第16話 花子さんと遊ぼう! ①
夏休みが終わって一週間が経った。
教室の中はやっと休みボケが治まってきた人がほとんどで、俺も授業中に船を漕ぐことが少なくなった気がする。
夏休みと違って日中はみやびにも振り回されることがない、別に振り回されることが嫌というわけではないのだけれど、それが毎日や一日中となると流石に疲れるのだ。今思えば夏休み中の半分はみやびと遊んでいた気がするから、学校がある方が俺にとっては平穏と言える。
そんなみやびも無事に夏休みの宿題を全部提出し、俺はその協力のお礼として学食を一回おごって貰った。お礼にしては随分と安上がりな気はしたけど、次は絶対自分で全部やる、と毎年のように聞いているみやびの宣言を、絶対ムリだろうなぁと思いながらカレーを頂いた。
ホームルームが終わり、席を立つ音や話し声が多くなる。俺も鞄を背負って図書室へと足を向ける、毎週水曜日は少しだけ図書室で過ごすことにしているのだ。水曜日の最後の授業は英語で、必ず宿題が出ることと、家に帰っても暇なことが多いからが主な理由だ。みやびに呼び出しされるのもだいたい金曜日が多く邪魔が入らないし、俺にとっての部活のようなものかもしれない。
試験前でもないかぎり、図書室はほんの数人しかいない。中に入ると教室とは全く違う空間があり、静寂が満ちていた。俺は個人学習スペースの一つに座り、英語の宿題を少しの時間で片付け、その後は適当な本を開いた。
◇ ◇ ◇
「秀一、やっぱりここだったね」
「うぉう!」
いきなり掛けられた声に体が反応する。となりの学習スペースにはいつのまにかみやびが座っていて、俺の反応ににっこりと笑っていた。
「なんだよ驚かさないでくれ……」
「随分集中してたみたいだね」
「図書室はそういうところだからな。にしてもよく俺がここにいるって分かったな」
声を潜めて話す。図書室にはもうあまり人もいないけど、なぜだか大きな声では話しづらい。
「ふふっ。秀一あるところに私あり! だよ」
「ストーカーとして110番させていただきます」
「まぁまぁ、今日は少し相談があって……、そろそろ人も少なくなってきたし、少し付き合ってくれない?」
みやびの言う付き合って、に拒否権はない。むりやり引きづられて後から図書室の噂にならないように、先に席を立った。
完全下校の時間までは1時間ほどある。窓から見渡せる校庭には運動部が青春の汗を流しているが、みやびが連れてきた文化棟にはほとんど人の気配がしなかった。
文化棟は理科室や音楽室など、特定の授業をやるために必要な教室が集まっている。本校舎とは2階の渡り廊下で繋がっていて、文化棟は5階建てだ。1階には音楽室があって吹奏楽部が活動しているけど、上の階になるほど人の気配は少なくなってくる。そして、俺とみやびが来たのは3階の端、トイレの前だった。
「ちょっとトイレに寄ってくから、人が来ないか見てて」
「人が来たって別にいいんじゃないか?」
「男女ともに人気がある私だから、いつだって油断してはいけないのだ。それと、トイレには入るけど私は排泄はしない、なぜなら可愛い女の子だから」
そう言ってみやびは女子トイレへと入っていった。よくそこまで自分のことを可愛いと言えるものだ。本人は冗談めいて言っているのだろうが、その周りではあまり冗談でもなくなっているらしい。なにやらみやびのファンクラブが出来たという噂もあるからだ。あんな唯我独尊、自由奔放なみやびにファンクラブなど信じられる話ではないが、俺のクライスメイトがみやびを見る熱い視線のことを考えると、まったく嘘と言い切れる話でもない。というか俺の身も危ない、そのうちクラブに抹殺されてもおかしくない。
「秀一、人は来てない?」
「あぁ、わざわざこんなところに放課後来ないだろ」
みやびは女子トイレの中から外側を伺うように顔を出していた。……みやびもなんか警戒してるし、もしかしてファンクラブのことでも警戒しているのか……?
