第6話 妖精と遊ぼう!
今日は学校帰りにそのまま家に引っ張っていかれた。どうやらお土産があるから渡したいらしい、俺は一回家に帰ってからがよかったんだけど、いろいろ話したいことが多かったみたいで、旅行の感想を聞きながら帰った。まぁ、みやびの話は単純に面白いし、旅の途中でもハプニングが多めで聞いていて飽きないから、俺も結構楽しみだったりするのだ。
みやびがいない間に、家で大人版みやびと会っていた。なんてことはつゆ知らず、みやびは自分の部屋で、大人版みやびが座っていた位置とまったく同じ位置に腰掛けていた。それが少し面白くて、微笑ましく見ていると。
「なにおじいちゃんみたいな顔してんの?」
そんなことを言われ、みやびには一発でこピンを見舞ってやった。
◇ ◇ ◇
「ではではこれがお土産でーす!」
そうして掲げられたお土産は、温泉饅頭だ。
「みやび! さすがわかってるな!」
がっしりと腕を組む俺とみやび。何を隠そう、俺は菓子の中で饅頭が一番好きなのだ。みやびにもさっきのようにおじいちゃんみたい、とからかわれるが、好きなものはしょうがない。第一、ポテトチップスとかチョコレートとかよりずっと油も塩分も少ないしより健康的な完全なる食べ物が饅頭なのだ。糖分は気にするな、人間にとって糖分は塩分とかよりも必要なものだから。
「今回はこし餡にしてみました。泊まるお部屋にあったから食べてきたんだけど、お茶との相性が凄く良くてね……今回はこれしかないと思って」
「粒餡も捨てがたいが、やはりこし餡の滑らかさがあっての饅頭だからな!」
「秀一、粒餡買ってきた時は逆のこと言ってるよね? まぁいい、寛大な私はお茶を入れてきてあげるから、開けてていいよー。流石に暑いから、お茶は冷たいのしか許さないけど!」
そうしてみやびは部屋を出て行った。俺は鼻歌混じりにその包み紙を開ける。箱にはいかにもここに行ってきました! と言いたげな層雲峡という文字が大きく描かれているが、箱の中身を思うとそのチープささえ良く見える。どれどれ、中身は……
「秀一、お待たせー……ってどうしたの?」
やがて戻ってきたみやびはその付き合いの長さゆえ、俺の異変をすぐに感じ取ったらしい。お茶の入ったグラスをテーブルに置き、俺の手元を覗き込む。
「うわぁ。秀一、そういう趣味はちょっと……」
「いやいやいやいや、みやびのドッキリじゃないのか?」
そのお土産の箱の中には、饅頭と一緒に小さな女の子が入っていた。
「流石の私もこんな手の込んだことしないよー。ちゃんと封してたでしょ」
「いや、みやび。俺は一回お前からメントスコーラを貰ったことを忘れてないからな。いかにも未開封って感じで渡してきやがって」
コーラのペットボトルの蓋に、開封するとメントスがその中に落ちる仕掛けが仕組まれたものを渡されたことがある。あの時は俺の部屋が大惨事になり、二度と思い出したくない忌まわしい記憶だ。
「えーっと……まぁそれはそれこれはこれ! 今回は私のせいじゃないよ! なんならその小さな可愛い子を秀一の声で無理やり起こしてみればいいさ!」
「なんでそう意味深な言い方をするかねぇ……。とりあえずみやびがどうにかしてくれよ」
服が結構際どいものだから、なんとなく躊躇していると、みやびは女の子をすくい上げた。それは一見精巧な人形のようだったが、よく見ると小さくお腹が上下していて生きていることがわかる。背中には小さな羽根が生えていて、どこかのファンタジーな映画で見たことある姿だ。
「なんか妖精? っぽいね。とりあえず虫カゴにでも入れておく?」
「いや、虫カゴは……確かにちょうどいい大きさだけども」
みやびの部屋の隅にある虫カゴをちらりと見るが、その絵ズラは少し残酷な気もした。
「はっ!」
そんな話をしていると危機感を察知したのか、妖精はいきなり飛び起きた。小さな羽根を素早く動かし宙に浮かぶ。
「おー……」
「凄い凄い! なんかきらきらしてる!」
妖精が飛んだ後には、光の粒子がうっすらと残った。こんな童話の中に出てきそうなザ・妖精が存在するなんて驚きだ。いままでみやびが連れ込んだものはどこが精神を不安定にさせるような要素があったが、妖精に関しては微笑ましく見てられる。宙を浮かび、俺達の様子を伺う妖精、様子を伺うというか……あれ、なんか睨まれてる?
