第5話 ハイテクと遊ぼう!
休日を利用して家族と温泉旅行に行くと話していたみやびから、いつもの調子で遊ぼう! と内容のメールが来た。
休日をだらだらと家で過ごしていた俺は、中止にでもなったのかと思いながらも、みやびの家に向かうために、タンスを開けて着替えることにする。まぁどちらにしろいつまでも寝巻きのままでいたら親に文句言われるだけだしね……。
俺は炎天下の中に飛び込むと、自転車にまたがり、みやびの家を目指した。
みやびの家の玄関を開けると、家の中は静まり返っていて人の気配がしなかった。
もしかしてみやびだけ残ったのか? 家族で一泊の温泉旅行、俺に散々自慢していたはずなのに。もし風邪とかでみやびだけ残っていたらそれはそれで可哀想だ。
家の鍵は開いていたし、みやびはいるだろう。俺は携帯のメールをもう一度確認して部屋へ向かった。
「来たぞー」
そう一言断りを入れて、襖を開ける。そこにみやびはいた、だがそれは、俺の知っているみやびではなかった。
「やほ」
窓を開け、ベッドの上に腰掛けているのは紛れも無いみやびだ。でもそのみやびはとても大人びていて、いつものどこにいても見つけられるような騒がしい感じではなく、落ち着いた雰囲気になっていた。背も少し高いし、スタイルはもともとよかったが、なんというか完成されている。着ている白衣の下から出る足はすらりと伸び、アイスを持つ手はカラフルなネイルがなされていて、かけている銀縁メガネの奥にある瞳は、俺を観察するように見ていた。
そう、そこにいたのは、数年後大人になったみやび。その表現が一番しっくりと来た。
「あんまり驚かないんだね」
声も、いつものように元気が溢れている感じではなく、淡々としていて、なぜか俺を寂しくさせる。
「慣れてますから」
「敬語なんて止めてよ。私達の中でしょ? 私と、秀ちゃんの」
棒だけになったアイスを、みやびはゴミ箱に投げる。それは綺麗な放物線を描いてその中に吸い込まれていった。
「じゃあ、何から話そうかな? 実はあんまり時間も無いんだよね」
「とりあえず、君が誰なのか?」
「わかってるんでしょ?」
「わかってるけど、俺の知ってるみやびじゃない」
「それもそうか。じゃあここで一つゲームをしようかな? 秀ちゃんが勝ったら教えてあげる」
そう言ってみやびが白衣のポケットから取り出したのは、小さな四面体だった。それを放り投げたかと思えば、空中に留まって立体的なフィールドを投影する。
「ずいぶんとハイテクな……」
「でしょ? 私が作ったんだよ」
「うん、それはすごいと思うけど……なんで卓球台なの?」
その四面体が投影したのは、みやびの部屋ぎりぎりの卓球台だった。ラケットも律儀に卓球台の上に置かれている。
「だって、たまにもの凄く、無償に、我慢できないくらい卓球したくなることってない?」
「いやないです」
「そんな人の為に私が作ったものがこれ! 名づけてどこでもテーブルテニス君、またの名をブルニス君だ!」
パンパカパーンと、自分でファンファーレを言うみやびを見て、俺はなぜか安心してしまった。きっと今のみやびと重なる部分があったからだと思う。さっきみたいに冷静に俺のこと観察するみやびは、俺の知っているみやびではない。
「それじゃ、はじめようか。この世界の命運を賭けたテーボウテニスを」
テーブルの部分だけ無駄に発音がよかった。みやびはラケットを手に取り構える。左手にはいつのまにか白い玉が握られていた。
俺はため息を付きながらも、目の前にあるラケットを手にとった。卓球の経験は遊びで少しやったくらいだから、得意ではない。けど、俺もみやびをまっすぐ見つめて構える。
「いくよ! 秀ちゃん」
「こいよ!」
そして、みやびはまっすぐ玉を上に投げた。あのサーブは……よくテレビでみたことがある。なんかプロがやっているすごい回転をかけるヤツかもしれない。
「これが必殺! 私が5年の月日を掛けて編み出した――」
コン。
みやびのセリフと途中ではあるが、そのまっすぐ上に投げられたボールは天井に当たり、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。そのボールは衣装箪笥の上を経由し、みやびの机の裏へと入ってしまう。
カララララララ、とタンスとカベに打つかる音を聞きながら、放り投げたポーズのまま、固まるみやび。俺は冷めた眼差しでみやびを見ることしかできなかった。
「……もう一回、やっていい?」
「いや、もう普通にやろうぜ」
◇ ◇ ◇
結論から言ってしまうと、みやびも俺と同じくらいの腕前だった。だからラリーは続かない。続いても本当に数回程度だけど、それは思っていたよりもずっと楽しく、特にみやびはよく笑った。それは、体とかの見た目は全然変わっていても、そこにいるのがちゃんとみやびだということを感じさせてくれて、俺は純粋に勝負を楽しむことができた。
「おっ、そろそろ時間だ」
一時間ほど遊んだ後、その一言で卓球は終わりになった。みやびが卓球台の上で指を走らせると、それはあっという間に四面体に吸い込まれ、みやびの手のひらに収まった。
「質量保存の法則もびっくりな技術だな」
「まぁーそんなの私のトコでは有って無いようなものだしね」
みやびはそうしてベッドの上に腰掛ける。質量保存の法則が有って無いようなもの、という話も気になるが、今はもっと聞いて置かなければならないことがある。
「それで、本当のみやびは?」
「大丈夫、ちゃんと温泉旅行に行ってるから。お土産、期待してて」
「じゃあ、ここにいるみやびは?」
「私は……詳しいことは言えないけど、パラレルワールドの未来から来たよ。今はこの説明で我慢して」
「じゃあ目的は?」
「そうそう、それだよ」
そうしてみやびは、ポケットの中から水晶を繋げて作ったようなブレスレットを取り出し、俺に差し出した。
「これを、今の私にあげて。できればデート中にカッコよく、キザなセリフ付きで」
「そこまでの注文には添えないかもしれないが、分かった」
そのブレスレットを受け取る。光に透かしてみると、それは光を乱反射しキラキラと光った。
「それ、くれぐれも売ったりしないでね。というかこの時代にはまだ発見されてない鉱物だから」
「そんなのを平気で渡すのか……未来から来たって言ってたけど、歴史干渉とかないのかよ」
「そこら辺は大丈夫。秀ちゃんには迷惑かけないから、安心して私と遊んだげてね」
みやびはベッドの上に立った。体から光が溢れだす。
「おー、思ったより時間持ったなー。それじゃあきっとまた会うと思うから、その時はよろしく」
「今度はちゃんとこの部屋の大きさを考えた遊びにしてくれよ」
「分かった。今度こそ一発で秀ちゃんを倒す必殺技を完成させてくるから! 覚悟しておけよ!」
そうして、窓から差し込む太陽の光に同化するかのように、みやびはいなくなった。後には受け取ったブレスレットと、いつのまにか机の上に鍵が置いてあった。その隣にはメッセージもある。
『家を出るときはこの鍵を使うこと。あと、私がいないからってタンスの上から2番目は決して開けないこと。開けるとありとあらゆる最悪が降りかかります』
俺はメッセージの書かれた紙を鍵と一緒にポケットに入れ、さっききまでみやびが座っていたベッドに腰掛た。温泉にいるみやびにメールをしてみる。返信はすぐにきて、その文面に笑ってしまう。
『タンスの2段目? ありとあらゆる最悪が詰まってるから、絶対に秘密!』
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