第9話 忍者と遊ぼう! ②
「みやび、お願いだから話して。どこでそれを聞いた? 正直に話してくれれば、命までは勘弁してあげる」
みやびの首筋にはフォークが今にも突き刺さりそうな距離にある。不知火は忍者、という冗談めいた話で、こんなことになるとは思いもしなかった。
「ちょっ、ちょっと待て! みやびだって冗談で言ったんだろ! そんなまさか忍者なんて馬鹿な話が」
「冗談でもなんでも!」
その声はびっくりするほど威圧感を伴っていた。さっきまでの大人しい不知火とは全然違う。
「疑いを持たれてしまえば、私達忍者はお終い。誰にも気づかれず任務を遂行するのが私達忍者の基本。もし気づかれてしまったら、気づいた人を消すしかない」
「えっ……マジで?」
そのセリフは、不知火があたかも忍者であるという事実を認めているかのようだった。それに俺も消す、と言っているようにも思え、その突き刺さるような視線にみっともないが膝が震えた。
不知火が不意に、みやびの拘束を解く。みやびは少し首が締まっていたみたいで咳込んだ。
「もうー、景ってば少し愛情表現が強すぎるよー。そんなに私が欲しかったなら素直に言ってくれればいいのに」
そんな言葉も、不知火にはもう聞こえてない。自分のもといた席に戻り、目の前のケーキを見つめる。
「私の両親は、そんな疑いを掛けられても気にしなかった。でも火のないところには煙はたたず、とはよく言ったもの。一通の手紙を残して、両親はいなくなってしまった。手紙の内容は、両親は預かった、探しだしてみよという犯人からの挑戦状。私達不知火一族はもう両親と私、それに兄しかいなかったから、私と兄で頑張って調査したけど、手がかりはゼロ。兄も両親を探すといって出て行ったきり連絡がつかないし……だから、やっぱり忍者がその正体を疑われるというのは、危ないこと。私だって、みやびの事は気に入っている、友達だと思ってる。だからといって消さないと、私が消えることになる……それは兄や両親を待たせている私にはできない。だから教えて、みやび。どこでその話を聞いた?」
不知火の口からはずいぶんと重い過去が吐き出された。俺は自分が消されるかもしれないという未来が伸し掛かってきたが、正面ではのんきにケーキを食べるみやびがいるもんだから、緊張感がよくわからないことになっている。
「じゃあ今、不知火は一人暮らしなのか?」
「そう。広い家に一人暮らし。兄から定期的にお金は振り込まれているから、なんとか生活はできてるけど……連絡がつかないから、不安」
「私、そのお兄さんから聞いたんだけど」
「はっ?」
みやびのその発言に、景は再び驚いて動きを止めた。といっても、サプライズ誕生日の驚きとはまったく別次元のものだろうけど。
「えっ、ちょっ、兄を、知ってるの? みやびは会ったの?」
「んーん、会ってないよー。見ただけ」
「見ただけでどうして不知火の兄ってわかるんだよ」
同じように真夏にも関わらずストールを巻いている、とかだったらわかるかもしれないけど。しかし、みやびは意外にも机の中にあったノートパソコンは引っ張り出してきた。
「私の秘蔵の情報ネットワークを見せるのは、2人が特別だからだよ?」
ケーキを食べ終え満足そうなみやびは、パソコンを起動する。なにを見せるのやら、両脇から不知火と俺がその画面を見守っていると、みやびは普通にブラウザを立ち上げ、お気に入りから大手動画サイトにたどり着いた。
「これが私が贔屓にしている特別な情報共有のサイトだよ……ここに来るまでに高いお金を……」
「そういうのいいから、早くしてやれ」
俺がコツンとデコピンをしてやると、今からいいとこなのに、と言いながらもある動画を開いた。
『忍者、しのぶの一日一忍! パート45』
若干その時点で俺は嫌な予感がしたが、再生ボタンを押した動画は順調に流れ始める。
『ニンニン! みなさんお元気でござるか。忍者一族唯一の生き残り、しのぶが忍術を駆使して人々を笑顔にする動画、45回目でござる』
画面の中では、河原で若い男が安っぽい忍者装束を身につけていた。顔は完全に出てはいないが、長いストールをしているのは不知火にそっくりだ
「に、兄さん……」
そして、青い顔をして不知火はそう溢した。その声は震えている。
『今回の動画では、我が忍法、水走りの術を伝授するでござる。みなもこれを手本に励み、ぜひマスターして欲しい!』
