなところにあるのかとか、忍者はったいどのくらいいるんだろうかとか、湧き上がる疑問を抑えつつ、俺もその梯子を降りた。

 降りた先には扉が一つあり、その向こうには様々な商品が並んでいた。それはよくショッピングモールに入っている雑貨やら変な菓子を取り扱っている自称本屋をイメージさせた。ときかく所狭しと商品が並んでいて、その中にはまだ生きているのではないかと思われるトカゲやカエルなどもあった。照明はランプのようなもので基本暗く、忍者の店と言うよりは魔女の店と言われた方がまだ納得できる。


「扱いに気をつけなければいけないものもあるから、その辺りは私が注意しよう。見てみてくれ」


 と言われるが、そんなことを言われてまじまじと見る度胸はあまりなかった。なのでわかりやすいものから手に取る。とりあえずは忍者の必需品、クナイだ。大小様々な形があり、色合いも結構な種類があった。クナイ型スマホケースなどと言うとても持ち歩きずらそうなものまで売っている。


「あぁ、このスマホケースは私もオススメだ。連絡用の携帯が武器にもなる。私も仕事用に一つ持っているぞ」

「いや、連絡用を投げたら情報が筒抜けになるんじゃ……」

「倒してしまえば問題ない。そういえば、みやびは忍者服が欲しいと言っていたな。そこにあるのなんてどうだ?」

「こんなのプレゼントであげたら変態扱いされないか、コスプレしてって言ってるようなもんだろ?」

「みやびがそんなこと言うと思うか? 私は普通に喜ぶような気がするが」

「……俺もそんな気がしてなんか悲しくなった」


 結局値段が高いと言うことで却下した。クナイも以前、不知火が一本あげたことがあるらしいからダメだ。そんな中、一つの商品が俺の目に止まり、それに気付いた不知火がつまらなそうに言う。


「あぁ、守り星か。まだこんなのあったんだな」


 不知火が言うには、忍者が伝統的に持っていたお守りらしい。ある忍者が敵地で囲まれた際に、なんの変哲もなかった一つの石がその忍者を導いて救ったという伝説があり、それを模して作られたと不知火は説明してくれた。


「一応この石もその昔話が起こったと言われている場所で儀式をしてから持ちだしているから、効力はあると言われている。……と言っても、今の時代、忍者同士の衝突はほとんどないから本当かどうかはわからん」

「いや、これでいいよ。みやびこういうの好きなんだ、お守りとか、御神籤とかなんかそういう運とか神とかの名前がつくもの」

「うーん……それでいいなら私はなにも言わないが」


 手裏剣の絵柄が彫り込まれた直径2センチくらいの石を手に取る。でも手にとった瞬間に、俺にはなんらかの力が宿っている気がした。不知火はよくわかんないと言っていたけど、なんかそんな気がしたのだ。

 石にしては少し高めの金額を支払い、俺達はその店を出た。必ず仲直りをするようにと不知火に念を押され俺たちも別れる。

 さて、残りの問題はどうやってみやびにこれを渡すかだ。家に行ってもいいんだけど……、本当に怒ったみやびに俺はどう手をつけていいのかわからなかった。とりあえずメールを送って様子を見ることにする。

 返信はすぐに返ってきた


『そこから逆立ちしながらコンビニでアイス買って、溶ける前に私の家まで持ってきたら入れてあげる』


 なんか本当に怒っているのかわからないような返信だけど、たぶんまだ怒っているのだろう。でも逆立ちは置いといて、アイスがあれば入れてくれるというのがみやびが言いたいことだろう、少し高級なアイスを買ってみやびの家に向かった。


「みやびー、今日は奮発したアイスだぞー」


 襖を開ける前に軽くノックをする。ほんの少し空いたスキマからみやびは俺の持ち物を一瞥した。


「許す」


 どうにか部屋に入ることは許されたみたいだ。みやびにアイスを献上して本題に移ろうとしたけど、アイスを食べる前にみやびはベッドに座って俺をまっすぐに見つめる。


「秀ちゃん、私は怒っています。でも花子さんのことは私から頼んだことだから、秀ちゃんに非はないし、仕方のないことだとも思っています」

「じゃあなんで怒ってるんだよ」

「私だって知らないよ! なんで怒ってるの!」

「いや、俺に聞かれても」


 どうやらみやびは怒ってはいるけど、その原因と矛先をどこに向けたらいいかがわかっていなかったらしい。それはとてもみやびらしく、少し笑ってしまった。その笑みが気付かれないように、俺はさっき買ってきたばかりの石を渡す。


「まぁ、今回はこれで勘弁してくれ」

「なにこれ」

「守り石だって。なんか窮地の時に守ってくれるお守りらしい」


 みやびは少しの間、その石を手の中で転がした。それはただの石だ。ただの石だけど、きっとみやびもその石は普通じゃないことに気づいているはずだ。


「私のために買ってきてくれたの?」


 みやびはそう言って、俺のことをじっと見つめた。……、あれ、なんか予想と違う。もっと喜ぶかと思ったんだけど、もしかして外れたか?


「みやびに渡してるんだから、みやびじゃなきゃ誰のためだっていうんだよ」


 とりあえず俺はそう取り繕うが、内心はひやひやだ。みやびのまっすぐな視線に、心の中まで見られているような気もしてしまう。


「……じゃあ、許す」


 そしてふいっと俺を見つめることを止めて出た答えはそうだった。


「だけど、私だって寂しかったんだから、明日の土曜日は私と一緒に遊ぶこと! 秀ちゃんは私と一緒に遊ばなければならない!」

「わかったわかった。明日も来るから、もう怒るな」


 なんだかまだ怒りのボルテージが下がりきらないのだろう。いつもと同じ雰囲気の会話に戻ったことに安心し、俺は明日の行き先を早速考え始めた。

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