「じゃあ、来て」
みやびのことを少し心配していたのが油断になった。俺は手を掴まれてあっという間に女子トイレの中に引きずりこまれる。
「みやびっ、なにしてんだよ。誰かに見られたら俺学校来れなくなっちまう!」
「だから誰も来てないか確認したんじゃん。あーっと秀一、戻らないで! お願いだからこっち来てよ、相談があるのー!」
戻りたいけど、服を必死に引っ張るみやびに負けて、話を聞くことにした。みやびの言う通り、この時間であれば人も滅多には来ないから、大丈夫……たぶん大丈夫。
「さっさと済ませろよ」
「わかった、さっさとねー」
みやびはそう言って、あるトイレの個室をノックした。ちょっと待て、他に誰かいるなんて聞いてない。
「花子さん、入るよー」
そしてみやびはトイレのドアを開ける。みやびの呼ぶその名は、もちろん俺にも聞き覚えがあった。そして、あぁまたこのパターンか、と。
開いたドアから、スッと長い足が出る。その足は白いレースの靴下を履いていて……いや、あれは俺の知る靴下なんてもんじゃない。まるで結婚式の新婦のような……、と俺が混乱しているうちに、花子さんと呼ばれた何かは俺の目の前に姿を表す。
「ご機嫌いかがでしょうか、私、トイレの花子と申します。以後、お見知り置きを」
優雅に、ふわりとボリュームのある白いスカートの袖を小さくつまんで挨拶をされる。その仕草はどこかの御令嬢かと思うほど、一挙手一挙動が洗礼されていた。その服装も真っ白いドレスであり、というか俺にはウェディングドレスにしか見えない。俺はどう挨拶を返せばいいのか、というより俺の知るトイレの花子さんとはまったくかけ離れた存在でどうしたらいいかわからなかった。
「あらー、どうやら花子さんの可愛さに、秀一も動揺していらっしゃるみたい」
「まぁ、そんな私ごとき、みやび様の足元にも及びませんわ。それにしても、お話には聞いていましたが、秀一様もお顔が整っていて見惚れてしまいそうですわね」
「そうでしょう? 周囲の女性達もほっときませんの」
おほほほ、と貴族ごっこをしているみやびと、真似事に見えない花子さんの会話に、とりあえず俺は頭を抱えた。
「とりあえず花子さん? 俺の知る花子さんとはだいぶイメージが違うんだけど……どうしてそうなった?」
「あら……秀一さんの知る花子、とはどのような?」
俺の知るのは、小さいころにやっていたアニメの映像だった。おかっぱ頭で、顔色が蒼白で、赤いスカート。子供の頃はとても怖かった記憶がある。
「面白半分で花子さんを訪ねてきた人をトイレに引きずり込んで、行方不明にさせるとかいう話だったかな?」
「あー、私もそんなイメージだった。昨日まではー」
みやびとも一緒にアニメを見ていたので、だいたいのイメージ共有は出来ているだろう。というか出来ていたら余計に目の前にいる存在が花子さんと言われても信じられないはずだけど。
「あぁ……そういうのは遠い昔に卒業しましたの」
片手を口に当てて、クスクスと笑う。……じゃあ噂は間違いではなかったと。
「私も当時はただただトイレにいるのが寂しくて、お友達を作ろうと無茶をした経験はあります。ただ、そう繰り返すうちにこの方法は間違っているのではないか? と思いましたの。それに気づかせてくれたのはコレですわ」
スッとどこから取り出したのか、花子さんの手には一冊の本があった。
『特集! お嬢様になって御茶会で玉の輿に乗る51の方法!』
表紙にはそう書かれいて、少しアニメチックの絵が載っていた。玉の輿とは書いているけど、子供向けの作風だ。
「これは私がお友達になろうとした方がたまたま持っていたものですわ。私にこれを泣いて差し出してきたので、そんなに私に会えたのが嬉しかったのかしら、と思って友情の証として受け取りました。お友達はいつのまにか人ではなくなってしまい、寂しい思いをしましたが、代わりに私はこの本を友達だと思って読み込みました。もちろん、素晴らしい内容だったからというのもありますが」
花子さんは友達を思い出してかそっと目元を拭うが、その友達についてはなにも聞くまい。
「ほら、花子さん。本題、本題」
みやびがそう耳元で囁くと、花子さんはハッと気づいたように本をしまい、なぜか服装を整える。
「えっと……、みやび、それで結局相談したいことっていうのはなんだよ。花子さんの関係なんだろ?」
「そうです、私がみやびさんにお願いいたしましたの」
そうして、花子さんは俺にスッと手を差し出した。
「私と、デートをしてくださる?」
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