第3話 勇者と遊ぼう!

今日の俺は安心してみやびの家へ向かっていた。


 というのも、要件が予めわかっているからだ。学校で誘ってくれるのは未だに止めてもらえなく、みやびの徒党(本当にあるかはわからないが)に視線で殺されるくらい睨まれてはいるが、思わせぶりな誘い方をしてくるよりはよっぽどいい。

 そして要件とは、俺が貸したゲームのボスが倒せないから手伝ってというものだった。

そのゲームは、俺はすでに5回位クリアしている。世界でも有名なRPGゲームで、勇者が困難を乗り越え魔王を倒しにいく王道ストーリーだが、その他にもサブクエストやミニゲームが充実していて、なかなか飽きさせない。俺もミニゲームで高得点を出すのに一日夢中になっていたもんだ。

 みやびにその話をしたら、興味がありそうだったので貸しだしたのは2ヶ月ほど前のことだ。みやびはゲームもあまり得意ではないから、時間がかかるのはしょうがない。むしろ最後のボス前まで飽きずに進められたという事実に、俺は内心驚いていた。


 いつもの通り、みやびのお母さんに挨拶をして、コンビニで買ったお菓子を片手に階段で2階へ。俺はなんの心配もなくその襖を開けた。


「あっ、来た来た。この方が魔王を5回も倒している勇者、秀一様だよ!」

「おぉ! この方が……確かに強者のオーラを身につけていらっしゃる」


 そこには、まだ学生服姿のみやびと、立派な真紅の鎧を来た男がいた。

 俺は、思わず天を仰ぐ。といっても見えるのはみやびの部屋の天井だが、とりあえず俺の考えが浅はかだったことをとても深く反省した。


「あっ、秀一様が天の声を聞いてる……。フレッド、祈って」

「なんとっ! こんなに早く神の天啓をいただけるとは」


 俺が視線を戻すと、二人は真剣に祈っていた。みやびは手を合わして、きっと今日の晩ごはんの希望でも祈っているんではないか。フレッドと呼ばれたそいつも、剣を捧げ真剣に祈っている。


「おい」


 一声かけると、二人は俺に注目をした。そんなわけで、俺は神の天啓を口にする。


「とりあえず、説明しろ」


◇  ◇  ◇


 どうやら彼は予想通り、クリアする予定のゲームの主人公らしい。その真紅の鎧は、ボス前に装備することができる固定装備で、この鎧を装備していなければ魔王の幻術を弾くことができないのだ。そしてその剣も、固定装備ではないがなかなか使える剣で、俺も長らく装備させていた記憶がある。

 みやびの説明によれば、今日ゲームを起動させると、テレビの中から勇者がぽーんと出てきたらしい。ぽーんと、の時点で、俺はこれ以上の説明は望めないなと思った。いや、今回に関しては俺も実際にその場面に居合わせたらそう説明するしかないだろう。


「初代、秀一様。私はこれから魔王を倒しに行くのですが、未だ不安が胸の中を大きく占めております。何卒、天啓をお与えください」

「初代?」

「あっ、すいません。私の名前はシュウイチ・デ・コンスタリ・アルフレッド。私の名は初代勇者から取った名なのです」

「みやび、お前勇者の名前に俺を使ったな?」

「ちなみに魔法使いの名前は私ですっ!」

「聞いてねーよ」


 まぁ名前を使うくらいは全然いい、だが初代と言われても困る。俺は確かに魔王を倒してはいるが、画面の前に座ってぽちぽちコントローラーを動かしているだけで、実際に倒しているのは俺の目の前にいる勇者なんだから。


「んー、大丈夫だと思うよ? その鎧もあれば幻術も平気だし、レベルも結構上げたんだろ? 厳しい戦いになるとは思うけど、お前が不安で残りのメンバーをどう引き連れるんだよ」

「初代様の言うとおりです。しかし、私が本当に不安に思っているのは、他3人のメンバーなのです」

「どーいうことー?」


 みやびはいつのまにか俺が買ってきたお菓子に手を付けていた。ほんと食べ物に関してはシーフなみに手癖が悪いなこいつは。


「私の他のパーティが、剣士、魔法使い、賢者なのですが……」


 このゲームは序盤にパーティメンバーの職業を選べるシステムを採っていて、それが人気の理由でもある。様々な職業があるなか、勇者のパーティは超無難なパーティだと言えた。


「毎夜、この魔王討伐の旅が終わった後に誰が私の伴侶となるか、もめにもめるのです」


 ……そうだ、選べるのは性別もだった。


「も、もめるって言っても限度はあるだろ? ちょっと口ゲンカっぽくなるとかー」

「そのくらいだったら、どんなによかったか」


 勇者は、とても寂しく宙を見上げた。それ勇者がしていい表情じゃないだろ……。


「あー、だから宿に泊まると、フレッド以外のHPが減ってたのかー」


 そして宿に泊まったのにHPが減るという謎イベントまでもが発生していた。それRPGとしてどうなの?


