第14話 流星と遊ぼう!
目の前が真っ白になり、その白の上に絵の具を塗りたくるように色が足されていく、それはいつのまにかキャンプ場の風景になっていた。数年前、俺とみやびが小学生に上がったばかりで来た時の記憶らしい。
キャンプ場の光景はあまり変わっていない。強いて言えば、コテージや水道などの施設が真新しく、キャンプ場オープンの旗がところどころで風に揺れているくらいだ。
やがて一つコテージに車が止まった。止まった車からは小さい子供が飛び出してくる。それは小さい頃の俺自身で、待ちきれなかったように広い敷地内を走りだす。
少し遅れて、隣のコテージにも車が止まる。車の中で寝ていたのか、眠そうな目で降りてきたのはみやびだった。黄緑色のワンピースに、少し長めの髪を後ろで縛っている。そういえば、小さい頃はみやびは髪を伸ばしていたんだっけ、髪を短くしたのは中学に入ってからだったと思う。
小さな俺ははしゃいでいるようで、父さんにテントを立てる手伝いを頼まれても聞く耳を持たなかった。走り回る俺を仕方ないと優しい目で見ながら、母さんが父さんを手伝う。みやびは、あこさんと一緒に不器用ながらも組み立て式のイスを用意したり、テントを手伝ったりと、しっかりとお手伝いをしていた。
「みやび! 遊びに行こうぜ!」
テントを立てるのも一段落した頃、俺はみやびの手を引いて無理やり連れだした。みやびは足をもつれさせながらも必死でついていく。まるで高校生になった俺とみやびをまったく逆にしたような絵がそこにはあった。
遊歩道はまだ出来上がっていないようで、俺とみやびはフリスビーや昆虫を探したりして遊んでいた。といっても、みやびはキャッチが下手で、転がるフリスビーを追いかける時間の方が長く感じたし、昆虫取りは平気で木の上に登っていく俺をはらはらしてみているだけだった。
「秀一ー、みやびー。ご飯だよー」
薄く暗くなってきた頃、コンロの準備ができたようで、父さんと母さんが俺達を呼びにくる。俺が器用に木から飛び降りると、みやびは凄く安心した顔をした。
「みやびー、このくらいの木登れないと俺に着いてこれないぞ!」
「そんなの無理だよぉ! 高いところ怖いし……秀ちゃんだって危ないよ!」
みやびは涙目になって俺を注意するが、そんな小言を無視して俺はさっさと肉を食べに走っていった。
「もー、待ってよう!」
夕食の後、両親はお酒を飲んで、俺とみやびも子供用のシャンパンをもらった。一気に飲んでおかわりをする俺に対し、みやびは少しずつシャンパンを口に含む。
「あっ、そういえばさー。俺引っ越すんだって」
「えっ?」
「だから引っ越すんだよ、ちょっと遠くに。だからキャンプも最後になるなー」
「しゅ、秀ちゃん、いなくなっちゃうの? もう私と遊べなくなっちゃうの?」
「いやー、遊べるんじゃない? たまには帰ってきてやるよ」
「……何処に引っ越すの?」
「わかんない、車で2時間くらいって言ってたかなー」
みやびはその返事を聞き、持っていたコップを落とした。落とした拍子に残っていたシャンパンが二人の足にかかる。
「あーっなにやってんだよ! おかーさーん。みやびが溢したー」
すぐに母親が濡れたタオルを持ってくる。俺もみやびもサンダルだったから、それを脱がされてタオルで拭くだけで済んだ。その時に、みやびは俺の母親にその質問を投げかける。
「あ、あの! 秀ちゃん、引越しするんですか!」
「うん、そうなの。ちょっと遠くになっちゃうから……、今まで秀一を遊んでくれて、ありがとうね」
俺の母親はそういってみやびの頭を撫でたが、みやびは途端に大声で泣き出した。
いきなりの泣き声で父親も集まってくるなか、俺はみやびがなぜ泣いているかわからなくて、とりあえず自分の飲んでいたシャンパンを慌てて手渡そうとしていた。そんなことをしても泣き止むはずはなく、俺の差し出したコップを見向きもせず、みやびはしばらくの間泣き続けた。
