第2話 人魂と遊ぼう!
俺には、現岡みやびという幼なじみがいる。
幼稚園の頃からの付き合いで、家も近かったこと、そしてお互いの父親の趣味がアウトドアということもあり、頻繁に家族ぐるみの付き合いをしていた。お互いの父親に連れられ、キャンプや釣り、渓流下りなどもやったものだ。もちろん、それだけやれば俺とみやびも自然と多くの時間を過ごす。小学校も中学校も、果ては高校になっても。(高校に限っては俺が家庭教師をしたおかげなのだが)同じ場所に通っているから、お互いのことは知り尽くしているつもりだった。
そう、つもりだったのだ。
高校に入ってからみやびは時折不思議なものを俺に見せた。それはこの世のものでないものが多い。みやびになんでそういうものを見つけてしまうのかを聞いてみたけど、みやびが言うのには、ピン! とくる、らしい。俺はとりあえず生返事を返したが、それはみやびの頭ではこれ以上の答えを返してくれないのは明白だったからであり、決して納得したわけではない。
そして、今日も俺はみやびの部屋に呼ばれた。
みやびはだいたい学校で家に誘ってくるのだが、なにか変なものを見せたがる時は、すぐにわかる。妙に忙しなく、嬉しそうで、何の用かを聞いた時は必ず、
「ナ・イ・ショ」
で締めくくるからだ。
それはまぁいい、俺も先にあぁ、そうか。って覚悟が出来るから。ただ一つ言わせてもらうと、それを俺のクラスでやるのを止めてもらいたい。みやびが自分のクラスに帰った後はいつも冷やかされるから。いい嫁さんだな、とか、今晩はお楽しみですねとか、いつもの3倍のくらいの力でツッコむのは精神的にも体力的にも疲れる。
でも、今日も俺はこうしてみやびの部屋の前にいる。今日こそあの誘い方を止めてもらわなければいけない。最近はみやびに惚れているやつからの僻みが特にひどいのだ。それも一人ではない、その内、徒党を組んで襲われるかもしれないとさえ俺は思っている。
今は文明の利器である携帯電話もあるから、どうにかしてその有用性を認識してもらわなければ。
「みやびー、来たぞー……」
俺は何が出ようとも、まず一言みやびに言ってやろうと決めていた。しかし、いろいろと用意した言葉は、襖を開けた途端、その状況に何を言っていいかわからなくなった。
「よよよ……よよよ……」
そこには、スポットライトに当たって泣いているみやびがいた。
部屋は真っ暗で、ベッドの上で膝をつきわざとらしく泣いている。スポットライトはみやびの真上から照らされていて、さながらベッドの上がステージのようになっていた。
みやびはゆっくりと立ち上がり、こちらに手を伸ばす。その姿はどこか幻想的で、不覚にも悪くなかった。ほんの、ほんの少しだけな。
そして、みやびはゆっくりと口を開く。
「あぁ……秀一! なぜあなたは秀一なの!」
ジュリエットだった。
おそらく、音楽の授業でやっていた舞台鑑賞におもいっきり影響されたのだろう。みやびは白ける目で見ている俺に必死で合図を送っていた。どうやら次のセリフを言ってほしいらしい。
仕方ないから乗ってやる。
「黙って、もっと聞いていようか。それとも声を掛けたものか?」
俺も文庫で読んだその後のセリフを、こんな感じかな、と応える。
「はいはーい! カットカット! 違うよ秀一ぃ!」
途端に、部屋は明るくなった。いや、俺が電気をつけて明るくしたのだ。
「そこは、『みやび! どうして君はみやびなんだい?』 でしょ!」
「お前、絶対音楽の授業寝てただろ」
「もぅ、秀一は乙女心がわかってないなぁ。さっきのセリフでだいたいの女子はイチコロになるっていうのに」
「ロミオのセリフの効果すげーな」
やれやれと首を振るみやびに、俺はおもいっきりチョップしたくなったが、ぎりぎりのところで抑えた。そして、電気をつけたのにも関わらず、ある一点がおかしいことに気づく。
「みやび、照明が……」
「あぁ、そうそう! 今日は秀一にこれを見せたかったんだ!」
みやびがそう言うと、なんとそのスポットライトは宙を漂いみやびの横に並んだ。今は白い光を出しているわけじゃなく、青白く燃えている。
「それってもしかして」
「そう、人魂でーす!」
元気に紹介してくれたそれは、墓地とかによく現れると言われる人の魂だった。もちろん、俺もそんなものは信じていなかったけど……今度からは認識を改めなければならなくなった。
「まさか墓地まで行って捕まえてきたのか?」
「いくら私でもそんな人魂ハンターみたいなことしないよ。昨日の夜に、急にきゅうりの浅漬が食べたくなったからコンビニに行こうとしたら、家の前にいたから防火布で捕まえたの」
なんかツッコむところがいくつかあったけど、俺はあえてスルーした。
「でも防火布意味なかったんだよね。このたまこさん、燃えているように見えて全然熱くないんだ。ほら秀一も触ってみ?」
