第18話 花子さんと遊ぼう! ③
俺の考えていたデートプランは、結果からいうとまったく必要なかった。
花子さんはエスコートしてと言っていたが、俺と手を繋いで最初の目的地に行く途中、その目線は常にすれ違う女性の服を追っていた。土曜日だから人も多く、すれ違う人ほとんどにあの子はこれがいいとか、あの子には少し色が合っていないと意見を言うものだから、俺は途中で行先を変えて、よく学生も利用している大型ショッピングモールへ足をむけた。やはりそれは正解だったようで、色々な種類の服があるお店に入ると花子さんは目を輝かせその光景に感動していた。そしてせわしなく服を選びは試着を繰り返した、あれもこれもとすぐに買い物かごの中がいっぱいになったが、実際に財布にダメージを受けるのはみやびだ。中にいるみやびから途中でストップがかかったらしい。
二人の中で数分駆け引きがあった結果、値段が安いものであれば2着までは買ってもよいということになった。花子さんは独り言をするようにどの服を選ぶかみやびと相談していたが、デザインに関しては花子さんは一歩も譲らなかったみたいで、普段みやびが買うはずもないようなひらひらした服を二着購入し、花子さんはほくほく顔で店から出てきた。
俺も途中までは一緒に店に入り、花子さんファッションショーの観客としてお供をしていたが、こっちはどうかとかさっきのと比べてどうかと何度も聞かれるもので、少し疲れたと言ってその場から脱出した。俺にいちいち意見を求めていたらいつまでも決まらなそうだったし、女子の服の良し悪しなんてあまりわからない。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
やっと店から出てきた花子が買い物袋を胸に抱いて駆け寄ってくる。スキップでもしそうな勢いで、ショッピングモールは大変気に入ったみたいだ。
「いいのは見つかったか」
「はい、それはもう悩みに悩みましたから。秀一さんが一緒に選んでくれなかったのはとても残念ですけど、私は満足いたしました」
「それはよかった。それで、もうそろそろご飯時だけどどうする?」
「あぁ、楽しい時は本当に一瞬ですのね。名残惜しいですが参りましょうか」
時刻は19時少し前だ。夕ご飯のお店はみやびが行ってみたいとメールをよこした喫茶店である。ディナーもやっているみたいでお値段も少し高めとはいえ学生である俺たちにとってはまだ許せる値段だ。
俺はエスコートできなかったかわりに、みやびが抱えていた荷物を持つ。花子さんは俺のその行動を気に入ってくれたのか、合格、と言ってくれた。
目的地の喫茶店はショッピングモールから少しの距離にあった。さすがの花子さんもショッピングモールを出ると疲れが一気に出たようで、喫茶店の席に着くと小さく喉を動かしながら水を飲み干す。
「外の情報は仕入れていましたが、実際に見てみるとどれもこれも可愛く見えてしまって困ってしまいますね」
「そりゃあんだけの種類あったらな……、もともとみやびは服に興味ないし、中にいたみやびの方が疲れたんじゃないか」
「んー……確かにそのようですね。しかしこんなに恵まれた容姿をしていらっしゃいますのにもったいないですし、なにより私が許すことができません。……もう買ってしまいましたからお話しますけど、本当は私が実際に見て、形を認識できれば購入しなくても着替えられるのです。これでも幽霊ですからイメージがあれば実際の服はいりません。なのでこの服はみやびさんに差し上げましょう」
「……じゃあ本当にみやびのために買ったようなもんか」
「私を外に出してくれたみやびさんへの恩返しだと思っていただければ……あっ、ふふ、私の中ですごい反発していらっしゃいますわ。お金をムダにしたーって」
花子さんが買った服をみやびが着るかは少し微妙なところだ。みやびと仲が良いクライスメイト、不知火と遊びに行く時もあるみたいだが、不知火も服にはあんまり関心がないみたいだから、その時の服装はかなり適当だ。……俺としてはもう少し着飾ってもいいと思うから、花子さんの意見には賛成なんだけど。というか、女子高生が虫取り小僧のような服装をしているのはどうなのかと俺も少し思ってはいたから。
二人でメニューを覗き込み、俺はハンバーグ、花子さんはパスタを注文する。食後にはパフェも食べてみたいらしく一緒に注文していた。
「あらら、今度は凄くみやびさんが悲しんでいらっしゃるみたい。お財布の中が淋しいんですって」
そう言って花子さんはにっこりと俺に笑いかける。その笑顔には無言の圧力があった。言いたいことはなんとなく、とてもなんとなく分かるけど、ここはわからないふりをしたほうが――
「淋しいんですって」
「わかりました。今日は俺が払います」
「あら、さすがですね。みやびさんも喜んでいらっしゃいますよ」
このくらいならまだ許そう。本当にホテルのビュッフェにしなくてよかった。と、安心している俺に花子さんはじっと見つめてきた。なんだよまだなんか食べたいものでもあるのか? 俺だって金はあんまり持ってないんだからな。
「あのー、少し聞いてもよろしいですか?」
「そんな見つめなくていいから言いたいことは早く言え」
