第15話 降霊術で遊ぼう!
夏休みも残り3日となった。
キャンプで色々なことがあったけど、俺とみやびはいつもと変わらず日々を過ごしていた。みやびにはUFOのことを遠回しに聞いてみたが、本当に覚えていないみたいで、それならそれでいいか、とキャンプ中のことは自分の心の中だけに秘めておくことにしている。といっても、俺もすでにあの出来事が夢のように感じられて、そのうち気にすることもなく忘れてしまうのだろう。
みやびの特異体質もあと1年で治るらしいし、徐々におかしなものと遭遇することは減ってくるだろう。よかったとも思うけど、なぜか少し寂しくも思った。
俺は図書室から借りてきた、オカルトをまとめた怪しげな本を読んでいた。少しでも前知識があった方が、もしかしたら対応しやすいのではないかと思ったからだ。だけど、そこに載っているオカルトと、みやびと一緒に経験したオカルトは違いすぎて、本当に対策になるかはわからない。夢魔とか勇者まではさすがに載ってないしな。
まぁともかく、今日はみやびからの呼び出しもないし、俺もゆっくり家で――
「秀ちゃん! 宿題終わらないよぉ!」
……ゆっくり家で過ごしたかったなぁ。
「みやび、人の部屋に入る時はせめてノックをしろ。ノックを」
「そんなこと言ってる場合じゃない! 私は最早背水の陣を敷いて目の前の敵に挑むしかない、そのために秀ちゃんは必須なの!」
「あー、ちょっと歴史の宿題をやったことはわかった。とりあえず、まだ出来てない分をここに出せ」
本を閉じて、小学校の頃から使っている学習机にみやびを座らせる。みやびは宿題を全部持ってきたみたいで、机の上はすぐにいっぱいになった。
「俺、少しずつやるようにって何度も言ったよな?」
「うん! だから少しずつやってあるよ」
中身を見ると、本当に全教科を少しずつやっていた。その光景は以前、みやびにむりやりケーキバイキングに付き合わされ、全種類を少しずつ食べて残りをこちらによこすという所業を思い出し俺はため息をついた。
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……まぁいい。とりあえず、数学から片付けよう。見ててやるから」
「じゃあはい」
差し出された手を俺はすぐに払いのける。
「写すって意味じゃなく、自分でちゃんとやろうね。みやびちゃん」
「いやです」
いい笑顔で返されたので、一発でこぴんを食らわせてやった。
◇ ◇ ◇
みやびが机から離れないよう監視して、俺は自分のベッドの上で本の続きを読む。みやびにはこうして机に向かわせてはいるが、残りの宿題の量を見ると残り3日では確実に間に合わない。残り一日になると世界の破滅でも起るのかという必死さで頼んでくるから、俺の完成した宿題を貸すのはそれからだ。それにみやびもこうして監視していればちゃんとやるから、少しは自分の頭も働かせないと。
「うがー! ムリー! Ax+y=ムリー!」
やれるんだよ? 集中力は30分しか持たないけど。
「数学に飽きたんなら化学でもやればいいんじゃねーの? それが飽きたら読書感想文。本読むのは1日あればなんとかなるけど、逆にいえば残り3日の内1日は潰れるからな」
「読書感想文は昔読んだやつを思い出し書きするから大丈夫! そんなことよりなんで私がこんなことしなきゃいけないんだよー、宿題ってやつは大統領より偉いのかー! 出てこい責任者! はぁー、私の代わりにもっと頭のいい人がやってくれないかなー……」
「はいはい、いいからおとなしく座る。チョコレートでも持ってきてやるから、とりあえずペンを握れ」
「うんちょこがいいー」
「残念ながら普通のチョコレートだ。飲み物も持ってくるから少し待ってろ」
ぶつくさ言いながら、みやびはまた宿題を進め始める。30分に1回の発作をなんとかすれば、とりあえず宿題は進む。俺も慣れたもので、長期休みの最後になるとみやびが好きそうな菓子が家に増え始める。特に意識はしていないはずなんだけどなぁ……。
