第六話 旅立ち


 「国王陛下、私は旅に出ることになりまして、侍女を辞めさせていただきますね」


 翌日、彼女はそう告げ、茫然としている国王に深々と礼をし、颯爽と玉座の間を後にした。



 舞桜は外でちょこんと座り、フシルを待っていたが、フシルが颯爽と出てくると尻尾を振った。

 「おぉ、待っておったぞ! テレーザ、レッツゴーだ!」

 舞桜は嬉しそうだが、そもそも、舞桜を捨てに行くための旅なので、ちっとも嬉しくないフシルである。

 一人と一匹はさっさと南門までやってくると、門をくぐって外に第一歩を踏み出した。


 「うわぁ……」


 フシルが目を丸くした。街の外にはきちんと整備された街道と、その周りに鬱蒼と広がる森林があった。そして、街道はずっと向こうまで続いている。

 街に張られた魔物除けの結界越しに見た青空などではなく、何一つ遮るもののない澄み渡った空の青さに、そして、広がる森の美しい緑も、街道沿いに生える草花も、すべてが生まれて初めて目にする光景だった。

 プランターに植えられた花々は見たことがある。だが、自生する花々を彼女は図鑑以外で初めて見た。

 「絵本以外でこういう景色を見るのは初めてなの……」

 そういうと、舞桜は数歩先に進んで尻尾を振った。

 「ミモレの花とテンガロ草、それにラーケスの牙を混ぜ合わせたものは持ってきているな?」

 「え、えぇ……。言われた通り小瓶に入れたけど、なんで光っているこれが必要なの?」

 「魔物除けだ。戦いたくないなら、これが必要だろう? 街道を進む程度なら、よほどのことがない限り、魔物が寄ってこない」

 「……意外と真面目なのね?」

 「うっさい! 街のすぐ近くで死ぬなんて恥ずかしすぎるから、それを避けたいだけだ!」

 「……ハイハイ」

 それはフシルも避けたい事態ではある。が、ふと、舞桜を見ながら尋ねてみた。

 「舞桜は平気なの?」

 「我は魔物ではないのでな。言ったであろう? 妖刀だと」

 「チッ……」

 舞桜は舌打ちしたことに気が付いて目ざとく彼女をにらんだが、鼻を鳴らすだけにとどめた。

 「まあ、いずれ、我と契約したくなること間違いなしだ。で、あるからして、さっさと行くぞ。次はどこに行くのだ?」


 「副都心ドラグシアよ? シアから数時間の距離の」


 「……では、向かう方向が違うぞ? こちらは南。オルトアやラッカに向かう街道だ。ドラグシアは西。西の街道から直通だ」

 「え? でも、地図では……」

 「フシルよ。地図が90度違う。どう間違ったらそっち方向になるのだ?」

 フシルの頬が朱に染まった。

 「う、うるさいわね! 地図なんて読んだこと、ないんだから仕方がないでしょ!」

 「……フシルよ」

 「何!?」

 「お椀型の大陸と、その下の大陸、そう習わなかったのか?」

 「!」

 舞桜は残念なものを見るような目で彼女を見つめたが、ふわりと優しく生ぬるい視線を向けた。

 「方向音痴なのだな」

 「黙ってよ!」

 舞桜はくすくすと笑い、フシルは怒りでこぶしが震えた。


 (今すぐ埋めてやろうかしら?)


 それではすぐに逃げられてしまうことも明白であったが、本気でそう思った。


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