「下等生物共! ひれ伏しなさい!」
そしてその可愛らしい妖精の第一声は、とても可愛らしくないものであった。ぽかん、と宙を見上げる俺とみやび、その反応が気に入らなかったのか、妖精は腕を組みさらなる追撃をする。
「地を這う劣等生物が! 耳まで悪いのかしら? ひれ伏しなさいと言ったのよ!」
あーあ。
俺は視界の端で、みやびが笑顔で虫網を手に取るのを見ていた。
◇ ◇ ◇
「このっ! 出しなさい! 下衆がっ!」
その虫カゴは、本当に妖精一匹入れるのにぴったりなサイズだった。妖精はカゴを引いたり押したりしてなんとか脱出を謀ろうとしているが、その力では永遠に出られないだろう。
「エサってゼリーとかで良いのかな?」
「カブトムシじゃねーんだぞ? というか飼いたいの?」
「んー、ちゃんと躾けたら授業中に落とした消しゴムとか拾ってくれたりできそう」
「そのくらいは自分で拾えよ……」
妖精を観察するみやびを宥めて、俺はあらためて饅頭を手にとった。少し遠回りになったけどやっと食べれる、今は口が悪い妖精よりこっちの方が今は大切だ。
包み紙を開くと、ほのかに黒糖の匂いがした。ふむふむ、色からして生地にも練りこまれているようだ。これは得点が高いぞ、ではでは早速頂きます。
「はうっ! あっ! ダメ!」
「……」
ぱくぱくと、俺が咀嚼するたびに、なぜか妖精は嬌声を上げた。正直イラッとした、食べずらくてしょうがない。ついでになぜかみやびの視線も痛い。わざとらしくヨダレをすすってるし。いや、コレは俺に買ってきてくれたもんだろーが。
俺は2つ目に手を出そうとしたが、みやびの視線に負け、それをみやびの手に乗せた。ついでにしぶしぶ妖精の話を聞くことにする。俺の平和な饅頭ライフを確保するために。
「んで、なんで君は饅頭の箱の中に入ってたの」
「そんなの、私が温泉……の精に決まってるからでしょ! それに私にはペニ・ペングル・ソウウン・ペトラって立派な名前があるんだから! ちゃんとそう呼びなさいよ!」
「ん? じゃあペペちゃんは私が温泉街から連れて来ちゃったのかな?」
「あー、みやびならあり得るよなぁ。ぺぺちゃん一人じゃ帰れないの?」
「なによそのぺぺちゃんって! 私の名前だったら許さないからね!」
よくもこう、虫カゴの中に入れられているのに怯まないものだ。なんとか脱出しようと虫カゴに体当たりするが小さくカゴが揺れるだけである。
「あっ、このお饅頭やっぱりおいしー。お茶との相性もいいね」
「こら、全部食べるなよー」
「止めてよ! 私を無視して食べないでよ!」
妖精はなぜか必死に止めようとするが、そんな言葉は饅頭の前では無意味である。みやびが次々と手を出すものだから、無くなる前にと俺も急いで食べた。食べるたびに妖精はなめまかしい声を上げるが、そのうち気にならなくなってきて、やがて饅頭は最後の一つになった。
「流石に最後の一つは秀一にあげるよ、私もお腹いっぱい~」
「饅頭は別腹だろ。俺はもう一箱いけるぞ」
「秀一は饅頭大食い大会にでも出ればいいと思うよ……あ」
みやびが寝転がった拍子に、虫カゴの中を見つめる。そういえば忘れてた、と俺もその中を見ると、妖精の姿はかすかににしか視認できなく、ほとんど姿が霞んでいた。
「みやび、ちょっと出してやって」
「うん」
テーブルの上で虫カゴをひっくり返すと、妖精は人形のようにどてっと落ちた。すでに息も絶え絶えという感じで、少し調子に乗りすぎたかと不安になる。まるで俺たちが悪いみたいじゃないか。……悪くないよね?
「だから……、ダメって……、何度も……言ったのに」
「どうした? やっぱ層雲峡から離れたら力が無くなるのか?」
「そりゃ、私は……温泉……、のっ、精だもの」
ん? 今、少しなにか聞き逃したような……。
「スマン、もう一回言ってくれるか」
「だからー……私は、温泉饅頭の精だから!」
「温泉饅頭の精」
みやびがオウム返しをした。饅頭にも精とかいるの……?
いや、日本には八百万の神という考え方もある。でもこんなファンタジーな感じの神様……、いやこの場合は八百万の妖精か。
「うわー、秀一はこの小さな可愛らしい女の子を次々と食べていたってことに……」
「だから意味心な言い方するなよ」
俺は手元に残った最後の饅頭を見つめる。なんか一気に食いづらくなった。
そんな俺の気持ちを妖精は見ぬいたのか、最初の強気な目はどこへやら、自愛に満ちた目で俺を見つめる。
「いいのよ……こうやって温泉饅頭の精として生まれたからには……もう覚悟はしているわ。私は消えるわけじゃなくて……あなた達とともに生きるの……最初は強く当たって悪かったわね、初めてだったから、緊張してたのよ」
「ぺぺちゃん……」
「その呼び名は認めないけどね……」
「ほら、秀一。早く食べてあげて。苦しそうだし……なによりこの子は大好きな温泉饅頭なんでしょ?」
そう、これはただの温泉饅頭だ。いつも温泉旅行に行くときは必ず一箱買って、それを楽しみに家に帰る。その時の饅頭とまったく一緒のものだ……だけど、どうしてこんなに以前食べた温泉饅頭が走馬灯のように思い出させるのだろうか、これも妖精の力なのか、だけど、その気分は決して悪くない。
俺は一口に、その饅頭を口に入れ、咀嚼した。中からは洪水のように甘さが押し寄せ、それを生地というダムが調度良い塩梅に甘さを調節する……。そして、それを飲み込む時には、テーブルの上にいた妖精はいつのまにかいなくなっていた。
「……ありがとう」
くそっ、普通の温泉饅頭だったはずなのに、なぜか泣きそうになってしまった。俺は上を向く、そうでもしないとこらえきれない。
「……秀ちゃん」
みやびがそっと肩に手を乗せる。あぁ、わかってる。あの生意気な妖精は俺達とともに生きるんだ。いなくなったわけじゃない。今も、俺の中にあるのがはっきりとわかる。
そんな俺に、みやびはやさしく声をかけた。
「もう一箱あるんだけど、いる?」
「いる」
俺は笑って、そう返答した。
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