「えーっと、じゃあさっさと決めちゃえばいいんじゃないか? フレッドにも気になる子くらいいるだろ」


 RPGだけあって、登場人物のほとんどは美男美女だ。少しくらいフレッドの好みに触れる子くらいいるだろう。


「私は! 私が好きなのは、故郷で待っている幼なじみのアリアだけなのです」


 まさかの第4勢力だった。


「みやびー、お前もなんか言ってやれよ。こういう恋話好きだろー」


 さっきからお菓子に夢中になっているみやびは、指に付いた粉を舐めとって、難しい顔で考えた。


「じゃあ全員と結婚すればー」

「それだっ!」


 みやびもなかなかに良いことを言う。メイドインジャパンのゲームとはいえRPGの中までに法律は当てはまらないだろう。


「いえ、私ごときが何人も伴侶を持つなど、そんな器があるとは思えませんし……」

「なんだそのチキン設定は」


 うじうじと悩む勇者、あーなんかゲームの評価ダダ落ちしそう。というか俺らが見ていない時にもいろんなこと起こってたんだなー。今度からはちゃんと男2、女2の合コンもイケるようなパーティにしてやるからな。今後起動するかはわからないけど。


「あー、もう! 勇者のくせにみっともないぞ!」


 しかしその勇者に一括したのは、意外にもほとんど話さなかったみやびであった。


「フレッド! 子供の時にアリアをモンスターから救った時の勇気はなんだったんだ! 敵の群れに一人で向かった時のフレッドは? 私の思っていた勇者は、今のフレッドみたいなヤツじゃない! 思い出してよ! 今まで戦ってきた日々を、フレッドなら、魔王も、パーティの婚約争いだってその剣と勇気で解決できる!」


 いや、婚約争いを剣で解決するのはまずくないか?


「……女神様」


 しかしそのみやびの言葉は、思ったよりフレッドに刺さったみたいだった。なんか涙さえ流している。


「行きなさい、勇者。そして魔王もパーティも倒すのです!」

「神の名の下に!」


 すっかりみやびも気分は女神だ、仰々しく指をテレビに向ける。勇者も剣を捧げていた。


「なんだこの光景」


◇  ◇  ◇


「さーって、じゃあ魔王を倒しに行こー」


 勇者も無事ゲームの中に帰り、俺たちは当初の目的の通り、並んでテレビの前に座っていた。随分と攻略に無駄な時間をかけてしまった気がする。


「大丈夫か? 何回か負けてるんだろ?」

「大丈夫! 私は女神ですよ。今度はフレッドと一緒に確実に勝利をこの手に!」


 実際に勇者と会って話したせいか、みやびはいつも以上にやる気があった。テレビの中の勇者一行は、魔王の間の扉を開ける。

 そして魔王のお決まりのセリフの後に、戦闘が始まった。魔王は全身に大きな目玉を付けているなかなか気持ち悪いフォルムで、でもその黒いオーラで作られたマントと相まって最高に悪役感が出ている。


「とりあえず全員に守備力アップの魔法かけて――」

「大丈夫! 勇者と私の力があれば!」


 おぉ、なんかいつもポンコツのみやびがやけに頼もしいぞ。その言葉には少し感動してしまった。いつもなにかあれば頼ってくるのに、こんな頼もしいみやびを見ることが出来るとは……。


「これでもくらえー!」


 そうしてみやびは、道具欄から『催涙スプレー』を使用した。

 ん? こんなアイテムあったか?

 魔王は催涙状態になり、それ以降、ただ殴られるだけであった。


「勝利ー!」


 スタッフロールが流れだす。右手を上げたみやびは喜んでいるが、俺は腑に落ちない。


「いやー、やっぱり催涙スプレー強いね! 私の持っていたの勇者にあげてよかったよー」

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