チョコレートとお茶の入ったグラスを持って、部屋に戻る。休み前に借りてきた本は読んでしまいたい。だからなるべく穏便にすませて早く帰らそう。
「みやびー、持ってきたぞー」
「ふむ」
宿題が広げられているテーブルにグラスを置き、本の続きを読もうと思っていたらいきなり服を掴まれた。俺はまだなんかあるのかと振り返る。
「みやび、チョコもあるから大人しく……」
「君は誰だ?」
「……は?」
その声は、いつものみやびの声ではなかった。みやびの声をベースにはしているが、声色は低めで、かなり落ち着きのある話し方だ。そして俺はその一瞬で、目の前にいるのはみやびではないことに気づく。
「君は誰だと聞いている。この部屋は君の部屋か?」
「……あぁ、そうだ。ここは俺の部屋だ、名前は秀一。それで、あんたは誰だ? みやびの体に入ってどうするつもりだ?」
「そうか、事情はあまり飲み込めないが、先に私も自己紹介をしておこう。私の名は渡井賢治、54歳、教師をしていた。私は死んだはずだが、なぜかこの体の主に呼ばれてここにいる」
その時、俺の頭の中で先ほどのみやびの声が反響する。
『出てこい責任者! はぁー、私の代わりにもっと頭のいい人がやってくれないかなー……』
あまりの宿題のやりたくなさに、本当にもっと頭のいい人に変わってもらったらしい。俺は軽く頭痛が起きたが、少なくともみやびの中にいる賢治さんは被害者ということになる。丁重にお帰りしてもらわなければならない。
「秀一君、僕の中にはこのテキストを片付けなければならないという強い思いがあるのだが、そうした方が良いのか?」
「いや、先に事情をお話します。なので、ひとまず俺の話を聞いてください」
俺は簡単に今の状況を説明した。その体が賢治さんのものではないこと、みやびがなんらかの方法でその身に賢治さんを宿したこと、理由は宿題がやりたくなかったから……など。どこまで話すか迷ったけど、賢治さんの言動はとてもまともそうであるし、教師ということもあり、正直に話させてもらった。
「ふむ、納得した。そのみやびという娘に宿題はさせた方がいいな」
一通り説明すると、賢治さんはすぐに頷いた。
「えーっと、説明してから言うのも変ですけど、本当に納得したんですか?」
「あぁ、私は言われた話は信じ、その後、真偽を確かめるのだ。まぁ、こう死んでしまっては確かめようがないがな」
「はぁ」
賢治さんも若干変人オーラを感じさせたが、信じてくれるのならありがたい。
「しかし、懐かしい。私もこのテキストで教えたものだ」
テーブルの上にあった教科書を、ぱらぱらとめくる。
「同じ教科書を使っていたんですか」
「あぁ……そうだ。この教科書はよく出来ていてな、表紙さえ変われど中身はあまり変わらない、裏表紙の形式なんか……」
そうして背表紙を俺に見せようとしたが、急に賢治さんは言葉を飲み込み、その裏表紙を見つめた。俺からみると、偉人の紹介のコラムがあることしかみえない。あと、律儀に書いてあるみやびの名前か。
「秀一君……急で悪いが、一つ話を聞いてくれ。これはまさしく墓まで持って行った話なんだが、せっかくこのような奇異な現象で現世に戻ってこれたのだ。くだらない未練話くらいは許されるだろう?」
「はぁ、俺は構わないですけど……」
賢治さんは教科書の背表紙をさすり、話し始めた。
「私は高校の教師をしていた。大学を出て教員免許を取得してからずっと教師をしていたから、教える技術に自信はあったつもりだ。何回も生徒を送り出し、そして迎えた。生徒というものも、私が一番わかっていると思っていた。生徒の顔と名前はほとんど忘れていない、その中でも一人、特に印象に残っている女生徒がいる」
俺は賢治さんの話を、長くなりそうだなーとお茶を飲みながら聞く。話しているのは賢治さんだろうけど、その格好はみやびだから、なんだかあんまり真面目に聞く、という体勢がとりにくい。
