第17話/表 地下探索、嫌な通路。

 武器としてはともかく、ライトはやはり、光源としては非常に優秀だった。

 元より完全な闇というわけでもなかったのだ、軍仕様のフラッシュライトは、残った僅かな闇を軽々と照らし尽くしていく。もっともライトはあくまでも携帯用であり、向けていない方は暗いままだったが。

 寧ろ、照らしきれない闇が余計に濃くなったような気がして、僕は背筋を震わせた。


「………なんつうか、秘密基地みたいだな」


 久野の感想は、僕ほど神経質センチメンタルなものではないようだった。頭上や壁を縦横無尽に走るパイプ群を照らしながら、楽しそうに笑っている。

 僕ももちろん辺りを見回したが、感想は彼ほど好意的ではなかった。


「天井の、あの太いパイプ。あれなら、人が乗れるんじゃないかな?」

「おいおい、エイリアンかよ」


 やや呆れたような口調の久野を、僕は睨み付ける。

 何と言われようと、構わない。僕にとって天井とパイプとの隙間は、音も無く這い寄る怪物の姿を想像させるのに充分だった。


 奇しくもエイリアンという単語が出たことで、陰影の空想は僕の脳裏には鮮明な怪物像として映し出された。

 へばりつくようにじっと踞る、人ならぬ怪物。

 彼は眼下を恐る恐る進む僕らを見下ろし、観察し、そして――その長い腕を伸ばすだろう。間抜けな僕らの頭へ、ポテトスナックを摘まむように。


「止めろよな、何か、想像しちまうよ」

「下は? パイプを通しているようですけど、隙間があるんじゃ………」

「止めろってば」

「ふふふ、そういうのも面白いですが。あいにくと、パイプ回りは狭すぎて、人が通れる隙間はありませんよ」


 所長の言葉を聞いて、露骨にホッとした様子を見せる久野。

 彼の顔を見ながら、僕は自分の意見を呑み込むのに必死だった。ここで余計なことを言って、空気を悪くする必要は無い。

 僕は、こう思ったのだ――ライトで照らした隙間は確かに狭く、人が通れるような空間ではないだろう。


 ………











「一先ず、通信室に向かうぞ」

「通信室?」

「ここと研究所とを、ネットワークで結ぶんだ。………所長の指示でな、地下二階は通信的に独立していて、このままでは無線も使えん」

「機密保持の為ですよ」


 全員から視線を向けられ、所長は肩を竦める。


「私の研究は、極秘ですから。電話とかされては困りますし」

「やり過ぎだと、今更ながらに思う」

「何事も徹底的に、ですよ。

 まあとにかく、こうなっては仕方がありません。通信室に向かい、研究所内のローカルネットワークに接続しましょう」

「通信室には、監視カメラのモニターもある」


 スミス氏がライトを動かし、天井の一角を示した。

 眼を凝らしてみると、どうやら監視カメラがあるようだ。暗い上に擬装されていて、じっくり見ないと見付けられそうにない。


「モニターを見れば、どこに犯人がいるか、或いは部下たちがいるか解る。ネットワークに接続すれば、その映像は地上からも見れるから、今後の捜索にも役立つだろう」

「異議無ーし。それで良いと思うぜ」

「僕も文句ありません」

「良し。………通信室は、ここから廊下を………」

「時間を短縮しましょう、スミスさん」


 言い掛けたスミス氏を、所長がにこやかに遮る。

 スミス氏は眉を寄せた。


「事態は一刻を争う。しかし、経路の確認は結局時間の短縮になると思うが」


 不機嫌そうなスミス氏の視線を、所長は笑顔で受け止める。

 大柄な黒人男性が、妙齢の美女を威圧している様は中々見応えがある――女性側が優勢というのは、尚更だ。


「あるでしょう? もっと早く、目的地に行くための道が」

「っ、まさか、所長、貴女は………」

「おいおい、俺らをおいてけぼりにしないでくれよ」

「………君のそういうところ、すごいと思うよ本当に」


 流石は久野だ。僕だったら、こんな張り詰めた空気の二人に割り込む勇気はない。


 一切気にした様子もなく久野は二人の間に割って入ると、ライトを左右に揺らした。

 順番に照らされたスミス氏と所長は、眩しそうに顔をしかめる。


「俺らは今んとこ、一蓮托生だろ? ここに何がいるにしろ、仲良く、手に手を取り合って生き抜かないとならない訳だ。情報を出し渋るのは止めようぜ?」

「私は、出し渋ったつもりはないのですが………まあ、良いでしょう。一蓮托生というのは確かですし、となると、出し惜しみはしない方が良いのは自明ですから。

 ………皆さん、内緒ですよ?」


 僕は、久野を睨み付ける。

 なにかは解らないが、あまり知りたくない情報を、僕らは共有することになりそうだ。











「………………久野。僕は、君に対して幾度もこう言ったと思うけれど。同じことをもう一度言わせてくれ。君は、少し軽率だよ?」

「津雲。いつも言われてて、正直あんまり心には響いてなかったことをここに告白するけど。それでも今回だけはこう答えさせてくれ。ホントごめん」

「コントはその辺にしてくださいね、ふざけている場合ではないのですから」


 僕としては、ふざけるしかないのだが。

 そうでなく真面目な対応をしろ、と言うのなら僕の答えはただ一言、嫌だNO、だ。


 僕らの目の前には、一つのドアがある。

 ドアの横には小さな認証装置。

 その下には、名刺ほどの大きさの、金属製のプレート。


 プレートには、短く部屋の名前が刻印してある。僕らにとっては非常に憂鬱で、嫌な予感に囚われるのに充分過ぎる程の名前。


「………

「私の、と付けても良いですよ?」


 それよりは、何の、と聞きたい所なのだが。


 少し考えて、いや、と僕は首を振る。

 どう考えても、別に聞きたくはない。

 子供の頃の思い出を詰め込んだ訳ではなさそうだし、所長の大人の思い出は、今や闇の中を蠢いて僕らを狙っている。


「ここを通り抜ければ、確かに、近道ではあるが………」

「どちらにしろ、同じことですよスミスさん。解るでしょう? 中を通るにしろ外を通るにしろ――

「………」


 たしかに、それには一理ある。

 僕にとっては、単なる隙間すら化け物の通路に見えてしまう。そこを通るのと、得体の知れない、嫌な予感全開の所長の処置室を通るのとでは、変わりはない。


 なら、近い方が良いというのは間違いなく真理だ。


「………行きましょう。この場合、時間は黄金よりも価値がある。一刻も早く、僕らは通信室に行かないといけません」


 通信室に行き、監視モニターで状況を確認する。それこそが、今、何よりも大事なことだ。


「では、決まりですね」


 所長が身分証をかざす。恐らくは、彼女の身分証でしか開かないドアなのだろう。

 プシュ、という微かな音ともに開いたドア。その前で、所長は芝居がかった仕草で頭を下げる。


「ようこそ、私の研究世界へ。………他言無用で、お願いしますね?」

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