動画の内容自体は、まぁ酷いものだった。水走りといっても、ダンボールを川に固定しておいてその上を渡るというものだったが、まぁもちろんすぐに川に落ちる。みやびは大笑いしていたが、俺は青い顔をしている不知火を不憫に思った。
「いやー、この動画シリーズ凄い人気あるんだよ! 毎パート百万再生は余裕! たしか、少し前のパートで景って言う妹がいるーって言ってたから、私はそれで」
不知火は膝を付いてがっくりきている。確かに、不知火が守り続けていたものを一撃でぶち壊すくらい破壊力のある動画だ。
「あっそういえば、メールアドレスも載ってたよ?」
その動画サイトの説明文には、『忍術指南はここへ!』という見出しと共に、たしかにメールアドレスが記載してあった。不知火はそれを聞いた途端、すぐに携帯からメールを作成する。
「みやび、これいつくらいから知ってたんだ?」
「私はパート1から見ていたいわゆる古参というものなので! 2年くらい前からかなぁ、私のオススメは火走りの術の動画だよ! 最終的に足に爆竹をつけて痛みで火の熱さを相殺する方法を試してて面白かったー。 私もいつか忍の道に……」
「いや、普通に危ないから止めようね」
不知火は穴が開くほど携帯を見ていたが、少しすると電話が来たみたいで、携帯が震えた瞬間にすぐに耳に当てがった。
「兄さん! あの動画はなに! 一族の恥!」
そんな一言から始まったが、話が進むにつれ、不知火の元気は無くなっていった。最後にはまだ話は続いていそうなのに、自分から電話を切った。
「みやび……、少しだけ横にさせて……」
「おい、大丈夫か」
けらけらと笑うみやびを横目に、ベッドに倒れた不知火。その目に焦点は合っていない。
「聞いてよ……、両親がいなくなったのは、兄がフザケて提案した試練で……、私が両親を見つけるまで何年掛かるか賭けていたんだって……。それも両親がいるのはすぐ隣の家……。私、一度だって気がつかなかった……」
「ま、まぁ両親が無事でよかったんじゃないか」
「あんなのもわからないなんて、忍者失格だなぁ。ハッハッハ。って、兄に笑われるし……あんなふざけた動画を撮って恥をさらしている兄に。しかも私が生活できていたのは、兄の動画収入、つまり私達を笑っている人達に私は生かされてたんだ……私の誇りとは……今まで両親のために奮闘していた人生とは……死にたい」
「えーと……」
悪い、俺にはかけてあげられる言葉が思いつかない。どうにかして慰めようと思っているところに、みやびが景を抱きしめた。
「景ー。大丈夫だよー、忍者、かっこいいよ! 流石私の友達って感じ。私は普通の人には友達にする前に面接するから、景は試験免除するくらい、凄いんだよ?」
「俺はそんなの受けてないけどな」
「まぁ、秀一も……普通じゃないから。フフフ」
意味深に笑うが、まぁ大した理由はない。こんなこと言っているがみやびは誰とでも友達になれる性格で、初めての人にも訳の分からないことを言って困惑させながらも最終的には仲良くなっている。
「でも、私はこれからどうやって生きればいいんだ……」
「いいじゃん、今まで通りで、なんだったら私に忍術教えてよ! 手裏剣とかも持ってるでしょ? それでストラックアウトでもしようよー」
「あれは、訓練が必要」
持ってるのか……職質されたら一発でアウトになりそうだな。
しかし、そんなみやびを見て、不知火は毒気が抜かれたらしい。いや、呆れたと言ったほうが正しいかもしれないけど、とてもとても深い溜息をついてから、テーブルの上に残っていたケーキを食べ始めた。
「今日は不知火の誕生日なんだから。まぁ……良いことだけ見ればいいじゃん。今までと変わんないし、友人を消さなくてもいいし、両親は見つかったし」
「そうだね……、とりあえずは、そういうことにしておく」
「そうそう、そういえば忘れてた」
みやびは押入れから小さな箱を取り出した。不知火の目の前に置く。
「これ、プレゼント。いやーなかなかいいものを買えましたよ」
不知火は、無言でその包装された紐を解いた。そこには金の手裏剣のモチーフが付いてあるヘアピンが2つ刺さっていた。
みやびが景のことを忍者とバラしてもバラさなくても、きっとこの時点で不知火は気づいただろう。まぁ今回は穏便に片付いてよかった。
「……二人とも、ありがとう」
こうして、俺とみやびに忍者のクラスメイトが出来た。
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