「みやびさんと秀一さんは恋人同士なのですか?」
その質問は聞き飽きていた、というか学校でもよく言われていることだ。みやびが何かにつけて俺に構うから、学校内ではそういう扱いを受けている。俺も否定するだけ無駄だから、特になにも言わないけど。
「いや、まったくそういう関係ではない」
「ふぅん……おかしなものですね。こんなに仲のいい男女は他には見ません。……では好きな人もいらっしゃらない?」
「いや、特には」
「そう」
花子さんはずいぶん嬉しそうしていた。なんだそんなに俺に浮いた話がないのが面白いのか。
「じゃあ、私とお付き合いしていただけません?」
「はぁ?」
「ふぁ!」
俺が何言ってんだ、と疑問の声を出すのと、花子さんが驚いたように体を震わせるのはほぼ同じタイミングだった。
「あっ、あの、すいません。少々お花を摘みに……」
「あ、あぁ」
小さな叫びから急に顔色を変えた花子さんはそそくさと席を立つ、そして料理が運ばれてくる頃に戻ってきたが、明らかに顔色が悪かった。
「大丈夫か?」
「えぇ、一応は。……少し侮っていたみたい」
最後の呟きのような声は俺にはよく聞き取れなかった。それよりも花子さんは目の前に出されたパスタに機嫌は回復したようで、美味しそうに、かつ上品にパスタを食べた。正面でハンバーグを食べる俺も少し頑張ってナイフとフォークで食べようとしたが、その拙さを見かねてか花子さんに気にしなくてもいい、と言われてしまった。
花子さんはパフェもしっかり綺麗にいただき、俺のサイフが少し軽くなったところで、喫茶店を出るとすでに20時を回っていた。しかし花子さんの要望もあり、もう少しだけ俺はその手を引かれていく。
最後に見たいと言われたのは海だった。どうやら花子さんは生前泳ぐのが好きでよく海に行っていたらしい。
「生前の記憶ってあるのか?」
「もうこうして幽霊になった期間の方が長くなってしまったので、ほとんど覚えていません。でも気持ちが沈んだ時は、海に来ていたことだけはなんとなく覚えているのです」
暗くなってからの海は、真っ黒で先が見えなく俺は少し怖いと思った。みやびなら怖がることもなく、奇声を上げて海に飛び込んでいくかもしれない。
「あのー、申し訳ないですけど、少し手を握ってくれませんか?」
海岸を歩き、少し先を行く花子さんが急に立ち止まり、手を差し出してきた。俺はまたその雰囲気に少し緊張しながらも、握手をするようにその手を握る。
「両手でお願いします」
そう言われ、その手を両手で包み込むように握った。花子さんは目を瞑って動かない。しばらくは波の音と暗闇がその場を支配した。このままいると俺たちまでも暗闇と同化してしまいそうだ。
「やっぱり、私の負けですね」
5分経ったか、30分経ったか、長いようで短いような触れ合いの後、花子さんはそう呟いた。
「秀一さん、今日はありがとうございました。よければまたデートしてくださいね」
そして、握っていた手がピクリと震える。俺はどうして花子さんがそんなことを言ったのか、考える前に握っていた手を大きく振りほどかれた。
「いつまで握ってるんだよー! このやろー!」
そんな大声とともに俺は砂浜の上に投げ出された。と思ったら次々に砂が降ってきて、口やら鼻やらに入る。
「ちょっ! 待てって! なんだよ花子さん!」
「あんな泥棒猫忘れてしまえー! 私の名前はみやびだー!」
みやびはなぜか相当お怒りのようで、息するまもなく砂を浴びせられた。結局その日のデートはそれで終わり、砂だらけでわけがわからない俺を置いて、みやびは先に帰ってしまった。
◇ ◇ ◇
翌週、月曜日。
みやびとは一緒に登校したが、あきらかに怒ってますよという雰囲気を全面に押し出し一言も話さなかった。といっても、明日か明後日になれば我慢できずに話しかけてくるsだろうと想い、俺は特に気にしなかったけど。
それより気になることがあり、その日の放課後、先にみやびが帰ったことをいいことにまた文化棟3階の女子トイレに最大級の警戒をして忍び込んだ。
「あら、もう会いに来てくれましたの?」
3番目の個室には、土曜日に買った服を着ている花子さんが足をぶらぶらさせながら座っていた。俺を見つけてにっこりと微笑む。
「理由を聞きにな。土曜日はなんで急に帰ったんだ? あのあと酷い目にあったんだからな」
そういうと、花子さんはムッと表情をしかめた。
「ひどい目にあったのはこちらです。海で秀一さんが手を握ってくれたのは大変嬉しかったのですけど、私の中でみやびさんが暴れて酷かったんですから」
「みやびがねぇ、なんか暴れるようなことしたか?」
「……鈍感な殿方は好きではありませんよ?」
「別に鈍感なんかじゃない、ただみやびと俺なんてあり得ないだろ?」
そう言うと、花子さんは深く深く溜息をついた。
「まぁ、いいです。私には私に合う殿方を探すことにいたします。……でもデートは楽しかったですよ、ありがとうございます」
そうして花子さんは姿を消してしまった。結局理由はよくわからなくて、俺は心の中をもやもやとさせながら女子トイレを出た。
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