「その女生徒は大変にお転婆だった。高校に入学してすぐに、その清楚な容姿にまったく似合わず、いろいろとやらかしてくれた。全講集会の日に放送室に忍び込んで、校歌の代わりに流行りだったダイエットソングをかけたり、運動会のパン食い競争のパンをすべてフランスパンにするという横暴もおこした」
「えっ……、まさかそのままやったりしませんでしたよね?」
「いや、本当にパン食い競争が始まる直前に、女生徒がフランスパン一本を素早く吊るし、ピストルを奪ってスタートさせたんだ。一人が思わず走りだしてしまったものだから、なし崩しにそのレースだけはフランスパン食い競争になった」
その映像を思い浮かべてみたが、大変にシュールだった、というか咥えることができるのだろうか。
「いくら注意しても直らないものだから、私はその女生徒を呼びだし一対一で話すことにした。そんなにみんなを困らせてどうしたいのだ? とな。しかし、その女生徒はみんな別に困っていないと笑って話し始めたのだ」
『私は私が楽しいことをやる。私が楽しくしていればそれは伝染してみんな楽しくなる。私が楽しいと思うことは、絶対みんな楽しいでしょ?』
「平気でそう言うから思わず怒鳴りつけてやったよ」
普通に聞くと、とても横暴な意見だ。だけど、それを話す賢治さんは怒っているようでも、呆れたようでもなく、なぜか嬉しそうであった。
「しかし後からわかったことだが、その女生徒はキチンと線引ができる子だった。その女生徒がすることは、教師は困っても生徒は笑って過ごせるようなものがほとんどだったんだ。成績はトップで、委員会にも所属していたから、黙っていれば優秀というのが教師の評価で、なにを仕出かすかいつも目を光らせていた。でも生徒の意見は違った、生徒から話を聞くとその女生徒は誰からも慕われていた。私はその女生徒への幅広い信頼を知って驚いたと共に、私は思ったのだ。私も生徒をわかったつもりでいたが、それは私の常識の範囲で創られた生徒、本当の生徒は例えばその女生徒のように、私達にはわからない方法で、学校生活を楽しんでいるのだと。そこから私は生徒との接し方を改め、第2の教師人生を始めたのだ」
「はぁ」
「そして、私はその女生徒に恋をした」
「はぁ?」
話がやっと終わりそうと思ったら、最後にとんでもない爆弾がついていた。
「といっても、私には妻も子供もいたから、女生徒はちゃんと卒業させた。その後結婚して、幸せな家庭を築いている。同窓会で一度会って話した時は、本当に美人に育っていて、私の目もまだまだ現役だな、と思ったよ」
そうして賢治さんは、また教科書の裏表紙を手で懐かしむように触る。そして深いため息、それは恋する乙女のようで、みやびの格好でやられると気持ち悪かった。いや、賢治さん(54歳)でやられても気持ち悪いと思うけど。
「……あのー、そんなにその教科書が懐かしいんですか?」
「あ、あぁ、いや、教科書ではなくてね。……実は女生徒の現在の名前が現岡あこ、というのだ。現岡、という苗字が珍しくてね」
その名前に、俺は思わず叫びそうになったが、グッと我慢した。珍しい名字にその名前、どう考えてもみやびの母しか思い当たらない。あのおっとりしていて優しそうなあこさんが、運動会途中にフランスパンを持って悪戯する図なんてとても考えられない。
俺が混乱していると、いきなりみやびの頭が机に強打された。大きな音とともに、いつものみやびの声が響く。
「痛った~! なに! 敵襲?」
きょろきょろと周りは見回すみやびは、俺を見つけてさっと顔色を変えたと思ったら、すぐにまた宿題にとりかかった。どうやら俺がショックで変な表情をしていたから、怒られるとでも思ったのだろう。
俺は大きくため息をついた。結局、賢治さんは話したいことだけ話して帰っていった。いや、成仏したのかもしれない。俺は話を聞いていただけだが、妙に疲れた気がした。
目の前で勉強しているみやびを見て、その性格の違いから、あこさんとみやびは似ていないと思っていたけど、意外とそうでもないのかもしれない。
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