みやびは遠慮なくその人魂を撫で回す。こいつ、度胸だけは無駄にあるんだよな……俺だったら触ろうともしない。
「それで、そのたまこさんはどうすんだよ。まさか飼うなんて言わないよな」
「ちょうどスタンドライトの電球切れてたから、ちょうどいいかなーって思ったんだけど、残念ながらたまこさんも夜には消えちゃうみたい」
飼おうと思ったのか、その時点でやっぱり思考がぶっ飛んでるよみやびさん。
「ねぇ、秀一。それよりちょっとだけ協力してくれない?」
「なんだよ、また変なことだったらテスト用紙あら探ししてやるからな」
「うぐっ……それはご勘弁を……。でも違うよ、私のお願いじゃなくて、たまこさんのお願いなの」
そうしてたまこさんを胸に抱えるみやび。とてもじゃないがたまこさんが意思を伝えれるようには見えないが……。
「なんかね、たまこさん。もともと役者さんだったんだって、なんか死んじゃう直前まで役者としていたから、成仏する直前までも役者でいたいんだってさ」
「人魂の言ってることわかるの?」
「んー、本当になんとなくだけど、わかるよ。頭の中にじわ~って浮かんでくるの。例えて言うならお味噌汁に入れたお麩を口の中で圧縮してお味噌汁だけ飲むような感じ」
うん、その例えはまったくわからん。
「たまこさん、きっとまだまだお芝居やりたかったと思うんだ。だから私達で、願いを叶えてあげたいななーって。……ねぇ、ダメ?」
思わず、その破壊力にたじろいだ。みやびははっきり言ってバカだ。後先考えずに突き進んでしまうし、マイナスの感情が人より少ない。だからその分、純粋な感情をはっきりと、そしてまっすぐ表現することができるんだと思う。そんなまっすぐな気持ちを否定するなんて、少なくとも俺にはできない。
「分かった……なにをすればいいんだよ」
「さっすが秀ちゃん! わかってるぅ!」
背中をバンバンと叩くみやびに、俺は大きくため息をついた。
◇ ◇ ◇
「ほんとうにこれでいいのかよ……」
「たまこさんが良いって言ってるんだから良いの。じゃあ始めるから、部屋の電気切るよ」
そして、その部屋は真っ暗になる。みやびの部屋は遮光カーテンを使っているから、外が少々明るくても、ほとんど暗闇にすることができる。夜は少しでも明るかったら寝れないらしい。
「よし……、じゃあ後はたまこさんのタイミングで」
みやびはベッドの上で片膝を付いた。向き合う俺もみやびと同じように片膝をついている。
そして、幕は上がった。
「あぁ……秀一! なぜあなたは秀一なの!」
まずスポットライトが当たるのはみやびだ。先ほど聞いたばかりのセリフを今度は大真面目に、まさにジュリエット役が舞台に上がっているかのように大げさに言う。
すぐさま、スポットライトは俺に移り変わった。俺も、覚悟を決してセリフを言う。
「みやび! どうして君はみやびなんだ!」
ぷふーっ。
すぐ正面から吹き出す音が聞こえ、俺はやっぱりこの役を引き受けたことを猛烈に後悔した。スポットライトはみやびに移る。
「あぁ……ふふ、しゅういちぃ、 な、なんでぷふふ、しゅういちなほー」
完全に笑いをこらえながらのセリフ。今すぐにでも我慢で震えている頭をひっぱたきたい。しかしスポットライトは俺に移り変わった。たまこさん、今ので本当にいいのかよ!
「みやびー、どうして君はみやびなのー」
一気にやる気を無くした俺のセリフはもう棒セリフになっていた。でも、さっきのみやびでもいいんだったらこのくらいでもいいだろ。
しかし、いつまで経っても光はみやびに変わらない、むしろその光は強くなってきた。
「ほらー、真面目にやらないからたまこさん怒ってるよー。ちゃんとやって」
こいつ、終わったら絶対に一発ひっぱたくからな!
大体その流れを5回くらい繰り返すと、スポットライトは消えた。カーテンを開けると、たまこさんはどこにもいなくなっていた。
「やっと終わった……」
満身創痍の俺と、妙に満足そうなみやびを残して、たまこさんは成仏したようだ。
俺はもうなにも話したくなかったので、俺の真似をしてセリフを言っているみやびを予定どおり引っ叩いて家に帰ることにした。いつの間にか外も暗くなっていて、夜風が気持ちいい。
たまこさん、次にまた人生があるならば、しっかり舞台を満喫してくれよ。こんだけやったんだから。
◇ ◇ ◇
ちなみに次の日のニュースで、世界的大物俳優が舞台中に急死したニュースを報じていた。その人は全ての人生を舞台にささげ、ファンの多くがその死を嘆いていて、朝のニュースはほとんどそれを中心に構成されていた。もちろん俺も知っている。舞台も見に行ったことがあって、そのチケットを取る倍率がもの凄く高かった気がする。
舞台中に亡くなったのは、急死とはいえ本人も満足だったでしょうとコメンテーターは話していた。
……まさかね?
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