やがて泣きつかれたみやびは眠ってしまった。みやびの父親に運ばれて、先にコテージに入ってしまう。
「ごめんね、秀一くん。みやびったら今まで秀一くんにべったりだったから……やっと小学生に上がったのに困っちゃうよね」
みやびの泣いた理由がわ最後まで分からず、呆然としていた俺にあこさんはそう言った。大泣きしたみやびを見送るだけで、あこさんにそう言われてもかすかに頷ことしか出来ない。
みやびが寝てしまったこともあり、今日はお開きということになった。火の後始末をして、それぞれコテージに入っていく。俺もなんだか気分が落ち込んだまま、その日だけは久しぶりに母さんと同じベッドに入った。
◇ ◇ ◇
全員が寝静まったころ、不意にコテージの扉が開いた。
パジャマを来たみやびが少しだけ顔を出し周囲を見回す。誰もいないことを確認すると、少し迷った素振りを見せてからコテージを抜けだした。何度か俺と泊まっているコテージを振り返りながら歩く。
やがて、キャンプ場の端から始まる山道にたどり着いた。本当は明日、全員で山の中腹にある広場まで登る予定であり、その山道の位置はみやびの父親が教えてくれたものだった。そして、みやびは父親からもう一つ、あることを聞いていた。
「ここに、流れ星が……」
みやびはそう一言呟き、山道を登り始める。キャンプ場の名前の由来にもなっているのだが、この山は流星がよく落ち、それを発見した人は願いを叶えることができる。そんなキャッチコピーがあって、建設されたキャンプ場だった。みやびは夜のうちに、その流星を見つけて願いを叶えてもらおうと思ったのだ。
暗く、灯りもない山道を、みやびは登っていく。空には今にも落ちてきそうな星がいくつも輝いていた。空に流れる星も発見しやすく、流れた星の方向を目指してみやびは進む。
本当はとても怖かったけど、みやびにとっては秀一がいなくなってしまうことの方がよほど怖かった。みやびはこの時、秀一の他に友達と呼べる人はいなかったし、秀一の友達と遊ぶことがあっても、他の子供よりよっぽど運動神経が悪く、気弱なみやびはいじめられやすかった。そして守ってくれたのは、いつだって秀一だった。
だからいくら怖くても、山登りをして流星を見つけることなど、引っ越してしまった後の秀一に会うことよりもよっぽど簡単だとみやびは思ったのだ。
みやびは空を見て歩くので、いつのまにか山道からは外れてしまっていた。足もよく引っ掛け、その度に転んで手や足を打ったが、みやびはめげずに、流星を求めて歩いた。見つかるまでコテージには帰るつもりはない。勝手に流れてくる涙を、破れたパジャマの袖で拭いながら、みやびは歩く。
そしてその強い想いは、みやびを導くことになった。それは本当は流星ではなかったけど、みやびは流星だと疑わなかった。
森の中にできた大きなクレーター、その中心にある白銀に輝く球体。みやびは残りの力を振り絞り、その球体に近づき、傷だらけの指先で触れる。
『君は……誰かな? この星の人?」
そんな声が脳内に響き、驚いて手を離す。しかしやっと見つけた流星だ、みやびはおもいっきり叫んだ。
「秀ちゃんを……秀ちゃんとずっと遊べるようにしてください!」
『秀ちゃん……? 少し君の頭の中を見させてもらうよ……、あぁ、そういうことか』
流星は納得したように煌めく。すでにその状況を把握していた。
「流星さん、お願い! 秀ちゃんを取らないでください!」
『いや、私達が取るわけではないけど……ふむ、じゃあこうしよう。みやびさんの願いを叶える代わりに、奇力を集めてきてくれないか』
「き、りょく?」
『そう、私達も少し困っていてね。ちょっと待って……なるほど、地球人は奇力に抵抗があるのか』
流星は、みやびと話をしている最中でも急速に地球の情報を集めていた。今までは自分たちで飛べなくなった流星をなんとかしようと四苦八苦していたのだが、第三者であるみやびの登場で、流星の中の住人達は満場一致でみやびに頼ることにしていた。
