第8話/裏 夢空
………彼女は、空を飛んでいた。
空を飛ぶ彼女を、僕は奇妙な俯瞰で眺めている。
山を越え、森を越え、彼女は飛んでいく。
やけに緑色に染まっている地表の景色が、僕にはどうも違和感を感じた。
何処へ行こうというのか、彼女はただひたすらに、前へ前へと飛んでいく。
その横顔に焦燥が浮かんでいることに、僕は気が付いた。血走った眼で、唇をギュッと噛み締めながら、彼女は必死で何かを探しているようだった。
やがて、彼女の視界にそれが映った。
緑の大地に穿たれた、大きな窪み。
隕石でも衝突したのかと思う程、大胆に大地が抉れている。恐らく、僕が住んでいた街くらいはある、広く深い穴だ。
周囲には、何やら建物が並んでいた。白くて、四角くて、規則的に穴が開いているそれら。
まるで、歯が並んでいるようだ。窪地に近付く者を喰らおうと、巨人が口を大きく開けているように、僕には思えた。
しかし彼女は、それがいわゆる団地だと判断したようだ。集合住宅という、同じ形の部屋を積み重ねた、飾り気のない安いマンションだと。
規則的に開いた穴は、窓。もはや誰も住んでいないのだろう、そこにガラスが填まっていないことを、
建物までは、遠い。
彼女は窪地の丁度中心を飛んでいるようで、縁に並ぶそれらの白い団地からはかなり距離がある。
だが――
ここは、死地だ。
窓。
人の営みが終わった証としてガラスも無くなったその、ただ黒々とした闇がわだかまる穴。
そこから覗く何者かの気配を、感じ取っている。
不安が、恐怖が、
彼らが、一挙一動を観察しているようで、彼女は少しだけ脅えていた。
しかし。
逃げ出すわけには行かない。
キラリと光る、大切なもの。
足元に拡がるそれが巨人の口で、並ぶ歯から悪意を籠めた視線が投げ付けられていることを知りながら、決めたのだ。
行くと。
あれを、取りに行くと。
一度でも地面に触れたら、二度と飛び立てなくなると。
影に――捕まってしまうと。
「大切なものはいつも、中心にある」
あぁ、そうだ。
僕は彼女じゃあない。
これは――夢だ。
僕は彼女から弾き出される。
彼女は下へと墜ちていき、僕は空へと上がっていく。
太陽の眩しさが視界一杯に拡がっていく。白い、白い、白い――。
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