第8話 忍者と遊ぼう! ①
夏休み。
意外にも、みやびは補習を回避することができていた。いや、俺が結構頑張って教えたからっていうのもあるけど、それでも1、2教科くらいは簡単に赤点を取るだろうと思っていたから、赤点回避ギリギリの点を得意げにみせられ、俺は思わず拍手をしてしまった。
それで今日は、そのお礼という事でみやびの家に呼び出されていた。お礼という名目にしてはいるが、たぶん単純に暇なのだろう。まだ夏休みに入ってから一週間しか経っていないが、今日を含め3日は呼び出しを受けている。まぁ俺もその度にみやびの家におじゃましているから同類なんだけど。……流石にバイトでもした方がいいのかな。
「開けるぞー」
いつものテンションでみやびの部屋に入る。しかし、そこには予想外の先客がいた。
「……秀一君」
「不知火か」
不知火景、みやびのクラスメイトだ。破天荒なみやびと違い、不知火は正反対の性格をしていて、みやびの後ろに付いて歩いているのをよく見かける。俺とはあまり話したことはない、でもみやびからの話を聞く限り、不知火はみやびのストッパー的存在だと俺は思っていた。みやびは時々とんでもないことをやらかすから、そういう時は不知火が止めに入るような感じ。高校に入って最初に不知火を友達としてみやびに紹介された時は、いつも一緒に行動しているのが不思議なくらいのテンション差があったが、それはそれで色々とバランスが取れているのかもしれないと今では思っている。不知火がどう思っているのかはよくわからないけど。
「久しぶり、不知火もみやびに呼ばれたのか?」
「そう、要件は聞いてないけど」
「そうか……えーっと、それ、暑くないの?」
「夏用にしているから、そんなに」
不知火は大人しそうな外見をしているが、一つだけ特徴がある。それはいつ何時も身から離さず着ているストールだ。今日は紫色のストールを首周りに巻いているが、俺は不知火がそれを外したところを見たことが無かった。夏でも冬でも、学校で偶然会っても体育の授業で校庭を走っていても、だ。なんかゲームでよくある呪われた装備のようだ。
「諸君! 集まったな!」
そんなところで、みやびが現れた。襖をスパーン! といい音を立てて開く。
「今日は記念すべき日だ! この私が補習と言う悪魔の手から開放されたこともあるが、それはとりあえず置いておこう。今日はそれより重要なイベントがある!」
俺と不知火の冷めた目を少しも気にせず、みやびはなんかの役に入り込んだように演説をしている。補習回避はもう毎回のように言っているが、それ以上に重要なイベント、と言うものに、俺はなにも思い浮かばなかった。
「秀一! カーテンを閉めて!」
「はぁ」
「はぁ、じゃない。イエス! マム! と答えろ!」
なんかムカついたが、不知火もいることだし俺はおとなしくカーテンを閉めた。遮光カーテンの力で電気を消せばもう部屋の中は真っ暗だ。
「みやびー、なんか碌でもないこと考えてるんじゃないだろうなー」
「心配するな! すぐに分かる!」
みやびにそう言われると嫌な予感しかしない。
けど、そのイベントの正体は、みやびがその後すぐに持ってきたもので判明した。
「はっぴばーすでー、景ー♪」
みやびの両手の上には、ろうそくのついたケーキが乗っていた。それを見た途端、俺は変なことが無くて安心したと同時に、こういうイベント事をみやびは必ず忘れずに行うことを思い出していた。横に座る不知火はびっくりしたような表情をしていて、俺が見たことのない表情で面白い。まぁ高校生にもなって誕生日パーティーっていうのも珍しいのかもしれないし。
「は~ぴぶぁ~すでぅぇ~け~い~」
みやびはケーキをテーブルの上に置き、一人で誕生日ソングを途中からコブシを効かせて歌った後、満足そうに不知火に火を消すように則した。
不知火は大きく息を吸い込み、一息でろうそくの火を消した。俺とみやびは拍手で祝う。
「おめでとー、景」
「おめでとう、不知火」
不知火は照れたように小さくお礼を言った。
◇ ◇ ◇
ケーキはみやびの母、あこさんによって切り分けられ、1ホールのケーキを3人で分けていた。
「それで、なんで俺も呼んだんだ?」
「だって、景と私だけじゃ盛り上がりに欠けそうだったし。一発芸とかもちろん用意してくれてるよね?」
「いや、ないけど」
「えー、しょうがないなぁ。じゃあいつもの手首を180度曲げるので許したあげるよ」
「それは折れているのではないですかね? みやびさん」
そんな話に、不知火は静かに笑う。不知火も確かに無口な方だし、人数が多いほうがこうして間が持つのかもしれない。みやびもなかなかやるな、と思った。実際は絶対にそんなこと考えてないと思うけど。
「えー、じゃあしょうがないなー。私が一発ぶっちゃけ話でもしましょうか」
「みやびの? 本当は補習が一つあったとか?」
「確かにありそう、みやびのテスト点数には私も驚愕した。まさか一つも補習がないとは……」
「なーいーでーすー! もう私と補習は離婚調停済なのですー」
「すぐに再婚しそう」
「もー、景ってばー! ぐぬぬ……悔しいから景のぶっちゃけ話をしてやる」
みやびは立ち上がって、自分でドラムロールを鳴らす。結構回数をこなしているせいか、だんだんと上手くなっているような気もした。まぁ、期待させといて大したことはないのだ、みやびのぶっちゃけ話など。
「だだん! なんと! 景は忍者なのです!」
そうして自慢気に発表された話を俺は鼻で笑ってやった。冗談にしてももう少し面白い冗談にしてほしいものだ。
「おーい、つまんないぞー。不知火も言ってやって……」
カチーン
フォークが皿に落ちる。俺が見たのは、真っ青になって震えている不知火だった。
「みっ、みやび! どこでそれを……」
「えっ、どこって……私はなんでも知ってるんだよ、景のことくらいは簡単。テストの内容さえも知っている。だから今回私は――」
次の不知火の動きは、とても人間のものとは思えないほど早かった。
一瞬にしてみやびは拘束され、その首筋にはフォークが今にも刺さりそうな場所で止められていた。俺は少しも動くことは出来なく、その緊迫した状態を見ていることしかできない。
「みやび、お願いだから話して。どこでそれを聞いたの? 正直に話してくれれば、死までは勘弁してあげるから」
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