『みやびさん、君は今までのような普通の生活には戻れなくなるだろう。本来、地球人は奇力を持つものに接触できない。ほんの少しの高さから落下しただけで死んでしまう地球人だ、弱い自分の精神を守るためにも、本当の世界の中でも、必要最低限のものしか見えないように創られているところは合理的であり理解できる』
みやびはその流星が言っていることの半分も理解できていないようだったけど、とりあえず頷く。
『だが、私達はその守りを少しだけ緩めて奇力を集められるようにする。それは普通では見えないものや、感じないものとの接触が必要になる。常に危険と隣り合わせだが、そうなっても、秀ちゃんとずっと遊べるようにと願うかな?』
「願います! お願いします!」
みやびの答えは、流星にとって想像するに容易すぎた。すぐに流星から光が生まれ、それはみやびの胸の中へと吸い込まれる。
『それでは、よろしく頼むよ。私達はこの中から出られないが、君を守るために力を尽くそう。そうでなければいつ帰れるかわからないし、私達も困ってしまうからね。必要な奇力が集まったら、またここに呼び出すよ』
みやびは、その言葉を最後まで聞く前に意識を失い、次に気がついたのは山道の入り口に倒れていたところを発見された時であった。
◇ ◇ ◇
気づくと、目の前にはUFOがあった。俺はまだ覚醒しきっていない頭を働かせて、周りを見渡す。気がついた俺の頭の中にすぐにUFOの意識が流れてきた。
『みやびさんは無事、私達に奇力を届けてくれたよ。それも君たちの時間で10年という短期間で。もともと適正が高かったのかもしれないね』
「えーっと、つまりみやびが俺の引っ越しを止めたっていうことか?」
『そういうことになる。だから秀一君は、今もみやびさんと一緒にいる』
引っ越しするなんて話、一度も聞いたことがなかった。そもそもその事実自体、みやびの願いによって消されてしまったのかもしれないけど。もし引っ越していたら、なんて考えも少し浮かんだけど、考えるだけ無駄なような気もした。
隣で立っていたみやびがガクンとバランスを崩す。俺は考えるより早く体が動き、なんとか倒れる前にみやびを支えることができた。
『さて、私達はそろそろ帰るとするよ。みやびさんにはお礼を言っておいてほしい。といっても、ここ数年で分かったことだが、地球人の奇力に対する抵抗は相当のものだ。だから、私達の存在も数年で忘れ去られるだろう。それは秀一君も例外ではない』
「ってことは、みやびはもう変な存在とは遭遇しないってことか?」
『みやびさんの体に残るわずかな奇力が完全に抜ければね。おおよそ1年ほどをみてほしい。すぐに過ぎるさ』
つまり後一年はみやびに振り回される可能性があるということだ。俺達にとって1年は長い気もするが、UFOとは時間の流れる感覚が違うのだろう。
『さて、君たちには本当に世話になった。もしなにか困ったことがあって、君たちが私達のことを覚えているのなら、空に願いをかけておくれ。願いが届けば、私達も協力しよう』
UFOがだんだんと空に浮かびあがる。浮かび上がるが、その上昇は少しの音も発生させず、空気の流れに影響することもなく、奇妙な浮遊の仕方だった。
そして、あたかもそこにもともとUFOなんて存在しなかったかのようにそれは消えた。空を見上げると星が一つ流れた。もしかして俺たちが見ている星は全部UFOなのかもしれないという考えが浮かんだが、小さく聞こえた声に俺はいつのまにか膝枕状態にしていたみやびを見る。
「ん……秀ちゃん。遊ぼー」
それは単なる寝言だった。幸せそうに眠るみやびは、もしかしたら夢の中でも俺を遊びに誘っているのかもしれない。
俺は昔とは違う短くなったみやびの髪を撫でた。
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